徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第五十八話 いざ出陣)

2005-12-24 23:31:16 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 物音がしたような気がして頼子は目を覚ました。
隣で佳恵がまだ寝息を立てている。
何だか頭がぼんやりしていてどうやってここにきたのか覚えていない。
車で連れ去られようとしている佳恵を見て助けに入ったのは覚えているのだが…。

 それは少し前に遡る。稽古が引けて紫峰の屋敷を出た後、佳恵と待ち合わせた店の入っているビルの地下駐車場に車を止めた。
 車のドアを開けた瞬間、感度のいい頼子の耳に佳恵の叫び声と何人かの男の声が聞こえた。
 慌ててその声のする方へ走って行くとあろうことか佳恵が圭介たちに連れて行かれようとしていた。

 「佳恵ちゃん…どうしたの? あら…圭介さんじゃないの…何をしてるの? 」

 突然、通りがかりの女性から名前を呼ばれて圭介は驚いた様子だったが、久遠のところでよく見かけた頼子だということに気付いた。
 圭介はいきなり頼子に飛び掛り有無を言わさず、他の男たちに拘束されている佳恵と一緒に車の中に押し込んだ。
すぐに車は動き出し頼子と佳恵は騒ぐことができないように眠らされた。
   
 眠らされてからは何処をどう移動してきたのかわからないが…ここは樋野の何処かの屋敷なのだろう。
 樋野の出身とはいえ樋野の一族とは遠い繋がりしかない頼子でも何とか樋野の持つ気配を感じ取ることができた。

物音のした方へ目をやると見知った男がじっとこちらを見ていた。
 
 「敏…。 」

 頼子は驚いて慌てて佳恵を揺すり起こした。
佳恵も頭を押さえながら起き上がった。
敏を見て怯えたように小さく叫んだ。

 「あんた…こんなところで何してんのよ。 何であたしたちを連れてきたの? まさか昭二さんのようにあたしたちまで殺すつもりじゃないでしょうね? 」

 敏は違うというように首を振った。

 「頼子…佳恵…俺は昭二を殺すつもりなんてなかったんだ…。
久遠さんを悲しませるつもりなんてこれっぽっちも…なかった。
だけど…俺…自分が思うようにならないんだ。
 いつの間にかおかしくなってしまって自分の思ってることと違う方へ違う方へ向かってしまうんだ。 」

 敏は頭を抱えた。
頼子は紫峰家で立ち会った御霊迎えを思い出した。

 「昭二さんの霊が言っていたことと同じだ。 敏は誰かに操られているって…。
誰なの? あんたを操っているのは…? 」

 頼子に訊かれて敏は一瞬迷った。
予想はしているが…確信が持てない…多分あの男…だ。

 「俺には…よく分からんが…圭介は翔矢と呼んでいる。
あまり見たことのない男だが…樋野の跡取りだとか聞いてる…。 」

 翔矢と聞いて頼子はあっと思った。
宗主の予想通りじゃないの…可哀想な久遠さん…。

 「あたしたちを人質にして久遠さんを誘き出そうって腹だわね?
いったい久遠さんをどうしようっていうの? 」

それも分からない…と敏は首を横に振った。

 「翔矢はえらく久遠さんにご執心で…久遠を取り戻せの一点張りなんだ。 」

昭二を一刺しで殺した男には思えないほど敏の様子は弱々しく不安げだった。

 「何なの? 翔矢ってのはゲイなの? 」

 誰かの命を奪ってまで手に入れたいなんて…普通の拘り方じゃないわ。
義を重んずる久遠のことを思うと頼子は不安がつのった。
 佳恵と頼子の命がかかっているとなれば、それが罠と分かっていても必ず誘き出されてくるに違いない。

 「分かんねえよ。 子どもっぽい男だがそっちの気があるかどうかまでは…。
とにかく俺は…瀾を殺すまではここから出られねぇんだ。 」

瀾を殺す…まだそんなことを…頼子は舌打ちした。

 「久遠さんはあの弟坊やのこと身体張って護るくらい可愛がっているのよ。 
坊やを殺したら今度こそほんとに怨まれるからね。 」

 そう言われて敏はまた頭を抱えた。
分かってるんだ…分かってるんだけど…止められないんだ。

 頼子は佳恵と顔を見合わせた。
何か暗示のようなものが敏を支配しているのではないだろうか?
探ってみたいが頼子の力では到底太刀打ちできないだろう。
何しろ相手は久遠の兄弟かも知れないのだから。



 予約した店から確認の電話があった時、やはり何かあったと城崎は確信した。
取り敢えずキャンセルしておいたもののふたりのことが心配で若い連中に捜しに行かせたが、駐車場でバッグを置いたままの頼子の車と少し離れたところで車の鍵を見つけただけで当のふたりはどこにもいなかった。

 こんなことならもっと厳しく止めておくのだったと城崎は後悔した。
しかし、たとえどれほど細かく予知ができたとしても、結局は来るべき未来を変えることはできない。
 知らずに済めば苛まれることもない心。幾度やりきれない思いをしたことか…。
それが予知する者の悲しい宿命だった。

 取る物も取り敢えず紫峰家へと飛んできた城崎が瀾に頼子の車のキーを渡した。
瀾はふたりが圭介に連れ去られた過程を車のキーから事細かに読み取り、ふたりは多分何か普段は使われていない儀式的な場所にいると話した。

 久遠の読みではそれは祭祀の館に違いなかった。
祭祀の館なら人の寝泊りできるすべてが揃っている。
人知れずに誰かを匿うには十分な環境である。

 城崎は久遠に決して早まった行動を取らないよう忠告した。
間の悪いことに修は出張で屋敷には戻っておらず、この緊急事態に久遠を抑えられる者はいなかった。

 久遠が城崎の忠告を聞かずこっそり屋敷を抜け出したのは、城崎が帰途についたすぐ後のことだった。
 秘かに甲斐がついているとはいえ、相手の力量も分からないのに無謀としかいえない行動だった。

 久遠のこの後先考えない行動にいち早く気付いたのは瀾で、真夜中にちょうど帰宅した雅人に久遠が誘き出されてしまったことを告げた。

雅人は西野を呼んだ。 
 
 「慶太郎。 樋野の祭祀の館の位置を探り出せ。 
宗主にも大至急連絡を…。 」

分かりました…と西野は即座に動こうとした。

 「待って。 館の位置なら分かるよ。 俺が行くよ。 」

 瀾は頼子のいる場所を特定した時にだいたいの位置を感じ取っていた。
雅人は表情を強張らせた。

 「当主代としては狙われているおまえを出すわけにはいかない。
隆平…地図を持ってきてくれ。 瀾に位置を確認させる。

慶太郎…取り敢えず宗主に連絡を…位置はおって知らせると…。

 僕らがどう動くかは…宗主代…おまえが決めることだ。 」

 雅人は透の意見を仰いだ。
透は瞬時黙していたが意外なことを言い出した。

 「当主代のおまえがその責任において瀾を出さんというのは分かる。
だが宗主代としては瀾を実戦に出してこそ責任を果たしたと言える。

 瀾を預かったのはただその命を護るためというだけではない。
瀾に長としての力を付けさせるためでもあるんだ。 
そろそろ…実戦で経験を積むべき時だと思うのだが…。 」

 雅人は驚いて目を見張った。  
透が宗主代としての意思をはっきり述べた。
いつも活動的な雅人に引っ張られ引き摺られてきた甘えっ子の透が…。

 「宗主代がそう言うのであれば…異存はない。 従おう。 」

 雅人はそう言って快く笑顔を見せた。
透も笑みを浮かべた。

 「僕はどうすればいいの? やっぱり…邪魔…? 」

 隆平が情けなさそうに訊いた。
雅人と透が顔を見合わせた。

 「隆平…おまえもそろそろ本気出さなきゃな。 
鬼母川であの巨大な化け物をやっつけた時のこと思い出してご覧よ。
おまえはもっと強いはずなんだよ。 十分戦える力を持ってるんだ。 」

 透に言われて隆平はあっと思った。
紫峰家へ来てから隆平は修の許で修練を積んだが、周りが強い人ばかりなのと、それまでのように怒りや恐怖に見舞われることが少なくなったので自分自身の力を発揮することもあまり無かった。

 いつも喧嘩の強い雅人や透に護られてきたし、何かの時には修の翼の下に潜り込めば安全だったから、そこからちょこんと顔を出している雛のように暮らしてきたのだ。
 修にしても透や雅人にしても隆平をどこか末っ子の冬樹と思っているようなところがあって、まるで小さな弟を可愛がるように接していたから隆平自身も自分は弱いのだと思い込んでしまっていた。

 「僕…行ってもいいんだ。 」

 嬉しそうに隆平は笑った。

 西野に後を頼んで四人が久遠の後を追うべく屋敷を出ると表門のところで悟と晃が待っていた。

 「え~? 何でここにいるの~? 」

 四人がいっせいに声を上げた。
ふたりはにやっと笑いながら後ろを指差した。その先に一左が手を振っていた。
気をつけてな…と楽しげな声が聞こえた。
まるで遠足に行く孫たちを送り出すかのように…。

 瀾の話では久遠が居た樋野の本家の周辺は樋野の郷とも言うべきところで、いくつもの樋野に関係のある家があるそうで、それら全部を敵に回して戦うとなれば、相当な苦戦を強いられるだろうということだった。

 「苦戦ねぇ…。 」

 透が思わせぶりに言った。運転している雅人がふっと笑い声を漏らした。
敵地に乗り込むことになるというのに緊張感のきの字も感じられなかった。

 こいつらやっぱ普通じゃないわ…瀾はそう感じた。
隆平は…と言えば後方からついてくる悟の車に向かってしきりに何かの合図を送っている。 

 「何やってんの? 」

 瀾が訊ねると隆平は瀾のしていた話を晃に伝えてる…と答えた。
そんなことにいちいち妙なパフォーマンスが必要かよ…テレパが使えねえなら携帯があるっしょ。

 「テレパシー? 使えるけど…晃と遊ぶと面白いから…。 」

 瀾は引きつった。こいつもかなり変…。
実戦経験の無い瀾は極度に緊張しているというのに周りの連中は誰一人そんな様子には見えない。

 「そんなにぶるってちゃどうしようもないぜ。 」

雅人が声を掛けた。

 「そうそう…相手は歴とした人間だし…おまえも相当修練したろ?
お祖父さま相手にさ…。 少しは自信持っていいよ。 」

 透が笑った。歴とした人間…って何よそれ…当然だろぉ。他に何と戦うっての?
瀾がそう思った瞬間、晃から目を離して隆平が瀾を見た。

 「化け物とか…鬼…時には幽霊なんかも…。 」

 紫峰家の三人組から堪えきれぬように笑い声が漏れた。
やっぱおかしいよ…こいつら…どうかしてる…。

 緩みっぱなしの三人を余所に、初めての実戦を前にして瀾の中の不安と緊張はますます高まっていった。




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