信任状捧呈式

2015年07月31日 | 徒然
日本国と国交を有する国の、特命全権大使もしくは特命全権公使が
新たに駐日大使として着任すると、まず母国の元首から託された信任状を
天皇陛下へ捧呈するために皇居へ参内します。

(大使閣下を乗せた儀装馬車)

(捧呈式が行われる皇居宮殿)

この捧呈式に先駆けて、各国大使(公使)閣下に対し
「お迎えはお車にいたしますか、馬車にいたしますか」と問い合わせますが
ほとんどの国の方が、馬車を希望されるそうです。
というのも、日本以外で捧儀式の送迎に馬車が使われるのは、
イギリス、オランダ、スペイン、スウェーデンなどの立憲君主国の一部に限られ、
海外の外交官にとって、馬車での送迎はこれらの国の大使として赴任した際の
ひとつの「特権」と捉えられているのです。

(宮内庁をバックに坂下門を出発する馬車列)

(儀装馬車)

(先導の騎馬隊)

(皇居正門へ向かう馬車列)

(石橋を渡る儀装馬車)

馬車列は、警視庁と皇宮警察の騎馬隊によって護衛された
宮内庁車馬課による儀装馬車が2台(大使用と随行員用)
その他警備のパトカーと、最後尾に馬の「落し物」を拾う
宮内庁の軽トラックという構成で運用されます。

(大使用馬車と随行員用馬車)

(美しい行列を支える裏方さん)

丸の内ビル街に響く蹄の音というのも、情緒があるものです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

檜町公園

2015年07月30日 | 東京のお散歩
六本木の東京ミッドタウンに隣接する檜町公園。



江戸時代には長門萩侯毛利(松平)大膳大夫の屋敷があった場所で、
明治以降は第一師団歩兵第一連隊、米軍、防衛庁(現防衛省)が置かれていました。



毛利家の屋敷だった頃には「清水園」と呼ばれた名園で
屋敷も、邸内にヒノキが多く繁っていたことから「檜屋敷」と言われていました。

その名前が後世「檜町」(現在の赤坂9丁目付近)の名に繋がります。



防衛省が市谷へ転出したあと、跡地をミッドタウンとして整備するにあたり
檜町公園も再整備され、四阿や芝生の広場なども造られ
ミッドタウンと調和のとれた景観を創り上げています。



なお池や滝、流れはありますが、それらの水に入って遊ぶことはできません。
もちろん全裸で叫ぶのもダメですよ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

瀋秀園

2015年07月29日 | 東京のお散歩
瀋秀園は、川崎大師近傍の大師公園内にある中国庭園で
神奈川県川崎市と遼寧省瀋陽市の友好都市提携五周年を記念して
昭和六十二(1987)年に、瀋陽市より贈られた庭園です。



作庭にあたっては、瀋陽の庭園技術指導団の協力もとに造園が行われ
中国から取り寄せた作庭材料によって、自然山水様式の池泉築山と
明清様式の建物で構成される庭が完成しました。



瀋陽市の秀景という意味の名の庭園は、秀湖と名付けられた池を中心に
知春亭、藕香謝、攬翠亭といった楼閣や、奇石として高価な太湖石を配して
端正な造りとなっています。

(太湖石と知春亭)

(環碧廊から秀湖と藕香謝を望む)

(攬翠亭と瀑布)

(秀湖)

また、瀋秀園を大師公園では水遊びもできたり
隣駅(鈴木町)には、工場見学(要予約)のできる味の素工場もあるので
夏休みのお出かけには、結構おすすめの公園です。


(京急線川崎大師駅から見た味の素工場)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

川崎大師

2015年07月28日 | 東京のお散歩
明治神宮、成田山新勝寺に次いで、全国第3位の初詣参拝客で賑わう川崎大師。



真言宗智山派大本山で、正式な山号寺号は金剛山金乗院平間寺といい
大治三(1128)年創建の関東屈指の霊場です。

平間兼乗なる人物、江戸湊川崎にて海中に網を投げ入れたところ
弘法大師の木像を引き揚げた。
この木像を洗い清め、献花して供養していたところ、この噂を聞きつけた
高野山の上人尊賢が諸国遊化の折に平間兼乗とともにこの地に寺を建立した。
と、いうのが開山開基の物語です。



江戸時代には「オットセイ将軍」家斉が参拝するなど早くから隆盛を極め
勅願寺として大本堂大棟に菊花紋章を許されるなど
現在に至るまで多くの人々に崇敬されてきている寺院です。



門前には、名物の切り飴やくず餅、だるまなどを売る店が建ち並んで
参拝客の目や舌を楽しませています。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Jギャラリー&カフェ

2015年07月27日 | 東京のお散歩
旧中山道は平尾一里塚手前、滝野川銀座通り商店街の中ほどに
今月新しくJギャラリー&カフェというスペースがオープンしました。



Jは自由、自閉症、Joint、Joy、自在のJで、自閉症や知的障害者のアート作品を
展示・販売する画廊として、またそれらの作品を観ながらカフェとしても楽しめる
気軽で気さくな場にしたいそうです。

現在は、滋賀県の障がい者事業所、やまなみ工房の入所者たちの作品を展示しています。

今後も色々な可能性を模索しつつ運営をしていくようです。

JR板橋駅徒歩4分、都営西巣鴨駅から徒歩5分。滝野川銀座通り(旧中山道)です。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

浮間公園

2015年07月26日 | 東京のお散歩
北区浮間と板橋区舟渡にまたがって、浮間ヶ池という大きな池があります。



元々は荒川の本流であった場所で、昭和初期の荒川治水工事によって
築堤で本流から取り残された約4haが公園となったものです。

以前の流れは、現在の埼京線浮間舟渡駅を通り、新河岸川まで南下してから
新河岸川のルートで岩淵まで流れ、隅田川となっていく流路でしたが
下流部の荒川放水路開削工事に遅れて、岩淵水門より上流の流路整理も行われたのです。

以前は水田耕作に適した湿地だったこの周辺も、新幹線開通との引き換えで建設された
東北本線通勤別線こと埼京線の開業で、農地は姿を消し
都心へ通勤する人たちの住宅街と化して、昔とは異なる水辺の風景を作り上げています。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

無量寺

2015年07月25日 | 東京のお散歩
北区西ケ原の古河庭園に隣接する地に、真言宗豊山派の寺院、
佛寶山西光院無量寺があります。



詳しい創建年代は不明ですが、遺物などから14世紀頃の創建と考えられています。

元々は長福寺という寺号で、徳川幕府から御朱印を賜る寺格したが、
これがために九代将軍家重の幼名である長福丸と同名であることを忌み
寺号を無量寺と改めました



近くには飛鳥山や王子があったため、江戸から近い霊場巡り「江戸六阿弥陀詣」の
第三番としても知られています。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

滝野川公園

2015年07月24日 | 東京のお散歩
飛鳥山公園の東側、警視庁滝野川警察署と国立印刷局などを挟んで
北区立滝野川公園があります。



流れと滝のある公園で、奥は崖になっていて、崖下にはJR東北本線が走っています。



そんな滝野川公園は、実は御殿前遺跡と呼ばれる、先土器時代からの長い歴史の証人たる
遺跡の上に造られています。



隣接する飛鳥山に古墳があり、平安時代に豊島氏の館のあった平塚神社があるなど、
周囲にも多くの遺跡がありますが、この滝野川公園は、奈良・平安時代において
武蔵国豊島郡(武蔵國豊嶋郡)の郡衙があった場所と推定されています。

貝塚や土器、武士の時代の遺物、江戸時代の遺物など、
この付近では各時代の色々なものが出土することから
かなり昔から、滝野川周辺には人々が行き交っていたことが推測されています。

現在の滝野川公園は、水遊びもできるので、夏休みは親子連れで賑わいます。

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

飛鳥山公園の澁澤邸

2015年07月23日 | 東京のお散歩
近代日本の立役者で、日本における資本主義の父ともいわれる
実業家・澁澤榮一(渋沢栄一)は、現在まで続く銀行や運輸・製造企業だけでなく
医療、教育にいたるまで、多くの組織を設立・経営し、
広く社会奉仕活動にも身(だけでなく金も)を投じた事で知られています。

渋沢栄一は埼玉の深谷の豪農出身で、のちに一橋慶喜の家臣となり
主君の将軍就任とともに幕臣となりました。
その後、官僚となったのちに実業家となりましたが
実業家となって間も無く、飛鳥山に別荘である「曖依村荘」を建てます。

その後、三田綱町から飛鳥山へ本邸を移し、生活の本拠としました。
渋沢栄一が喜寿の際に、飛鳥山本邸内に清水組(現 清水建設)から
晩香盧という木造洋風茶室を贈られます。

(晩香盧)

晩香盧は渋沢栄一詠の漢詩から名付けられたとも、バンガローの音訳とも謂れています。

また傘寿記念と子爵へ昇位の記念に、栄一を慕った経営者たちの組織「竜門社」から
書庫である青淵文庫が贈られます。
こちらも中興期に栄一と深く関わりのあった清水組が施工しています。

(青淵文庫)

現在でも晩香盧と青淵文庫は、飛鳥山公園の一部として、一般に公開されています。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

花火大会

2015年07月22日 | 徒然
先週末の足立区花火大会を皮切りに、都内も花火大会シーズンとなりました。

(足立区花火大会)

昨日は葛飾、今週末はいよいよ隅田川の花火大会です。

(隅田川花火大会)

そのあとも板橋、江戸川や東京湾、神宮などが目白押しです。

(東京湾大華火祭)

天候に恵まれるといいですね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

赤羽自然観察公園

2015年07月21日 | 東京のお散歩
赤羽自然観察公園は、陸上自衛隊十条駐屯地赤羽分屯地跡に作られた公園です。



縄文時代からの湿地や沼地、公園内の湧水を活用して、
かつての赤羽台の自然を復原し、自然を身近に感じることができます。



江戸時代から浮間にあった農家、旧松澤家の家屋(北区有形文化財)を移築し
北区ふるさと農家体験館として一般にも公開されています。



かつて自衛隊補給処(戦前は工兵営)だった場所にもかかわらず
北区へ返還されるまで湧水が残されていたことに、自衛隊の素晴らしさを感じます。

(陸上自衛隊十条駐屯地)

なお、湧水は「東京の名湧水57選」にも選ばれています。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

豊川稲荷

2015年07月20日 | 東京のお散歩
赤坂は秋篠宮邸の門前に、豊川稲荷はあります。
お稲荷さんですが曹洞宗の寺院で、愛知県豊川市にある豊川稲荷妙厳寺の
飛び地境内(東京別院)となっています。



創建は時代劇でお馴染みの大岡忠相で、三河の出である大岡家が
代々信仰していた豊川稲荷の吒枳尼天(荼枳尼天)を勧進して
下屋敷内に屋敷稲荷として祀ったことが起源となっています。

大岡邸が屋敷替えとなった際に、豊川稲荷も移転し、現在地に遷座しました。
町奉行らしく、庶民の参拝を(日を限って)許し、本家妙厳寺が参拝所を建立しました。

大岡忠相が、江戸時代を通じて唯一町奉行(旗本)から大名へ出世した人物であることから
出世や泥棒除けなどのご利益があるとされ、(出世は吒枳尼天の本来のご利益でもある)
また赤坂花柳界からの信仰もあったことから、芸能人からの信仰も厚い寺院です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

伝通院朝顔市

2015年07月19日 | 東京のお散歩
小石川傳通院(伝通院)の朝顔市は、こんにゃく閻魔のほおずき市と同時開催の
夏休み初めの東京の風物詩です。



入谷朝顔市ほど有名ではありませんが、伝通院の広い参道に
多くの朝顔の鉢が並ぶ光景は、風流の極みでもあります。





こんにゃく閻魔源覚寺と、伝通院を結ぶ善光寺坂にある善光寺や澤蔵司稲荷、
中央大学理工学部の裏手にある牛天神北野神社などでも
朝顔の展示や露店などが出て、富坂周辺は賑わいます。

(澤蔵司稲荷)

(善光寺)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

こんにゃく閻魔のほおずき市

2015年07月18日 | 東京のお散歩


小石川にある浄土宗寺院、常光山源覺寺(源覚寺)は、こんにゃく閻魔で知られています。



源覚寺は寛永元(1624)年に、のちに増上寺十八世となる
定誉随浪(波)上人によって創建され、時の将軍秀忠・家光から深い信仰を受けました。

江戸時代宝暦年間には、目を患った老婆が日々この閻魔像に治癒祈願をしたところ
閻魔大王が自らの右目を老婆に与え、眼病が治癒し、老婆はそのお礼に
自分の好物であったこんにゃくを断ち、閻魔像に供え続けたことから
こんにゃくゑんまと呼ばれるようになったとされています。

このため、こんにゃく閻魔の右目は黄色く濁っています。

ほおずき市は、今年で30回目を迎える、寺の歴史からみると歴史の浅いイベントですが
境内だけでなく伝通院朝顔市など、小石川地区総出で多くのイベントが行われ
すでに東京の夏の風物詩となっています。
今年は、今日と明日が開催日です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

としまえん

2015年07月17日 | 徒然
都内城北地区の子どもたちにとって、身近な遊園地「としまえん」。



機械遺産的価値のあるメリーゴーランド「エルドラド」や

(エルドラド)

日本でも最古参の部類に入るジェットコースター「サイクロン」、

(サイクロンの橋脚)

戦前からの歴史があるプールと、古いながらも未だに人気のある遊園地です。



ということで、としまえんは世界遺産を狙っているようです。

(割と本気?)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする