たそがれ時のつれづれに

人生のたそがれ時を迎えて折々の記を・・思うままに

読書 しろばんば

2013年04月16日 | 読書

わが市・各務原市中央図書館の廃棄本棚も市民や図書館が、手元の不要本をあらかた整理されたのか、最近めぼしい本はありません。貰ってきた本で何冊かいい本があって、ときどき読みます。今読んでいるのは昔読んだことのある再読本、

井上 靖著 「しろばんば」 新潮文庫 昭和40年刊(平成3年57刷版)

まだ5分の1くらいしか読んでいません。さすがに紙焼けしていますが中味は新品同様でした。本の紹介です。分厚い長編です。

(裏表紙)“洪作少年は、5歳の時から父や母のもとを離れ、曽祖父の妾であったおぬい婆さんとふたり、土蔵で暮らしていた。村人たちの白眼視に耐えるおぬい婆さんは、洪作だけには異常な愛情を注いだ。---野の草の匂いと陽光のみなぎる伊豆湯ヶ島の自然のなかで、幼い魂はいかに成長していったか。著者自身の幼少年時代を描き、なつかしい郷愁とおおらかなユーモア小説“ と紹介しています。作家井上 靖の自伝的物語です。
(井上家略系図)

題名の「しろばんば」とは、私の郷里ではこどもの頃、「雪虫」といいました。ところによっては「雪ん子」などとも言うようです。冒頭文です、

“その頃、といっても大正4、5年のことで、・・・夕方になると、決まって村の子供たちは口々に、‘しろばんば’、‘しろばんば’と叫びながら、家の前の街道をあっちに走り、こっちに走ったりしながら、夕闇のたちこめ始めた空間を綿屑でも舞っているように浮遊している白い小さい生きものを追いかけて遊んだ。・・しろばんばは白い老婆ということなのだろう・・夕闇が深くなるにつれて、それは青みを帯んで来るように思えた。”

もうこの書き出し、自分も子供の頃馴染んだ、雪虫が懐かしくうっとりしてしまいます。いまはしろばんばは見たこともありません。解説は懐かしや臼井吉見氏です。(当方解説や、あとがきから読むクセがあります)

“・・洪作の父は軍医で、その頃、母と一緒に豊橋に住んでいた。母が妊ったとき、洪作はおぬい婆さんにあずけられたのであった。おぬい婆さんは、もっけのさいわいとして、自分の不安定な地位を強化するために、どうしても洪作を手放すまいとした。洪作は両親よりおぬい婆さんになついてしまった。
 洪作の家の本家に当る上(かみ)の家には、洪作の祖父と祖母と、洪作の母の弟妹がいた。この家とおぬい婆さんとは、仇敵の関係にあった。洪作は毎晩のように、おぬい婆さんから、上の家の悪口を聞かされた。そういうおぬい婆さんの心のうちは、子供の洪作にもすっかりわかっていた。
・・このような環境設定のなかで、洪作少年の子供時代を描いたのがこの作品である。・・“

このおぬい婆さんの際立つ個性を見事に描いている。 預かった洪作に打算だけで接するのではなく、利発な少年に育つ洪作に生母より愛情をそそぐ。そして洪作を取り巻く友人、周囲の人々を、読み易い文体で書いた。
”少年期を扱った本格小説として、こういう 清純で品格のある秀作が日本の現代文学に加えられたことは、大きな喜びとしなくてはいけない。”(昭40年 臼井吉見)名作の誉れ高い作品です。
大正4、5年はもう100年前になるが、静岡弁の「ずら、ずら弁」が、随所に出てくる。「そうずら」などと、私は名古屋勤務で8年、静岡出身の同僚とも多く付き合い、現地へ何度も仕事に行き、ずらずら弁が懐かしかった。
この幼少時代を経て、「あすなろ物語」へ発展していく。敦煌(とんこう)、氷壁、額田の女王、など代表作が懐かしい。新聞連載された「氷壁」は、図書館の本で二度読んだ。(氷壁より引用)

「モシカアル日」 デュブラ (改行は本文と違うかも?ノートのメモです)

モシカアル日、
モシカアル日、私ガ山デ死ンダラ、
古イ友達ノ オ前ニダ、
コノ遺書ヲ残スノハ。

オフクロニ会イニ行ッテクレ。
ソシテ言ッテクレ、 オレハ幸セニ死ンダト。 
オレハオ母サンノソバニイタカラ、 チットモ苦シクハナカッタト。

親父ニ言ッテクレ、 オレハ男ダッタト。 
弟ニ言ッテクレ、 サアオ前ニバトンヲ渡スゾト。
女房ニ言ッテクレ、 オレガイナクテモ生キルヨウニト。 
オ前ガイナクテモ オレガ生キタヨウニト。
息子達ヘノ伝言ハ、 オ前タチハ「エタンソン」ノ岩場デ、
オレノ爪ノ跡ヲ見ツケルダロウト。

ソシテ オレノ友、 オ前ニハコウダ オレノピッケルヲ取リ上ゲテクレ、
ピッケルガ恥辱デ死ヌヨウナコトヲオレハ望マヌ。
ドコカ美シイフェースヘ持ッテイッテクレ。
ソシテピッケルノタメダケノ小サイケルンヲ作ッテ、
ソノ上二差シテクレ。 


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