神戸のグループホームでお世話になっている97歳になった義姉が老衰でそろそろ準備を、ということで古いアルバムを開いたところ、1枚の写真が目に入りました。
35年ほど前の家族旅行の写真です。
中央は主人の従姉の方で、江田島の旧海軍兵学校でお勤めされていて見学に誘ってくださったときのものです。
この方の娘さんが神戸在住で、義姉のあれこれの用事をしていただくことになり、たいへん助かりました。
見学では、人間魚雷「回天」に衝撃を受けたことを思い出します。
「回天」について 周南市「回天」記念館HPは こちら
主人は、朝遅く出かけて夕方には帰ってきて子どもたちと接する時間は多かったように思います。
年子の息子たちは、このころ二男のほうが大きくて、こちらがお兄ちゃん?とほかの方から言われて長男がむくれておりました。
それにしても、この写真がすぐ目に入ったのは、なぜなのでしょうか。
主人は義姉のことが気にかかったのか、それとも国際情勢が気になったのか。
主人は亡くなっても、このように身近に存在するものとして感じられます。
かえって頼もしい面もあるような。
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多大な軍事費によって最新型の軍艦をそろえた最強の海軍が戦争末期にこのような「回天」を兵器として使ったことはそれほど知られていないのではないでしょうか。
回天記念館HPから
日本側の戦死者は、回天搭乗員106名、回天整備員36名ほか合計145名(訓練中の殉職者、戦後の自決者を含める)で、さらに回天戦に参加した未帰還の潜水艦は8隻で、その搭乗員数は811名を数えます。
日本に原爆投下を決断させた1つに、日本軍が飛行機による特攻とともにこのような攻撃をさせていたこともありそうに思います。
現代では海中ドローンという無人の兵器があるそうですが、日本は原子力潜水艦を考慮中とか。また、日本は判断ミスで人命軽視を繰り返すのでしょうか?
犠牲となった多くの人たちは、不毛な悲劇を繰り返してほしくないはず。
日本は声高く平和を主張する義務があると思います。
(追加の写真です)
敗戦が濃厚になると、何でもアリで少しでも戦果を上げたいになっていくのでしょうか。