昨日、mioriと行った公園で見たきれいな木。
快晴の青空に映えていました。

この木の名前が分からず、FBの方で教えてもらって「ナンバンハゼ」と分かりました。
そうか、これがナンバンハゼだったのか!
というのも、もう30年ほども前から気になっていたのでした。
西宮市教育委員会が昭和58年に出しているこの冊子。

これに次のような詩が載っているのです。
福家登志子さんの「なんばんはぜ」です。

あの時から、「ナンバンハゼ」はどんな木なのかな?と思っていたのでした。
まあ調べれば分かることなのですがね。わたしには、そんな風にあいまいなままにしている疑問がたくさんあります。不勉強なのです。
しかし、こうして、30年も経ってからフッと分かるというのも面白いもので。
快晴の青空に映えていました。

この木の名前が分からず、FBの方で教えてもらって「ナンバンハゼ」と分かりました。
そうか、これがナンバンハゼだったのか!
というのも、もう30年ほども前から気になっていたのでした。
西宮市教育委員会が昭和58年に出しているこの冊子。

これに次のような詩が載っているのです。
福家登志子さんの「なんばんはぜ」です。

あの時から、「ナンバンハゼ」はどんな木なのかな?と思っていたのでした。
まあ調べれば分かることなのですがね。わたしには、そんな風にあいまいなままにしている疑問がたくさんあります。不勉強なのです。
しかし、こうして、30年も経ってからフッと分かるというのも面白いもので。
書庫の奥の古いダンボール箱の中の小さな箱の中に5冊のハガキホルダーが入っていた。
見ると10年以上も前のもの。それぞれに50枚~100枚ほど入っている。
懐かしくパラパラと見ていたら結構有名人からのものもある。
そして、杉山平一先生からのものも多数。

大抵がわたしが差し上げた書状への返信のものだが、義理堅くお返事を頂いていたのだ。
さぞお忙しかっただろうに、今になって申しわけなく…。
見ると10年以上も前のもの。それぞれに50枚~100枚ほど入っている。
懐かしくパラパラと見ていたら結構有名人からのものもある。
そして、杉山平一先生からのものも多数。

大抵がわたしが差し上げた書状への返信のものだが、義理堅くお返事を頂いていたのだ。
さぞお忙しかっただろうに、今になって申しわけなく…。