徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第五十九話 再び樋野へ)

2005-12-26 22:40:09 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 樋野の自分の屋敷があった場所に久遠は再び立っていた。
焼けて跡形も無くなった屋敷…。
焼け跡にはまだ苦楽をともにした昭二との思い出が散在しているような気がした。

 久遠は振り切るように車に戻った。
祭祀の館は久遠の屋敷跡から車で10分ほど走ったところにある。
本家から通うには近いところだ。

 館に近づくにつれ久遠は次第に多くの視線を感じるようになってきた。
樋野の連中が久遠の動きを見張っているのが分かった。
そのすべては逐一長の下へ知らされているのだろう。

 鬱蒼と茂った森の少し奥まった辺りの突然開けたところにその館は立っていた。
見た目は古いが樋野が経済力を持ち出してから建てられたものだから、近代的な造りになっていて電気もガスも通じていた。

 館から少し離れたところに車を止めると久遠は建物の中の様子を探った。
佳恵や頼子の気配は勿論のこと敏の気配も感じることができた。
館の入り口近くまで行くと久遠の周りを圭介たちが取り囲んだ。 

 「お帰りなさい…久遠さん…。 」

 圭介は再び久遠に会えて嬉しいような誘き出して申し訳ないような複雑な表情で久遠を迎えた。

 「これは…どういうことだ…圭介?
佳恵も頼子ももとはといえば樋野の女だぞ。 力尽くで攫う意味があるのか? 」

厳しい口調で久遠は訊ねた。

 「俺らはただ樋野の上の方針に従ったまでのことで…久遠さんを裏切ろうってつもりはありません。
俺らは樋野の人間だから樋野のお偉方に逆らうわけにはいかねぇんで…。 」

 それもそうだ…と久遠は思った。
圭介たちに樋野に帰ることを勧めたのは久遠自身だった。
戻ってしまえばどんな理不尽なことをやれといわれても樋野の長に従うしかない。

 「案内してくれ…おまえに命令した者に会いたい。
多分…そいつも俺に会いたがっているだろうから…。 」

 久遠は口調を和らげた。
圭介は頷くと先頭に立って祭祀の館へと入っていった。久遠は後に続いた。



 間が悪いのは出張中の修だけではなかった。
機械トラブルが発生したとの会社からの連絡で、教室を終えてから再び会社に戻っていた史朗が帰って来たのは、子どもたちが出かけたすぐ後のことだった。

 真夜中を過ぎていたのでマンションの方へ行こうかとも思ったのだが、何だか無性に気になって本家の方へ戻ってきたのだった。

 帰宅して初めて城崎の頼子の身に起った事件を知り、久遠が黙って飛び出したために、子どもたちが後を追ったことを西野から伝えられた。

 「西野さん…子どもたちだけで行かせたんですか? 」

史朗は窘めるように西野を見た。

 「子どもたちって言っても…もう皆さん立派な大人ですから…。 」

西野は詰まりながら言った。

 「いいえ…今がいちばん危険な年頃ですよ。 
親の庇護から抜け出したばかりで最も羽目をはずしやすい年頃です。
 場所はどの辺りですか? 
僕が行ってどうなるものではないけれど…責任がありますから…。 」

 西野は倉吉から聞いたおおよその位置を史朗に話した。
倉吉も岬もどうやらそちらへ向かっているようだった。
修の携帯が切れていていまだ連絡が取れないということを最後に付け足した。
 
 何とか修と連絡をつけるように西野に言いおくと、史朗は急ぎ樋野の祭祀の館へと車を飛ばした。



 久遠の屋敷の焼け跡のところで隆平が思い出したように言った。

 「ねえ…宗主に場所を知らせるの忘れてない…? 」

そういえば場所はおって知らせるからと西野に言わせたような…。

 「あ…でも修さんなら頼子さんの位置は分かるでしょ…僕らより感度がいいから、自分のつけた護りの印の場所を見つけ出せるんじゃないの…。 」

透がそう言うと雅人は首を横に振った。

 「それは頼子さんにつけた印が誰にも妨害されていない場合だよ。
僕ら頼子さんが攫われた時にさえ感知できなかったぜ。 
…ってことは襲われた時すでに妨害されてたってことだからね…。 」

う~ん…と三人は唸った。

 「あのさ…兄貴には警官の見張りがついてるんだからさ。
場所は警察で聞けばばっちり分かると思うんだけどね…。 」

 瀾が何でもないことのように言うと、お~ぉそのとおりだ…と三人は感心したように瀾の顔を見た。
何でそのくらいのことに感心してるわけ…っと瀾は思った。

 樋野の本家近くまで来た時急にエンジンの調子がおかしくなってきた。
雅人の車だけではない。悟の車も何者かに操られてでもいるかのように動かなくなった。

 取り敢えず目的地はすぐそこなので車をそこに乗り捨てておいて、祭祀の館まで歩くことにした。

 あたりは不気味なくらい静まりかえっていたが何人もの人の気配が感じられた。
正面から初老の男が近づいてきた。
瀾は直感的に自分の首を絞めた男だと気付いた。
 
 「こんな時刻におまえたちみたいな若い衆が何処へ行く? 」

男は穏やかに訊ねた。

 「人を捜しています。ここにいた時には樋野久遠といっていたようですが…。」

透がそう答えた。

 「久遠か…久遠ならしばらく前に樋野を去った。 城崎に戻ったはずだが…。」

そら惚けたように男は言った。

 「今夜また樋野の郷の祭祀の館に来ているはずなんです。
翔矢さんに会いに…。 」

雅人が鎌を掛けると男は一瞬たじろいだ。

 「翔矢…? 」

雅人は頷いた。

 「翔矢さんが突然、久遠さんの代理人を連れて行かれたので訳を聞きに…。」

男はまじまじと雅人を見つめた。

 「何かの間違いだろう。 翔矢はそんなことはせん。 」

 「久遠さんの屋敷に火をつけるようなことをしてもですか…? 」

 雅人のその一言を聞いて男の手がわなわなと震え始めた。
怒りと言うよりは何かを隠そうとして苛立っているように見受けられた。

 「無礼な…あれは事故だ。近くの家で焚き火をしていたのが飛び火したのだ。
それより…おまえたちはどこの者だ? 」

男は疑わしげな目を向けた。 

 「僕らは紫峰家の者です。 
縁あって久遠さんと瀾くんを城崎さんからお預かりしています。 」

 透がそう答えた。
城崎…と言いながら透たちを見回した。瀾を見た途端、男の形相が険しくなった。

 「何と…おまえは城崎の倅…久遠を追い出した女の息子ではないか…? 」

 ざわざわと闇が騒ぎ出してあたりの空気が険悪なものになった。
瀾の存在は樋野では到底受け入れ難いものらしい。

 何処からともなく罵声が浴びせられ石ころが飛んできた。
中には子どもの拳ほどもある石飛礫もあり、爛は辛うじて除けたが樋野全員を敵に回したこの状態に少なからず戸惑っていた。
大事を取って藤宮の悟と晃が瀾のために見えない壁を作った。

 「おまえのせいで久遠はいつでも不幸に追いやられる。
城崎での地位や財産を横取りした上に、せっかく樋野で築き上げたものをおまえは再び久遠から奪った。 」

 男は憎々しげに瀾を見つめた。
瀾の心がピシッと音をたててひび割れた。
おまえのせいじゃない…おまえのせいじゃない…という修の声が頭に響く。

 久遠の存在を初めて知った時、砕けてしまいそうになった瀾の心を、夜を徹した修の抱擁と声が救った。
 あの夜、修は一睡もすることなく壊れかけた瀾を抱きしめて、おまえのせいじゃないと囁き続けてくれた。
 
 そう…それは僕のせいじゃない…。
すべて兄の…久遠の運命的な選択ミスだ…。
僕の存在はいつも引き金に過ぎない…。

 瀾は威圧するように睨みつけてくる男の視線から目を逸らすのをやめた。
何でも彼でも人のせいにするんじゃないよ…逆に哀れむような目を男に向けた…。

 瀾の意外な反応に男は怯んだ。
男が考えているより瀾はずっと成長していた。

いいぞ瀾…心のひびには唾でもつけとけ…今は久遠を助け出すのみ!

 「久遠を返して下さい。 久遠は僕の兄…城崎の長になる人です。 」

 瀾は正面きってはっきりと男に言い放った。
二の句がつげず男はただ鯉のように口をパクパクさせた。



 祭祀の館の先祖を祀る部屋に久遠は通された。
祭壇の前で久遠を待っていたのは翔矢の穏やかな笑顔だった。

 「やあ…久遠。 お帰り…。 」

 翔矢は嬉しそうにそう語りかけた。
久遠を手招きして自分の前に座るように言った。

 「翔矢…頼子や佳恵は何処だ? なぜこんな馬鹿なことをする? 」

久遠は翔矢に問いただした。

 「だって…久遠。 こうでもしなきゃ帰ってきてくれないじゃない…。 」

翔矢は甘えたような声で答えた。

 「僕…ずっと待ってたんだよ…小さい時からずっと…いつか…久遠と一緒に暮らせるって…。
なのに…僕を置いて樋野を出て行ってしまった…。 」

 久遠は唖然とした。  
樋野に来てから翔矢とは挨拶を交わした程度でお互いろくに話したこともない。
なのに翔矢のこの思い込みは何処から来るのだろう?

 「なぜ…もっと早くに本当のことを話してくれなかった…? 
僕は…おまえのことをまったく知らずにいたんだ。 
翔矢…おまえを奪われていたことを知って父さんがどんなに嘆いたか…。 」
 
 父さん…翔矢は呟いた。 

 「だって父さんとは…暮らせないもの…。
大好きだけど…会いたいけど…城崎の家には近づけないもの…。 」

 まるっきり子どものような翔矢に久遠は戸惑った。
どういう育ち方をしたのかは分からないがまるで小学生のようだ。
有名な大学を優秀な成績で卒業したと聞いているがとても信じ難い。

 「翔矢…全部話してくれ…。 僕の知らないことを…全部…。 」

 久遠は取り敢えず真相を知りたいと思った。
翔矢と久遠の過去に何があったのか…?

それがすべての事件の始まりのような気がした…。





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