読書と映画をめぐるプロムナード

読書、映画に関する感想、啓示を受けたこと、派生して考えたことなどを、勉強しながら綴っています。

薄々感じてはいましたがやっぱりそうだったんですね、「できそこないの男たち」(福岡伸一著/2008年)

2009-08-08 19:02:34 | 本;エッセイ・評論
~「生命の基本仕様」―それは女である。本来、すべての生物はまずメスとして発生する。メスは太くて強い縦糸であり、オスはそのメスの系譜を時々橋渡しし、細い横糸の役割を果たす“使い走り”に過ぎない―。分子生物学が明らかにした、男を男たらしめる「秘密の鍵」。SRY遺伝子の発見をめぐる、研究者たちの白熱したレースと駆け引きの息吹を伝えながら「女と男」の「本当の関係」に迫る、あざやかな考察。(BOOKデータベース)~

<目次>
第1章 見えないものを見た男;
第2章 男の秘密を覗いた女;
第3章 匂いのない匂い;
第4章 誤認逮捕;
第5章 SRY遺伝子;
第6章 ミュラー博士とウォルフ博士;
第7章 アリマキ的人生;
第8章 弱きもの、汝の名は男なり;
第9章 Yの旅路;
第10章 ハーバードの星;
第11章 余剰の起源

福岡さんの著作では以前「生物と無生物のあいだ」を取り上げました。分子生物学者としての本分を十分に発揮して、さらにその卓越した文章力で描かれる世界は科学ジャーナリストとしても高い評価を受けられていますが、福岡さんならきっとマイケル・クライトンや瀬名秀明さんばりの科学小説も書けるんだろうと思えます。

<生命とは何かを解き明かすエンターテイメント、「生物と無生物のあいだ」(福岡伸一著)>
http://blog.goo.ne.jp/asongotoh/e/419fe07d3ba6c3509fab72bf5384c8d1

さて本作は、男という生き物がいかにできそこないであるかを、滔々と拡張高く、そしてちょっぴりミステリー仕立てに色づけて書かれています。本作は2008年10月に初版が刊行されていますが、個人的には本書に先立つ先月のNHKスペシャルの再放送で「女と男〜最新科学が読み解く性〜 第3回 男が消える?人類も消える」を見て、男性を決定づけるY染色体がすぐにでも、遅くとも500万年後には消えるという知見を得ていました。

この説は、オーストラリア国立大学教授のジェニファー・グレーブスが、2002年に「ネイチャー」に発表した論文「性の未来」の中でY染色体が将来的に消滅する可能性を指摘したもの。グレーブスの近年の試算ではこのペースで小さくなった場合、ヒトY染色体は約500万年後には消滅するのではないかという仮設を立てています。

<Yが消えると人類も消える?「女と男 3-a」NHKスペシャル [ EP 科学に佇む心と身体]>
http://ep.blog12.fc2.com/blog-entry-1400.html

<第3回 男が消える?人類も消える?>
http://www.nhk.or.jp/special/onair/090118.html


<Profile: Jenny Graves>
http://www.smh.com.au/news/planning/profile-jenny-graves/2007/08/13/1186857424109.html

ジェニファー・グレーブス教授は、Y染色体がX染色体に比べかくも小さく、XXの安定感のある対関係であるのに対しXYが不安定な対であることを指摘し、Y染色体が何らかの傷害を受けたときそこで複製に齟齬が起こることから次第にさらに小さくなっている現状を言及しているものだったと思います。


いつ消滅してもおかしくないこの哀しい宿命を背負ったY染色体がほんとうに消滅したら、人類自体が消滅するではないか、と多少感情的に自問自答してみたものの、処女懐胎というメカニズムの存在が現実の地球上にあることを知らせるのでした。(SRY=Y染色体上の性(SEX)決定領域(Region)を意味する頭文字)

さらに、先日知ったアメリカで起こった下記の出来事が、私のはかない抵抗に追い討ちをかけるのです。

<アイ〜ンな日々:パパですけどママに!なんと男性が出産>
http://blog.livedoor.jp/aying/archives/771971.html


閑話休題。著者は、男を男たらしめる「秘密の鍵」であるSRY遺伝子の発見をめぐる歴史を紐解きながら、生物の歴史においてそれはメスによる「処女懐胎」で始まり、長い間、それで生命が紡がれてきた事実を説明しています。

では今日、「できそこないのオスたち」が誕生し、この世を支配しているように見えるのは一体何故なのだろうか。それはおそらくメスがよくばりすぎたせいである、というのが著者のささやかな推察であると、次のように述べています。

~生物の歴史においてオスは、メスが産み出した使い走りでしかない。メスからメスへ、女系という縦糸だけで長い間、生命はずっと紡がれていた。その縦糸と縦糸をある時、橋渡しし、情報を交換して変化をもたらす。その変化が、変遷する環境を生き抜く上で有用である。そのような選択圧が働いた結果、メスの遺伝子を別のメスへ、正確にいえば、ママの遺伝子を別の娘のところへ運ぶ役割を果す「運び屋」として、オスが作り出された。~

~それまで基本仕様だったメスの身体を作りかえることによってオスが産み出された。オスの身体の仕組みには急造ゆえの不整合や不具合が残り、メスの身体に比べその安定性がやや低いものとなったことはやむをえないことだった。寿命が短く、様々な病気にかかりやすく、精神的・身体的ストレスにも脆弱なものとなった。それでもオスは、けなげにも自らに課せられた役割を果すため、世界のあらゆるところへ出かけていった。~

~・・・実にここに余剰の起源を見ることができる、男たちは、薪や食糧、珍しいもの、美しいもの、面白いものを求めて野外に出た。そしてそれらを持ち帰って女たちを喜ばせた。しかしまもなく今度は男たちが気づいたのだ、薪も食糧も、珍しいものも美しいものも面白いものも、それらが余分に得られたときは、こっそりどこか女たちが知らない場所に隠しておけばいいことを、余剰である。~

~余剰は徐々に蓄積されていった。蓄積されるだけでなく、男たちも間で交換された。あるいは貸し借りされた。それを記録する方法が編み出された。時に、余剰は略奪され、蓄積をめぐって闘争が起きた、秩序を守るために男たちの間で取り決めがなされ、それが破られたときの罰則が定められた。余剰を支配するものが世界を支配するものとなるのに時間はそれほど必要ではなかった。~


そして、現代。著者の弁を借りれば、現代は次のように書き換えることができます。

・・・しかし、男たちはよくばりすぎたのです。女たちを家庭を守ることに専念させて我が世の春を謳歌していた男たちは、本来使い走りでしかないわが身の遺伝子の哀しい性のせいか、知らず知らずのうちに女たちを喜ばせる使命に駆られ、女たちを家事から解放するための様々な道具を開発し、女たちに「自由」を貢ぎました。そして今度は女たちが気づいたのだ・・・



<備忘録>
「ホムンクスル」(P39)、「アニマル・キュール(animalcule=極小生物)」(P48)、「知っているものしか見ることができない」(P55)、「ネッティー・マリア・スティーヴンズ」(P59)、「デイビッド・ペイジ」(P86)、「人間の生命活動の源泉」(P88-9)、「XXmale、XYfemale」(P96-7)、「ジンク・フィンガー」(P99)、「遺伝子カスケード」(P100)、「ピーター・N・グッドフェロー」(P107)、「アンドリュー・H・シンクレア」(P125)、「SRY遺伝子」(P126)、「トポロジー」(P147)、「チクワの穴」(P148)、「アリマキの生態」(P174)、「単為生殖の問題点」(P183)、「生物の本来の姿」(P184)、「クリス・タイラー・スミス」(P224)、「チンギス・ハーンのY染色体」(P226)、「クリムトの梨の果樹園とキキ・スミスの『ピー・ボディ』」(P234)、「ヴィジャク・マダーヒ」(P236)、「ベルナルド・ナダル・ジナール」(P241)、「オスの役割」(P262)、「加速覚」(P283)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿