続きです。
萩原法子さんの「熊野の太陽信仰と三本脚の烏」の紹介をします。
熊野は古代、太陽信仰を持つ場所であった、と考える著者は、的を打つ(扇祭)ということと、的を矢で射る(大島の水門祭りのお的)ことには、共通した何かがある、と考えています。
扇の的を射る、というと、平家物語の那須与一を連想しますが、矢が放たれ、的を打ちぬく神秘性と、打ちぬかれた扇があでやかに舞い散るイメージがとてもよく似合っているように感じられます。
このような、武術とは異質な「的」と「弓」の組み合わせが、日本各地にもあると、著者は指摘しています。
それは新年の神社の弓行事で、近い距離から座って的に矢を当てて、そのあと的をこわしてしまう「奉射」「おびしゃ」という行事です。
著者はこの行事を各地に見て回り、そこにヤタガラスが描かれているたくさんの事例を発見しています。
先月の新聞に、そのような新年の弓行事=“おびしゃ”が行われた、という記事がありました。
http://mainichi.jp/area/kanagawa/news/20100108ddlk14040265000c.html
・・・・・
奉射祭:新春の神事 五穀豊穣を占う--小田原・白髭神社 /神奈川
小田原市小船(おぶね)の白髭神社(中村瑛(あきお)宮司)で7日、正月神事の「奉射(ぶしゃ)祭」があり、新年のの五穀豊穣(ほうじょう)の吉凶を占った。
八百余年の歴史があるとされる市指定の無形民俗文化財。
神社とかかわりの深い小宮家当主の正雄さん(61)と分家当主の幹生さん(43)が交互に7本の矢を20メートル離れた的(直径約2メートル)へ放ち、的中数で吉凶を占う。
今年は4本で「昨年は3本だったので、今年は『吉』」と中村宮司。
最後の矢が放たれた後は続いて「的破り」。
境内の椿の木で作られ、的の上部につるされた「ツバメ」と呼ぶ3個の鳥形を、小学生7人が取り合った。
ツバメは厄よけになると言われ、3個以外にも全員分が用意されており、参拝客がうれしそうに持ち帰った。
・・・・・・
小田原では、ヤタガラスではなく、ツバメになったようです。
このように各地で、鬼になったり、ねずみになったりするのですが、その元型には、かつて法隆寺の玉虫厨子に描かれていたようなヤタガラスとうさぎが対でいることが追跡できると、著者は考えています。
正月の弓神事の由来について、真弓常忠氏は「神道祭祀」という本で次のように述べています。
以下抜粋して、引用します。
*****
(以下引用)
1月15日の小正月の前後には、各地で弓神事が行われる。
歩射祭、奉射祭、おびしゃ、など種々に呼ばれているが、俗に「ハマ弓」、「ハマ矢」と称する。
一般には弓射は狩猟をかたどるところから、狩猟文化の名残と見るのが常識であるが、はたしてそうかどうかは検討の余地がある。
というのは、弓神事は海岸の村村、神社に多いからである。
宮廷では正月17日に行われた。
起源は、「仁徳天皇12年7月条に、高麗国より鉄の楯と的を貢し、これを射通した者にスクネの名を賜った」との記事がある。
天武天皇9年にも射礼のおこなわれたことが見え、その頃から恒例化したことと察せられる。
住吉大社では、弓のあとに、“くぐつ”のことが見える。
“くぐつ”、つまりあやつり人形のことで、平安後期11,12世紀ごろより始まり、中世に流行したが、その源流は海人族(あま)が宮廷に寿詞を奏上した呪術的芸能から派生した「ほがいびと」」に求められる。
“くぐつ”そのものは、中国から伝来した技芸であるが、それを受け入れた素地には“まれ人“が呪詞を奏し、主を祝福するという呪術的行為があり、それを異国人である“くぐつ”の行うことになったものということができる。
“くぐつ舞”は安曇の磯良(あずみのいそら)の伝説と関係があり、海の精霊が祝福していることを表わす海人族(あま)の呪術的芸能である。
伊勢、志摩の海岸や島には、弓神事がすこぶる多い。
浜島の宇気比(うけひ)神社の弓引神事は、正月11日に行われるが、祭典の後、「盤の魚(ばんのいお)」と称してボラ2尾を調理する。
弓射のあと、子どもが集まって的を破る。
破った的は浜で焼き、最後の矢は沖に向かって放つ。
答志島でも、旧正月17日に行うが、矢は弓にくくりつけてあり、射ても矢は弓を離れない。
射手は射る所作をして、弓と一緒に矢も握ってしまう。
いかにも呪術的な動作であるが、そこに弓神事のもっとも原初的な形がうかがわれる。
元来が、的に命中させることを目的としたものではないことが知られる。
少なくとも弓神事が、海浜・しょ島に多く伝承され、魚の包丁式を伴ったりしているところから見て、どうしても狩猟文化というより、海を生活の舞台としている人々、すなわち海人族(あま)に固有の儀礼と考えられる。
してみると「ハマ矢、ハマ弓」は単純に「浜矢」「浜弓」としてよいことになる。
ただし、鎌倉時代以降、武技としての流鏑馬(やぶさめ)が、八幡系の神社を中心として行われるようになって、「ハマ矢」は「破魔矢」の意をもつことになったのであろう。
(引用ここまで)
*****
新年に行われた福井の弓行事の新聞記事です。
http://www.chunichi.co.jp/kenmin-fukui/article/local/CK2010010402000167.html
・・・・・
魔よけや大漁願い込め3本矢放つ 美浜・早瀬で新春の伝統行事 (1月3日)
新年を迎え、今年1年の無病息災や豊漁、家内安全などを願う伝統行事が美浜町内各地で行われた。
地区の住民が昔と変わらぬ伝統の作法にのっとり神事を営んだ。
早瀬では3日、150年以上続くという「浜祭り」が行われ、魔よけや大漁などの願いを込めた3本の矢が力強く空に放たれた。
矢を射る神事を担当する「代祝子(ほうり)」を務めたのは中川速雄さん(71)。
10年ぶり2度目の大役のため11月から練習を重ね、神事に備えて大みそかから日吉神社にこもって身を清め、祭りに挑んだ。
中川さんは狩衣(かりぎぬ)姿で登場し、裃(かみしも)を着た地区の代表者らを引き連れて200メートルほど離れた漁港へ移動。
厄や病気などを追い払う「悪魔矢」を海に向かって1本、商売繁盛や大漁を願う「祝い矢」2本を陸に放った。
見守る住民からは「今年はよく飛んだな」などと声が上がり、大きな拍手が送られていた。
この後「沖の堂」と呼ばれる建物内で、伝統行事「堂の講」も営まれた。
昨年、代祝子を務めた寺澤成一さん(64)が、堂内を飛び回りながら思いつく限りの魚の名称を挙げた。
最後に供え物の魚などに網をかぶせ、大漁を祈願した。
・・・・・
wikipedia「弓矢」呪術としての弓矢より
御弓始め - その土地の一年の豊作を占う神事で、神社の神主や神官が梓弓で的を射抜きその状態で吉凶を判断した。
御結(みけつ)・弓祈祷(ゆみぎとう)・蟇目(ひきめ)の神事、奉射(ぶしや)の神事ともいわれる。
祭り矢・祭り弓 - 五穀豊穣を願い行われる日本各地にのこる神事や祭り。
上記の御弓始めと同じであるが、射手は神職ではなく、その地域を代表する福男などが行う。
弓祭(ゆみまつり)・弓引き(ゆみひき)神事ともいわれる。
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扇の的を射る、というと、平家物語の那須与一を連想しますが、矢が放たれ、的を打ちぬく神秘性と、打ちぬかれた扇があでやかに舞い散るイメージがとてもよく似合っているように感じられます。
このような、武術とは異質な「的」と「弓」の組み合わせが、日本各地にもあると、著者は指摘しています。
それは新年の神社の弓行事で、近い距離から座って的に矢を当てて、そのあと的をこわしてしまう「奉射」「おびしゃ」という行事です。
著者はこの行事を各地に見て回り、そこにヤタガラスが描かれているたくさんの事例を発見しています。
先月の新聞に、そのような新年の弓行事=“おびしゃ”が行われた、という記事がありました。
http://mainichi.jp/area/kanagawa/news/20100108ddlk14040265000c.html
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奉射祭:新春の神事 五穀豊穣を占う--小田原・白髭神社 /神奈川
小田原市小船(おぶね)の白髭神社(中村瑛(あきお)宮司)で7日、正月神事の「奉射(ぶしゃ)祭」があり、新年のの五穀豊穣(ほうじょう)の吉凶を占った。
八百余年の歴史があるとされる市指定の無形民俗文化財。
神社とかかわりの深い小宮家当主の正雄さん(61)と分家当主の幹生さん(43)が交互に7本の矢を20メートル離れた的(直径約2メートル)へ放ち、的中数で吉凶を占う。
今年は4本で「昨年は3本だったので、今年は『吉』」と中村宮司。
最後の矢が放たれた後は続いて「的破り」。
境内の椿の木で作られ、的の上部につるされた「ツバメ」と呼ぶ3個の鳥形を、小学生7人が取り合った。
ツバメは厄よけになると言われ、3個以外にも全員分が用意されており、参拝客がうれしそうに持ち帰った。
・・・・・・
小田原では、ヤタガラスではなく、ツバメになったようです。
このように各地で、鬼になったり、ねずみになったりするのですが、その元型には、かつて法隆寺の玉虫厨子に描かれていたようなヤタガラスとうさぎが対でいることが追跡できると、著者は考えています。
正月の弓神事の由来について、真弓常忠氏は「神道祭祀」という本で次のように述べています。
以下抜粋して、引用します。
*****
(以下引用)
1月15日の小正月の前後には、各地で弓神事が行われる。
歩射祭、奉射祭、おびしゃ、など種々に呼ばれているが、俗に「ハマ弓」、「ハマ矢」と称する。
一般には弓射は狩猟をかたどるところから、狩猟文化の名残と見るのが常識であるが、はたしてそうかどうかは検討の余地がある。
というのは、弓神事は海岸の村村、神社に多いからである。
宮廷では正月17日に行われた。
起源は、「仁徳天皇12年7月条に、高麗国より鉄の楯と的を貢し、これを射通した者にスクネの名を賜った」との記事がある。
天武天皇9年にも射礼のおこなわれたことが見え、その頃から恒例化したことと察せられる。
住吉大社では、弓のあとに、“くぐつ”のことが見える。
“くぐつ”、つまりあやつり人形のことで、平安後期11,12世紀ごろより始まり、中世に流行したが、その源流は海人族(あま)が宮廷に寿詞を奏上した呪術的芸能から派生した「ほがいびと」」に求められる。
“くぐつ”そのものは、中国から伝来した技芸であるが、それを受け入れた素地には“まれ人“が呪詞を奏し、主を祝福するという呪術的行為があり、それを異国人である“くぐつ”の行うことになったものということができる。
“くぐつ舞”は安曇の磯良(あずみのいそら)の伝説と関係があり、海の精霊が祝福していることを表わす海人族(あま)の呪術的芸能である。
伊勢、志摩の海岸や島には、弓神事がすこぶる多い。
浜島の宇気比(うけひ)神社の弓引神事は、正月11日に行われるが、祭典の後、「盤の魚(ばんのいお)」と称してボラ2尾を調理する。
弓射のあと、子どもが集まって的を破る。
破った的は浜で焼き、最後の矢は沖に向かって放つ。
答志島でも、旧正月17日に行うが、矢は弓にくくりつけてあり、射ても矢は弓を離れない。
射手は射る所作をして、弓と一緒に矢も握ってしまう。
いかにも呪術的な動作であるが、そこに弓神事のもっとも原初的な形がうかがわれる。
元来が、的に命中させることを目的としたものではないことが知られる。
少なくとも弓神事が、海浜・しょ島に多く伝承され、魚の包丁式を伴ったりしているところから見て、どうしても狩猟文化というより、海を生活の舞台としている人々、すなわち海人族(あま)に固有の儀礼と考えられる。
してみると「ハマ矢、ハマ弓」は単純に「浜矢」「浜弓」としてよいことになる。
ただし、鎌倉時代以降、武技としての流鏑馬(やぶさめ)が、八幡系の神社を中心として行われるようになって、「ハマ矢」は「破魔矢」の意をもつことになったのであろう。
(引用ここまで)
*****
新年に行われた福井の弓行事の新聞記事です。
http://www.chunichi.co.jp/kenmin-fukui/article/local/CK2010010402000167.html
・・・・・
魔よけや大漁願い込め3本矢放つ 美浜・早瀬で新春の伝統行事 (1月3日)
新年を迎え、今年1年の無病息災や豊漁、家内安全などを願う伝統行事が美浜町内各地で行われた。
地区の住民が昔と変わらぬ伝統の作法にのっとり神事を営んだ。
早瀬では3日、150年以上続くという「浜祭り」が行われ、魔よけや大漁などの願いを込めた3本の矢が力強く空に放たれた。
矢を射る神事を担当する「代祝子(ほうり)」を務めたのは中川速雄さん(71)。
10年ぶり2度目の大役のため11月から練習を重ね、神事に備えて大みそかから日吉神社にこもって身を清め、祭りに挑んだ。
中川さんは狩衣(かりぎぬ)姿で登場し、裃(かみしも)を着た地区の代表者らを引き連れて200メートルほど離れた漁港へ移動。
厄や病気などを追い払う「悪魔矢」を海に向かって1本、商売繁盛や大漁を願う「祝い矢」2本を陸に放った。
見守る住民からは「今年はよく飛んだな」などと声が上がり、大きな拍手が送られていた。
この後「沖の堂」と呼ばれる建物内で、伝統行事「堂の講」も営まれた。
昨年、代祝子を務めた寺澤成一さん(64)が、堂内を飛び回りながら思いつく限りの魚の名称を挙げた。
最後に供え物の魚などに網をかぶせ、大漁を祈願した。
・・・・・
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御弓始め - その土地の一年の豊作を占う神事で、神社の神主や神官が梓弓で的を射抜きその状態で吉凶を判断した。
御結(みけつ)・弓祈祷(ゆみぎとう)・蟇目(ひきめ)の神事、奉射(ぶしや)の神事ともいわれる。
祭り矢・祭り弓 - 五穀豊穣を願い行われる日本各地にのこる神事や祭り。
上記の御弓始めと同じであるが、射手は神職ではなく、その地域を代表する福男などが行う。
弓祭(ゆみまつり)・弓引き(ゆみひき)神事ともいわれる。
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