稲付川を歩く

2015年06月09日 | 東京のお散歩
北区上十条の姥ヶ橋交差点北側から、根村用水より接続された稲付川は始まります。

(姥ヶ橋から根村用水方面を望む)

姥ヶ橋は、根村用水から稲付川へ接続するこの地にあった橋で
昔、誤って幼子をこの川で溺死させてしまった乳母(姥)が、
この橋から身を投げたという伝説によって名付けられています。

(姥ヶ橋交差点)

また、この事を哀れんだ村人たちによって、供養のための延命地蔵(享保九年の銘)が
橋の右岸に建てられて今も遺されています。

(延命地蔵)

交差点南側では、それほど深くなかった流路跡の底部も
交差点北側では一気に深くなり、流路跡へ降りるには、階段を下りることになります。

(交差点北側の階段)

ここからは、灌漑用水ではなく自然の川なので、道は谷底を蛇行しつつ
荒川沖積低地への出口である、JR赤羽駅南側(埼京線と東北線分岐点付近)を目指します。

(所々で分岐があるのは、川沿いの道の跡だろうか)

短い距離ながら標高差もあるため、勾配を感じることができる暗渠路となっています。
狭い谷なので、左右から来る路地は、階段で接続します。

(階段の数から、谷の深さがわかる)

(路地は両側から階段で交差する)

また、暗渠に付き物のマンホールからは、勢いのある水流音と
おそらく水流から生じる風切り音が響いてきます。

(暗渠らしくマンホールが多い)

講談社創業者野間清治の別邸があった、現在の稲付公園の麓あたりから
法真寺門前あたりにかけて勾配は緩やかになります。

(野間坂下)

(庭の美しい法真寺)

JR埼京線(赤羽線)を潜ると、沖積低地となります。
ここから成立高校の脇を通り神谷町へ抜けます。
北本通りの東側で、初めて稲付川は開渠となりますが、
水があることは認められるものの、特に流れている様子はありません。

(稲付川終端部の開渠)

近くに下水神谷幹線のポンプ場もあることから、稲付川の暗渠を流れてきた水の殆どは
そちらのポンプ場から、みやぎ水再生センター経由で隅田川へ放流されているものと思われます。
コメント
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