松尾清晴オートバイ夢ひとり旅・世界走行中・5年10ヶ月・102ヶ国(訪問111カ国)・28万km走破・総集編

2000年10月~2008年11月まで5年10ヶ月・102カ国(訪問111カ国)1500ccで28万km走破

「汽車の旅・北朝鮮の旅」と「オートバイひとり旅」講演会・おかげさまで会場いっぱいでした

2012年02月06日 | 北朝鮮「朝鮮民主主義人民共和国」の旅

img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/06/a41e6c0526ec83bb7cd40e2179c5a6a6.jpg" border="0">
「ブログに載せてもいいですか」と許可を得て写真をとらせてもらいました。

  大阪・箕面市「新春スペーシャル講演会」
「汽車の旅・北朝鮮」と「オートバイひとり旅112カ国」

大阪・箕面市聴力障害者主催は2月4日土曜
「汽車の旅・北朝鮮の旅」はろう者の4人の報告
「オートバイひとり旅」はバイクの松尾の報告

事前の準備であらゆる人たちに協力をお願いしてもらった。
80人定員の部屋、二日前60人になったと聞きました。出席
者は多くても70人ぐらいでしょうとのことだった。開けてみ
たら当日会場受付では行列が出来た。なんと120人ぐらいの
参加になった。イヤイヤ会場が満杯になってしまった。
すごいことになってしまった。写真で見ると150人ぐらい
いるのではないかと思う程である。

第一部はろう者4人による「汽車の旅・北朝鮮の旅」の報告。北朝鮮
のろう者たちの学校教育、就職など他の国と比較してどうなってい
るのかの報告内容は充実で納得できる話。わたしなどの「旅報告」
とは全然違って現地の人から直接話を聞いた話には「お―すごいなー」
旅の報告はこんな風にするのかと参考になる。

第二部はわたし松尾の出番だが第一部の報告を聞いていたのでやりず
らいことこのうえない恥ずかしい思いである。しかし会場内にオート
バイをみなさんの前に乗り入れると勇気100倍、ようやく元気が出る。
話を終わって質問も次から次と出してもらったが時間がきてしまった。

オートバイを会場に乗り入れる

プロジェクター画面とその隣にも画面がある。報告者の話しや質問も
とっさにパソコンで画面に「文字」が映し出される同時通訳である。
ヘーすごいことだ。なんだか国際会議での講演会をやっている気持で
ある。
パソコンで同時筆記通訳のボランテアの人たち

ろう者の4人とは去年8月北朝鮮の旅でいっしょになった4人である。
終わったあとは懇親会。近くの居酒屋へここにも29人の参加。最年少
の松尾が乾杯の音頭で飲み放題は大いに盛り上がった。21時頃おし
まいになって解散、新潟からきた報告者ろう者の女性と「Jホッパーズ
大阪」ホテルに到着したころは12時になっていた。

次の朝
アレーヘルメットがないどうした?預けた車の中?うんどこに置いたのだろう。
オートバを停めている福祉センターに電車で向かう。オートバイの上には「ない!」
犬を連れたおじさんが来てきのうは「講演会だたんですね」と話す。なんとこ
の方はセンターに勤める人だった。きょうは日曜でセンターは休みなのだ。

しかしおじさんが事務所に行ってカギを取りにいってもらって特別に開けても
らった。ヘルメットを探したら「裏庭」の「椅子」にあったのでホッとする。
おじさんに会えなかったらあしたになるところだった。

うれしい充実した気持ちのままルンルン気分で気持ちよく東名高速道路で
東京に向かう。17時半頃家に着いた。それにしてもなんとも楽しい講演会
だった。

ご協力して頂いたみなさんありがとうございました。これからもよろしく
おねがいします。



具体的にろう学校の数や就職など調べて具体的にわかりやすく報告するK女史講師

去年2011年8月北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の旅でいっしょになった
報告者たち

終わったとの懇親会も29人もの参加者でたのしく終わった。健聴者と比べてどうしてこんなに明るいのかなーといつも思う


安宿ホテル。J-HOPERS.オーナー飯田さんも会場に駆けつけていただいた。
http://j-hoppers.com/index_j.htm

素泊まり2500円の安宿は、京都3件、大阪、広島、飛騨高山にも開業。外国人7割ぐらいといつでも国際交流ができてたのしい。相部屋、3人部屋、シングルもある
Jホッパーズ京都にて

おかげさまで無事に終わりました。次の講演会2月4日大阪・箕面市に行きます

2012年01月30日 | 北朝鮮「朝鮮民主主義人民共和国」の旅
今年はじめての講演会おかげさまで無事終わりました。

1月27日13:30から15:30.金曜・与野トヨペット本社
①「海外から見た日本」②「北朝鮮の旅」講演会

遠くはなんと広島からわざわざお越しいただいてうれしいこと
ですがほんと恐縮するばかりです。

聴覚障害者で現在アフリカを走行中の袴田さん。すでに一年半
地球を走行中です。その奥さんも横浜からは今回も来ていただ
きました。残念ながら手話通訳はつきませんでした。

会場は自動車展示会場と併設のフロアーでした。
地元以外からもあっちこっちから来ていただき
全部で41名の出席だったと主催者から聞きました。
ほんとありがたいことです。ありがとうございました。


次は2月4日土曜・大阪・箕面市での講演会です。

ここでは聴覚障害者主催のため手話通訳も手配すみだ
そうです。わたしは世界を走ったオートバイで行きます。
みなさんに会えるのが楽しみです。

関西のみなさんよかったら来てください。

箕面市ささゆり園
http://www.city.minoh.lg.jp/syougaifukushi/sasayuri.html


上・遠い広島からもわざわざ来ていただきました。
中・ふるさと佐賀関東地区「嬉野吉田会」のみなさんも。
下・主催者スタッフと

「北朝鮮・汽車の旅」と「オートバイひとり旅」講演会

2012年01月15日 | 北朝鮮「朝鮮民主主義人民共和国」の旅
ー 2012年新春スペシャル講演会 ー
主催:大阪府箕面(みのお)市聴力障害者協会
「北朝鮮・汽車の旅」と「オートバイひとり旅112カ国」

■日時:2012年2月4日(土)午後2時~5時(内容によって6時までになるかも)
第1部「北朝鮮ろう者と会えた!へぇー、こんなことが・・・」
第2部「世界一周バイク旅行中のろう者を指南している、バイク達人のおっさんのお話」
■場所:箕面市立障害者福祉センターささゆり園 阪急箕面駅歩いて10分
大阪府箕面市西小路3-9-9 TEL/FAX 072-724-2940

第1部「北朝鮮ろう者と会えた!へぇー、こんなことが・・・」
講師
くわはらさん(大学院修士課程卒)
おかざきさん(アメリカ手話と国際手話が達者)
ぎぼさん(外国人友達作り達人)
かわねさん(主婦、海外旅行通)
日本ろう者4人が中国人専用ツアーに乗り込んで、渡航困難な北朝鮮に入国できた!?
日本手話が通じていた!社会格差とは思えないように見えるが、実は・・・。
世界のこと知らない北朝鮮ろう者?韓国留学日本人からから見た北朝鮮・・・

第2部「世界一周バイク旅行中のろう者を指南している、達人のおっさんのお話」
講師:松尾清晴氏(佐賀県出身・さいたま市浦和区在住)
氏は世界一周バイクの達人、現在世界一周バイク旅行中のろう者を支援中。ろう者に相談を持ちかけられて初めて知った手話。そのときは手話がまったく知らなかった。少し手話を学んだおかげで世界に出てみて役立ったとのこと。手話通訳者や手話学習者にとってはそういう話は摩訶不思議?当日に聴いてみよう!これまで112カ国訪問・5 年10 カ月(2000 年10 月~2011年9月)・28万km・国境148カ所・赤道直下4か所
1500ccという、でっかいバイクで世界五大陸走破進行中。当日会場で披露するそうだ。詳しく知りたい方はホームページへ、検索「バイクの松尾」で見てください。
http://baikunomatsuo.sakura.ne.jp/

■情報保障:当日は手話通訳と要約筆記を用意します。
■参加費:500円(当日支払い)
■交流会:講演会終了後、付近の居酒屋で行う予定。予算2500円前後
■申込先:箕面市聴力障害者協会
事前申し込みをお願いします。何故かいうとバイクの松尾氏の仲間が来ることが予想されるため、早いもの勝ちになります。満員になりましたら本当に申し訳ありません。
①講演会参加可否、②交流会参加可否、③氏名、④連絡先(FAXまたはE-mailアドレス)を記入のうえ、下記へお願いします。

主催:大阪府箕面市聴力障害者協会
FAX: 06-7635-5421(専用FAX)
E-mail: minoodeaf@yahoo.co.jp(専用メール)
以上主催者の原稿

「写真」北朝鮮・ピョンヤン市内から約300km離れた農村で暮らす人々。飢餓で大量の人が亡くなったと伝えられていることに疑問があるなー。わたしは北朝鮮より寒いシベリア地方(一カ月)や平均標高4000mのチベット(一カ月)を走り、また砂漠のアフリカを一年間走ってきた。そこで暮らしている人たちと比べて感じることは「緑と水に」朝鮮は恵まれている。ここで「人間は死ぬことはない」と思うな。(昨年2011年8月訪問した松尾の感想)。


韓国との軍事境界線(38度線・板門店)に向かう途中サービスエリアに寄った。ツアーバスやマイクロバス、乗用車など停まっていた。その中に世界から集まった聴覚障害者のツアーのバスもあった。日本人の人たちも5,6人乗っていた。朝鮮は日本にいた時の暗い・こわいイメージと違った。外国人の観光客が多いのには驚いた。わたしが「どこの国からですか」と聞いた外国人だけでも12,3カ国だった。今回の講演はこのとき旅をされた大阪・聴力障害者の人たちである。わたしと違った視点からの旅のお話が楽しみである。













新年会と講演会のお知らせです

2011年12月30日 | 北朝鮮「朝鮮民主主義人民共和国」の旅
今年もお世話になりました。
来年もよろしくおねがいします。

新年会
1月21日・土曜・17時から21時
「さくら水産・新宿甲州街道店」→店の地図http://r.gnavi.co.jp/g070328/
おとこ3000円・女性2500円
予算終了で「中締め」のお開きになります。
みなさんのお越しをお待ちしています。


講演会
1月27日・金曜・トヨペット本社1F
埼京線・北与野駅1分
参加費100円

「オートバイの旅世界の果てを見てみたい」
「海外から見た日本」「北朝鮮の旅」ほか
よかったら来てください。

だいたいの参加者人数をつかみたいので
「新年会」および「講演会」
参加ご希望の方は連絡してください。
048ー831-3802(松尾)

その2・話せなくても旅を続けている「すごい」人あり

2011年12月08日 | 北朝鮮「朝鮮民主主義人民共和国」の旅
その2。「話せなくとも」旅を続ける「すごい人」あり。
 講演会写真つけました。
「韓国と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の旅」
講演会・12月4日・浦和・パルコ10F

今年最後の講演会おかげさまでおわりました。
今回は聴覚障害者からの問い合わせもありまし
たので「手話通訳者」にお願いして開きました。

わざわざ遠い大阪、横浜、東京からも来ていただ
きました。聴覚障害者6人の出席、定員を越えて
全部で48名のご出席をいただきました。

終わったあと居酒屋での懇親会にも28名の参加者
で、ここでも聴覚者・健聴者の人たちとの交流会。
(おとこ3000円 女性2500円でお金がなくなったら
おしまい)

聴覚者の人から「ひとり・一人」自分の「なまえ」を
「手話」ではどう表すのか、おしえてもらいました。

わたしも「手話」を少し習っていたので世界を走って
いる時だいぶ役に立ちました。

「すごい人」
いま、聴覚障害者の袴田耕平さんは昨年2010年
7月定年(60歳)と同時に出発。オートバイでシベリア
横断~中央アジア~中東~アフリカ縦断。今年7月
ダーバンから一時帰国。再びアフリカに戻って走り
だし今中央アフリカ・チャドにいると先週メールが
届いています。「話せなくとも」旅はできるんです
ね。今世界を走っている最中です。すごいもんです。

今回で手話通訳つきは東京千駄ヶ谷公会堂に続いて
2回目ですがこれからもなるだけ手話通訳つきの
講演会を開いていきたいと考えています。

なお、会場で「ユニセフ募金」をさせていただき
5660円のご協力頂きました。6日に振り込み
をすませました。ありがとうございました。

聴覚者のみなさん・通訳者のみなさん・出席して頂
いたみなさん・手伝ってもらったスタッフのみなさん
ありがとうございました。


写真は手話通訳つき講演会と懇親会です。
両手をあげている写真は「拍手が聞こえない」ので両手をくるくる
まわしているのです。
横浜・加藤(み)さんに頼んで撮ってもらったものです。






「韓国と北朝鮮の旅」講演会・しめ切りました。

2011年11月24日 | 北朝鮮「朝鮮民主主義人民共和国」の旅
12月4日・日曜日14時~16時
浦和駅・東口 「パルコ10F]
「韓国と北朝鮮の旅」講演会。

定員40人になりましたのでしめ切りました。
ご出席を希望されたみなさんありがとうございました。
手話通訳者の方にもお願いして手配も終わりました。

当日は開演時間前から世界の写真や動画を流してい
ますのでよかったら早目に来てください。

なお・講演会が終わったあと希望者だけで
パルコ前「居酒屋」で懇親会をやります。
男3000円・女性2500円です。よかったら
参加してください。

「韓国と北朝鮮の旅」講演会について

2011年11月03日 | 北朝鮮「朝鮮民主主義人民共和国」の旅
「韓国」と「北朝鮮の旅」講演会のお知らせです

2011年12月4日・日曜日。14時から16時まで
浦和駅東口1分・「浦和パルコ10F」「入場無料」

今年(2011年)7月に「韓国」(111カ国目)
8月北朝鮮(朝鮮民主主義共和国)(112カ国目)
を旅してきました。

「スライドや動画」を使って「わたしの感じた」ことを
「ありのまま」伝えていきたいと思います。

会場は「定員40人」申込み順です。
●出席「できる」方だけ返事ください
よかったら聴きに来てください。

主催「あきらめない・なげださない地球の旅人」
連絡先:bikenomatsuo@hotmail.com
Tel/Fax 048-831-3802 松尾清晴

韓国ツーリングの写真





北朝鮮の旅の写真



北朝鮮の旅・わたしの感想(写真の説明が途中から出来なくなったごめん)

2011年09月26日 | 北朝鮮「朝鮮民主主義人民共和国」の旅

北京市内にある朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)大使館でビザをとる。上・朝鮮ビザ  中・大使館入口 下・大使館内であったドイツの聴覚障害者とつき添いの人。朝鮮大使館内

 

2011年8月22日から27日まで朝鮮の旅。国交のない「朝鮮民主主義人民共和国」(以下朝鮮)には中国・北京経由で入ることになる。中国北京市内にある朝鮮大使館でビザをとる。大使館には聴覚障害者のドイツの青年と付き添いと思われる中国の青年も。わたしたちの他に日本人やベルギー、モンゴルの人も来ていた。ここでの写真撮影はOKだった。次の日(23日)北京空港へ。朝鮮・ピョンヤン(平穣)行きカウンターでチケットを受け取る。ここには台湾のツアー旅行者20人ぐらいが並んでいる。朝鮮の税関で携帯電話は一時預かりになった。

 

北京空港でピョンヨン(平壌)行きのカウンター。台湾のツアーの人も並んでいた。

 

満席の飛行機は外人ばかり(当り前か)ピョンヤン空港についた。さー着いたぞ少しどきどきする。この国で112カ国目の訪問になる。空港リムジンバスに乗るまでに空港で記念撮影。入国・通関手続きしていると、どこに行って帰って来たのか女生徒のグループがいた。ダメだと断られるだろうなと思いながらも国境係官に「カメラOK」と聞くと意外や意外「うん、うん」とうなづきながら片手で「どうぞ」のしぐさで許可してくれた。へー国境でカメラ撮影は出来ない国が多い中でよく許可してもらったなー。 

 

すぐに小、中学生ぐらいの女生徒グループに「写真撮るよー」と日本語でしゃべると「はーい」と手をあげて応えてくれた。お―ラ―ッキーな記念写真がとれた。税関で一人だけカメラがダメらしい、理由はGPS?のついたカメラは一時預かりになった。本人はそんな物などついていることなど知る由もない。空港の外に出ると女生徒の家族が出迎えにきていて混雑している。車の少ない道をバスで走る。いつもこんな感じの道路なのだろうか。9階建てホテルについた、なんだか立派なホテルだ。それでも20数年前に建てたホテルらしい。 

 

何回も朝鮮に来ている人は前回はもっと高い超高層ホテルに泊まったと話す。ホテルの部屋のテレビ・チャンネルを回すと「えーNHKじゃないか」毎日出かける前と帰ってから見ていた。どこに行くにも見学はツアーバスで移動する。日本ではバスガイドさんが座る、そのバスの一番前の補助席に座って朝鮮の写真を一枚でも多く撮ろうと張り切る。軍事施設と兵隊さんがいる検問所だけはとってはダメとガイドの人の話、そこに近づくと教えてくれる。他はすべてOKだった。写真撮影はかなり規制されると思っていたが意外とゆるやかだな。

飛行機は外人が続々と乗ってきた。「カメラOK」か「NO]かとことわって撮った。

 

そうは言っても「38度線・軍事境界線」いわゆる板門店の写真はダメだろう。と思っていたが38度線にある建物やさらには板門店の中も撮影OKだった。板門店の部屋からわたしたちが出たあと今度は韓国側から観光客が入っていくようであったが部屋の中でお互いにぶつからないようになっているらしい。まったく規制なしじゃねーの。日本のマスコミになんだかだまされているような気がするなー。 そして展望台からは38度線・板門店を動画で撮ることが出来た。平穣市内の地下鉄はエレベーターで降りてゆく、かなり地下に降りてゆく、なかなかホームにつかないおそらく3,4分はかかったろう。日本に比べるとうす暗いホーム。地下鉄の古い電車に乗った時、子供連れや地元の人たちに席を譲られてしまった。日本の田舎に行ったときのようだった。何か申し訳ない気持ち、ありがとう、すみませんでした。エレベーターで外に出る。レストランでは朝鮮名物「冷麺」をはじめて食べる。

 

もちろんその前にビール、中国のビールは少し酸っぱい感じでいまいちだったがここのビールはこくがありうまかった。ちなみに大瓶ビール80円ぐらい。朝鮮名物冷麺が出てきた。はじめての「黒い麺」は固まっている。原料はジャガイモ?らしい。常連の人から「酢を足して麺はかき混ぜてから食べる」と教わる。うんうんなんとも味がいい、最後の汁まで一滴ものこさずのんだ。いやーうまかった。ピョンヤン市内の人民学習塔は専門的な勉強が出来る。歴史、科学、化学、自然科学などあらゆる部門別に部屋が無数にありそれぞれ専門の先生がいた。次に訪れた中学校は夏休みで生徒は少なかった。学校は9階建てエレベーター付、プール、イス付講堂、科学室では周波数をひもでわかるようになっていた。部活ではなくて音楽の好きな者同士が練習していた。夜12時頃までやっていると遊園地では日本と同じくどこの乗り場も並んでいた。思えば白バイって世界共通なのだろうかどこの国でも白いオートバイ、白の制服だな。そういえば他の色見たことなかった。

 

一人で研究している部屋、ヘッドホンつけて外国人講師の集団での英会話、音楽指導者がその「指導育成」教育、など17歳以上であれば利用できるとのこと。学習堂の屋上に上がる。ピョンヨン市内を一望できる。大同江(だいどうこう)川を挟んで西にはチュチェ思想塔がそびえている。南から北まで高層ビルの街並みをぐるっと見渡した。飢餓に苦しむ朝鮮のイメージだったがちょっと違うんじゃないか、拍子抜けるな。郊外から東へ約一時間ぐらいのリンゴ園に向かった。高台に上がると東西南北に広大なリンゴ園。

 

何十種類かのリンゴを植えてあるらしい。リンゴの病害などに備えてこの農園のほかにも何カ所か別の所にリンゴ園があると説明を受ける。今度は西へ約一時間ぐらいの所についた。ここは世界遺産「江西三墓」(カンソセムトム)と読むらしい。わたしは世界遺産とも知らずについて行った。高くはない緑の土盛りの真ん中に掘ったトンネルを少し入った所に壁画が保存されていた。強化ガラスの中の絵画は三辺に龍とかを書いてあった(あと忘れた)日本に帰ってから壁画にくわしい人から日本の高松塚壁画よりしっかりと保存されていると聞いた。

 

いったいどうなってんだろうか朝鮮。聞こえてくるのは「デボドン」と「拉致」ばかり。大同江(だいどうこう)は川のこと、この川のことを地元ではデボドンと言うらしい。イラン、イラク、シリア、など中近東、ガァテマラ、ニカラグア、エルサルバドルの中米。さらにはアフリカなど日本での報道で「こわい」「暗い」「おそろしい」イメージを持っていた。しかし、これらの国にオートバイの旅で実際に入って見るとみなさんは親切で「人間と人間だなー」と思った。今回の朝鮮の旅も同じ思いだった(今回はオートバイの旅ではありません)。日本のTV、新聞などすべてのマスコミはありのままを報道してほしいと強く思う。

 

北朝鮮に行ってくると言えば「いいところだけ」「見せられるんじゃないの」とよく言われることがある。これなどもマスコミの影響かもしれない。例えば日本の田舎の汲み取り便所とか、路上生活者とか、公園や河川敷でブルーシートで生活しているとか。上から目線自分より下の生活を想像しているのだろうか、そうゆうところを見たいのだろうかなーと思ったりもした。。観光ツアーで日本でもそんなところにはいかないもんですよね。そう言えば日本のようにブルーシートで生活している国はこれまで見たことがなかったな。

 

朝鮮には自殺者が無いと聞いた。信用する、しないは自由ですが。なにせ日本は約3万人の自殺者出ている、それも毎年ですからね(今回の東北地震被災者は2万人)その原因は何だろうか。よくはわからないが豊かな生活だから自殺者が出ているとはとても思えない。貧しさから出ているのが大部分ではないだろうかとわたしは思う。もしかしたらこのようことを知りたいのかどうか、違うとしたらそうゆう人にはどう説明したらいいのかわかりませんね。

 

「ピョンヤン市内」「リンゴ園」「途中の風景」「アリラン公演」「世界遺産・江西三墓」など朝鮮のありのままのわたしのコメントを抜きにした写真・動画をブログに載せた。「予想より発展している」「意外ときれい」「朝鮮にいたのでなつかしい」「私も行きたくなった」「北朝鮮も中国同様でけっこうきれいな感じの町」「豊かな感じがした」「初めて38度線の映像をみた」「板門店の貴重な写真ありがとう」「思っていたイメージと違った」「何をするかわからない国だと思っていた」「わたしも行ってみたい」てっきり「飢餓の状態」だと「思っていたが」女子サッカーなど「すごいじゃない」次「日本は負けるんじゃねーの」などと30人ぐらいの人が感想をよせてくれた。

 

朝鮮の旅でわたしが出会った外国人は、イギリス、ポーランド、カナダアメリカ、デンマーク、ベルギー、モンゴル、中国など14カ国。帰りの飛行機で隣りに座ったドイツ人のグループはこの他に8カ国の人達とのツアーだったと話してくれた。外人観光客は多いと話には聞いていたがこれほど多いのにはおどろいた。またサービスエリアで会った聴覚障害者バスツアーには日本人4,5人北京の大使館出会ったドイツの青年のほか世界7、8カ国の人達がいっしょに旅していた。朝鮮のことを知らないのはわたしたち日本人だけかもしれない。

 

拉致の問題、わたしはなぜに「拉致しなければならなかったのか」疑問として残っている。かって800人近く日本に連行されたその仕返しなのかはわからない。拉致はいつでも、どこでも、どこの国でも許されることではない。日本と朝鮮は早い時期に国交を結んで話し合いが出来る場をつくりだしていくように早くなればいいとおもう。「ソ連、ドイツなど社会主義の国が崩壊して今はとても苦難の時期である。社会主義を守れるか、守れないか今問われている。しかし自力で乗り切る自信はある。この先には希望がある」と朝鮮の人の話だった。

 

「10年先20年先日本に展望」はあるのかどうか逆に問われているようだった。やっぱり朝鮮に旅してよかったと思った。自分の目で確かめることの大切さがあらためてわかりました。 わたしのホームページ・よかったらみてください。 朝鮮の板門店、アリラン公演、ピョンヤン市内、リンゴ農園など動画を載せています。トップページ→「動画集」クリック→「アフリカ・ルワンダ穴ぼこ走る」画面 クリックするとbikenomatsuo動画21本出てきます。その中から選んで見てください。http://baikunomatsuo.sakura.ne.jp/

 

わたしのホームページ・よかったらみてください。 朝鮮の板門店、アリラン公演、ピョンヤン市内、リンゴ農園など動画を載せています。 トップページ→「動画集」クリック→「アフリカ・ルワンダ穴ぼこ走る」画面 クリックするとbikenomatsuo動画21本出てきます。その中から選んで見てください。http://baikunomatsuo.sakura.ne.jp/

朝鮮の旅 ④軍事境界線・38度線

2011年08月31日 | 北朝鮮「朝鮮民主主義人民共和国」の旅

26日

ピョンヨンから180km南へバスで移動・そこは韓国と朝鮮との「国境」ではなくて朝鮮半島・38度線は「軍事境界線」と教えてもらった。アー知らなかった。

「38度線・軍事境界線」の動画を載せました。http://baikunomatsuo.sakura.ne.jp/「動画集」をクリックしてください。オートバイ・アフリカ・ルワンダを走る→クリック→画面のすぐ上に「21動画」「を見る」をクリックすると右の方に1・2・3・4画面が出てきますのでその中から選んでください。

ピョンヤン市内から出発。ハイウェイ道路で南へ一路「38度線」へ。づッとこんな感じの道路が続く

約100kmッ走ったところでエンジン不調・サービスエリアまでスロースローでどうにかついた。修理だめ、代車がピョンヨンから代わりのマイクロバスが来るまで1時間半サービスエリアで待つ。

サービスエリアでの出来ごと朝鮮のバイク

おみやげ屋さんと果物屋

サービスエリアにいっぱい停まっていた観光バス。その中に世界の聴覚障害者達の人たちのグループと会った、その中には北京の朝鮮大使館で会ったドイツの青年もその中に。ドイツ、香港、日本、スイス、中国、の人たち。手話の違いは関係ないんだね。

軍事境界線のある場所につきました。

38度線・軍事境界線につきました。ブルーの建物ドアーが空いている部屋が板門店。この部屋の中に38度線があるのです。兵隊さんが立っている後ろに色がかわっている黒い線が38度線なのでしょう。大きなビルは韓国側の展望台

ドアーが空いている部屋の中に38度線が通っているのですが、この部屋だけが38度線を越えて行き来できるようです。わたしたちが出たあとは韓国側の観光客が入ってくるようでした。部屋の中でぶつからないようになっているようです。

この部屋にある机が「軍事境界線・38度線」サングラスかけている男の方が韓国側。手前が朝鮮側。この部屋だけが38度線を越えて行き来できる場所らしい。後ろに兵隊さんが二人立っているドアーから韓国側の観光客が入ってくる。

わたしたちが出たあとしばらくして韓国側の人たちがこの部屋に入るものと思われる。

 

 

 

 


朝鮮の旅③いろんな国の人たちも来ていた

2011年08月31日 | 北朝鮮「朝鮮民主主義人民共和国」の旅

25日

錦繍山記念宮殿(金日成廟)見学する待機所ではオランダ(ネザーランド)、デンマーク、スイス、インド、アメリカ、ロシアの人たちに「ソーリ、ピクチャーOK」かと許可を得て写真を撮った。

 

ピョンヨン市内から一時間ぐらい走ったところのぐるっと東西南北、何十種類かのリンゴ農園と農家の家。リンゴはなっていたが小粒だった。

朝鮮のビール一本80円ぐらい(部屋で呑んだとき4本301円だった)、中国のビールは何か酸っぱいような味のビールだったがこっちの方が味は良かった。

ピョンヤン市内の中学校訪問、生徒は夏休みで少なかった。

ひもで周波数の実験

錦繍山記念宮殿「金日成廟」(わたしはレーニン廟に次いで二カ所目)

焼き肉は一回だけくった。

夜12時頃まで開いているとか話していた、遊園地は家族連れで混雑の列が続いていた。

ピョンヤン市内

人民大学学習堂、17歳以上はだれでも利用できるとか。

交通白バイ?おまわりさん

ピョンヤン市内

ここは演劇の会場で見る予定だったがバスが故障して着いたときは終了していた。

チュチェ思想塔とこの展望台から見たピョンヨン市内