御託専科

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額田 勲 「がんとどう向き合うか」

2007-06-19 10:32:09 | 書評
神戸で病院を経営している人。こういう人を見ると、あ、金持ちだなあ、と最近は思う浅ましさ(笑)。

それはともかく。内容としては非常に良かった。この医師は1940年に生まれたので60台後半。団塊前の世代、この時代の医者、という事である種無意識の傲慢さを持っており、そのことが迂闊にもいろいろなことを正直に語らせていると言える。またこれは美点だが思弁による装飾をするタイプではなく実務家寄りであるということも正直さにつながっている。

ある患者のことを語るのにその奥さんのことを「妻」と簡単に呼ぶ世代ではある。一瞬誰のことかわからなかった。また尊厳死などを「高度な技法により人為的な生をもてあそぶような虚構」とし、「人間的な自然な生と死を追求したいと念願している」そうな。人為的な、人間的な、自然な、と並べ、前者が後2者と対立概念であるなどとよく言えたものだ。思想的な錬度はかなり低い人だね。あと、自分ががんとなって「医者の有利さ」を自覚し、罪滅ぼしもありこの本を書いたそうな。でもねえ、これも内省が足りないよね。医者の有利さは医学知識以上に、どの病院の誰が信用でき、誰はだめだ、ということなんだよね。冒頭にがん患者の集会の件を出しているのでいい線行っているんだけどねえ。もうひと覚悟して、死ぬ前にだめな医者といい医者の一覧表を書いてほしいね。それこそが患者のほしいもの。

とまあ、迂闊な部分が多いだけに正直な医者と治療の様子がわかる。やはり過酷で見通しが薄くても治療を進める方向のバイアスはかなり強いようだ。脾臓がんの人の話など、次男が医者で手術予後の悲惨さがわかっているのに、それで次男は拒否しているのに、それでも希望を託すがごとく説得して手術をして案の定の結果となった。ま、これも医者だけの話じゃなくて本人や他の周囲の人の意思もあったんだろうけど、それでも医者がもっと中立的に話せぬものかなあ。この手の話が何件も出てきて、そこに患者のわらをも縋る思いと治療を職業の習性として優先させたい医者の共犯的関係が見て取れる。それにしても意外なまた悲惨な副作用、再発の可能性の高さなどは患者はどこまで知らされているのかなあと思わぬでもない。もちろん直る可能性のほうに目が行ってしまっているのはよくわかるが。

もう一つ迂闊なことだが、こういう例で関与した著者の反省の言葉が軽いね。著者は内科医であり紹介・推奨までのところなのでそうなのかもしれないが、もう少ししっかり反省して、できればその後に生かしてもらいたい。なんだか軽く反省しては同じことを繰り返しているように見える。

あと、決定的な無神経を一件。著者はある人を最後のほうで称揚している。確かに才覚と品格に満ちた人だが、その人を称揚するあまり、たくさん患者を診ていてもそんなに印象に残っているわけではない、という趣旨のことを言っている。「あ、センセイの本だ」と思って買った患者はどういう気持ちになるのかな。かなりの人を傷つけたね。ことほどさように迂闊な人である。デリカシーのなさが髣髴としてくるこういう人の患者にはなりたくないね。