~ユリウス・カエサル ルビコン以後(下)~
第七章 「三月十五日」Idus Martiae(イドウス・マルテイエ)
紀元前44年3月15日~前42年10月
第八章 アントニウスとクレオパトラ対オクタヴィアヌス
紀元前42年~前30年
「前44年3月15日、ローマ都心のポンペウス回廊で、ブルータスら十四人の元老院議員にカエサルは暗殺される」。このカエサル暗殺について、著者は首謀者として二人のブルータスを挙げ、その諸説を紹介している。
「カエサル暗殺も、はじめから彼(マルクス・ブルータス)が首謀者であったのではない。妹の夫であったカシウスが、真の首謀者である。ブルータスはかつがれたのだ。だが、ブルータスが首謀者になったことで参加を決めた人も多かったから、トップにふさわしい何か、はあったのである」。
「『ブルータス、御前もか』のブルータスは、このマルクス・ブルータスではなく、デキムス・ブルータスのほうであったとする研究者は少なくなく、私もその説に同調する。・・・実際、カエサルの死を知ったローマの庶民の怒りは、デキムスには従兄弟にあたったマルクス・ブルータスよりも、デキムスに集中したのである」。
「デキムス・ブルータス。おそらく、ガリア戦役時代のカエサル傘下の幕僚のうちでは、パルティア遠征で戦死したプブリウス・クラッススとこのデキムス・ブルータスの二人が、最も軍事的才能に恵まれていたのではないかと思われる」。
そもそも、なぜカエサル暗殺は謀られたのか?簡単にいえば、カエサルとその幕僚たちの国家間の擦り合わせが充分行われなかったことによる。
「個々の真意はどうであれ、この十四人がカエサルに剣を向けた動機は、王政への移行を阻止し、元老院主導の共和政にもどすことにあった」。
「カエサルは、王位には執拗な拒否で対したが、ローマの将来がモナルキア(一人の統治システム)にあるとする考えを、隠したことは一度もなかった」。
そして、著者はカエサルがかねてから言っていた次の箴言を記す。「人間ならば誰にでも、すべてが見えるわけではない。多くの人は、自分が見たいと欲する現実しか見ていない」。
「しかし、キケロの教養が先見性を欠いていたのに似て、ブルータスの高潔な精神も、トーマ人に、進むべき道を指し示す役には立たなかった。イタリアの高校の歴史の教科書ですら、『三月十五日』を次のように言い切る。<懐古主義者たちの自己陶酔がもたらした、無益どころか有害でしかなった悲劇>」。
「『三月十五日』は、カエサルにとっての悲劇であるよりも、ブルータスにとっての悲劇ではなかったか。ただし、時代に受け容れられなかった高潔な人の悲劇ではなく、時代の変化を見ようとしなかった高潔な人の悲劇として」。
第八章からはアントニウス、クレオパトラ、オクタヴィアヌスの抗争が叙述される。特にクレオパトラについては、多くのことを学ぶことができた。それぞれのキャラクターが際立ち、錯綜する一大ドラマは、2000年後の今も変わらぬテーマでもある。
第七章 「三月十五日」Idus Martiae(イドウス・マルテイエ)
紀元前44年3月15日~前42年10月
第八章 アントニウスとクレオパトラ対オクタヴィアヌス
紀元前42年~前30年
「前44年3月15日、ローマ都心のポンペウス回廊で、ブルータスら十四人の元老院議員にカエサルは暗殺される」。このカエサル暗殺について、著者は首謀者として二人のブルータスを挙げ、その諸説を紹介している。
「カエサル暗殺も、はじめから彼(マルクス・ブルータス)が首謀者であったのではない。妹の夫であったカシウスが、真の首謀者である。ブルータスはかつがれたのだ。だが、ブルータスが首謀者になったことで参加を決めた人も多かったから、トップにふさわしい何か、はあったのである」。
「『ブルータス、御前もか』のブルータスは、このマルクス・ブルータスではなく、デキムス・ブルータスのほうであったとする研究者は少なくなく、私もその説に同調する。・・・実際、カエサルの死を知ったローマの庶民の怒りは、デキムスには従兄弟にあたったマルクス・ブルータスよりも、デキムスに集中したのである」。
「デキムス・ブルータス。おそらく、ガリア戦役時代のカエサル傘下の幕僚のうちでは、パルティア遠征で戦死したプブリウス・クラッススとこのデキムス・ブルータスの二人が、最も軍事的才能に恵まれていたのではないかと思われる」。
そもそも、なぜカエサル暗殺は謀られたのか?簡単にいえば、カエサルとその幕僚たちの国家間の擦り合わせが充分行われなかったことによる。
「個々の真意はどうであれ、この十四人がカエサルに剣を向けた動機は、王政への移行を阻止し、元老院主導の共和政にもどすことにあった」。
「カエサルは、王位には執拗な拒否で対したが、ローマの将来がモナルキア(一人の統治システム)にあるとする考えを、隠したことは一度もなかった」。
そして、著者はカエサルがかねてから言っていた次の箴言を記す。「人間ならば誰にでも、すべてが見えるわけではない。多くの人は、自分が見たいと欲する現実しか見ていない」。
「しかし、キケロの教養が先見性を欠いていたのに似て、ブルータスの高潔な精神も、トーマ人に、進むべき道を指し示す役には立たなかった。イタリアの高校の歴史の教科書ですら、『三月十五日』を次のように言い切る。<懐古主義者たちの自己陶酔がもたらした、無益どころか有害でしかなった悲劇>」。
「『三月十五日』は、カエサルにとっての悲劇であるよりも、ブルータスにとっての悲劇ではなかったか。ただし、時代に受け容れられなかった高潔な人の悲劇ではなく、時代の変化を見ようとしなかった高潔な人の悲劇として」。
第八章からはアントニウス、クレオパトラ、オクタヴィアヌスの抗争が叙述される。特にクレオパトラについては、多くのことを学ぶことができた。それぞれのキャラクターが際立ち、錯綜する一大ドラマは、2000年後の今も変わらぬテーマでもある。
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