徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第六十四話 紫峰VS樋野開戦)

2006-01-04 01:11:03 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 翔矢のでたらめな攻撃の犠牲となってのびていた敏を、修は館の外に待機していた甲斐と岬に昭二殺しの犯人として引渡し、敏という男は利用されただけなのでくれぐれもその点を考慮してくれるようにと頼みおいた。
 
 その間に久遠は、頼子と佳恵の身柄を透たち学生軍団と史朗に任せて先に行かせておいて、瀾とふたりで祭祀の館から翔矢を連れ出した。
 翔矢の話では高校にも大学にも必ず樋野の家から送迎の誰かが付き添って来ていて、ひとりで樋野の生活圏の外へは出たことがないという。
翔矢の表情は怯えたように強張り、視線を絶えずあちらこちらに向けていた。

 学生軍団に眠らされていたという樋野の族人たちは既に目が覚めていて、彼らを遠巻きに取り囲んでいた。
心なしかさらに頭数が増えているような気がした。

 翔矢…行ってはならん…!と、どこからか伯父の声が聞こえた。
翔矢がその声の方を振り返った時、猟銃を手にした伯父と取り巻き連中が姿を現し、翔矢目掛けていっせいに引き金を引いた。
 その一瞬に翔矢の目に映ったのは翔矢を庇って楯になった久遠と瀾…そして突然どこからか現れた城崎の姿だった。
 
 「ここから出て行くなど許さん。 翔矢…おまえは俺の大事な後継だ。 
城崎に帰すくらいならこの手で息の根を止めてやる。 」

 銃声を聞いて学生軍団が急いで戻ってきた。
彼らの目の前に我が子を庇って重症を負った城崎と軽傷ながら撃たれた傷を押さえている久遠と瀾、怯え切って目を見開き声も出ない翔矢の姿があった。

 「父さん…父さん…。 」

久遠と瀾が声を掛けるとその場に蹲ったまま城崎は僅かに頷いた。

 さらに銃口を向けている樋野の一団から武器を取り上げようと透と雅人が彼らに向かおうとした時、樋野の族人たちが再び一斉に攻撃を始めた。
 厄介なことに祭祀の館へ行く前に戦ったメンバーよりも強力な連中が集結していて、今度は暗示で眠らせるなんてことはできそうにもなかった。

 「翔矢…こっちへ来い…。 おとなしくおまえの部屋に戻れ。
前々から言ってあるだろう。 直にまた樋野の血を引くよい嫁をあてがってやる。
 今までだって何人もの嫁候補がいたのにおまえが気に入らなかっただけだろう。
本家の血を引く子どもさえ遺せばおまえの役目はそれで果たされるのだ。
久遠のことも父親のことも忘れてしまえ! 」

 伯父の言葉に皆唖然とした。
翔矢はただの種馬か…。これではまるで家畜並みの扱いじゃないか…。
久遠も瀾も伯父の翔矢に対する惨い仕打ちに怒りを覚えた。
翔矢の両の目から涙が零れ落ちた。 

 「嫌だ…。 僕…そんなもの要らない…。
久遠と行きたい…。 父さんの家へ帰りたい…。 」

久遠は傷の痛みも忘れて哀れな翔矢を抱きしめた。

 「伯父さま…あんまりです。 
翔矢をこどものままにしておいたのはそのためだったんですか? 
逃げられないように…伯父さまの言うことを聞くように…。 」

 久遠が叫ぶように言った。
樋野の長、邦正は声を上げて笑った。

 「俺には子どもがない。 本家の血を絶やさぬためには陽菜の血を引く翔矢か久遠のどちらかを跡取りにするしかないのだ。
だが…久遠は城崎で育った者だから俺の言うままにはならぬ。
 翔矢は俺の許で育ったいわば樋野の人形のような男だから思うままに動かせる。
翔矢自身が多少我儘でも赤ん坊でも生まれてくる次の世代がまともに育てばそれでいい。
城崎の血はできるだけ薄くせんとな…。 」

何ということを…久遠ははらわたが煮えくり返るようだった。 
 
 「さあ…翔矢。 こっちへ来い。
おまえが来なければ父さんも久遠も瀾も撃ち殺す。
そうなったらおまえは本当にひとりぼっちだ。 」

翔矢は悲鳴を上げた。

 「だめ…。 だめ…伯父さま…。 久遠を撃たないで…。 
久遠…ごめんね…。 僕…やっぱり…行けない…。 ごめんね…。 」

 翔矢は泣きながら久遠の手を払った。
少しだけ大人に近付いた翔矢は久遠たちの命を助けるために伯父の許へひとり戻ろうとしていた。
翔矢を待っているのは果てしない孤独の空間だけだというのに…。


 
 後から姿を現した樋野の中堅どころは結構手強かった。
暗示の樋野とは言うものの、その力はそれだけに止まらず紫峰や藤宮の中堅どころにも劣らない戦闘能力の持ち主も居る。

 頼子と佳恵を護りながら史朗は襲い掛かってくる樋野の戦闘軍団を相手に孤軍奮闘していた。
 史朗ひとりなら何とでも動けるが、女性ふたりを護りながらでは思ったようには動きが取れない。
 どこかふたりを隠れさせておけるようなところはないかと考えたが、このあたりはすべて樋野一族の土地だからそこかしこに樋野の目が光っている。

 少し離れたところでは藤宮のふたりも隆平も普段のおっとりした彼らからは想像できないほどの働き振りを見せていたが、多勢に無勢、とても史朗を助けに行く余裕はなかった。 

 「鬼母川の先生! 」

 城崎の配下の者たちが城崎の後を追ってきた。
その声で史朗は少しほっとした。
 彼らは城崎が息子たちを心配して黙って出かけてしまったので慌てて飛んできたのだった。
 頼子と佳恵を彼らにくれぐれもと託し、史朗は戦いながら城崎が向かったという本家の方へ戻って行った。



 向けられた銃口を悲しげな目で見つめながら翔矢は伯父の方へ歩み寄った。
翔矢の力なら…或いは猟銃ごとき何でもない代物かもしれないが…縛られた心ではそれを感じ取ることはできなかった。
 久遠にしてもそんな物は屁でもないはずだが、翔矢の身の安全を考えると下手には動けなかった。

 瀾は蹲ったまま動けない父親をずっと支えていたが、出血がひどく容態が思わしくないことに気付いた。

 「父さん…しっかりして…。 」

 遠くから雅人が気遣わしげにこちらを見ていたが、他の何人もの敵と戦っている最中でこちらにはなかなか近付いて来られなかった。

 邦正は勝ち誇った笑みを浮かべた。
銃口を下に向け、近付いてきた翔矢の頭を可愛げに撫でて、見下したように久遠たちを見つめた。

 途端…驚いたように目を見張った。

邦正の目の前を堂々と修が通り抜け城崎の傍へと近付いたのだ。

 修は撫でるように城崎の身体に手を触れると手の平を邦正の方へ差し出した。
その手からパラパラと銃弾が零れ落ちた。
瀾の傷から久遠の傷から修は次々に弾を取り出した。
勿論…彼らの受けた銃創をも癒しながら…。

 「貴様…どこのどいつだ? 」

邦正は再び銃を構えた。
修の力をぼけっと見ていた取り巻き連中も慌てて従った。

 「紫峰宗主…。 」

修は静かに答えた。

 「紫峰の…変態宗主か…? 噂には…聞いている…。 」

邦正は意外そうな顔で修を見た。

 「変態…は余分だ。 
ま…そう思われても仕方がないようなことを多々してるわけだが…。 」

 修はクックッと笑いながら頭を掻いた。
馬鹿にされたような気がして邦正は引き金に指をかけた。

 瞬間…あっと声を上げて銃を手放した。
引き金のあたりが赤く熱を帯び、まるで飴のように熔けた。
 取り巻き連中の銃もぐにゃぐにゃに折れ曲がり銃とは分からぬ代物に変化した。
修はまた喉から声を押し出すようにして笑った。

 「おのれ…! 」

邦正が歯軋りした。

 「能力者の長ともあろう者が銃なんぞ使うからだ…。
紫峰相手にそんな物が通用すると思うな…。 」

修の目が怪しく光った。

 「翔矢…おいで…。 樋野には戻らなくていい。 
修母さんのところへおいで…。 」

 修はそう言って翔矢に微笑みかけた。
翔矢の顔が輝いた。

 母さん…何で? 久遠が天を仰いだ…父さんの間違いじゃないのか…?
こいつって…やっぱり変…。

 翔矢は急いで修の陰に回った。
少しでも伯父から身を隠そうとするかのように…。

 修母さんが…僕を護ってくれる…。
あの部屋には…帰らない…。

 修はそっと翔矢の髪を撫でながら久遠たちの傍に戻るように言った。
邦正は小手先の攻撃程度では通用しない相手であることをことを悟った。

 ならば…こちらもその気で…。
邦正の表情が険しくなった。

 能力者同士の戦いは長きに渡ってなかったこと。
既にその力は封印されたものとなっていた。
樋野の長邦正はついに樋野の封印された力を使う決断をした。





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