歌わない時間

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『三国志』に分け入る。

2013年05月09日 | 本とか雑誌とか
入院中に芥川賞の『abさんご』を読もうと思ってこれが載っている『文藝春秋』の3月号を病室に持ち込み、しかし『abさんご』についてはあまりの読みにくさに断念、ほかの記事をいろいろ読みました。同誌連載中の、宮城谷昌光『三国志』も読みました。孫権亡き後の呉の混乱ぶりが書いてあったんですが、それをきっかけに、時間はあることだし、『三国志』読んでみようかと思いまして、文庫になっている宮城谷版『三国志』の第一巻第二巻を読んだのですよ。

第一巻は後漢がしだいに衰頽しはじめるあたりから話が始まり、第二巻になって、やっと曹操が出て、あと董卓と劉備がちょこっと出てきたところ。忠臣が何人も出てきて皇帝に諫言するんですが、そのたびに宦官の排擠に遭って追放されたり殺されたりする。その繰り返しでちょっとやんなっちゃった。でも次の第三巻から話がぐっと動き出しそうではある。

これまで宮城谷さんの本を一冊も読んだことはなく、この『三国志』もなんの予備知識もなく読み始めたんですが、これは『三国志演義』の話ではなく、正史のほうの『三国志』を、さらに幅を広げて、宮城谷さんの解釈も入れて読み直そう、ってものなのね。それはそれでいいんですが、でもわたし、自慢ぢゃないけど『三国志演義』のお話もちゃんと知らないのよね。子供のころ見たNHKの人形劇『三国志』しか知らない。宮城谷版もまたいづれ続きを読もうとは思っていますが、『三国志演義』もここらでひと通り話を押さえておきたいなあと思いました。

それにしても、文庫でいま入手可能なものだけ見ても、『三国志』の本て、たくさん出ているのですね。あらためて日本人の『三国志』好きにおどろいた。まづ、ちくま学芸文庫から『正史 三国志』が出ている。正史の世界を祖述したものも宮城谷版のほかに北方謙三版があり、すでに完結して、文庫になっている。『三国志演義』のお話を現代作家が書き直したものも、吉川英治、柴田錬三郎、陳舜臣とあるのね。さらに『演義』そのものの翻訳も、小川環樹・金田純一郎訳の岩波文庫、むかし平凡社から出ていて今徳間文庫で出ている立間祥介訳がある。井波律子さんは、正史だけでなく『演義』の訳もちくまから出していたらしいけどこれは現在品切れ。

で、わたしはけっきょく、岩波少年文庫の小川環樹・武部利男訳の三冊本を買ってみることにしました。完訳ではないそうですが、定評のある本ですし。これをまづ読んで『演義』の話を頭に入れて、そのあと宮城谷版をぼちぼち読んでいこうかなあと思っとります。

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