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●クラシック音楽●NHK-FM「ベストオブクラシック」レビュー~アリス・紗良・オットとファビオ・ルイージ指揮NHK交響楽団の共演~

2023-12-26 09:49:44 | NHK‐FM「ベストオブクラシック」レビュー



<NHK-FM「ベストオブクラシック」レビュー>




~アリス・紗良・オットとファビオ・ルイージ指揮NHK交響楽団の共演~



ハイドン:交響曲第100番 ト長調 「軍隊」
リスト:ピアノ協奏曲第1番 変ホ長調
サティー:グノシエンヌ(アンコール)
レーガー:モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ 作品132

ピアノ:アリス・紗良・オット

指揮:ファビオ・ルイージ

管弦楽:NHK交響楽団

収録:2023年12月6日、サントリーホール

放送:2023年12月15日 午後7:30~午後9:10

 今夜のNHK-FM「ベストオブクラシック」は、2023年12月6日、サントリーホールで行われた「N響 第1999回定期公演」の演奏会。ピアノ独奏にアリス・紗良・オットを迎え、リスト:ピアノ協奏曲第1番、さらにハイドン:交響曲第100番、レーガー:モーツァルトの主題による変奏曲とフーガが演奏された。

 ピアノのアリス=紗良・オット(1988年生れ)は、ドイツ・ミュンヘン出身。父親がドイツ人、母親が日本人。ピアニストのモナ=飛鳥・オットは実妹。オーストリアのザルツブルク・モーツァルテウム大学で学ぶ。2003年バイロイト音楽祭に招かれ、ワーグナー愛用のピアノを使用してリサイタルを開催。2004年「イタリア・シルヴィオ・ベンガーリ・コンクール」優勝、同年中村紘子(1944年―2016年)の招きにより日本でのデビューを果たす。2005年「ヨーロッパピアノ指導者連盟コンクール」優勝。2010年「クラシック・エコー・アワード2010」にてヤング・アーティスト・オブ・ザ・イヤーを受賞。

 指揮のファビオ・ルイージ(1959年生れ)は、イタリア、ジェノヴァ出身。パガニーニ音楽院およびグラーツ音楽院で学ぶ。1984年グラーツ歌劇場で指揮活動を開始。1990年グラーツ交響楽団を創設し、1995年まで芸術監督を務めた。その後、ライプツィヒ放送交響楽団芸術監督、スイス・ロマンド管弦楽団首席指揮者、ウィーン交響楽団首席指揮者、シュターツカペレ・ドレスデン音楽監督、メトロポリタン歌劇場首席指揮者、チューリッヒ歌劇場音楽総監督、ダラス交響楽団音楽監督、デンマーク国立管弦楽団首席指揮者を歴任。 2013年メトロポリタン歌劇場とのワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」の録音によりグラミー賞を受賞。 2017年デンマーク国立交響楽団首席指揮者、2019年フィレンツェ五月音楽祭音楽監督に就任。2022年9月NHK交響楽団首席指揮者に就任。


 ハイドン:交響曲第100番 ト長調は、1793年から94年にかけて作曲された交響曲。いわゆる”ロンドン交響曲”のうちの1曲であり、「軍隊」の愛称で知られている。「軍隊」という愛称は、有名な”トルコ軍楽”の打楽器(トライアングル、シンバル、バスドラム)が第2楽章と、終楽章の終わりで使われていることによる。18世紀のヨーロッパの宮廷ではトルコがエキゾティシズムの象徴となり、様々な”トルコ風音楽”が流行として取り入れられた。初演は1794年3月31日にロンドンのハノーヴァー・スクエア・ルームズにおける第8回ザーロモン演奏会で行われた。

 今夜のハイドン:交響曲第100番「軍隊」でのファビオ・ルイージ指揮NHK交響楽団の演奏は、全体にキリリと引き締まったテンポで曲が進む。実に堂々とした構成力を持った、力強い演奏内容だ。ハイドンの交響曲というと、何か長年の慣習というか、しきたりのようなものが存在して、その枠からなかなか抜け出せないのが通例。しかし、今夜のファビオ・ルイージ指揮NHK交響楽団は、そんなことには一切お構えなしに、自らの信念に基づいて曲を進める。指揮者とオーケストラの奏者一人一人の心意気がピタリと合っている。N響のメンバーがァビオ・ルイージを信頼しきって演奏していることが、聴き進めるうちにじわじわと伝わってくる。この結果、ハイドンの交響曲が、現代の我々の感覚にも違和感なくストレートに伝わってくる。曲全体が生き生きした躍動感に包まれ、ハイドンの交響曲が光り輝いた一瞬が、そこには確かにあった。


 リスト:ピアノ協奏曲第1番は、1830年代から1856年にかけて作曲された。同曲の着想は、1830年代頃からすでに着手していたと考えられている。1835年に初稿が完成した。その後リストはこの初稿を単一楽章の形式に改訂を行い、1839年に初稿の改訂版をひとまず完成させている。再開したのは7年後の1846年で、1849年7月に最終稿を完成させた。しかし完成後すぐには発表せず、1853年に再び改訂し、初演後の1856年にはさらなる推敲が加えられている。初演は1855年2月17日、ヴァイマルの宮廷において、ベルリオーズの指揮と作曲者自身のピアノによって行われた。

 今夜のアリス=紗良・オットをソリストに迎えたリスト:ピアノ協奏曲第1番の演奏は、アリス=紗良・オットの入魂のピアノ独奏が際立った。何かピアノと決闘でもするかのような迫力がスピーカーを通して聴き取れた。ただ単にリスト風の演奏に徹するのではなく、一度リストから離れて、再度このピアノ協奏曲に挑戦するかのするような生々しさがある演奏だ。ロマン派のピアノ協奏曲をただなぞるのではなく、今生きる我々が、この曲からくみ取れるものは何かををトコトン追及した演奏が強く印象に残った。今夜のアリス=紗良・オットの演奏を聴いていると、新しいクラシック音楽の演奏の一つの答えがそこにはあるように感じられた。ベートーヴェンもシューベルトもリストも、当時の聴衆の感覚に合ったから高い評価が得られたのだ。アリス=紗良・オットが、今後、クラシック音楽の演奏の改革の旗手を務めるのではないかとさえ感じさせた演奏ではあった。


 レーガー:モーツァルトの主題による変奏曲とフーガは、主題、第1変奏~第8変奏、フーガからなっている。モーツァルトのピアノソナタ第11番「トルコ行進曲付き」の第1楽章から主題を取った変奏曲で、1914年4月から7月にかけて作曲された。初演は、1915年1月8日にヴィースバーデンでレーガーの指揮によって行われた。作曲にあたっては当時の音楽界の「混乱」、同時代人たちの作品の「不自然さ、奇妙さ、奇抜さ」への対抗の宣言という意図があったという。レーガーの作品のなかでも明快さと高い完成度を持つ代表作で、現在でも演奏機会は多い。

 今夜のファビオ・ルイージ指揮NHK交響楽団によるレーガー:モーツァルトの主題による変奏曲とフーガは、NHK交響楽団の持つ重厚な味わいをファビオ・ルイージが存分に引き出すことに成功した演奏となった。今夜の最初の曲のハイドン:交響曲第100番「軍隊」においては、華麗な仕上がりが特徴の、どちらかというとフランス系あるいはイタリア系のオーケストラを思い起こさせる軽快さに満ちていた。一方、レーガー:モーツァルトの主題による変奏曲とフーガでは、がらりと変え、ドイツ系あるいはオーストリア系のオーケストラの持つような重厚さを前面に打ち出した演奏となった。一晩の演奏で異なる感触の演奏が聴けるのも、生の演奏会ではの醍醐味であることを教えてくれた。特にレーガーの曲の最後の「フーガ」の演奏では、ファビオ・ルイージ指揮N響の奏でる何重にも重なり合った重厚な響きに圧倒され、暫し間、酔いしれた。(蔵 志津久)
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