徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第二十話 新たなる犠牲者)

2005-10-23 23:44:30 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 表門より少し手前のところで史朗は車を止めた。雅人を車に残したまま、自分の記憶に残る場所を探し始めた。
 早咲きの山茶花が1~2輪咲き始めている場所…。紫峰家の塀の一部の様子が確かに史朗の目に焼きついていた。

 雅人も車から降りてきた。
表門の方から西野が現れた。西野は雅人から連絡を受けた後、紫峰家を廻る塀のあらゆる場所を見て回ったがこれと言って異常はなかった。
 
 「ここだ…。 女性の気配だ…。 」

 史朗は大きな山茶花の古木がある辺りの塀に手を当てた。
西野はその場所を確認したが、誰もよじ登ったような後はなかった。

 「おかしいですね…。 誰かが侵入した気配はどこにもないんですよ。 」

 西野は首を傾げた。史朗のことをよく知っているだけに史朗がいい加減なことを言う男ではないこともよく分かっていた。

 三人がその場を調べ始めた時、帰宅してきた修の車がすぐ脇に止まった。
西野が車から降りてきた修を迎えながら状況を説明した。

 「史朗が見たのだね? 」

修が訊ねた。

 「そうです。 僕にそんな力があるとは思えないのですが…確かに。
それにこの塀のところには女の人の残留した気配が感じられるのです。 」

 史朗が山茶花のある位置を指差した。
修はその場所に触れてみた。そっと目を閉じて気配があれば感じ取ろうと試みた。
やがてはっとしたように西野の方を振り返った。

 「慶太郎…すぐに城崎の実家に問い合わせて何か異変がなかったか確認しろ。
この女性は多分城崎の一族の者だ。
史朗がキャッチしたということは…意識がないか…亡くなっているか…だ。 」

西野は急いで本家に向かった。

 「何故…城崎の家だと分かるの? 」

雅人が訝しげに修を見た。

 「ほんの僅かだが城崎の一族特有の気配がある。塀に触れてごらん。
おまえも感度はいい方だ。 」

修に言われて雅人も実際に触れてみた。

 「ほんとだ…城崎と同じだね。 あ…でもだんだん消えていく。 」

 「僕らには長時間感じ続けることはできないが…史朗には感じられる。 
鬼母川の者は死者や生霊の気配には敏感だからね…。 」

修がそう言いながら史朗を見ると史朗は頷きながら静かに微笑んだ。

 「取り敢えず、僕らも母屋に戻ろう。 」

修が帰宅を促し、三人は母屋へ向かった。



 玄関先で西野の出迎えを受けた三人は、つい先ほど城崎の家で城崎の母親が何者かに襲われたことを聞かされた。
 背後から後頭部を何かで一撃され気を失ったということで、史朗が女性を見たその時あたりに事件がおきたのではないかと西野は言った。
 
 西野が確認したところでは倉吉や岬はすでに現場に急行しているらしい。

 病院に運ばれた城崎の母親は今のところ命はあるものの重体らしく、現在手術中ということで、できればすぐに城崎を連れて病院へ向かって欲しいと家の者が話していたそうだ。
 
 雅人は急いで城崎を呼びに行き、西野が運転手を呼んで宗主の車を用意させた。
騒ぎを聞きつけた透や隆平が部屋から飛び出してきた。
 城崎は表面上は落ち着いて見えたが、さすがにショックを受けているようで何度も西野に母親の容態を訊ねた。

 「これから宗主と僕がきみを病院まで送って行く。気をしっかり持つんだよ。」

 西野は分かる範囲の状態を知らせた後そう言って励ました。
城崎はただ頷くばかりだった。

 「史朗…後を頼むよ。 何かあったら連絡する。 」

 「分かりました。 お気をつけて…。 」

 すでに史朗を紫峰家の者と見なしている修の口調に、史朗は自分も紫峰家の一員として応えた。
家の者が見送る中、城崎を連れて修と西野は病院へと向かった。

 「大丈夫だろうか? 」

雅人が不安げに史朗に言った。

 「なんとも言えないけれど…僕が感じられるのはまだ死んではいないということだ…。
 お母さんの魂があの塀から中に入れなかったのはきっと紫峰の張っている特殊な結界のせいだね。 」

 史朗は簡単な所作と文言で城崎の母親の回復を祈った。
隆平が同じように祈りを捧げた。

 居間に集まってそれぞれに落ち着かない時間を潰しながら連絡待ちをしていると、はるがおにぎりを山のように盛った大皿を運んできた。
後ろから若い厨房係が味噌汁の鍋と椀を持ってついてきていた。

 「長い夜になりそうでございますから、腹ごしらえを…と思いまして。 
かしわの御味御付けなどお持ち致しました。 」

はるはそう言うと汁椀に鳥汁を盛った。

 「さすがはるさん…分かってる~。 実はね。 史朗さん晩御飯まだなんだ。」

 すばやくおにぎりを手に取った雅人が嬉しそうに言った。
透も隆平もすでにおにぎりをほおばっていた。

 「まあまあ…それはお可哀想に。 なにかお惣菜をお持ちしましょう。 」

 「いいえ…おにぎりで十分ですから。鳥汁もありますしどうかお気遣いなく。」

 史朗は慌てて断った。
御腹は空いているがはるの手を煩わすのは気の毒だ。
本当におにぎりだけでも有難いと史朗は思っていた。

 「史朗さま…はるに遠慮は無用でございます。 
史朗さまはすでにこの家のご家族におなりあそばされたのでございますから…ご入用な物はいつ何時でもお申し付け下さいませ。 
 そもそもこの紫峰家は…」

 「はるさん…そこまで。 史朗さんが食べられないよ。 」

 透が急いでストップをかけた。
以前同じ目に遭いそうになった隆平もうんうん…と同意するように頷いた。

 はるは分かりましたというように一礼すると、早速惣菜作りに向かった。
はるが行ってしまうと史朗はほっとしたようにようやく雅人が渡してくれた鳥汁の椀に手をつけた。



 病院の手術室前に設けられた待合室では城崎の父親がじっと手術が終わるのを待っていた。

西野が声を掛けると立ち上がって息子と紫峰家の宗主を迎えた。

 「わざわざご面倒をおかけしまして申し訳ないことです。
ただでさえ、こいつがお世話になっているというのにこのような遅い時間にこんなところまでお出まし頂きまして。 」

城崎の父親は恐縮して修に頭を下げた。

 「いいえ私どもの方はたいしたことでは…それにしても酷い話ですね。
女性を後ろから殴りつけるとは…。 

 今夜は奥さまは遅くまでおひとりで居られたのですね? 」

修はそれとなく事件のことを訊ねた。

 「はい…。 今夜は仕事先の接待がありまして私が遅くまで出ておりまして…。
内妻の頼子は友人の家へ遊びに行っていて難を逃れましたようで…。

 使用人たちは離れに居りますのでこちらが呼ばぬ限り夜は母屋には居りません。
そこを狙われたようです…。 」

心配と怒りの溜息混じりに城崎の父親は語った。

 「俺のせいだ。 俺が馬鹿だったばっかりに…家に犯人を招き入れてしまった。
俺なんか…俺なんかあの時死んでればよかったんだ。
俺が殺されていれば…お袋はこんな目に遭わずに済んだのに…。 」

 突然、城崎は泣き崩れた。
自分の慢心のせいで無関係な人が次々に身代わりに…犠牲になっていくことを考えるともはや耐えられなかった。

修はそっと城崎の肩を抱いた。

 「これは決してきみのせいではない。 私が自信を持って断言する。

 だから死んだ方がよかったなどと口にするのはやめなさい。
そんなことを言うと誰よりも母上が悲しまれる…。 」

 城崎の肩をぽんぽんと叩きながら修は城崎を窘めた。
城崎の父親が驚いたような顔をして修を見た。
彼もまた同じことを考えていた。

 「宗主のおっしゃるとおりだ。 瀾…お母さんのことはおまえのせいではない。
全く無関係とは言えないにせよ…今回のことは今までの事件と単純に結びつけるには無理がある。 」

 城崎の父親も息子を元気付けるように言った。
城崎はそれを意外に思った。
城崎は父親から何もかもおまえのせいだと罵られることを覚悟していたのだ。
しかし父親は城崎を少しも責めようとはしなかった。
 
 やがて手術室の扉が開いて執刀医が現れた。
助手も看護婦も誰ひとり姿を見せないことがすべてを物語っていた。

 再び静かに扉が開くと白い布に覆われた城崎の母親を乗せたストレッチャーが運び出されて来た。

 城崎は震える手で母親の顔の部分から布を除けた。
物言わぬその顔を大事そうに両手で擦り、堪らずに母親を呼びながら慟哭した。
城崎の父親はただ唇を固く結び両の瞼から涙をこぼした。

 悲しみにくれる父子の邪魔をするわけにもいかず修はそっとその場を離れた。
西野が待合室の向うから合図をした。

 見ると倉吉と岬の姿があった。
城崎に気付かれぬように修は照明のおとされた外来のラウンジでふたりに会った。

 「この事件には互いに繋がりのない複数のクループが関与していると宗主は考えておられる。
 長からそのような話を聞きました。
我々も全く同意見です。 
 これまでの捜査で最初の犠牲者と容疑者にはなんら組織的な背景がないことが分かっています。 」

 倉吉が小声でそう囁くように言った。
修は頷いた。

 「ただ…我々に何が分かったとしても裏づけができなければ、警察の仕事としては成り立たないので…。 」

 倉吉の声はいかにも残念そうだった。
特殊能力で何を見つけたとしても検察に提出するに足るだけの証拠固めができなくては話にならない。

 「私は部外者だ。 気にする必要はない。 きみたちの仕事が成り立つように事を運んでくれればいいことだ。

 城崎親子には本当にお気の毒で心からご同情申し上げるが、今回のことはきみたちにとっては捜査が進展するきっかけになるのではないかな。 」

 そう言って探るような目でふたりを交互に見た後、ふたりに背を向けた。

 「私はこれで失礼するよ…岬くん…城崎くんの護衛を頼む。
葬儀が終わったらまた紫峰家でお預かりするよ。
 城崎くんにはどうしても身につけてもらわなければならないことがあるのでね。
送ってきてくれるかね? 」

 「勿論です。 お任せください。 」

岬は直立不動で答えた。

宗主修は頷くと西野を伴って彼らの前から去っていった。





次回へ
 







最新の画像もっと見る

コメントを投稿