松尾清晴オートバイ夢ひとり旅・世界走行中・5年10ヶ月・102ヶ国(訪問111カ国)・28万km走破・総集編

2000年10月~2008年11月まで5年10ヶ月・102カ国(訪問111カ国)1500ccで28万km走破

待望のサファリーツアー

2007年08月30日 | タンザニア

           11頭キリンの大行進見ごたえあった

200年8月27日月曜 はれ 
     28日火曜  はれ 

いつの「マニヤラManyara」「ゴロンゴロMgorongoro」
これは国立公園の名前

正式は「マニャラ」「ンゴロンゴロ」

一泊二日260$=約3万円でサファリーパークの出かける。
あこがれていたアフリカ平原ではじめて間近で見る、野
生の象、キリン、シマウマ、チーターなどに圧倒される。
写真をいっぱい撮りました。写真見てください。


          なんともいえないシマウマの親子


         森から出たり入ったりやっぱり主役は象だろうかねー


ペリカンの群れが湖の中に、緑のオアシスを感じる周りにはワニ、シマウマ
キリン、バッファローなどいっぱい


      嫌われ横取りハンターハイエナは自分での狩がうまいんだー


「獲物に逃げられたじゃないか」「邪魔すんでじゃーねー」とでも言いたい顔
サファリーカー5,6台に見られながらのハンター失敗


寝るときは横になって寝るのだろうかねー、ほかの動物の骨は見たことあるけど
キリンの死体の後の骨も見てみたいもんだ。罰が当たるかなー

キリマンジャロにつく

2007年08月30日 | タンザニア

  かっこいいマサイ族の男たち、耳たぶは切り取って大きな穴になっている
  お金を払って撮らせてもらいました。キリマンジャロの麓で

2007年8月26日日曜 曇り 18℃ はれ
キリマンジャロはきのうも今日も雲で見えない。帰り道
が怖いなー、ホテルのオーナーが歩いて道の誘導をし
てくれる。夕べ激しい雨のため固めの道ダートは滑りや
すい、案の定タイヤをとられ土手にはまる。馬の騎手み
たいな格好立ち運転でようやくアスファルトに出る。

天気は晴れに戻った。キリマンジャロ山からふもとの村
50kmは観光地らしく人々の動きも活発に見える。道路
はスピードを押さえる「突飛」が小さいものから大きい
ものまでひっきりなしに出てくる。注意していてもなれ
ないのでどうしてもドンと乗り上げショックを受ける。

この「突飛」たしか中米のガァテマラかどこかでTOPPI?
と書いてあったように思う。走っていてガクンガクンと
くるので最初はなんだろうと思っていたら、この突飛
だった。一番でかい突飛はパキスタン、クエッターで
オートバイの真ん中が引っかかってしまい転んでしまっ
たことがある。

スタンドの軸が動きスタンドが立ちすぎて止まるのに止
まれないこともあり閉口した。そのたびにハンマーで
叩いてみたり、溶接屋でしょっちゅうお世話になった。
今でも突飛を見ると怖さがあるなーとくにかまぼこ型の
切れ落ちのを見るとオートバイの腹が使えるので怖いの
だ。

キリマンジャロを出てからアルシャーに着いたのは13時
だった。ホテルを聞いた男がサファリーパークのことを
聞きに来た。キリマンジャロで予約を入れていたので、
そこに電話してもらい、「サファリー会社」に来てもらった。
いよいよ待望のの日が来た。明日9時にサファリーツアー出発。

ケニアに近いアルシャーArushaに向う

2007年08月30日 | タンザニア

お土産の飾りを売っていたかっこいいマサイ族の女性たち。お金を払って撮らせてもらいました。コインではだめみたいでお札4人で400円ぐらい渡しました。

2007年8月25日土曜 はれ朝25℃ 一時雨 はれ32℃
夜中に2回もトイレに起きた。まだ少し腹の痛みが残っ
ている。少し下痢気味だ。

きょうはケニアに近いアルシャーArushaに向う。7時前
と言うのに隣のビル工事で働く青年はもう集まっている。
出発して100kmを過ぎると右折、とたんに道幅が狭くなる。
観光地キリマンジャロ山、サファリーパークの観光地ら
しく観光バス、ミニバスなどひんぱんに走っている。

前方の追い越し車に気をつけ、バックミラーで後ろの
車に気をつけながら走る。大型観光バスはかなり強引
に追越をかけてくるので特に要注意だ。前方に黒い
車二つ見えるとどちらかが追越をかけているので、ス
ピードを落としながらようすを見る。

ケニアではオートバイ仲間が交通事故でなくなった。
今でも信じられない事故だ。連続5時間走行で350km、
平均80kのスピードで途中写真を撮りながらの走行に
なる。途中雨に降られたがすぐにやんだ。

一日中右手の方は山が続いている。もうすぐキリマン
ジャロにつく。両サイドパイナップル畑になってきた。
きれいに植え込まれたパイナップル畑は美しい。久し
ぶりに出てきたトマト露天売店で赤いトマト、まだ青い
トマト、たまねぎ混ぜて2,30個仕入れる400円。

キリマンジャロに泊まることにする。道路の終点から
山道に入る、ホテルのジープについて行く。熱帯雨林
の山奥にゲストハウスに着いた。一泊7$。夜は急に
冷えてきた。周りは民家なのか牛の鳴き声、ニワトリの
鳴き声が聞こえる。夜はまったく静かである。


    マサイ族の集落から駆け寄ってきた子供にももちろんお金を渡しました

ダルエス サラーム

2007年08月30日 | タンザニア
2007年8月24日金曜 はれ 昼25℃一時雨 はれ32℃
オートバイのスタンドの軸がずれてたちすぎてしまっ
ている。停まる時に苦労するので直しに行く。ホテル
の駐車場係りに案内してもらう。

溶接屋で着地する部分を曲げてもらい、スタンドも補
助一本を足して溶接してもらいどうにか安心して止め
られるようになった。溶接屋の周りには地元見物で人
だかり。

最初移動するとき、一人の男が後ろに乗ろう
としたため転んでしまった。「このやろう」と殴るしぐ
さをすると一目散に逃げた。デコボコ道でさっきも停
まる瞬間たちゴケしたばかりだったのでよけいに腹
が立った。修理代1500シリンダー=1500円

ダルエスサラーム

2007年08月30日 | タンザニア
2007年8月23日木曜 はれ 昼25℃
昼前に隣のYMCAのネットに行く。そのまま昼飯
焼き魚ー1000シリンダー=100円
ビール 1100シリンダー=110円

夜はチキンライス2000S=200円
腹の痛みは少しやわらいだ、いつもはトイレに行くと
大体直るのにしつっこい痛みが残っている。薬一日
3回ものむ。

ダルエス サラーム

2007年08月30日 | タンザニア
2007年8月22日水曜 はれ 朝25昼30℃
お腹がちくちく痛くなった。アフリカに慣れようと
今まで水を買わなくて2ヶ月過ぎた、もしかして水
のせいだろうかなー。薬を飲むため水を買った。

メキシコで猛烈な下痢にあったとき、現地の水と正
露丸どっちが勝つか試したら正露丸は負けたので今
回は水を買って早く直そう。

正露丸と胃腸薬飲んでも夜また痛む。ひどくはないが
気になる痛み、夜中に再び薬飲んで少しおさまった感
じだ。

タンザニア ダルエスサラームの町

2007年08月21日 | タンザニア

   

   タンザニア バザールで集まってきた信用できる地元の人たち 2007年8月20日 朝22℃ はれ 昼32℃ 晴れたり曇ったり 夜中にどしゃ降りの雨も朝にはやんだ。値段の高いホテルを8時半に出て安いホテルを探す。YMCA,(キリスト教青年会)YWCA(女子青年会)どちらも男女泊まれる。YWCAにつきレセプションのおばさんに「泊まれますか、5日間」日程表を見ながら「OK]の返事。安いホテルはどこも満杯だったので心配したがこれで安心して過ごすことが出来る。一泊1000円と安い。 部屋は掃除中で入れない。その間T/Cトラベルチェックの両替を銀行に行く。シティバンクのT/cなのにここのシチィバンクで両替できなかった。でかい銀行、高級ホテルの中にある両替所でもT/cの両替はすべてだめだった。戻ろうとしたら昨日のサファリーパークで会った黒人の運転手にばったり、「T/Cの両替ができないんだ」仲間と何か話して彼のタクシーで別の両替所、銀行へ行くがやっぱりだめだった。仕方なくカードで現金を下ろす。 しゃーない、ケニア大使館まで行ってくれと頼みビザ申請を終わらせよう。受け取りは2時間後とのこと。申請書には名前だけ書いて「私は目が見えないから」後はお願いしますとパスポートにはさんで女性係官に渡す。しょうがないみたいな顔して笑って受け取ってくれた。オートバイで午後2時に受け取りに行く。3ヶ月ビザ63000シリンダー6300円だった。              国立公園のキリン ホテルの前のペトロールスタンドで給油したあと、地元の人の質問に答えながら過ごしながらこの近くにオートバイの「シート」を補修してくれるとこ「ありますか」「OK]と言うなり靴の修理屋を呼んでくれてさっそく直してもらった。ついでにオートバイの「フロントの補修」もと頼んだら近くいた職人を呼んでくれて手動の穴あけで3箇所補修してもらった。シート縫込み代200円 フロント修理250円 へー「聞いてはみるもんだなー」アット言う間に気になっていた所の補修は直してもらった。職人を呼んでくれた親分はペトロールスタンドに併設しているレストランのオーナーだった。もうひとつついでにオートバイの後ろのテールランプ2個のうち一個がつかなくなっていたので、これは明日直すことになった。 YMCA青年会は100mの所にある。ここはビールも売っている。昼と夕方ここで食事してYWCAに戻る。きのう高いホテルで朝、食事でいっしょになった日本人女性はYMCAに移ってきていた。東京のW大学生で一人旅をしているようだ。そういえば昨日の夜町のビールショップ屋でもモザンビークに住んでるとか言っていた日本人女性とも会った。 とりあえずゆっくり出来る環境になった。あとはインターネットで下書きして日本に送信するだけになり楽しみだ。当分ダルエスサラームで過ごす。(8月21日)


キリンと遭遇

2007年08月21日 | タンザニア

        キリンに遭遇 アフリカだねー
2007年8月19日日曜 朝20度雨 昼22℃雨 ふったりやんだり

夜中に激しく雨が降った。あさも小雨だ。ここは国立公園サファリーパークの入り口であることを宿の人からおそわった。5km先に公園事務所があることも教えてくれる。8時半に出発。スピード出せないように道路にはデコボコの突飛?がこしらえてトラックなどはノロノロと走っている。

キリンに遭遇
アーッ「キリンだ」道路の近くにキリンを見つけた。右には鹿のいとこみたいなものが群れでこっちを見ている。キリンは二頭いたが一頭は逃げてしまった。写真におさめよう。これがアフリカなんだなー、こんな近くにキリンや動物を見られることは、何か不思議な感じがする。

写真を撮っているとトラックの運転手が「レンジャーレンジャー」「GO-GO-]と叫んでいる。写真は撮ってはいけないのだろうか、それとも危ないからと言うことなのかなー。すぐに公園事務所はあった。サファリーパーク内はマイカーかジープを借りて走るようだ。

入場料20$を支払いジープ代100$1万2千円を支払う覚悟した。ジープを予約したあとアメリカ人が運転手つきのマイカーできた、一人である。お金を払うから「私をいっしょに乗せてくれませんか」「あ、かまわない」。助かったー。で、ジープはキャンセル。

黒人運転手、アメリカ人、公園ガイドに10$づつ計30$払って2時間のサファリ見物にはいった。かばを見てライオンはバッファローのそばにいたが近くで見ることは出来なかった。キリンは遠くからでもすぐ分る。像はあっちこっち探して回ったが見ることが出来なかった。

公園は周囲3000kmあるそうでいつでも見れるとはいかないようだ。小動物も
何匹か見たが名前は忘れた。見たかった像の群れはどこかのサファリーで見れるだろう。

12時過ぎ事務所に戻る、寒い。そのままダルエスサラームに向って走る。あと300km。道路が良くて意外と早くダルエスサラームに17時に到着。ホテル3軒は満員、一軒一軒聞いて回るたびに汗だくだく、最後は一泊480004800円と高いホテルに泊まる羽目になる。オートバイを止めると、どーっと集まってくる活気のある町だ。

タンザニアは山が多いなー

2007年08月21日 | タンザニア

     腰を伸ばして一休み 20分ぐらいで後半ばてなくてすむ

2007年8月17日金曜 朝18℃ くもり 昼温度計見ない
タンザニア初日、一時間の時差のためか夜明けが遅いように感じる。夕べビール瓶をもってビン代をもらいに雑貨店へ。まだ店は開いてない。ホテルに戻って写真の取り込み11時近くに再び酒屋へ、ビン代をもらい12時2本、夕方3本買いに来るから冷やしておいてほしいと頼んで帰る。

冷やすのにコーラーで隠すように奥の方にビールを置くのはなにか悪いことでもしてるようにみえるなー。わき道はパウダーのような道でほこりっぽい。


2007年8月18日土曜 くもり 朝18℃ 雨昼22℃ ふったりやんだり
夜明けを待ってタンザニアの首都ダルエス、サラームDar-es-salaam,に向って出発。

約900km。一昨日国境を越えてから耕した畑が続くと期待したが今までと同じ原野になってしまった。雲の変化は雨になってきた。木陰で合羽に着替える、本降りになってきたのでガススタンドでハンドルカバーも着けて完全武装。ふったりやんだり晴れたりとめまぐるしく変わる。ミクミMikumiに泊まる。スネークゲストハウスの庭に入り止ろうとした瞬間ぬかるにタイヤをとられ転んでしまう。あーあ

宿代7500シリンダー750円。晩飯はいつでもテント泊出来るように途中の休憩所でチキン、チップス。焼き鳥を買っていた。ビールも昨夜ペットポトルに詰め替えて走ってきたのである。大きな山を二つ越してミクミMkumi泊まり