ぐぅぐの旅日記 ~今日もお散歩日和~

フォトオフィス コヤノ http://www.koyanophoto.jimdo.com/

虹01

2011年01月31日 | 
浜松町バスターミナルから
レインボーブリッジを抜けて
台場・有明までを走る都バスです。

ビッグサイトでのイベント時には臨時増発や
急行便増発もする、ドル箱路線です。
これが意外と便利な路線で
我が家は都営地下鉄の駅が近くにあるので
都営1日乗車券(700円)を買えば
大門で乗り継いでベイエリアまで
700円で往復できてしまうのです。

もうひとつの最寄り駅はJR埼京線で
りんかい線に乗り入れて台場や国際展示場まで行けるのですが
これだと片道だけで700円近くかかってしまうのです…

東京タワーを背中に
レインボーブリッジを渡る直前、左手にスカイツリーを眺め
ベイエリアへ渡る路線。
乗るだけでも結構楽しめます。
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草41

2011年01月30日 | 
都バスの草41系統は
足立梅田町と浅草寿町を結ぶ
どちらのターミナルも、「駅前」ではない
珍しい路線。

もっとも浅草寿町は、ほかの系統も多く乗り入れる
都バスのターミナル的停留所なのだが
足立梅田町は、この草41だけのバス停で
しかも東武線梅島駅からも離れている
対向2斜線の本当に細い道に
簡単な折り返し場があるという
そんな路線。

梅田町から赤不動の前を通って
西新井橋で荒川放水路を渡り尾竹橋で隅田川を越す。
町屋近辺も、梅田町ほどではないにしても狭い道で、
ただしこちらは交通量が多く
対向車や違法駐車の車を避けながら進んでいきます。

大通りを走る路線よりも
こんな狭隘なルートを走る路線のほうが
乗っていて楽しいと思うのは私だけでしょうか…
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蒲41 羽田空港ターミナル~JR蒲田駅東口

2011年01月29日 | 
京浜急行バス、正式には羽田京急バスの路線バスです。

羽田空港からJR蒲田駅へは2つの系統が出ているのですが
この蒲41系統萩中経由のほうが本数が多いのです。

空港内道路を1周するように走り、滑走路の下を抜けて
国際線ターミナルに寄って、蒲田界隈の細い道を通る。
空港道路のカーブと細い道のハンドルさばきという
路線バスの2つの醍醐味が味わえる路線です。

時間こそかかるけれど
ほとんどの時間で3つあるどのターミナルから乗っても座れる
結構穴場的空港アクセスルートです。


全区間乗り通して270円。
蒲田からは東急とJRがあるので意外と便利。
ただし、京急の子会社なのに京急蒲田を経由しないので
要注意です。
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260番バス

2011年01月28日 | 
大都市台北。
山に囲まれた都市なので
鉄道もさることながら
バスも発達している。

私の愛用しているバスは数多くあるけれど
初めて台北に来た人を必ず乗せるいくつかの路線のひとつが
260公車。
大都會客運が運行するこのバスは
台北市の北の郊外、国家公園でもある陽明山と市内を結ぶ路線。


実は、陽明山のちょっと手前に
中國文化大學という大学があって
その大学のすぐ近くに
台北の夜景が一望に見渡せる隠れたデートスポットがあるのです。

途中、士林夜市の最寄、劍潭から中山路を通って
台北駅へ向かうこの路線は
市内の多くのホテルに便利な路線。
しかも最終が22:30頃なので、
ゆっくり夜景を楽しむことができるのです。
もちろん、市内に出ればもう少し遅くまでバスがあるので
夜市をひやかしてからホテルに戻るのも余裕。

101からの夜景もいいけれど
地元の人に混じって、タダで観る夜景は格別です。
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香港 港島15番バス

2011年01月27日 | 
香港随一の夜景スポットといえばビクトリアピーク。

平日でも観光客であふれるこの場所へは
中環の花園道にある山頂纜車(ピークトラム)乗り場から
急勾配のケーブルカーに乗って山頂まで行くのが
観光客の定番コースである。

登る電車も下る電車も
どちらも大行列。
相当待つ覚悟がないといけない。

そこで便利なのが15番バス。
山頂から中環まで約40分で結ぶこのバスは
深夜の日付変更線まで運行していて
通常10分間隔位で走る知る人ぞ知るルート。

特に下りは曲がりくねった山道を
対向車線の車とぶつかりそうなくらい接近しながら曲がり
木々が窓ガラスに擦りながら
勢いよく下っていきます。
しかも重心の高い2階建てバスで…

結構スリルのある路線です。



中環で降りると
さっきまでの空気とまったく違う
大都会香港。
山頂から眺めた夜景の
それこそ宝石箱をひっくり返したような
輝く光の洪水のその真っ只中です。

山頂から中環までHK$9.8
ピークトラムの約半額です。
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デパート

2011年01月26日 | 徒然
子供の頃「デパートの屋上」が好きだった。
池袋の近くに住んでいる為、東武や西武の屋上は
「近所の公園」的な遊び場だったのだ。

休日は銀座や日本橋のデパートの屋上が
遊び場になっていた。

当時(昭和50年代初期)は、どのデパートにも屋上に小さな遊園地的施設があって
ただ、池袋の三越(既に閉店。)にはそれがなくて、確かついでにおもちゃ売り場もなくて
好きではなかったのだ。
小学生のころは制服を仕立てる時だけ
仕方なく三越へ連れて行かれたのだ。
(大人になってからは食料品の質の良さや接客の良さで愛用するようになったが…)


今でもデパートのエレベーターに乗ると「R」ボタンを探してしまう。
そのボタンこそが、子供たちの楽園へ行くボタンなのだ。

屋上遊園地には観覧車的な乗り物があったりして
それに乗るとそれこそ東京じゅうが見渡せるんじゃないかと
そんな風に思える時代だった。

逆に、屋上から上げられたアドバルーンは、結構遠くから見えた。


屋上には、釣り堀なんかもなって、こちらは大人比率が高かった。
今ではそんな釣り堀も、熱帯魚売り場とかに変わってしまってたりする。

子供たちの遊び場は、ただそれだけではなく
高校生のデートスポットであり、サラリーマンのサボり場でもあった。

商業施設らしく、ちいさなお稲荷さんもあったりする「下界」の雑踏とは隔絶された
まさに都会のオアシスだった。

屋上で遊べた頃のデパートは、今よりも何倍も元気だった。
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写真整理

2011年01月25日 | 徒然
デジカメの撮影データや
スチールのスキャンデータを
少しずつ整理しています。
万単位の枚数…
データ容量にして60ギガ…

果てしない作業ですが、
そうしている間にも新たに写真が増えてゆくのです。
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初銀座

2011年01月24日 | 
今年最初の銀座です。

銀座も、日々変化しています。
コメ兵が進出するのは新聞報道などで知っていたのですが
今日、びっくりしたのは
サイン会でお馴染みの「福家書店」が閉店したこと。

有楽町西武の閉店など、消えてゆくニュースもあれば、
新しいビルの建設もあります。
西銀座も東銀座も銀座通り周辺も
これからどんどん変わっていくでしょう。

常に新しいものがある。
それが銀座の魅力でもあるのです。
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滝野川銀座

2011年01月23日 | 
東京・北区の端っこ、板橋駅の近くにある商店街、滝野川銀座通り。

巣鴨のとげぬき地蔵商店街から庚申塚商栄会、
滝野川銀座通り、板橋西口商店街、不動通り商店街、仲宿商店街…
と、巣鴨から本蓮沼近くまで約4km以上も続く商店街群の一部で
旧中山道(中仙道)で、明治通りとの交差点「掘割」から赤羽線仲仙道踏切までが
滝野川銀座通りと呼ばれてる。

近年はシャッター通りになってしまったが
昔は2館の映画館があって路線バスも走る
まさに「銀座通り」然とした商店街だった。


江戸時代から昭和末期までは、それなりに賑わっていたのに
いつのまに寂れたんだろうか。
それでも近年の調査で、歩いてみたい商店街の30位以内くらいには入っているらしい。
多分西尾さん(亀の子束子)のおかげも相当あるんだとは思うけど。


ゆるキャラとか萌キャラ作っても挽回できなそうだし
さて、どうすればいいものか。


ターミナルの一駅や隣の悲しい宿命か。


せめて書店の1つくらいは復活してほしいと思う今日この頃。
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米軍基地

2011年01月22日 | 
いろいろと問題になっていますが、米軍基地。です。

東京都下にも、横田基地という長大な滑走路をもった基地があります。

ここには、米軍チャーターの民間旅客機も頻繁に飛来します。
何度かロッキード・トライスターの撮影をしたこともあります。


地域住民には色々な思いもあるとは思いますが
英語看板や標識がならぶ福生の街を
車が左側通行で走っていると
何だか変な感じがします。
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さようなら7500 形

2011年01月21日 | 
私の大切な生活の足、都電。

その都電を走る、7500形と呼ばれる車両が
この春で引退するお知らせを
今日、通勤の車内で見つけました。

7500形は昭和37年から走っている形式で、
私の子供の頃は、荒川線だけになってしまった都電の
代表的車両でした。

丸っこい愛嬌のある黄色い車体が老朽化したために
アイボリーと緑の角ばった、しかも都電初のクーラー付車体に載せ替えられても
昔ながらの「ブォー」という、つり掛け駆動特有の音を響かせ
新目白通りの直線区間などを快走する姿は
実際の何倍ものスピード感があります。

引退まであと2箇月、最後まで無事故で走って欲しいですね。



7512号車を前に
大塚駅前にて投稿
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汐留今昔

2011年01月20日 | 徒然
「日本テレビ」や「軟らか銀行」の高層ビルが林立する汐留。

子供の頃に絵本なんかで目にした
チューブ状の高速道路や銀色の服を着た人達が行き交う
【未来の東京】に近い風景が広がっています。


実際には21世紀を10年過ぎても、空を飛ぶ車【エアカー】は出来てないし
(今思ったんだが、要は↑は小型自家用飛行機な気がする)
銀色の服を着てるのは、なんちゃらコレクションなんて言うファッションショーか耐熱服くらいなもの。


さて、そんな「妄想的未来都市」汐留は、江戸時代初期に埋め立てられたら地で
明治なは日本における旅客鉄道発祥の地でもあります。
明治の人達にとっては鉄道は未来の乗り物だったに違いありません。

明治天皇は正式開業に先立って汐留の地にあった新橋駅から御乗車になられています。
明治新政府が行う日本の近代化の中で、鉄道は重要な位置にあったのです。


新橋駅が烏森へ遷ってからは、この場所は「汐留駅」という貨物ターミナルとして
第二の人生を歩むことになりました。

日本の大動脈、東海道の貨物拠点です。
築地市場が近いことから、鮮魚などもこの駅へ運ばれてきました。

その後の国鉄の赤字問題やらなにやらもあり
貨物基地が南千住の隅田川駅と大井の東京貨物ターミナルへ移り
空き地となった場所にできたのが、現在の高層ビル群なわけです。


江戸時代から先端を行く土地だった汐留。
5000年後の人類がこの場所を発掘したときに
どんな過去を想像するのでしょうか。
その発掘も、最先端事業を行う為の工事中に遺跡が出土して
発掘作業が始まるような気がします。
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貨物ヤード

2011年01月19日 | 
横浜・赤レンガ倉庫。
ここはかつて、無数の線路が並ぶ貨物駅だった。

今は遊歩道の一部にその名残を残すだけとなった。


鉄道貨物の衰退とともに
草生した線路たちは剥がされ始め
ダンディー鷹山やセクシー大下が走り回っていた倉庫街も
一時期はゴーストタウンのようになっていた。

契機は1990年頃からはじまった
みなとみらい地区の再開発。

観光地化された臨港地帯は
今では休日ともなると
買い物客や観光客であふれかえっている。

この場所がかつて
貨物列車の行き来していたことを
今の大学生たちですら
知らない時代になってしまった。


人々の生活を詰めた貨物が走った貨物ヤードは
今でも人々の夢や希望が交叉するターミナルでありつづけている。




※写真はイメージです。

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秋葉原

2011年01月18日 | 
写真は神田青果市場のあった場所に建っている秋葉原UDX。
いつのまにか、街路樹にイルミネーションが点ってました。

萌えだのオタクの街と言われていますが
個人的にはやはり家電と部品の街。
パソコンのパーツや電気部品をそろえるには
この街でないといけません。

さて、いよいよ秋葉原の歩行者天国が2年半ぶりに復活します。
悲惨な事件があった場所だけに手放しでは喜べませんが、
治安は万世橋署にお任せするとして
やっと狭苦しい歩道から解放される秋葉原に
週末、行ってこようかと思います。
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シーズン

2011年01月17日 | 徒然
センター試験も終わり、いよいよ入試シーズンです。

と、言うことは学生たちが休みに入るので
電車も少しばかり空きます。

学生が休みという事は、彼らの卒業旅行なんかの季節で
来月にまとめて休みをとって
台湾でもブラブラしに行こうと思ってますたんですが
もっとも、台湾史上初の国際博覧会「花の博覧会」が開催中だったり
台北駅が雨漏りをはじめとした大規模な補修工事で
結構ドタバタしている台北。

様子をみながらチケットとりますかね…

本当は久々に春節を台湾で過ごしたかった!
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