<コンサート情報>
~フェスティバルホール ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団 ニューイヤー・コンサート2024~
ヨハン・シュトラウス 2世:喜歌劇『こうもり』序曲
ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「燃える恋」
ヨハン・シュトラウス 2世:トリッチ・トリッチ・ポルカ
ヨハン・シュトラウス 2世:ワルツ「レモンの花咲くところ」
ヨハン・シュトラウス 2世:「メロディーエン・カドリーユ」
ヨハン・シュトラウス 2世:ワルツ「ウィーン気質」
カール・ミヒャエル・ツィーラー:喜歌劇『財務責任者』序曲よりワルツ「いらっしゃいませ」
ヨハン・シュトラウス 2世:フランス風ポルカ「クラップフェンの森で」
エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル 「ブレーキかけずに」
フランツ・レハール:ワルツ「金と銀」
ヨハン・シュトラウス 2 世 :ポルツ・シュネル「観光列車」
ヨハン・シュトラウス 2 世 :ワルツ「美しく青きドナウ」
指揮・ヴァイオリン:ヨハネス・ヴィルトナー
管弦楽:ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団
会場:フェスティバルホール
日時:2024年1月6日(土) 午後2時
指揮・ヴァイオリンのヨハネス・ヴィルトナー(1956年生まれ)は、オーストリア、ミュルツツーシュラーク出身。ウィーンとパルマでオトマール・スウィトナーとヴラディミール・デルマンに指揮を学び、またヴァイオリンおよび音楽学を学んだ後、ウィーン・フィルにヴァイオリニストとして在籍。その後、スロヴァキア国立コシツェ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者(1990年~1992年)、プラハ国立歌劇場の首席指揮者(1994年~1995年)、ライプツィヒ歌劇場の第一常任指揮者(1996年~1998年)を経て、1997年から2007年までノイエ・フィルハーモニー・ヴェストファーレンの音楽総監督を務めた。現在はウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団の指揮者とBBCコンサート・オーケストラの首席客演指揮者を務めている。
ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団(WJSO)は、オーストリアの首都ウィーンを拠点とした、シュトラウス・ファミリーの音楽をプログラムの中心とするオーケストラ。。オーストリア・ラジオ(ORF)とヴァイオリニストのオスカー・ゴーガーにより、1966年に結成され、19世紀後半にヨハン・シュトラウス2世らが率いたシュトラウス管弦楽団を継承する。楽団員は、ウィーン放送交響楽団を中心としたウィーンのオーケストラから選抜。常設団体ではなく、年15回程度のコンサートと録音、演奏旅行などのたびに結成。40名前後の小編成は、ウィーンフィルなどが同分野を演奏する際の半分強の人数だが、シュトラウス生前のオリジナル演奏規模に近いとされる。
ヨハン・シュトラウス 2世:喜歌劇『こうもり』序曲
ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「燃える恋」
ヨハン・シュトラウス 2世:トリッチ・トリッチ・ポルカ
ヨハン・シュトラウス 2世:ワルツ「レモンの花咲くところ」
ヨハン・シュトラウス 2世:「メロディーエン・カドリーユ」
ヨハン・シュトラウス 2世:ワルツ「ウィーン気質」
カール・ミヒャエル・ツィーラー:喜歌劇『財務責任者』序曲よりワルツ「いらっしゃいませ」
ヨハン・シュトラウス 2世:フランス風ポルカ「クラップフェンの森で」
エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル 「ブレーキかけずに」
フランツ・レハール:ワルツ「金と銀」
ヨハン・シュトラウス 2 世 :ポルツ・シュネル「観光列車」
ヨハン・シュトラウス 2 世 :ワルツ「美しく青きドナウ」
指揮・ヴァイオリン:ヨハネス・ヴィルトナー
管弦楽:ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団
会場:フェスティバルホール
日時:2024年1月6日(土) 午後2時
指揮・ヴァイオリンのヨハネス・ヴィルトナー(1956年生まれ)は、オーストリア、ミュルツツーシュラーク出身。ウィーンとパルマでオトマール・スウィトナーとヴラディミール・デルマンに指揮を学び、またヴァイオリンおよび音楽学を学んだ後、ウィーン・フィルにヴァイオリニストとして在籍。その後、スロヴァキア国立コシツェ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者(1990年~1992年)、プラハ国立歌劇場の首席指揮者(1994年~1995年)、ライプツィヒ歌劇場の第一常任指揮者(1996年~1998年)を経て、1997年から2007年までノイエ・フィルハーモニー・ヴェストファーレンの音楽総監督を務めた。現在はウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団の指揮者とBBCコンサート・オーケストラの首席客演指揮者を務めている。
ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団(WJSO)は、オーストリアの首都ウィーンを拠点とした、シュトラウス・ファミリーの音楽をプログラムの中心とするオーケストラ。。オーストリア・ラジオ(ORF)とヴァイオリニストのオスカー・ゴーガーにより、1966年に結成され、19世紀後半にヨハン・シュトラウス2世らが率いたシュトラウス管弦楽団を継承する。楽団員は、ウィーン放送交響楽団を中心としたウィーンのオーケストラから選抜。常設団体ではなく、年15回程度のコンサートと録音、演奏旅行などのたびに結成。40名前後の小編成は、ウィーンフィルなどが同分野を演奏する際の半分強の人数だが、シュトラウス生前のオリジナル演奏規模に近いとされる。