松尾清晴オートバイ夢ひとり旅・世界走行中・5年10ヶ月・102ヶ国(訪問111カ国)・28万km走破・総集編

2000年10月~2008年11月まで5年10ヶ月・102カ国(訪問111カ国)1500ccで28万km走破

11月13,14,15日 砂漠のオアシスの町マウン。ボツワナ

2007年11月15日 | ボツワナ

ボツワナの民家キャンプサイトはこの近くだった

2007年11月13日火曜 はれ朝20℃
昼39℃
これまで走って来た(国の)道の側には、
こんな所にも家があるぞと驚いていた。
あすこにも、ここにもと、ひっきりなしと
言っていい程いたる所に住んでいた。
ボツワナに入ったら一定の場所に限られ
た集落になった。

森の中のゲストハウスは、バー兼レスト
ランから川をながめる。ボートも浮かん
いる。芝生より砂地の方が多い、市内も
そうだが幹線の道路を外れるとほとん
ど周りは白い砂地ばかりである。

ここのスタッフはみんな気持ちのいいス
タッフの人たちばかりだ。オーナーはイ
ングランドの人のようだ。最初はイヤだ
なーと着いた時は思ったが居心地はい
い。

町まで12kと離れているがネットカフェも
あるようだ。夜はなにもかけないで寝て
いるが朝方は冷えて、下に敷いている寝
袋をかける。

今日は飛行機で遊覧飛行することになっ
た。ゆうべ二人のペアーが突然話しかけ
てきた。「フライト」「あした」?。うん「なに
ごと」だ「お金を貸せ」とでも言ってきて
いるのか。

「遊覧飛行機」二人で900プラ=21000円
一人11000円わたしが乗れば3人で一人
7200円と安くなると、話しかけてきたの
である。夕方一時間の飛行らしい。再び夜
会ったとき「OK」の返事をした。

二人はオーストリアのカップルだった。4時
にゲストハウスを3人でミニバスでマウン
飛行場に行く。飛行場に前で水を買うそこ
へ「女性」が来て話しかけている。パイロッ
トらしい。

何を話しているのか、そのうち二人と女性
は目の前の飛行場のなかに入っていく。す
ぐに戻ってくるのだろうと待っていたが来
ない。何をしてるんだろう、30分たった。が
戻ってこない。

二人で飛んでいったのだろうか。1時間待っ
ても戻ってこない。しょうがない帰ろう。ミ
ニバスの乗り場からゲストハウスに帰る。い
ったい俺は何のために飛行場まで来たんだ。
腹立つなー。

晩飯の7時を過ぎて彼らカップルが戻って
きた。腹の虫はおさまらない。人を「バカ」
にするんじゃねー「フザケルナ」と彼にどや
しつける。「パイロット」がどうの「プログラ
ム」がどうのと話す。

待っている間二人のうち「ひとり」は私に連
絡「出来た」はずだ。そのことを怒っている
のだ。申し訳なさそうに話すが「そんなこと
」しるか、そっちから誘ってきたくせに。幻の
後味の悪い飛行遊覧だった。

2007年11月14日水曜 はれ 暑い
朝7時ごろからパソコンに日記の書き込み、
12時半まで。昼飯のあと木陰で昼寝、意外
と涼しい。14時から再びパソコンに写真の
縮小など、、結構時間がかかるなー。

だまっていると外はものすごく暑い、木陰
はうそのように涼しい。こんな暑い中を走
ってきたのかなーと思う。パソコンはバー
の側のテーブルで打っている。

バーのカウンターには朝から地元の人たち
だろうか、それとも観光客なのだろうか常
連のお客らしい人が途切れることはなく来
くつろいでいる。

2007年11月15日木曜 はれ
アフリカの人はよく床を「きれいにするなー」
と思う。ほとんどの国がそうだった。思い出さ
すだけでもスワジランド、ジンバブエ、マラウ
イ、ケニア、ウガンダ、ルワンダ、ブルンジ、

ボツワナの砂の庭でもタイルのある床は
いつも汚れるたびにきれいに拭き取っている。
「きれい好き」の「アフリカ」を一番感じて
いる。

11月12日 リックがない! ボツワナ

2007年11月15日 | ボツワナ

ボツワナの平原を走る


ボツワナの白砂の上に建つ民家

2007年11月12日月曜 はれ朝22℃
昼10時35℃ 12時39℃
晴れ上がった青空今日もよすぎる天気
で暑そうだ。6時32分すべてオートバイ
に積み込んだ。さあー出発、いつものよ
うに最後はカメラをかけリックをしょ、、

アーッ「リック」がない、すべて積み込ん
でいるのにリックがない。「どうした」、
最後にリックを下ろしたのは100k手前の
ペトロールスタンドだ。頭をよぎる、あそ
こに「置き忘れてきたのだ」

ここのレセプションはまだ閉まっている。
100k戻ることにする。たしかにあそこの
ペトロールのお店に置き忘れてきたんだ、
あせる気持ちを落ち着け落ち着けと自分
に言い聞かせる。

テントを張って荷物を入れる。テントの中
は荷物の指定席が決まっている。テントの
左奥は中型バック、その上にヘルメット、と
なりにリック、大型バック、一番右奥は金
が入っているジャンバー、ジャケット

入り口左に靴、食料バック、右に洗面用具
と決めている。そういえばリックの指定席
が空いていてカメラバックを置いた記憶
がある。しかしリックのことには気がつか
なかった。

夕べ、レセプションでカメラのバッテリー
の充電をした時も気づかなかった。疲れ
ていたのだろうか。笑いながら「これで
しょう」と赤いリックを「差し出して」くれ
ることを想像しながら走る。

100k戻ったペトロールスタンドに着いた。
「マイ、レッドリック」が「なかった」かとス
タンドに聞く「NO]知らない。お店に入っ
ても「NO]知らないと言う。二度も三度
も同じこと聞いたが「NO,NO]の返事。

ポリスに「行って」みたらと近くにいた男
性が話す。ポリスの場所は近くだった。「
どうした」「リックを置き忘れた」と話す
がどうも話が通じないようだ。警察官は
ゲストハウスで「盗られた」と思っている
ようだ。

そうじゃない、「置き忘れた」ので「盗ら
れた」のではないと話しても通じない。
もしかして、私のいないスキにテントから
盗まれたのかも知れないと頭をよぎる
が泥棒されたとは思いたくない。

でも、やっぱり盗られたのかなーと疑う。
最後は「盗まれた」ことになってしまっ
た。リックの中にはパソコン、日記など入
っている。現金は入っていない。とりあえ
ず盗難証明書を書いてもらうことにした。

10時近くになった。証明書を持って再び
泊まったゲストハウスに向う。うーん、パ
ソコンがないとこれから先不便になるな
ー。だれか南アフリカに旅する人がいな
いかなー。

その人に家のパソコンを運んでもらうこ
と「できないかなー」とか考えながら引
き返す。暑いが暑さを感じない。リックを
しょってないので背中がスースーする。

これでは気づくはずだ。置き忘れること
はないはずだな。疲れていてそれも気
づかなかったのだろうか。11時過ぎゲスト
ハウスに着いた。目のつり上がったレセ
プションのおばさんがいた。

「マイ、レッドリック」と言うとおばさんは
棚を探している、なんか脈がありそうだ。
外に出て誰かに「大声で」叫んだ。返事
があったのだろう、奥のほうの棚から、
わたしの「赤いリック」を下げてきた。

あーきのう到着した時、テントの場所を
探す時、レセプションにリック下ろしたま
ま忘れてしまったのか。あきらめていた
リックが出てきた。あーよかったなー。

保管したおばさんも、夕べ充電した時。
わたしに話してくれればよかったのに
なー。ボツワナのみなさん泥棒扱いし
てすみませんでした。

ペトロールスタンドで再び満タンにした
あと、昼飯はビール付、冷たいビール
はうまい。ホッとする。朝6時半から12
時まで5時間ちょっと、一人芝居の彷徨
は終わった。

今までもリックをしょわないで、空身で
走りはじめて、途中で気づき舞い戻った
ことは何回かある。アーこんなこと人に
知れわたってほしくないな、ボケゾーン
に入ったことを。

そろそろ年貢のおさめどきかもな。クス
クス笑われている情景が思い出される。
あーはずかしい。でもよかった、よかった。

一息入れてマウンMaunnまで200k走る
3時に着いた。マウンは砂漠の中にある
動物のオアシス、デルタ地帯であるらし
い。マウンのペトロールスタンドで銀行、
や安宿を聞く。

分りやすく教えてくれた男は、スタンド
のアレックスと名札をつけた若い男性
、左足、ひざから足を失っている。バイ
クで事故にあい「失った」と話す。

いつも、わたしは「アレー」と失敗ばか
りしているので「彼には」悪いが、覚え
やすい名前だ。宿のバックパーカーは
川のほとりにあった。ほとんど、ここも
欧米人が多く泊まっているようだ。

部屋はない、すべて宿の常設テントを
借りるか自分のテントで寝泊りする。常
設のテント大120プラ=2880円中型6
0プラ=1440円、自分のテント30プラ
=720円。

11月11日 象に遭遇 ボツワナ

2007年11月15日 | ボツワナ

象の3,4頭の群れが横断していた
渡り終わった後一頭道に戻って来た
のでこれはとばかりシャッターをき
る。うれしかったが、後で考えると
あぶないことだったなー。


ジンバブエとボツワナの国境 ジンバブエ側

ボツワナの国境に入る

ボツワナに入るBotswana
2007年11月11日日曜 はれ朝22℃ 昼39℃
ジンバブエ、ビクトリアキャンプ場は緑の森に
芝生があり気持ちがいい。ここもそうだがゲ
ストハウスやキャンプ場にはどこもプールを
併設してある。大型トラックのキャンピングトラ
ックも数台停まっている。

トラックには26人のツアー客を乗せて走って
いるとツアーの客から聞いた。そのキャンプ
場を6時50分出発、一路ボツワナへ。やく
70kmでボツワナの国境に到着。日曜日の
せいか走っていた車は一台だけ出合った。

ジンバブエの出国を終わり二日で通過した
ことになる、ボツワナ国境の手続き、この国
はビザはいらない。オートバイのカルネもい
らないようだ。その代わり走行許可書?500
プラ=10$=1200円を請求される。

ここでは米ドルは「ダメ」ボツワナのお金で
ないと「だめ」と言われる。ジンバブエとは
逆である。しかしボツワナの金はない、10km
先の町で「両替」して戻ってくるように言わ
れる。

困ったなー、もたもたしているとマイカー
で来た中年の男の人がドルをプラに両替し
てくれると言う、おーありがたい。10ドルを
両替して、残っていたジンバブエの金もい
っしょに両替してくれる。税関に支払いを済
ませる。

10kmでボツワナ最初の町「カサネKasane]
に着く。ペトロールを入れる、ここでは米ド
ルでOKだった。日曜だったが銀行ATMで
ボツワナの金を手にする。この国の紙幣は
区別しやすいので気が楽だ。

カサネの町は四つの国が集まっている、め
ずらしい町。ザンビア、ジンバブエ、ボツワナ
そしてつま先のように延ばしているナンビ
アの国が一堂に集まっている。

ボツワナの道のことが心配で、心配でこと
あるごとに町で、国境で聞いてきた。ここ
カサネでも、これから先走る道路の状態を
重ね重ね聴いた。「大丈夫」「ベリーグッド」
とペトロールスタンドのスタッフは笑う。

ここカサネから東のナタNataへ300km、そ
こから南のマウンMaunnへ300km、さらに西
へ300km、逆「コ」の字型に走るのだ。次の
ペトロールスタンドは100km先にあることも
確認する。

青空の下ナタNataに向って走り出す。ああー
道路はいいなー。ホッとしながら走る。今ま
では遠くに近くに山を見てきたがここらあた
りは見渡すかぎり平原になった。ちょうど今
日本の春にあたるのだろうか、若葉の芽吹
きの林も続く。

温度計は10時で35℃を示している。暑いが
走っているかぎり、そんなに暑さを感じない。
100kで聞いていたペトロールスタンドに着い
た。スタンドの女性が手を振っている、ペトロ
ールは「NO]「フィニッシュ」「ない」と言う。

エーどうすんだ。次のスタンドまであと220k
次まで「もつかなー」。スタンドに来た車にペ
トロールを分けてもらうように話すが「ヂィー
ゼル」車でだめだった。しょうがないスピー
ドを落として走るより仕方ない。

行けるところまで行ってダメな時は、うしろ
から来る車に「ペトロールスタンド」まで走っ
てもらい「ペトロール」を運んでもらうよう
に「タノム」しか方法はないなー。スピードを
80kに落として走り出す。

気持ちよく走ってきた周りの景色も半減、ペ
トロールのなかったジンバブエで平均80k
のスピードで300kちょっと走ったこともあ
るなーと思い出しながら、もしかしたら走
りきることが出来るかも知れない。これ以
上強い風が吹かなければいいがなー。

見渡すかぎりの海のような地平線の平原
では風が強い。リザーブまで250kmは走
れたら、どうにかもちそうだ。リッター15k
m走ったとしてリザーブ5リッター×15=
75kmトータル325kmぎりぎりだ。

おー「象」だ。目の前に象が道を横断して
いる。ギヤーの切り替えをやめてエンジン
停める。カメラを取り出す、あー象は渡り
きってしまった。横断している象に出逢え
ばいいがなーと思いながらきて、それが
目の前に現れたのだ。

渡り終えた象の群れ、その中から一頭
道に戻ってきた。

残念だったなーと思っていたら渡り終わ
った3,4頭の群れの中から一頭だけ道に
戻ってきた。おーありがたい、これ以上の
チャンスはない。夢中でカメラに収める。
両サイドの林に7,8頭の象の群れがいた。

30秒違っていたら逢わなかったことだ。
これもスロースローと走って来たペトロ
ールのなさが恵んでくれた象の群れと
の遭遇と感謝しよう。象が向ってきてい
たら「どうなった」か、今考えるとぞーっ
とする。

「ブス、ブス、ブス」ガスが切れた。とうとう
リザーブへの切り替えだ、270kになってい
る。あと50kちょっとだ「よし」走りきること
が出来そうだ。スピードをさらに落として走
る。道はいいので助かっている。

ナタまであと「10km」の標識が出た。もう
少しだ。ナタの町に着いた、ついたぞー。
320kジャストを指している。小さい町だ、
さっそく満タンに給油、よかったなー。オ
ートバイから降りると「暑い」冷たい水が
ほしい。ここに「水はない」

反対側のペトロールスタンドに「ショップ」
があるとスタッフがゆう。コーラーと冷た
い水をいっきに飲む。スタンドにはレストラ
ンと店が併設されている。カメラバック、
リック、ジャケット、長袖を脱いで一休み。

14時になっている。キャンプサイトは100k
m「先」にある、ペトロールもあるとスタン
ドの男性が親切におしえてくれた。そこな
ら泊まるのにちょうどいい時刻だ。100k
走ってテントを張ろう。

暑い日差し39℃を指している。走り始め
て100kジャストでペトロールスタンドがあ
った。キャンプ場はここから1k入ったとこ
ろだ、とおそわる。

村の中にゲストハウス、キャンプ場があっ
た。なんとなく雑然としているなー。目の
つりあがったおばさんがレセプションにい
た。テントの場所は広場の「半分」に張る
ように指示される。テント代6プラ=1400
円、高いなー。

4時だ、太陽はまだ高い。日陰にテントを
張り終え洗濯したあと、サルマタでプー
ルにはいる。アーキモチガイイ。ゲストハ
ウスのビールは8プラ=190円ペトロール
スタンドは4プラ=100円と半額だ。

日が沈む前にスタンドまでビールと晩飯
をパックにつめてもらう。地元の子供が
塀越しに話しかけてきた、自分で書いた
「花」の絵を買ってくれと言ってるようだ。
あいにくコインがなかったので残念。


ザンビア、ボツワナ、ジンバブエ、ナンビア4カ国が集まるカサネの町

11月10日 ビクトリアの滝 ジンバブエ

2007年11月15日 | ジンバブエ




ビクトリアの滝 水量が少なくザンビ側でがっかりした
のでビザを取り直してジンバブエ側に回った。来てよか
った。


2007年11月10日土曜 はれ朝20℃ 昼35℃
ジンバブエに向う。ゲストハウスを7時に出発。
ペトロールのないジンバブエなので、少ししか
走ってないが満タンにする。11kmで国境に着
く。ザンビア出国7時半、ジンバブエに入る。

ビザ代30$=3600円、オートバイ走行許可代
?16$=2000円(ドルのみで他の通貨はダメ)
トータル46$=5600円の支払いになる。ビク
トリア滝を見るため5600円の出費になった。

あとで後悔するよりも「まし」と出費には目を
つぶろう。国境の橋は線路と道路がいっしょに
走っている珍しい国境だ。ジンバブエに入った
とたん滝の水煙が上がり虹かかっている。今
度は期待できそうだ。



ビクトリアの滝の道ばたには彼岸花に似た
花が咲いていた。

国境から5kmでキャンプ場。さっそくテントを張
る。テント代6$=720円。レストランで昼飯の後
ビクトリアの滝に向う。入場料20$ここでも米ド
ルのみジンバブエのお金ではダメとゆう。ここ
は「アメリカ」ではない「ジンバブエ」じゃないか
とごねる。

米ドルは持ってきてなかった。しょうがないキャ
ンプ場に戻りドルを用意し入場料を支払い。ビ
クトリアの滝へ。断崖に沿って道は続く、だんだ
んと迫力ある滝が見えてきた。水しぶきの上
がるメインの展望台では虹が二つかかってい
る。

午後3時すぎると虹がちょうどいい高さに
上がってくるようだ。

水しぶきを浴びながら3時過ぎまで二時間ほ
ど見物してキャンプ場に戻る。やっぱり来てよ
かったなー。あした11日はボツワナに向おう。

今日国境でザンビアの金を両替した時、また
だまされたようだ。ザンビアでペトロール代
のお金は分ったが、お店で買う小額の紙幣
区別が分らず最後までとうとうわからない
で終わった。


ボツワナへの道

11月7,8,9日ビクトリアの滝 リビングストーン

2007年11月09日 | ザンビア



期待して行ったのに迫力ある瀑布は遠うすぎて
だめだった。

2007年11月7日水曜 くもり 時々雨
昨日の雨は上がった、しかしどんよりの曇り空
これからこんな日が続くのだろうか。宿から
10kmと近いビクトリアの滝を早く見たい気持
ちがあるが、あこがれの「滝」ビクトリアの滝
はゆっくりしたあと晴れた青空の日にゆっく
り見たい。


ドミトリ8$=1000円からテント4$=500円に
移動する。一番手前が松尾のブルーテント。テントは他
の人に気を使わなくて気が楽。気を使わなくてへもでき
るし。

2007年11月8日木曜 朝くもり はれ
夜中に雨が降ったりやんだりしていた。朝方
にはやんでいるが、ドンよりの曇り、そのあと
晴れてきた。

2007年11月9日木曜 くもりのち青空
期待した青空になったのでわくわくさせなが
らビクトリアの滝にオートバイを走らせる。

入場料10$を払ってあこがれの滝へ、エー
これだけ?岩の岸壁に沿って歩く。華厳の滝
那智勝浦の滝の親分みたいのもんだなー。

最後に瀑布の滝が見えるが遠いすぎるし、迫力
も伝わってこない。これじゃ三大瀑布もかわい
そうだ・

ジンバブエ側にいかなければ迫力あるビクトリ
アの滝はだめみたいだなー。またビザを取り直
して行くしかないか。

ジンバブエからザンビアにはトランジットの安
いビザがあるようだけど、逆のザンビアからジ
ンバブエには正式なビザが必要なんだって!。

期待して行ったんだけれど、期待はずれだった。


ビクトリアの滝 ゲストハウスの室内
ほとんど欧米人が泊まっている。広くて
気持ちいい宿。

11月6日 また、やらかした思い込み違い ザンビア

2007年11月09日 | ザンビア

ルサカのゲストハウス「チャチャチャ」でアフリカ
走行中のキャンピングカーは、実用新案のすぐれもの

2007年11月6日火曜 くもり 朝20℃昼30℃
ビクトリアの滝のあるリビングストーンLivingst
onに向う。心配した雨は上がっている。6時50
分ホテルを出発。リビングストーンへの道を市
内で2,3回聞く,この道「まっすぐ」だ。平坦の
道から曲がりくねった上り下りの道になる。

道はいい、工事中の一方通行で一時待機、二
回目の一時待機でトラックの運転手にペトロ
ールスタンドまであと「何キロ」ぐらいか。「3
キロぐらい」だ。お前は「どこに行く」「リビン
グストーン」だ。

この道は「違う」リビングストーンは70k戻っ
て「左に入れ」エーこの道じゃないのか、一
本道と聞いてきたのになー。この道はもう
少しで「ジンバブエのボーダー」だ。ウヘェ
ー、70k戻った所にペトロールスタンドがある。

そこを「左に曲がれ」そういえばへんぴな
ところにペトロールスタンドを見かけた。ここ
まで迂回の道の泥水でズボンも靴もオート
バイも真っ黒に汚れてしまっている。えーま
たあそこの道を戻るのか、イヤだなー。

泥道の水溜りを何とか通過、60k戻った所
にペトロールスタンドはあった。満タンに給
油。「リビングストーン」は100m行ったら、
「左に曲がれ」と教わる。標識はないよう
だ。今までの道より狭い道路になっている
のがリビングストーンへの道だった。

リビングストーンへの道が「本線」と自分勝
手に思い込んで走って来たのが間違いだ
ったのだ。一人よがりでまたやらかしてしま
った。今10時半、3時間半走って振り出しに
なったことになる。ほとんど振り出しに戻っ
たことになった。

何があるか分らない、早めに出発してよか
ったなー。13時ごろにはリビングストーに到
着する予定でいたがあせってもしょうがな
い。平坦な道がつづく。アスファルトの道で
はあるが小刻みに振動する。

前方に真っ黒な雲、稲妻が走っている。ウ、
雨の中を走るのかと思っていたら、道は右
へ右へとそれていく。道路を挟んで左は真
っ黒の雨模様、右は太陽が出ている、ぱら
ぱらと流れ雨をうけながら走る。

もう3時を過ぎた、再び正面に雨雲、今度は
避けられそうもない。ズボンは汚れている
のでそのままにして上着にジャンバーを着
込む、荷物にもカバーをかける。ドシャ降りに
になった、ヘルメットのフロントを開けないと
走れない。

顔に大粒の雨があたって痛い。びしょぬれ
になると覚悟したが、5分もしない内に太陽
が出てきた。ここでもトラックが横転してい
る、今日これで二回目だ。リビングストーン
に着いた。ペトロールスタンドで給油しながら
安宿を聞く。

バッカパーカーズの宿はすぐ「そこだ」と指
さすが「すぐそこ」がわからない。「二つ目を
左」一つ目を「左」へ、二回三回四回も確かめ
てゲストハウスに向う。ほんとにすぐそこだっ
た。ここもかなりの欧米人が泊まっているよ
うだ。

16時半になっている、9時間もかかったことに
なる8人部屋のドミトリに泊まる。ドミトリ8$
=1000円シングル25$=3000円ダブル40$
=5000円。荷物を部屋に入れるとまた雨にな
った。「レインシーズン」だからとレセプションの
女性は話す。

これから「雨のシーズン」と聞いてこれから先
走るのにいやな予感がする。


10月1,2,3,4,5日 ザンビア首都ルサカで過ごす

2007年11月09日 | ザンビア

ザンビアの首都ルサカ市内、静かで落ち行いた街
車の運転はみんな慎重。新車の四輪駆動がばんば
ん走っている。ねむの木の花も満開


ザンビアの人々

2007年11月1日木曜 はれ朝21℃ 昼35℃
6時10分ホテルを出る。今日は400km首都ルサ
カLusakaまで走る。きのうと同じで林の中の民
家を見ながら、路上のジャガイモや果物の売店
を横目で通る。途中スイカの産地だろうなのだ
ろうかズラーッとスイカだけ売っている地域を
通り過ぎる。

ルサカ市内に着く、11時半と意外に早く着いた。
ガススタンドでホテルを聞く。「チャチャチャ」バッ
クパーカーは覚えやすいホテルの名前だ。地図
を描きここから10分ぐらいと教えてもらう。すぐ
にホテルは分った。静かな裏通りにあった。

6人部屋ドミトリ12$=1400円欧米人が多く泊
まっているようだ。

2007年11月2日金曜 はれ朝20℃
ザンビアはガソリンが高い1リッター200円ぐらい
もする。道路がいいのはそのせいだいろうか?。
ザンビアに入ってから「いい車」が走っているよ
うに思える。ルサカ市内は静かな街だ。

ルサカ市内では四輪駆動の新車が目につくよ
うになった。ほとんど日本車のマークがついて
いる。ただオートバイの姿が見えないなー。オ
ートバイ屋でちょっと直したい所があるんだけ
どなー。

金曜なので早めに銀行のATMでお金を下ろす、
VISAカードかマスターカードしか使えないよう
だ。同じショッピングセンターのマーケットでビ
ールを買い込む、ゲストハウスには大型冷蔵庫
があるので助かっている。

ここに来て肉を買うことが出来るようになった、
ビーフステーキ100g=120円ぐらいと南アフリカ
に比べると高いがザンビア牛はうまい。今まで
喰えなかった分を取り戻そう。体力も取る戻そ
う。

オートバイで来ている日本人がいると「聞いた」
と夜になって海外協力隊の若い男女4人が「チャ
チャチャ」ホテルにきた。となりに宿舎があるよ
うだ。みんな30歳前で秋田、東京、京都あたりの
出身者、2時間ほど話して別れる。みんな「がん
ばってるなー」

2007年11月3日土曜 はれ朝20℃ 10時30℃
庭にテントを張ってホテル代を節約しよう、朝か
ら中庭にテントを張って移動した。4$=500円
そのあとはマーケットに肉とビールの買出し。

午後ネットを打とうとしたが今日は「。・>、?」
で「ダメ」だった。ホテルの中にネットがあるの
で気が楽だ。

2007年11月4日日曜 はれ朝20℃ 9時30℃
ザンビアに入ってからからっとした天気が続い
ている、朝方ちょっと冷えるが昼間は35度を
越していて暑いが日陰は涼しい、3時過ぎると
涼しくなってくる。

泊まっている欧米人のほとんどは一泊、二泊し
て「ビクトリアの滝」に向うようだ。ホテルのバ
ーには地元の人たちがやってきて夜遅くまで
賑わっている。ここら辺はねむの木の花が満
開に咲いている。真っ赤な花が太陽に照らさ
れてうつくしい。

2007年11月5日月曜 はれ 午後から雨
午後になって雨模様になる3時ごろからざー
ざーと雨音夕方まで続く。あした出発だけど
「大丈夫」かなー。ま、雨だったら延ばしても
いいし。今日は日曜なので走っている車も一
段と少ない。

10月31日 ザンビアの首都ルサカへ

2007年11月09日 | ザンビア

スイカの産地なのだろうか、路上にはスイカ売りの
売店がずらりと軒を並べていた。一個いくらぐらい
するのだろうか、聞けばよかったなー。


ザンビアの首都ルサカに向う途中の民家

2007年10月31日水曜日 はれ
6時30分にホテルを出発。ザンビアの首都ルサ
カLusakaに向う約1200km。道はいいし朝の
すがすがしさは気持ちがいい。アスファルトの道
に安堵感がはしる。ときーたま、トラックが来る
がほとんど車は走ってない。

林の中に立っている麦わら屋根みたいな、カヤ
かヨシで屋根を葺いている民家は壁が丸いも
のや四角の壁になっている。壁は土レンガであ
るようだ。中には壁に模様をつけて個性を強調
している家も建っている

セリンジの町に5時半に着いた、途中から100kの
走行で走ってきた。あさから600kmぐらいの距
離を走った。ガススタンドでガソリンを入れてい
たら「ジャパニーズ」がいるとゆう。隣の家に行
くと日本人が出てきた。

海外協力隊でここに来ているとのこと、彼にホ
テルの安い所を案内してもらって泊まる。一泊
6$=700円。晩飯後水シャワーを浴びてベッド
にはいる、「ちょっと疲れたなー」

10月29日30日 震える気持ちは続く ザンビア

2007年11月02日 | ザンビア

ザンビアの道はいい道路で気持ちいい、
ザンビアの親子たち


ジャガイモ、柿のいとこみたいな味
と渋みのある果実を売っていた


ザンビアの民家で過ごす地元の人

2007年10月29日月曜 はれ
きのう夕方はげしい夕立になったが、今朝は
真っ青の気持ちいい。しかし「たった」200km
悪夢の道路を走り終えた今でも震える気持
ちが残っている。

今日は①イミグレで入国手続き②オートバイ
のカルネの手続きを終わらせなければならな
い。8時30分には開いているはずのイミグレ
は閉まっている。「なぜだ」近くの人の話では
スリピングのしぐさをして「亡くなった」人が
いるので閉まっているようだ。

港のイミグレに行けば同じイミグレだから何
とかなるだろう。仕方ない、隣の銀行で両替
をしたあと港に向う。港までの道路が心配で
昨日は何人もの人に「港」までの道は「アス
ファルト」の道かと聞いていた。

みんなが「ナイス、ロード」と答えた。その道路
に入っていく「アスファルト」の道が続いていた
「よかったー」。40kmを約一時間で港に着いた。
税関事務所で入国、オートバイのカルネの手続
きを終える。入国手数料?25$=3000円支払
う。これですべて手続きが終了した。

ブルンジのお金が残っていたので港にいた船
員の人に40$を30$と安かったがザンビアで
両替出来なくて捨て金にするよりましと思い
両替する。アスファルトの道はきもちがいい、た
だ悪路の影響かスピードを出すのが怖い。

ホテルに戻って、きのうの分のホテル代、食事
代など支払いを済ませる。「たった」200kmの
悪夢の後遺症の影響があり、震える気持ちが
まだ残っている。気持ちが落ち着くまで出発を
見合わせよう。

2007年10月30日火曜 はれ
午前中、午後ホテルの中で日記の下書きをして
過ごす。ここのビールは冷えてていいなー。

10月28日 落としバックが戻ってきたそしてザンビアへ

2007年11月02日 | ザンビア

くたくたになって着いたタンザニア国境
と地元のこどもたち


タンザニア国境のこどもたち、このあと
タンザニアの歌を唄ってくれた。


ザンビアの国境とこどもたち


きれいに編んだおしゃれな女の子
ザンビア国境で


ザンビアのこどもたちはよく働くんだなー
皿、なべなどが入っている


ついに悪夢の道路は終わった、悪路の境目の橋
ここからアスファルトの道になる


信じられない!落としたバックが戻ってきた!。

2007年10月28日日曜 はれ
今日は日曜日と朝になって気がついた。7時
にはらんらんと太陽の光。地元の女性たちは
ポンプの水汲み場でにぎやかに話しながら
いくつものポリバケツにきれいな水を入れ
ていた。わたしも少しの水をもらい顔を洗っ
た。

ホテルで出発の準備をしているとドアーをた
たく人あり、ホテルの女性とオートバイの「彼
」だった。「バック」バック」と彼が言う。靴下の
片方とパンツ一枚で外に出て見ると彼のオー
トバイの荷台に黒のバックがくくりつけてある。

おーどうしたんだ!すっかりあきらめていたが
けさもオートバイで探しに走ってくれて「見つけ
た」とゆう。バックが戻ってきたことが不思議
な感じだ。国境事務所で待っているように彼に
話す。

国境事務所でオートバイのカルネの手続きが
残っている。入国手続きをしてないので、どう
なるか心配したが「入国」「出国」を一度に処理
してくれたみたいだ。ほんとにありがとうござ
います。

バックを探してくれた二人にお金を渡した。きの
うから三回も探してくれた「彼」には50$昨日
50$渡してあるので合計100$=1万2千円。
きのう夕方いっしょに探しに行ってくれた女の
子のお父さんに50$=6000円渡した。

戻ってこなくて当たり前のバック、お金には変え
られない、タンザニアの人たちの気持ちがう
れしかった。タンザニアの人たち気持ちは忘
れまい。ありがとうございました。


「ザンビアに入る」

マツオさんと覚えの早いメガネのウガノさん
がザンビアの国境事務所までついてきてく
れた。彼はザンビアの係官を呼びに入ってい
く。地元の人たちが集まってきた。ゲートの扉
の前で待機する。

子どもたちの写真をとりながらすごしていた。
オートバイのテールランプが垂れ下がってい
る。きのうまでの悪路で折れてしまったようだ。
予備の自転車タイヤチューブを切り落として
なんとゆうものだっけ?キューと締め付ける
やつ?のプラスチックで応急処置。

メガネのウガノさんが係官を連れて戻ってきた。
国境事務所に行く。次の町に着いたら①警察署
に行く②イミグレーションで入国手続き③港の
プルングでオートバイのカルネの手続きをする
分りやすく紙に書いてくれた。

エーまた港まで40km走らなければならないの
か、イヤだなー暗い気持ちになる。進むしかない。
とりあえず手続きを済ませる、ここは仮入国証
明をするだけなのか。ウガノさんお世話になりま
した。扉を開けてもらいザンビアに入る。

ザンビアの道はいいと聞いていた、がタンザニ
アの道と変わらない緊張の道になる。のぼり坂
下り坂、道が裂けたり石ころの道はない分幾分
いいか。ただ自分の思った方向ではなく長いわ
だちに引っ張られてしまい砂の中にはいる。

町に入る手前、橋の境でアスファルトになった。
おーアスファルトだー。ついにきた。200km走っ
てきた最後の日。うれしかった、写真を撮る。

警察者はすぐわかった。がここではなくてイミ
グレに行けと、しかし今日は日曜日で「休みだ」
あした「行け」。ガススタンドで満タンにする。タ
ンザニアのお金はない、ドルで「OK」と聞いて
いた、がもしダメの場合は「あした」払うつもり
で満タンにした。

ドル払いでOKだった。とりあえず40$=5000
円両替した。ホテルははす向かいにあった。ホ
ットシャワー、トイレ付清潔なホテルは10$=12
00円。さっそくホットシャワーを浴びてぐーっ
と冷えたビールで昼飯にする。

あしたイミグレ、カルネの手続きをしなければ
ならないのでこのホテルで二泊しよう。行か
なきゃならないプルング港まではアスファ
ルトに道と聞いて気が休まる。