御託専科

時評、書評、そしてちょっとだけビジネス

桐野夏生「グロテスク」

2006-11-09 07:59:22 | 書評
かなり面白かったな。慶応と学習院を混ぜたような坊ちゃん・お嬢ちゃん学校での女子高校生たちの隠微な、また露骨な張り合いを出発点とした彼女たちのその後の人生。ぜんぜん似ていないハーフの姉妹ってちょっと無理に見える設定だけど、まあそういうこともあろうということで。情念のどろどろ感からすると現代のドストエフスキーか。あるいは、見るものの視点により事件や人物の認識が様々にゆれているのは、現代版の「藪の中」とも言えるかな。

絶世の美少女ユリコ、語り手であるその姉、吝嗇のスイス人の父、弱い母、不器用なガリ勉和恵、木っ端役人的その父、リスのように愛らしく優秀なミツル、カオリを「実験的意図」を持って入学させた生物の先生、ユリコに売春させるその息子、水商売をしているミツルの母とそれに惚れる語り手「姉」の祖父、日本に渡ってきてカオリを殺害することになるチャン、その仲間、その妹、田舎から出てくるときの様々な邂逅、ユリコの息子である盲目の美青年百合雄。いろいろな人物の造形が際立っていて印象深く、かといって突飛ではなくありうべき人物として納得できる。これだけ多数の人が印象に残った小説はあまり経験していないと思う。

ストーリーは東電OL殺人事件、オウム事件などに中国からの不法入国者の話などがミックスされていて、作者はこれらの読者にとって既知のコンテクストをうまく利用しているように見える。ただし中心はあくまで女性同士の人間関係(及びその記憶)を軸としたそれぞれの人物の人生であり運命である。女の子たちの、一瞬にして相手を値踏みし、序列の中で自分を同ポジショニングしてゆくかそれぞれが考えてゆく姿はずいぶんとリアリティがあった。勉強もおしゃれも趣味も、すべてがポジショニングのためなのかな。女性読者に是非感想を聞きたいと思う。

なにせ「藪の中」なのでまとめて語るのは難しいが、2点ほど。
当初上から高踏的ともいえる語り口で一連の事件を語っていた「姉」の虚勢が次第にはがれてゆき、最後には40歳の処女の娼婦として売春をはじめることを語ると頃で終わる。虚勢が次第にはがれてゆく持ってゆき方はうまいな。
もう一つ面白いのは、和恵の売春日記。一番不器用でかわいそうな人物に見えていたが、実はかなり達観してそれなりに楽しく生きていたことが描かれていて秀逸。ホームレス相手に身を売ったり中国人複数を相手にしたり。自分の姿が次第に化け物じみてゆくことを醒めた目で見ており、会社の同僚や売春の客たちに次第に敬遠されてゆく状況を嫌うでもなくむしろ楽しんでいるようであった。あそこまであっけらかんと語られると性交と排泄がさしてかわらないことに思われてしまう。確かにさしてかわらないのかも。和恵は生物的なところまで堕した荒涼とした精神生活をしていたともいえるし、人間の虚飾をできる限り取り払ったともいえるんだろうな。

とまあ、印象深いのではあるが、OUTと同様最後は安易かなあ。百合雄と「姉」が渋谷で売春をはじめたところで終わるんだけど、ほかに終わりようはなかったかなあ、と思ってしまった。ま、いいか。「藪の中」なんだから。