徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第七十四話 薔薇の最期…。)

2006-09-14 09:45:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 銃だなんて…。 スミレは怒りのあまり吐き気を催しそうだった。
能力者が…銃を使うだなんて…邪道もいいとこ…。

 戦闘能力のない麗香には銃でも特殊能力でも襲われれば同じことだろうが…それでも銃を使うというのは正体隠しが見え見えでいやらしい。

 そんなことしたって…バレバレよ…。
小手先の誤魔化しなんざ…この国の能力者には通用しないんだからね…。

 思ったとおり…急所外れていた三宅は命に別状はなく…まだ眠ってはいるもののそれほど心配なことはなかった。
利用されてばかりで…不憫な子だわ…とスミレは思った。

 特別病棟の廊下を急ぎ駆けて来る靴音…麗香の部屋の前でぴたりと止まった。
チャイムがあるのに病室のドアを叩き壊さんばかりの勢いでノックする音がして…返事と共に西沢が飛び込んできた。

 「麗香は…? 麗香の容態は…? 」

 ああ…紫苑ちゃん…待ってたのよ…早くお姉ちゃまに会ってやって…。
スミレは奥の部屋へと西沢を引っ張って行った。

 ばばさまの魂の力を借りて何とか持っているらしいの。
そうでなければ…。  

 眼を閉じたままの血の気を失った弱々しい顔をひと目見た時…西沢の胸に鋭い痛みが走った…。
西沢の治療能力では…もう奇跡を起こすこともできなかった…。

 紫苑…何故…家門の壁などぶち壊してでも麗香を護ってやらなかった…?
どうしようもないこととは分かってはいても自分を責めずには居られなかった。

 「ご免よ…麗香…。 傍に居てあげられなくて…。
護ってあげられなくて…ご免…。 」

 麗香の耳元で…西沢はそっと囁いた。
西沢の声に反応したのか…麗香は薄っすらと瞼を開けた。

 「お姉ちゃま…お姉ちゃま…! 」

 スミレが声をあげた。 
紫苑ちゃんよ…お姉ちゃま…ずっと待ってたんでしょう?

 「し…おん…。 お願い…。 智明の…後見…を…裁定…人…の…宗主…に…。
この子…ひとりぼっち…に…なっちゃう…の。 
後継に…指名…した…けど…後ろ楯…なくて…可哀想…だから…。 」

麗香は拝むような目で西沢を見た。

お姉ちゃま…私のことなんて今どうでもいいのに…。
時間がないのよ…。

 「分かった…。 間違いなく智明をばばさまの後継に立てる。
後見のことも宗主にお願いする…。 
僕もできる限り力になるよ…。 」

 西沢は何度も頷いた。
麗香の前で…そうはっきりと約束した。
麗香はほっとしたように…嬉しそうな笑みを浮かべた。

 「帰ってきて…しおん…。 あの…部屋…。 しおん…と私…だけの…部屋…。
まだ…こん…なに…し…おんが…好き…。 」

過去を思い浮かべているのか…麗香はぼんやりと天井を見つめた。

 「ノエルが嫉妬してる…。 
薔薇のお姉さんを忘れられない僕の心に気付いている。
 悪い亭主だけど…どうしようもない…。
きみが好きだよ…。 」

冗談っぽく微笑みながら西沢が言う…。

 ほんと…悪い…ひと…。 
けど…いつ…見ても…憎めない…その笑顔だけは…。

 「嬉…しい…わ。 
ノ…エル…ちゃ…んから…焼き…もち…焼いて…貰え…て…。 」

しおん…。

 それきり…麗香の言葉は絶えた。
薔薇のように美しく微笑んで…西沢に手を取られながら…。

 逝ってしまったと分かっても…西沢は…その手を離すことができなかった。
まだ温もりのある手…愛して止まない女の手…。
 頬寄せて…キスして…涙が溢れてくるのを必死で堪えた…。
笑顔のまま見送ってやりたかったから…。



 庭田本家は家格に恥じぬ荘厳な葬儀を執り行った。
喪主は智明が務め…これもまた…普段とはまるっきり人が違ったような威厳ある後継ぶりで…周りをおおいに驚かせた。

紫苑…僕は今…この瞬間から智明に戻る…。

 麗香が亡くなった後で…智明は西沢にそう宣言した。
長年…被り続けていた道化の仮面を外し…正当な天爵ばばさまの後継者としての顔を同族に曝した。

 智明を後継とすることに異論がなかったわけではない。
先代の指名があって…庭田の長老衆が智明の中にばばさまの魂を確認してさえも…納得しない者も居た。

 内部から反対者が出ることは智明も十分に予想していたし覚悟もしていた。
外にできた者にとって後ろ楯がないということは…そういうことなのだ…。

 しかし…この件については比較的迅速に解決を見た。
麗香の遺言によって指名を受けた裁きの一族の宗主が、智明の後見を務めると正式に庭田に申し入れた為に、反対派の気持ちが大きく揺らいだせいだった。

 他家の当主の後見を引き受けるということは…それだけで家を乗っ取ると疑われても仕方のないほどの大事だが…宗主が敢えて危険を冒したのは庭田の安定が族長会議に欠かせない重要な要素になっているからだ。

 加えて…これまでの智明の働きが他の家門から高く評価されていて…対外的には智明が庭田の顔になっており…その価値には余人を以って代え難いものがあった。
それについては反対派も認めざるを得なかった。

 裁定人の宗主が乗り出したことで反対者も表立って異論を唱えるわけにはいかなくなった。
ようやく庭田は智明を天爵ばばさまとして長に戴き…再び動き始めた。


 
 「それじゃあ…仲根さんは族長会議の警備に行くんですか…? 」

キーを打つ手を止めて亮は仲根の顔を見た。

 「そう…。 今回は庭田の事件の検証が行われるんで…妨害されないように各地の御使者とエージェントが特別警備に出るんだ。 

警察で検証は行われているけれど…何しろ普通の人たちには分からないこともあるからね…。 」

 検証…ですか…。 う~ん…見てみたい気もするなぁ…。
内勤の亮は羨ましそうに言った。

 だろぉ! まあ…会議場内の担当にはずれりゃ外で立ち番だからさ…。
見られないかも知れないけど…。

 「全国の代表家門から選りすぐりのリーダーたちが集まってくる。
事件当夜の状況を読むんだ…。 前代未聞の大イベントだぜぇ…! 」

うわ~…行きてぇなぁ…。 

 「そんじゃ~行ってみるかぁ? 」

さっきまで電話を受けていた大原室長が亮に声をかけた。

えぇっ…?
 
亮も仲根も驚いて室長を見た。

 「今回さ…証人として華道家の紅村旭に参加して貰うことになったんだけど…そのボディガード…。
仲根と亮とでがっちり固めて来い。 勿論…会場内に入れるぜ…。 」

 やりぃ!
仲根と亮は手を打ち合わせた。



 かさこそと落ち葉の舞い落ちる音がする。 少し風が出てきたか…。
しんと静まり返った広い座敷の真ん中あたりで西沢は身動ぎもせず…ただ宗主が現れるのを待っていた。

 西沢の隣では智明が…信じられないことにひと言も口を利かず座っていた。
これがもしスミレだったら…際限なくべらべらとしゃべりまくっていただろう。
智明はどちらかと言えば寡黙である。

 使用人頭の声がして…開かれた襖の向こうから宗主と内室…お伽さまの三人が現れた。

 「待たせたね…。 」

 西沢は型通りに挨拶の口上を述べ、智明もそれに従った。
今日は母屋での正式な話になる。 
洋館でのように無礼講というわけには行かない。

 「近く…族長会議で事件の検証が行われるが…その前に…庭田にもいろいろな事情があることと思うから…前以て聞いておこうと思ってね…。 」

 宗主は穏やかに智明の方を見た。
智明は軽く…一礼した。

 「ご存知のとおり…姉はお告げ師ですから…この事件についてまったく気づいていなかったというわけではありませんでした…。

 ですが…庭田では…古からの禁忌として自らの運命を事細かに調べてはいけないことになっています。
姉もそれに従って…敢えて知ろうとはしませんでした。

 気丈な人で…すでに覚悟を決めており…怖れてもいませんでしたが…庭田の行く末だけは気に掛けていました。 」

 智明の話によれば…三宅を身近に置くようになった頃には…それらしい気配を感じていたとのことだった。
避けられぬ運命ならば…そのことを最大限に利用しよう…と麗香は考えた。

 天爵ばばが何者かに殺されたとなれば…居眠りしている連中も眼を覚ますに違いない。
証拠無しでは思うように動きが取れない裁定人の宗主にも…動く理由ができるだろうし…。
警察では迷宮入りの事件になるとしても…族長会議では必ず答えが出るはず…。

 「ばばさまらしい…命に代えても我々の未来を護ろうとなされたわけだ…。
応えねばならんな…。 
 
 紫苑…おまえは後見人の使い…世話人として時々庭田に出入りせよ…。
智明の相談相手になってやるがいい…。 」

宗主は西沢にそう命じた。

 「時に智明…きみは庭田の本家で育ったわけではないが…庭田の祭祀…作法などは…学んだことがあるか…? 」

 それを言われると…つらいものがあった。
庭田にもお告げ師として天啓を受ける為の祭祀や儀式がある。
麗香が執り行う儀式などの介添えを幾度もしてはいたが…いざ自分が主になると上手くいくかどうか…。

 「お伽…庭田の儀式には御大親の祭祀に近いものがある…流儀は異なるが…立ち居振る舞いなど教授してやれ…。
おまえなら…智明の中のばばさまと話ができるだろうから…。

北殿…何か紫苑に伝えることがあるかね…? 」

 宗主は傍に控える内室にそう訊ねた。
お伽さまが青竹のように清々しい方なら…北の方は艶やかな大輪の牡丹…。
裁きの一族のもうひとつの家門の長らしく…宗主にも引けを取らない堂々たる女主。

 「紫苑…宗主と同様…私の特使としても…あなたにエージェントに命令できる権限を与えます。
家門の枠を越え…御使者と同じようにエージェントをお使いなさい…。
すでにこのことは通達済みです。 」

 えっ…ちょっと…待ってください…! 何か…誤解されているようですが…。
西沢は慌てて言った。

 「僕は…ただのはみ出し御使者で…みんな僕より先輩ばかりだし…仲間たちに命令なんてしたことはありません…。 」

 お伽さまが横を向いてぷっと噴き出した。
怪訝な表情で北殿が宗主を見た。

 「御使者長から聞いてはいたが…如何にもおまえらしい…。
特使とは…僕の直属の使者で…当然…御使者長の上を行くお役目だ…。
その権限を一度も使ったことがないとは…。 」

宗主も北殿も堪えきれずに笑い出した。

 ひえぇぇぇぇ~っ!
どうしよう…どうするよ…そんなあほな…聞いてねぇし…。

さっと血の気が引いた。 
 
 紫苑…大丈夫…顔色悪いよ…。
智明が心配そうに小声で訊いた。

大丈夫じゃねぇよ…。 死にそ~だ…。

 「あの…前にも申し上げましたが…やはり…僕には荷が重過ぎるようなので…分相応に普通の御使者に戻して頂けないでしょうか…?
生来…怠け者なので…そんなご大層なお役目は務まらないような気がします…。」

 襖の奥からもクスクスと笑い声が聞こえてきた。
宗主はとうとう腹を抱えて笑い出した。 北殿も堪らず声を上げて笑った。

 「紫苑…紫苑…そのように…不安がらずとも宜しい…。 心配ありませんよ。 
あなたはこれまでどおりにお務めを果たされればいいのです。
気を楽になさい…。
ただ…お務めの上でひとりでは困難なこともお有りだろうから…そういう時にはみんなに頼めと言っているだけなのですよ…。 」

 笑いながらお伽さまが説明した。
私も…始めは戸惑いましたが…今では慣れました…。
出来ることを精一杯すればよい…そう考えております。

あ…そうか…お伽さまも特使のひとりなんだ…。
西沢は初めてそのことに気付いた。

 「北殿は…あなたを見込んで権限を与えて下さったのです…。
何でもひとりで背負い込まないで…与えられた権限を有効にお使いなさい…。 」

 そう言ってお伽さまは北殿と笑顔を交わした。
結構…仲良さそうだ…このふたり…。 
宗主の子のひとりがお伽さまの子だっていう噂は…本当かも…。

 なんて…悠長に…人の噂を言ってる場合じゃないよ…。
お伽さまに諭されても…改めて知ったお役目の重さに西沢は頭を抱えた…。

 僕は万事てきと~な男なんだぜぇ~。 
お伽さまみたいに真面目なタイプじゃないんだよ~…。
どうするよぉ~…紫苑?

どうすりゃいいんだぁ~!










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