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クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

◇クラシック音楽CD◇グルダのベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番/第5番「皇帝」

2013-03-19 10:45:17 | 協奏曲(ピアノ)

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番/第5番「皇帝」

ピアノ:フリードリヒ・グルダ

指揮:ホルスト・シュタイン

管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

CD:ユニバーサルミュージック(DECCA) 480 1191

 ベートーヴェンのピアノ協奏曲は全部で5曲残されている。一番有名なのが第5番「皇帝」であり、第3番もしばしば演奏される。第4番は、これら2曲に比べ比較的地味な存在ではあるが、作品内容は革新的意欲に溢れたピアノ協奏曲として高く評価されている。1806年に完成し、その第1楽章の独奏楽器のみで開始される冒頭は、それまであまり例のない形式であり、それだけベートーヴェンのこの曲に賭ける意気込みが窺える。初演は1807年3月に行われたが成功には至らなかったと言われている。最初に成功を収めたのは1836年にメンデルスゾーンが取り上げてからだというから、実に30年余り、この第4番のピアノ協奏曲は、評価を受けず、ただ眠っていたということになる。これは、それまでのバロックやロココ調の協奏曲に馴染んだ聴衆の耳には、第4番のピアノ協奏曲は、理解を超えた内容に聴こえたからではなかろうか。つまり、精神的な昇華では5曲中最高の位置づけられるほどの高さに達し、生の人間の心情が溢れ出したようなその作品の内容は、当時の他の作曲家の作品では到底考えられなかったものであり、聴衆もそのような曲をどう評価していいのかも分からなかったのが実情であろう。

 ピアノ協奏曲第5番「皇帝」は、1809年に完成し、1811年に初演が行われている。「皇帝」というニックネームが付けられているが、ベートーヴェン自身により付けられたものではない。「皇帝」という名の由来は、ベートーヴェンが唯一心を許したといわれているルドルフ大公に捧げられたからという以外に、皇帝を連想させる作品内容だからとか、また、あらゆるピアノ協奏曲の頂点に立つ作品だから、といった説などがある。ベートーヴェンは、この曲で、従来、独奏者が即興的に挿入することが慣例になっていたカデンツァを止め、ベートーヴェン自身がカデンツァに当たるものを楽譜に記入してしまった。これは、当時、当たり前だった、ピアニストが過剰に技巧を見せびらかすカデンツァの演奏を中止させることを意味し、貴族にも頭を下げなかったと言われている、如何にもベートーヴェンらしい思い切った試みだ。作曲当時、ベートーヴェンのいたウィーンは、ナポレオンのフランス軍に占領され、得ていた年金もインフレで価値が減じ、ベートーヴェンは生活に苦慮していたという。ピアノ協奏曲第5番「皇帝」の内容は、これとは正反対の意気軒昂、実に堂々とした作品に仕上がっており、これまた、如何にもベートーヴェンらしい話だ。

 このCDでベートーヴェンの2曲のピアノ協奏曲を演奏しているのは、ウィーン出身の名ピアニストのフリードリヒ・グルダ(1930 年―2000年)である。最近、よく来日しているピアニストのパウル・グルダの父親だ。グルダのピアノ演奏は、流れるような流暢な演奏に加え、万人が納得するような中庸を得た、説得力のある表現力が大きな強みとなっている。それはどこから来るかというと、20歳ごろから目覚めたジャズへの傾倒であると私は思う。ジャズにのめり込むグルダに対して、当時のクラシック音楽ファンは戸惑いを覚えるが、グルダ自身も、そんなクラシック音楽ファンに対し、悩んだという。グルダの考えは、もし、モーツァルトが20世紀に生きていたら、きっとジャズに打ち込んだだろうというものであったようだ。つまり、グルダは、確信犯としてクラシック音楽とジャズの間を彷徨い歩いた数少ないピアニストであったのだ。しかし、このことは、クラシック音楽を演奏する場合、マイナスよりプラスに作用していたようだ。そのことは、このCDを聴いてみると何となく理解がいく。どことなく、伝統的なベートーヴェンのピアノ協奏曲とは異なり、いい意味での軽いノリで演奏しているように聴こえる。つまり、ベートーヴェンの曲を、あたかもジャズでいうスイングして弾いている見たいに聴こえるのだ。だから、伝統的なバックハウスのような弾き方を至高とするリスナーにとっては、多少違和感が残る演奏かもしれない。

 このCDに収められた、ピアノ協奏曲第4番第1楽章のグルダの演奏は、夢幻的な柔らかさに包まれた詩情豊かな世界を繰り広げて、この曲の特徴を最大限に引き出すことにものの見事に成功していると言える。曲の内容とピアニストの資質が、見事に溶け合っているかのようだ。特にグルダのピアノの音色が美しいことが印象に残る。第2楽章は、力に満ちた伴奏のホルスト・シュタイン(1928年―2008年)指揮ウィーン・フィルが、印象的な演奏を聴かせる。それに加え、技巧の限りを尽くしたグルダとの掛け合いがとてもいい。第3楽章は、グルダの独自の演奏スタイルが花開いたような華麗な展開に思わず引き寄せられる。一方、ピアノ協奏曲第5番「皇帝」第1楽章の演奏は、この曲の持つ堂々とした威厳のある雰囲気を十二分に発揮し、聴き応えは十分。4番の奏法とは一転したグルダのこの辺の正攻法が、大いに聴衆を沸かせる源ともなっているのであろう。変幻自在とでもいったらよいのであろうか。第2楽章は、第4番の第2楽章に見せた、あのグルダの抒情的な演奏が再現され聴き惚れる。演奏自体が流れるようで美しいことこの上ない。第3楽章は、グルダのピアノ演奏の技巧と、ホルスト・シュタイン指揮ウィーン・フィルの雄大な伴奏とが巧みに混ざり合い、如何にも「皇帝」らしさが出ていて満足できる。(蔵 志津久)


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