ぐぅぐの旅日記 ~今日もお散歩日和~

お散歩と乗り鉄の記録です

2012年06月30日 | 徒然
武道。
じつはこう見えて、剣道と柔道をやってました。

柔道は一応黒帯です。

剣道、柔道は実践武術という以上に
礼儀作法を重んじるものでもあるので
それなりに今の仕事に役立っているのかなとも
思ったりもしています。
コメント

2012年06月29日 | 徒然
学生時代は書道をやっていました。

自分の専攻分野(中国文学)にも関係しているもので
研究の一助になればと思い始めたものです。

細かく言えば、書だけでなく、書画ですね。

山水画にもともと興味があったので
いろいろと画を描いてみたりしていました。

で、最終的に行き着いた先は
「道具」

華道に花器、茶道に茶器があって
それぞれに趣向があるように
書道にも文房四宝があって
たとえば硯などは、素材や彫刻などによって
とんでもなく価値のあるものになったりもします。

書の技術が拙いから、道具に逃げたと言えば
その通りなのですが
美しいものを造るための道具は
美しいものであるべきなのだと気づかせてくれたのも
書道であることは間違いありません。
コメント

2012年06月28日 | 徒然
華を生けるって、難しいですよね。


学生時代は、書道をやっていたので
書作展の際には、コーナーの処理も兼ねて
会場に華を生けていたんですが
なぜか私が何度か担当していました。

もともと、母は華道の専門学校を出ていて
その血をひいているのかもしれません。

最近は、華道に関係している国会議員のI女史とも
お近づきになれたりもしていて

うーん、学生時代にちゃんと華道を勉強しておけばよかったかな…

などと思ったりもしています。
コメント

2012年06月27日 | 徒然
日本には「茶道」という文化があります。
これは、お茶を愉しむという以上に
精神文化的な嗜と捉えられていますが
基本的には、喫茶という愉しみ。

もともと茶の文化は中国からもたらされたもので
中国は唐の時代に記された「茶経」にも
日本茶道の根底を垣間見ることができます。

と、難しいことを書いてみましたが
個人的には抹茶も好きだし
煎茶も中国茶も好き。
麦茶やそば茶も好きです。

「飲めればいい」というわけではありませんが
お茶は、その場その状況にあった飲み方をすると
味が一層引き立つなぁ、とは思っています。

知り合いのプロデューサーの母御がお茶の先生で
一度教わってみようかなと思う今日この頃。
(お宅に伺うと、必ず素敵な器にお抹茶をたててくれて、余計に緊張する…)
コメント

2012年06月26日 | 徒然
新居に香炉を置きました。
毎日、香を焚いています。

日本香道のものがお気に入り。
沈香か白檀、少し贅沢に伽羅なんかを
寝る前に焚いています。

でも、この季節いちばん風情のある香りは
「蚊取線香」

これに敵うものはありません。
コメント

後楽園

2012年06月25日 | 
小石川後楽園と名の出典を同じくする岡山の後楽園。
藩主池田綱政によって造園された
元禄期の庭園である。

後楽園の名は、実際には明治に入って
一般に公開されるようになってからつけられた名で
現在は日本三名園に数えられていて
雪月花の「月」に対応するものとされている。



確かに、この曲水を満月の下で眺めてみたい。
コメント

小石川後楽園

2012年06月24日 | 
小石川後楽園は
ご存知、水戸黄門こと?梵?光圀の水戸藩上屋敷の庭園。



その名は朱舜水の撰によりもので
岳陽楼記からの出典である。
もともと初代藩主頼房が築いたものを
光圀が改修したもので
名実ともに中国趣味なのは光圀の趣味によりもの。

天下の副将軍(本当はそんな職位は無い)とされる光圀も
諸国漫遊などしていないだけでなく
自分の趣味(学問も含め)には多額の金銭を費やしていて
これがもとで藩の財政がムニャムニャ
というのも有名な話。

史実に即した光圀伝をテレビでドラマ化したら
きっと「黄門さまはそんな人じゃない!!」って
クレームの嵐なんだろうなw
コメント (1)

旧古河庭園

2012年06月23日 | 
旧古河庭園は東京都北区にある庭園。
陸奥宗光の邸宅だったが、宗光の次男が古河家の養子となったことから
古河家の邸宅となりました。



洋風庭園と日本庭園の2つを擁し
建物はジョサイア・コンドルの設計、
日本庭園は小川治兵衛によるものという
とても価値のある庭園となっています。


日本学者として高名な鬼怒鳴門(ドナルド・キーン)氏も
この庭園を愛する人のひとり。
氏のご自宅は庭園のすぐそばにあります。
コメント

六義園

2012年06月22日 | 
柳沢吉保の庭園として造られた六義園。
千川上水の水を引いている回遊式築山泉水庭園です。



駒込という、江戸郊外と市内の接点にありながら
度重なる江戸市中の大火による類焼を逃れ
明治時代に岩崎家が購入。
関東大震災も空襲も逃れ、今日に至っています。
コメント

明治神宮神苑

2012年06月21日 | 
明治神宮の「清正井」が少し前に話題になりましたが
その湧水を水源にして、明治神宮の神苑があります。

その神苑の池の水はどうなるのかというと
昔は、原宿の竹下通り付近の谷で山手線の内側へ流れ落ちて
新宿御苑を水源とする渋谷川の上流に合流していたようです。
地形をみればわかるように
竹下通りは谷底ですよね。

明治神宮は、明治天皇を祀る神社ですから
創建は当然大正時代。

神苑も、その当時に造園されたもので
それ以前は荒れ地だったとのこと。

神様、つまり明治天皇の御霊の為に作られた庭園ゆえ
神聖で清浄な庭となっています。

そこから流れ出た水は、原宿、表参道、渋谷と
俗世界の排水を合わせながら
渋谷川というどぶ川となってしまうのです…。
コメント

善光寺の庭

2012年06月20日 | 
無宗派単立寺院でも有名な善光寺。

牛に牽かれてお参りに行くこの寺は
住職が代々公家から迎えられていて
現在は鷹司家がその座に就いている。

そんな寺の境内の庭に
生け花に用いられた花を供養するために建立された
花霊碑がある。

以前、記事にした「はなし塚」や「筆塚」「蛤塚」と
日本人は、いろいろなものを供養する。

善光寺には、そんな日本人でも
普通思いつかないような塚もある。

「迷子郵便供養塔」
郵便物の宛名や返送先に誤りがあり、
配達不能となってしまった迷子郵便の供養碑だそうだ。

そんなに(供養するほど)多いのか、迷子郵便…。
コメント

称名寺庭園

2012年06月19日 | 
金沢文庫(かねさわぶんこ)にゆかりの深い
金沢文庫(かなざわぶんこ)の金沢山稱名寺。

北条実時の開基で、庭園は浄土式庭園となっている。

あまり知られていないようだけれど
首都圏の数少ない浄土庭園があって、
なおかつ「かね たくさん」と読める「金沢山」という山号。

真言立川流聖教という、性交を肯定する仏教宗派の聖教も
寺に残されていたりするので
欲の多い方は行ってみたらいいと思うよ!!
コメント

三渓園

2012年06月18日 | 
三溪園は、実業家で茶人の原三溪(本名:富太郎)
によって作られた日本庭園。



紀伊徳川家の別邸を移築した臨春閣をはじめとして
室町、安土桃山、江戸時代の建築物が原三溪によって移設されている。



戦後に、財団法人三溪園保勝会が移設した、白川郷の合掌造などもあって
外国人に日本の伝統的建築物を見せるのにも最適な庭園だったりもする。
コメント

上海横浜友好園

2012年06月17日 | 
横浜・本牧にある三渓園の南側に
横浜市と上海市の友好都市提携15周年を記念して、
上海市より横浜市へ寄贈された江南式庭園があります。

九曲橋・湖心亭・玉蘭庁といった中国伝統様式の庭園で
内陸側の崖とあわせて、山水の風景を作り上げています。


この池は、もともと海だった場所で、
現在は石油関連施設ができて、海が遠くなってしまっています。

今の季節には睡蓮の花もきれいに咲いています。
コメント

豫園

2012年06月16日 | 
上海市黄浦區にある豫園は明の時代の庭園。

18年の歳月をかけて造園された庭園で
四川布政使潘允端が父の為に作ったもの。

潘氏没落のあと、乾隆年間に上海の有力者たちの手で再建され
敷地こそ狭くなったものの、現在は中共の全国重点文物保護単位に指定され
現在は豫園商城という商圏とあわせて賑わっている。

伝統的庭園の扱い一つ見ても
日本と中国の違いを感じさせてくれる。
コメント