猫のひたい

杏子の映画日記
☆基本ネタバレはしません☆

シュウシュウの季節

2018-03-24 22:39:52 | 日記
1999年のアメリカ映画「シュウシュウの季節」。

1975年、中国四川省成都市に住む少女・秀秀(シュウシュウ/リー・シャオルー)
は、下放政策により草原での放牧に従事するため家族や友人たちと別れて地方に
送られ、少数民族の老金(ラオジン/ロプサン)の下で遊牧を学ぶことになった。
無口で無骨なラオジンと時に反目し合いながらも打ち解け、辛い労働にも慣れて
いくシュウシュウだったが、本心では早く成都に帰りたいと強く思っていた。や
がて成都に帰る予定日がやってくるが、シュウシュウが労働に従事している間に
文革の熱は冷めており、忘れられてしまった彼女に本部から迎えは来なかった。
その後「本部にツテがある」という青年がテントに現れるようになり、シュウシ
ュウは成都に帰りたいあまりに彼に体を許してしまう。

残酷で悲しい物語だった。この映画、舞台も中国で、監督も中国人女優のジョア
ン・チェンで、俳優も皆中国人なのに、アメリカ映画なのだ。でも観ているとこ
れは中国では製作できないだろうなあ、とわかる。実際中国では上映禁止になっ
たそうだ。
下放政策というものがあったことを初めて知った。この映画の主人公のシュウシ
ュウはその犠牲者である。たくさんの少年少女たちが農村などに送られたが、皆
きっと希望を持って出かけたのだと思う。自分たちがこれからすることがきっと
将来役に立つのだと。シュウシュウが送られたのは、チベット人のラオジンのと
ころだった。彼の下で放牧を学ぶのである。孤独なラオジンは、若い女の子がや
ってきて戸惑っているようだった。放牧を教え、一緒にテントで生活し、無邪気
なシュウシュウにラオジンも安らぎを覚えるようになる。だが、シュウシュウが
帰る予定を過ぎても一向に迎えは来ない。不安で仕方ないシュウシュウに、本部
にツテがあると言ってある青年が近づき、シュウシュウは体を許してしまう。そ
れからもシュウシュウは「成都に帰らせてやれる」と言う男たちに弄ばれる。ラ
オジンは辛い気持ちでいたが何もしてやれない。
あまりにも悲しい映画である。早く家に帰りたいシュウシュウの気持ちはわかる
が、もう少し何とかならなかったのだろうか。シュウシュウの家族も彼女がいつ
までも帰ってこないのに何もしなかったのだろうか。シュウシュウは身も心もボ
ロボロになっていき、その様子を見ているのは辛かった。どうしてこんな少女が、
ここまで過酷な目に遭わなければならなかったのか。そしてシュウシュウを騙し
た男たちのいやらしさ、卑怯さに怒りを感じた。そして絶望のラストシーン。
実話ではないが、シュウシュウのように忘れられてしまった若者はたくさんいた
のかもしれない。中国の歴史の闇を感じさせられた映画だった。




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2 コメント

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Unknown (いごっそう612)
2018-03-25 06:44:29
下放政策…そんなわけがわからん政策があったとは…(;゚Д゚)
なかなか重そうですね、でも記事読んでたら観たくなりました。
Unknown (杏子)
2018-03-25 13:04:46
コメントありがとうございます。ほんとに毛沢東ってロクなことしてないですよね。
下放政策も結局若者たちを苦しめただけで失敗に終わってるし。
とても悲惨な映画ですが、観る価値はありますよ('ω')

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