ぐぅぐの旅日記 ~今日もお散歩日和~

お散歩と乗り鉄の記録です

成田

2012年04月30日 | 
成田といわれれば
ほとんどの人が思い浮かべるであろうもの。
それは成田山新勝寺と、成田国際空港。

成田駅は、前者の玄関口で
JR成田線と京成線が乗り入れている。

ただ、この二つの駅、それぞれのロータリーの間に
道路が1本通って隔たっており
しかも真正面ではなく、その横に連なる道を
30メートルほど歩くという
なんとも中途半端な位置関係。

もっとも武蔵小杉のように
まるで別の駅のような位置関係ではないので
その点では便利な類に入るのかもしれない。

ただし、JRの本数と京成の本数は
雲泥の差。

こちらは京成線に軍配があがる。
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昭和

2012年04月29日 | 徒然
昭和の日。

昭和天皇のご生誕の日です。
お隠れ遊ばされてからもう24年も経つんですね。

昭和という時代を振り返ってみると
景気はよかったけれど
無駄も多かったような気がします。
逆説的に言えば、無駄が多いから景気がいいって
言えなくはないでしょう。

平成の御世。
無駄なものはもちろんあるけれど
なかなかよくならない景気。
だけど、今年の連休は
みんな少しでも景気を行くするために
あっちこっち出歩いているみたいですね。

混みすぎはいやだけれども
にぎやかなのは景気がよさそうでいいです。

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ひおしがり

2012年04月28日 | 徒然
潮干狩り。
いまだにちゃんと言えません。


今日は13時から5時が潮干狩りの時間だそうです。
これって夜もOKって事?
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ナイトフライト

2012年04月27日 | 
国内線の夜のフライトの楽しみは
地上の街の灯り。

中小都市が意外に広かったり明るかったり
大都会なのに光の少ない街があったり。

それだけのために
飛行ルートを調べて事前に座席を指定します。
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トワイライトフライト

2012年04月26日 | 
黄昏時のフライト。
地平線上に沈む夕陽から
成層圏の濃い空の色へのグラデーション。

それを眺めながら、サービスのワインを飲む。
極上のひとときである。
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水の都

2012年04月25日 | 
佐賀市内にはクリークが張り巡らされていて
いわば水の都…といいたいところですが
「都」と言っていいのかどうか…

なにも無いような街だけれども
一度は行ってみる価値のある所だと思います。

一度行くと病みつきになります。
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レトロゲーム

2012年04月24日 | 徒然
レトロなゲームが好きです。
ホテルのゲームコーナーや、スーパーの中のゲーセン(子供向け)
駄菓子屋やおもちゃ屋、雑貨屋とか薬屋の店先においてあったような
そんなゲームが好きです。

パチンコ球や10円玉を弾いたり
ルーレットだったり
今思えば、ギャンブルへの入り口ですねw

この系統のゲームが好きな割りに
ギャンブルには一切手を出していない私ですが
考えてみれば人生そのものがギャンブルのような…


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1年前

2012年04月23日 | 徒然
ちょうど1年前(←歌ではない)
都内も計画停電云々で
電車も間引きダイヤ、車内も照明を消して運行という
そんな時期でした。

昼間電気を消しての運行って関西じゃ普通なんですけどね
山手線でだとやっぱり違和感があります。

あれからもう1年経ったんですね…
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岡山城

2012年04月22日 | 
昨日から、自分の本来の(?)仕事である「展覧会」が
岡山ではじまりました。

会場は岡山城の目の前です。
岡山城、かっこいいです。

松本城とならんで、好きな城郭のひとつです。
後楽園もきれいだし、岡山はいいところです。
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レインボーブリッジを渡る

2012年04月21日 | 
芝浦と台場を結ぶレインボーブリッジ。
上層部を首都高速が
下層部を一般道とが走る
湾岸地区の所要道路であり、観光地でもある。

このレインボーブリッジには公共交通機関も走っている。
ゆりかもめと路線バスだ。


ゆりかもめ

路線バスは都営バスの虹01と波01出入の2系統。


虹01


波01出入


そして今月19日から運行を開始した台場シャトルである。


台場シャトルは、港区などが運営し
ケイエム観光が運行するバスで
品川駅と田町駅から台場を結んでいる。
港区が運営するために、有明など江東区へは入らない。

このシャトルバスの運行開始を受けて
都バスの虹01の本数が激減してしまった。
もともと波01は、車庫への出入系統のために
かなりレアな路線であるために
実質今月からレインボーブリッジを都バスで渡ることは
至難になってしまった感がある。

ゆりかもめは高いし、台場シャトルバスは現金乗車と専用1日乗車券のみ。

都営まるごときっぷ愛用者としては寂しい限りである。

タイトル画は波01出入車内から、芝浦ループを撮影。
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日本考古学

2012年04月20日 | 徒然
大森駅のホーム上には
「日本考古学発祥の地」の碑が建っている。

もちろん、これはエドワード・モースが発見し発掘調査をした
大森貝塚に由来するものである。

彼の大森貝塚の発見は1877年。
当時、諸外国ではフランスのオギュスト・マリエットなどは
既にエジプトで発掘調査はども行っていて
大きな成果をあげているわけで
日本は遺跡と同居しつつ暮らしていながら
この頃まで「考古学」という認識を持たずに暮らしてきた。

もっとも、古くからの「塚」に対しては
それを信仰の対象として寺社や祠を建てて
集落の中心としたりしていたことから
まったく無関心だったわけではないのだろうけれど
モースが車窓から発見した貝塚こそが
それまで「歴史学」だけだった日本の過去に
「考古学」が生まれた場所だったのである。
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江戸の内

2012年04月19日 | 
本郷も かねやすまでは 江戸の内
なんてぇ川柳がございまいて。

この「かねやす」てぇのは、小間物屋、
今で申しますてぇと、雑貨屋さんなんでございますな。

もともと京の都で口中医、つまり歯医者をしていたんですが
家康さんの入府にあわせて、この江戸へ出てめぇりやして
乳散香てぇものを売り出した。
これは、何かと申しますてぇと、歯磨き粉のことでございまして
これが江戸の連中に爆発的に売れまして大繁盛。

ところが、いつの世も大店になりますと
内紛なんぞがおこりまして
当主の弟が暖簾分けで芝神明前に店をだしまして
結局「うちが元祖だ」なんてぇ喧嘩をおっぱじめちまいまして
時の町奉行、御案内でございます大岡忠相様が
仲裁処分をくだしたわけでございます。

今で申しますところの商標をめぐる裁判なわけでございますな。

で、どうなったのかと申しますと
芝は、元々の「兼康」、本郷を「かねやす」とせよ
なんてぇ、粋なお裁きをいたしました。

最初の川柳にあるように
1700年代ごろは本郷までが「江戸」なんてぇ認識だったようでございますが
度重なる大火や人口増加でどんどん江戸の範囲が広がりまして
1800年代には本郷よりも更に先、駒込染井あたりまでを墨引き
王子瀧ノ川三軒家あたり、板橋宿近辺までを朱引きとして
江戸の内に入れることになったわけでございます。

ちなみに、東海道方面では
当初、芝・高輪あたりまでが江戸。
時代が下りますてぇと御殿山までを墨引き
品川宿あたりまでを朱引きにしたようですな。


かねやすのございます本郷3丁目交差点を境に
都心側にはビルが立ち並び
東大側は一気にビルが減るのは
そんな、江戸時代からの事情もあるのかもしれません。


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浅草の古くて新しい顔

2012年04月18日 | 
浅草の玄関口、東武浅草駅。
1931年の開業当時は「浅草雷門」駅と称していて
対岸の旧業平橋駅、現在の「とうきょうスカイツリー」駅が
浅草駅を名乗っていた。

急カーブでおなじみの、この東武電車のホームが入っている
松屋浅草店は、スカイツリーの完成に合わせて
1931年の竣工当時の姿に復元改装をしている。

東京の古い姿が、東京の新しい顔として
息を吹き返し始めている。
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浅草名物

2012年04月17日 | グルメ
浅草の神谷バーは
日本で最初のバーとして明治13年に創業した。

現在の建物は大正10年に建てられたもので
登録有形文化財にも登録されている。

文豪などにも愛されたこの店の名物は
「電気ブラン」

今でも詳細のレシピはヒミツだそうだ。


ビールをチェイサー代わりに昼から1杯。
夜は日本堤まで歩いて中江の桜鍋。

新吉原なんぞ行かなくても
オトナの道楽はまだまだたくさん残っている
浅草の愉しみ。
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下り坂の空の色

2012年04月16日 | 徒然
変わりやすい天気。
4月も中旬だというのに
少し肌寒い今日この頃。

本当は青い空がいいけれど
前線の通過や、急な天候の変化は
面白い空の色が見られる。

雨がやめば
また、綺麗な空が帰ってくるから
それまでは鈍色の空で我慢。
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