読書と映画をめぐるプロムナード

読書、映画に関する感想、啓示を受けたこと、派生して考えたことなどを、勉強しながら綴っています。

日本人が一番好きな美女「夏目雅子」

2006-12-17 06:32:01 | Weblog
以前の日本テレビの番組で「日本人が一番好きな美女」ベスト100の中で、ベスト9までを外国人が占める中、夏目雅子が堂々の1位を獲得した。その美しさと夭逝の人生はグレース・ケリーに勝るとも劣らないと思う。映画ファンならずとも彼女の早すぎる死は惜しまれる。彼女の生涯をフリー百科事典で辿ってみる。

夏目 雅子(1957年12月17日 - 1985年9月11日)は、「本名:西山 雅子(にしやま まさこ、旧姓:小達(おだて))。東京都出身。六本木の輸入雑貨商・亀甲屋の子として生まれる。東京女学館中学校・高等学校卒業。東京女学館短期大学中退。田中好子は兄嫁。プロゴルファーの小達敏昭は弟。女優の楯真由子は姪」。

「1976年 ドラマ『愛が見えますか』(愛のサスペンス劇場:日本テレビ)のオーディションで486人の応募者の中からヒロインに選ばれ女優デビュー(当時の本名、小達雅子名義)。1977年 カネボウ化粧品のキャンペーンガールとなり、「クッキーフェイス」のCMで注目を集める。東映『トラック野郎』6代目マドンナに抜擢」。

「1978年 NHK大河ドラマ『黄金の日日』に出演。日本テレビ系「西遊記シリーズ」では三蔵法師役を演ずる。1980年、ドラマ『サンキュー先生』(テレビ朝日系列)の1話で、いじめられっ子の姉役に特別出演。ドラマ『虹子の冒険』(テレビ朝日系列)で初主演。1981年、大河ドラマ『おんな太閤記』に出演」。

「1982年、『鬼龍院花子の生涯』の台詞「なめたらいかんぜよ!」が流行語となる。1983年、大河ドラマ『徳川家康』に出演。1984年、作家伊集院静と結婚。1985年、舞台『愚かな女』の公演の最中に体調不良を訴え、緊急入院。急性骨髄性白血病と診断されたが、夏目本人には病名を伏せていた」。

「約7カ月という長い闘病生活を送りながらも順調に回復、退院間近の報道もあったものの、その後肺炎を併発し、突然逝去となった。享年27。「美人薄命」そのものの生涯。当時多くの夏目雅子のファンから惜しまれ、彼女を題材にしたテレビドラマも数多く放映される。遺作は『瀬戸内少年野球団』である。菩提寺は、防府駅近くの大楽寺、多磨霊園の小達家の墓に分骨もされている」。


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