『KOBECCO』6月号が出ています。
今号の「触媒のうた」は「田辺聖子さん 上」と題して書かせて頂いています。
神戸っ子出版のHPから立ち読みが出来ます。
興味のある方はこちらから。↓
http://kobecco.oide.or.jp/2014/14-06/nk1406/#page=71
お読みください。
昨日の夕刊。
新しく始まった連載。
第2月曜日に掲載とのこと。
うれしいなあ。出久根さんだ。わたしはこの人のエッセーが大好き。特に古本ものは面白い。
宮崎翁とも交流のある作家さんで、時にはわたしも書状を交わすことがある。
今回のは『広辞苑』の新村出さんを取り上げておられるが中にこんな記述が。
―『広辞苑』は人名事典を兼ねている。大抵の人物が収録されている。ところが、新村出は載っていない。新村亡きあとの版にも、ない。彼の見識によるものだろう。―
なかなかいいですねえ。内容も面白いが、出久根さんのその文章。「新村亡きあとの版にも、ない。」というところ。読点の打ちどころが。この間(ま)。出久根さんの呼吸が伝わってきます。
次回も楽しみ。
田辺聖子さんのあることをネットで調べていたら、アッと驚くページにたどり着いた。
サンケイ新聞の編集委員、石野伸子さんが書かれている。http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/topics/west_life-17041-t1.htm
わたしが今知りたいことのヒントがここから頂けたのだが、ほかの記事に思いがけないことが。足立先生の『関西のおんな』からの話である(この本はわたしも所持している)。
まあそれはいい。あることだろう。
しかし石野さんとわたしは以前に面識がある。
随分昔に彼女の取材を受けているのだ。
わたしの年齢が49歳となっているから、何年前になるのだ?
この時の取材は丁寧なものだったと記憶する。
石野記者さんはその後にもお会いしている。17,8年前だ。
震災でアトリエが全壊しご自分の作品の大部分を失くし、失意のうちに亡くなられた町の画家、上原勝一さんの遺作展をうちの店で催した時のことである。上原さんの作品を持つ人に呼び掛けての催しだった。石野さんには、こちらからはご案内を出してなかったが、イベント情報を見て来て下さったのだった。これは記者というより個人の意志で。
ということで、石野さんはなかなか目のつけどころのいい記者さん。
その後、偉くなられて東京勤務などされていたと思う。
その人に、ネット上とはいえ今また再会できるとは、これも何かの縁ですね。
また一度接触を試みてみましょう。
もうお忘れかな?
昨日の季村さんと赤坂さんの往復書簡の記事の続き。
今日は赤坂さんから季村さん宛のもの。
やはり重い言葉が連なっている。
その中で、島尾敏雄についての記述が大半を占めている。
そして最後に、
― とても唐突ですが、震災後、日をおかずに復活した民俗芸能の鹿踊りの供養塔のなかに、「生きとし生けるものすべての命のために」という言葉を見つけたときの衝撃は、忘れがたいものです。それはきっと、東北が、そして島尾が身にまとった恥じらい・寂しさ・暗さといったものに、深いところで繋がっています。東北の精神史を抱いて、東北はいま、復興へのはるかな道行きを辿りはじめています。お元気で。赤坂憲雄 ―
とあります。
この中の「恥じらい」という言葉、今の政治家さんには一切ありません。いや政治家というものは恥じらいなんて心があればやっていけないものでしょう。
ここに出てくる島尾敏雄ですが、少し前の「KOBECCO」に書きました。http://blog.goo.ne.jp/coffeecup0816/d/20140110
お読み頂ければ幸いです。
フリー編集者の高橋輝次さんがこの二月に4回にわたってラジオに出演された。
東京まで行って収録されたという。
NHK第二放送の「私の日本語辞典」という番組で、高橋さんは「編集者が向きあう日本語の顔」というタイトルで。
聞き手はNHKアナウンサーの秋山和平さん。
主に高橋さんが最近出された二冊の本、『誤植読本』と『ぼくの創元社覚え書』に触れながらのお話だった。
高橋さんの日頃の話しぶりそのまま、急きもあわてもしない話しぶりが、なんとも良かった。
ご本人はいたって真面目なのだろうが、わたしにはユーモラスにさえ感じられた。
その放送、録音しました。
お聞きになりたい方はお申し出下さい。
『誤植読本』は今、大変話題になっており、第3刷りまで進んでいるそうです。一万部とか。
高橋さん、良かったですね。
昨日の神戸新聞「詩集」欄。
ずっと鈴木漠さんが書いておられます。
今回は『伊丹公子全詩集』と大倉元詩集『祖谷』が取り上げられている。
伊丹さんはここにもあるように、俳人伊丹三樹彦氏夫人。
一度、何かのパーティーでこのご夫妻とテーブルを共にしたことがある。
そのご縁でわたしの『コーヒーカップの耳』とご夫妻の著書のトレードをした。
三樹彦氏は写俳というのを推奨されてて、その類の本を。そして奥様の公子さんからは詩集と散文集を戴いた。
これはその散文集、『詩人の家』
今パラパラとページを繰ってみると、わたし鉛筆でなにやら書きこんでいます。
そしてこの本によって、公子さんは少女のころを但馬豊岡で過ごされたことを知ったようです。
あ、公子さん、もちろん俳人ではありますが、詩もなかなか良かったです。
そして、鈴木さんが紹介するもう一冊『祖谷』ですが、ここにあるように「いや」と読みます。
四国の山奥の地名だが、たしか鈴木さんの故郷ではなかったか?この評、ご自分の故郷を懐かしんで書いておられるような。紹介されている詩もそのような詩です。
昨秋から宮崎翁よりお借りしていた本『周五郎伝』(齋藤愼爾・白水社)だが、やっと読み終えた。600ページに近い大冊です。
周五郎のことがよく分かりました。
そして、評伝を書くということはスゴイことだと改めて考えさせられました。
主要文献名だけでも百数十件。さらに索引のページには夥しい人名が。その中にわたしが直接お会いしたことのある人の名も多くある。
足立巻一、大谷晃一(「夕暮れ忌」でご著書『大阪学』に署名して頂いた。)、季村敏夫(ご講演を近くで聞いたというだけ)、鶴見俊輔(「夕暮れ忌」で講演をお聞きした後、エレベータの中で一言交わしただけ)、灰谷健次郎(初期の「夕暮れ忌」でお話を伺っただけ)、宮崎修二朗翁など。
周五郎がスゴイということもあるが、本格的な評伝を書くということは本当に大変なことだなと感じた次第。
六甲短歌会の田岡弘子さんから歌集『虚も実も』をお贈り頂いた。
「うそもまことも」と読むらしい。
いい装丁ですねえ。
平成17年発行。
田岡さんは短歌誌「六甲」の編集をなさっておられる。
「六甲」は山本武雄さんが長く主宰されていた伝統ある短歌誌。
ということで田岡さんは実力ある歌人なのでしょう。
わたしは短歌は門外漢なので詳しいことは知りませんが。
先ず「あとがき」を読ませて頂きました。
中にこんな言葉が。
「軽みを知り、遊ぶ、愉しむといった境地へ、ようやく近づけたような気が致します。」と。昭和57年に兵庫県歌人クラブ新人賞。61年に半どん文化賞などを受けておられ、もうベテランの歌人でありながらこのような言葉を洩らしておられる。謙虚なお人なのでしょう。流石、山本武雄氏に教えを受けられたお人だ。
そして、これがまだ二冊目の歌集だと。しかも20年ぶりの。
いかにも本物という気がします。
これからボチボチ読ませて頂きます。
田岡様、ありがとうございます。