ぐぅぐの旅日記 ~今日もお散歩日和~

フォトオフィス コヤノ http://www.koyanophoto.jimdo.com/

金箔

2011年07月31日 | 徒然
全面金箔の室に入って見ました。

思った程眩すぎず
派手というよりは優美でした。

なんだか色々なパワーをもらった感じです。
コメント

ニッポンの( じゃない) 祭り

2011年07月30日 | 徒然
今日は新宿のエイサー(琉球伝統の祭り)と
なぜか熊野前のサンバカーニバルの掛け持ち。

新宿のエイサーはいいとして
なんで荒川区でサンバ?

でも、盛り上がりはすごい!
サンバパレードの時間だけ、商店街は
【オグ・デ・ジャネイロ】
になってました。


疲れた~
コメント

中山先生

2011年07月29日 | 徒然
なかやま先生ではなく
ちゅうざんせんせい、つまり孫文のことである。


今年は辛亥革命100年。
中華民國100年である。


近代中国の国父、孫文は最初ハワイにて西洋思想に目覚め
後に香港にて医学を修めマカオで開業する。


その後、台湾経由で日本に亡命するなど
日本とは縁の深い人物である。


亡命時には日比谷公園付近などに居を構えていて
近隣に「中山家」という家があったことから
日本名として「中山 樵」を名乗っていた。

これを号としてSun ChungShanとなった。
ちなみに欧米では広東語発音のSun Yat-senで呼ばれており
孫文の名に由来した國立中山大学(台湾・高雄市)も
英語表記ではNational Sun Yet-sen Univ.になる。
ただし、通りの名称「中山路」はChungShan ld.である。



日比谷松本楼は創業者でもある小坂梅吉と梅屋庄吉(現在の常務の曽祖父でもある)は
ともに孫文の日本における支援者でもあり
孫文も松本楼にたびたび来店していたらしい。

ふと今気が付いたのだが
松本楼のこの二人、ともに「梅」の字が使われている。
孫文の建国した中華民国(というか、現在の台湾)の国花も梅である。
梅は確かに中国で古くから四君子として扱われてきたけれど
支援者の名前については偶然の一致なのだろうか…。

コメント

夏の京都

2011年07月28日 | 
京都の夏は殊更に暑い。

だからこそ
天然の涼み方を知っている。


暑いことには変わりがないが
どこか涼を感じる白川の流れ。

祇園祭の賑わいは
もうすでに後の祭り。

人の少なくなった新橋あたりに
蝉の声だけが響いていた。




コメント

銀座を泳ぐ魚たち

2011年07月27日 | 
毎年恒例の
ソニービルの大水槽です。

都会のビル、スクランブル交差点、溢れる車の列を背景に
沖縄の魚たちは何を思いながら泳いでいるのでしょうか…




たぶん、何も考えていませんねw
コメント

銀ブラ

2011年07月26日 | 徒然
「銀ブラ」は
「銀座でブラブラ」ではなく
「銀座でブラジルコーヒーを飲む」のが語源とされています。

それで間違いはないと思います。

ちなみに、もっと詳しく言うと
「カフェーパウリスタでブラジルコーヒーを飲む」です。

私も、ここのコーヒーが大好きで
銀座へ行くと必ずといっていいほど
このカフェーでひと休みをします。

本当の銀ブラをしています。


子供の頃から親に連れられて
銀座にはよく来ていました。

私の母親が銀座に勤めていたことが大きな要因でしょうね。

尾張町界隈だとファミリア(当時は7丁目にあった)、ACB、
メルサにあった森永LOVE、三越の屋上。
これらが私の「遊び場」だったようです。
なんともマセたお子様ですねwwww

オトナになってからは、博品館、交詢社、資生堂、ライオン、
バーバリー(マロニエ通に直営店ができるまではここにしか無かった。)
そしてカフェーパウリスタ。

いまでも尾張町中心に遊んでいます。

昔は三昧堂という書店などもあったようですが(←万引きが多くて閉店)
福家書店が閉店してしまった現在
この界隈には書店がありません。
これだけが残念ですね。

話は逸れましたが…
銀座のパウリスタは明治44年(1911年)の開店。
辛亥革命の年です。

かつての常連客には芥川龍之介や吉井勇、菊池寛、佐藤春夫といった文人や
ジョン・レノンなどもいるそうです。
コメント

尾張町

2011年07月25日 | 徒然
尾張町は銀座4丁目付近の旧町名。
家康公が行った江戸の天下普請にあたって
この付近の埋め立て造成工事を尾張藩が請け負ったことに由来します。

本来の「銀座」は、4丁目交差点よりも京橋寄の地名であって
新橋よりは「尾張町」と呼ばれていました。


タイトル写真は左が4丁目交差点。
建物は左から三愛、鳩居堂、田崎で
この写真と同じ位置のジオラマ写真が↓です。


(東京江戸博物館)

明治時代から昭和初期の尾張町は(当時の)銀座よりも賑わってなく
銀座自体も日本橋よりは賑わっていなかったそうです。

現代、高級店と格安店の入雑じる昨今の銀座は
近世の銀座、近代の銀座をあわせたような街の風情で
批判もあるようですが、これはこれでいいような気もします。
だって、いろんなお店があって楽しいからね。
コメント

ひとつの時代が終わった日

2011年07月24日 | 徒然
今日、一つの時代が終わった。


テレビ開設以来のVHFアナログ波での放送が
正午に終了した。


地デジカとアナログマは、これからどうするんだろうかw
コメント

Avenue

2011年07月23日 | 
色々な街へ行って
色々な角度の写真を撮る
もちろん記録は残る
でも
記憶は五感だけが覚えている

写真を見るたびに
その感覚が脳裏に蘇る

一つ一つの通りに
思い出が走り抜ける
コメント

落陽

2011年07月22日 | 徒然
日の出と日の入り
どちらが好きかと尋ねられると
必ず「日の入り」と答える。

日没は
「終り」ではなく
楽しい「夜」の始まり。
そして「明日」の始まり。

それ以上に
夕焼けの茜色と夜の帳の中間の
碧がかった空の色が大好き。

海に沈む夕陽も
山に沈む夕陽も
ビルの谷間に沈む夕陽も

どれも素敵な表情を魅せてくれる。
コメント

向日葵

2011年07月21日 | 徒然
台風が去ったものの
涼しい風が吹き過ごしやすい東京地方。

ミンミン蝉もようやく鳴き始めました。


台風が来る前に咲いた向日葵は
そんな涼しい風に吹かれながら
今日も元気に咲いています。


殺伐とした街の一角の
至って平和な風景です。
コメント

2011年07月20日 | 徒然
台風6号が接近しています。
東京地方、だんだん風が強くなってきました。

南部風鈴が絶え間なく音を響かせています。

こんな夜は
非日常という不安や昂奮が入り乱れて
なかなか寝付けません。
コメント

2011年07月19日 | 徒然
苔のある風景は
なんとも美しい。

国歌にも使われる植物だからこそ
偉大な植物也。
コメント

夕景

2011年07月18日 | 徒然
東京の夕景。
暮れ泥んでゆく空と
灯りが点りはじめる街

はるか彼方の丹沢の山影を背に
港町東京の黄昏。
コメント

水の情景

2011年07月17日 | 徒然


人々は涼を求めて走る



水辺の心地よさ

それを求めてくる人々の熱気



さて
どうしたものか…
コメント