Annabel's Private Cooking Classあなべるお菓子教室 ~ ” こころ豊かな暮らし ”

あなべるお菓子教室はコロナで終了となりましたが、これからも体に良い食べ物を紹介していくつもりです。どうぞご期待ください。

ダマスクローズ 32

2020年03月31日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

                     

            Page de titre du Forme of Cury dans l'édition de Samuel Pegge (1780).

タイユヴァンがLe Viandierを書いた(1373-1380, 1380-1393)よりもすこしおくれて、イングランドでは料理書:ザ・フォルム・オブ・クーリィがリチャードⅡ世の命により編纂されました。

1390年後半にリチャードⅡ世のマスタークック達が上質皮紙に中世英語で書いた、196のレシピからなるイギリス料理書の写本は後にオックスフォード卿の手に渡り、現在はブリティッシュミュージアムに保管されています。1791年にサムエルペッグはこの本を活字にして “ザ・フォルム・オブ・クーリィ” と名付け、以来この名で呼ばれています。

ウィリアムⅠ世(William I、1027-1087/9/9、ノルマン朝の初代イングランド王(在位: 1066-1087)がイングランドを征服し、ノルマン朝を開いて以来の初めての料理書です。因みに、ウィリアムはフランス語式ではギヨーム(Guillaume)で、タイユヴァンと同じです。

本料理書の冒頭にはフランスを意識した、しかし誇りをもって料理書を書き上げた料理人たちの思いが述べられています。ご紹介しておきます。

 

『この料理書はノルマン征服後、クリスチャンの王の中で一番の美食家であり、英国国王であるリチャードⅡ世によって編纂されたものである。王室に仕える哲学者(占星術師)および医師の長官達の合議、熟慮の元に編集されている。先ず、王室で作る考え抜かれた健康によいポタージュと料理をお教えし、その後、凝ったポタージュ、肉料理、アントルメを、高貴な方々そして下々の者に相応しい様々な調理方法をご教授する。更に、ミートデイとフィッシュデイのポタージュと料理をお教えしよう。これらのレシピには順に番号を振って一覧表にしておいた。拠って次に示すリストを見れば、作りたいと思う料理を全て遅滞なく見つけ出すことができるであろう。』

 

 


ダマスクローズ 31

2020年03月29日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

続いて2つ。

 

  1. 模様の付いた料理 ( Dyapre’/Diapered )。

上で述べた(アーモンドを使った)ミートデイのためのピンク料理 ( Ung roze’ a chair )と非常によく似ていますが、きつい色を付けません。それに、ロージィ(Rosy)程ポットの中で混ぜない。そしてもう一方のポタージュと同じ位に砂糖を十分に使う。他方のポタージュと同様、ラードでフライしたたくさんの肉を用意する。

 

アーモンドの白い下地にアルカネット、ターンソウルから出た色素を緩やかに混ぜて、右のような模様を作る料理です。

Diaperedとは紋章学で使われる言葉で、Diaperedとは亜麻糸又は綿糸で唐草様の模様を繰り返し織った布、又は幾何学的、花模様を繰り返して作る装飾を指す。ただし菱形ではないようです。( OF diapre, ML diasprum, MG diaspros: dia 'across' + aspros 'white'. 高価な織物に由来する。)

ベルギー西部のフランダース、イープル(Ypres)で作る織物、又は、Ypres模様又はdiapered 模様の意だと思われます。           

フランダースの中でもイープルは毛織物業の最も盛んな場所で1300年代には4,000人以上の職人が働いていたという。

イープルの染め職人は1100年から記録に残り1300年代にはエドワードⅢ世が染め職人をイングランドへ連れ帰った。エドワードⅣ世の時代には彼らにロンドン市内に於けるギルド活動を認めている。

                                                                             Ypres Flemish Blue

206. タユ( Taille’ ;スライスしたもの )。

皮を剥いていないアーモンドを用意し、洗い、非常によく砕き、ワインとヴェルジュ、ビーフブロスに浸ける。ミートデイのためのピンク料理 ( Ung roze’ a chair )とDiaperedで使ったスパイスを加える。但しカシアとシナモンは多めに入れる。ニワトリの肉、ラードでフライした仔ウシ、十分な砂糖を使い砂糖で甘くする。

 

191.のUng roze’ a chair、205.のDyapre’/Diapered、206.のTaille’はレシピを読むと互いに関連がありそうですが、詳細な作り方はレシピからは伝わってきません。Taille’はTuilleの転写ミスかもしれません。

(フィッシュデイに)。

これらのポタージュをフィッシュデイの料理に変えようとするならば、そしてヴェルジュが無ければ、ボイルした湯を用いて皮を剥いていないアーモンドを漬ける。肉にはパーチとカワカマスを使う。鱗が取れるまでボイルして新しいバターでフライする。Diapered とミートデイのためのピンク料理 ( Ung roze’ a chair )で使ったスパイス、ジンジャー、シナモン、スモールスパイスを用意する。淡水魚が手に入らなければソレル、プライスやダブを用意する。上で述べたミートデイのためのポタージュよりもたくさんの砂糖を使う。塩で適度に味をつける。

 

レント(四旬節;灰の水曜日からイースターまでの40日間)の期間中は肉と肉製品が禁じられていました。エンバーデイ(3, 6, 9, 12月の第1, 2, 3, 4週の水、金、土曜日)の間、フィッシュデイは肉と肉製品が禁じられていました。水,土曜日は肉食が許されていましたが、一品のみのファストデイでした。

 

1390年代のイギリスは、フィッシュデイは金曜日だけであり、水、土曜日はファストデイでした。後に1500年代になって水、金、土曜日がフィッシュデイとなりました。(厳密な言い方をすれば、フィッシュデイは曜日ではなく宗教上の行事によって決められていたと言えます。)ファストデイはキリストの受難に心を馳せて行う食事制限のことで、1日に1回十分な食事を摂り、あとの2食は少ない量に抑えることが基本です。毎週水曜日と金曜日がファストデイとされており、聖体拝領の前にも断食を行うことが求められていた。フィッシュデイは肉食が禁じられていましたが、卵と乳製品の飲食は許されていました。

 

ミートデイは原則として、フィッシュデイ以外のその他の日なのですが、時としてミートデイが教会からの通告によってフィッシュデイになることがありました。教会の都合でフィッシュデイやンミートデイが決まるという(少し言い過ぎかもしれませんが)、このことが物事を複雑にしていました。時祷書をもたないほとんどの人達は教会で生活上のほとんどの決まりを知らされていたのです。(言葉を変えれば教会に行かなければ生活ができないということです。)日曜日、火曜日、木曜日といったその週の3日がミートデイです。

                  

上の絵はタイユヴァンの墓石を飾る彼と彼の2人の妻(最初の妻は黒死病で亡くなりました)のモニュメントの一部分でサンジェルマンアンレー(Saint-Germain-en-Laye;)にあるサンレジェ教会(Saint-Léger church)の地下室に展示されているタイユヴァンの像です。

 

像の主人公の本名はGuillaume Tirel ( ギョーム・ティレル ) 通称Taillevent ( タイユヴァン ) と呼ばれていました。1312? 年にノルマンディー地方のPoint-Audemer (ポン=オードゥメール) に生まれ1395年Saint-German-en-Laye ( サン-ジェルマン・アン・レイ) で亡くなっています。

1326年、14歳でQueen Jeanne d'Evreuz of France(ジャンヌ・デヴルー、1310-1371/3/4/4、カペー朝最後のフランス王シャルル4世の3度目の王妃。)の下で料理の下働きを始めます。1346年、34歳にフィリップⅣ世の料理人となり、1349年、37歳では侍臣の地位に就きます。52歳から68歳まではシャルルⅤ世のもとで儀仗将校を務め、1381年、69歳でシャルルⅥ世の料理長になり、80歳代には遂に大膳職長官となりました。

 

以下はわたしが想像するタイユヴァン像です。

おそらく彼の父親は彼と同じ宮廷の料理人だったと思われます。しかもノルマンディー出身でしょう。優秀な子供だと思った父親は、その頃には珍しく、息子を司教座聖堂学校にやり自由七科を学ばせたのではないかと思います。14歳は司教座での教育を終えて大学に入る年齢であり、その年を境に宮中に入ったのだと想像します。当時は普通の子供は自分の足で歩けるようなったら働き始める時代ですが、そうそう宮中では雇ってはくれません。その頃は、イヤ最近まで料理人を使っての”毒殺“事件があとを絶ちません。身元の分かった者であっても宮中に入ることはできません。彼は、その恰好から騎士です。神の名の下に王に忠誠を誓った者です。約束を破り、神に背き、地獄に堕ちることはできません。生来持っていた才能を存分に生かして王に仕えたのだと思います。彼の料理書はローマ時代の「アピキウス」を思わせる配列になっており、教育を受けた者でなければ考えつかないレシピです。彼の後の料理書の中に類似のレシピが見られますが、細かいところで 手の届かない、全く異なる結果となる内容のものが多々見られます。

 

   


ダマスクローズ 30

2020年03月28日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

     

最初にこの欄で薔薇の芽をご紹介したのが、1/26日でした。その次が40日目にあたる3/5日、そして今日が63日目の3/28日です。こんなに大きくなりました。周りの芽も同じように伸びて御覧の通りです。

あと二か月余り先の5月中旬に、この新芽に咲いた薔薇の花をお見せできるといいのですが。それに合わせて『ダマスクローズをさがして』をまとめ上げようと思っています。

 

 


ダマスクローズ 29

2020年03月27日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

       前から続いています。

           

                          http://www.floracatalana.net/chrozophora-tinctoria-l-raf-subsp-tinctoriaから

※2 ターンソウル (Chrozophora tinctoria) トウダイグサ科。別名 dyer's croton、giradol, turnsoleと言い、中世には赤、青~紫 の色素を花、実,樹液から取り食物、彩色写本の色付けに使いました。リトマスと同じく酸性で赤に、アルカリでは青に発色しますが当時はその仕組みを理解していなかったようです。料理が思い通りに出来上がるか否かは料理人の腕?運次第。酸性に傾かなければアルカネットと同じ赤紫色になります。

                          

                                                                                Wiki

※3 アルカネットAnchusa officinalis, ヨーロッパ南西部原産の多年草で、毎年初夏になると小さな青紫色の花を咲かせます。観賞用の草花というより、利用価値の高い作物・ハーブ性の強い植物です。根は赤やピンクの染料の原料に使います。オイルやワインの中に入れると深紅色が抽出できます。当時は作り損ねたワインの色を補う目的で使いました。根からアルコール抽出すると赤紫色が得られます。

※ 意味を取りやすくするために一部分手直ししています。

 

アーモンドを砕くとアーモンドミルクが得られます。真っ白な粒子を溶かした液体の中では褐色がかったビーフブロスの色は薄れてブロスはワインの色に染まります。仔牛の肉も、鶏の肉も白いですから料理全体は白っぽいワイン色に仕上がっています。

その中に赤い色素を入れます。タイユヴァンはヴェルジュを使い、ワインを使い、ラードを使っていますのできれいにな薔薇色が得られていたと思われます。流石!フランス一の料理人です。料理はその名の通り「ピンク色の料理」です。

 

この料理の良いところは、ピンク色のアントルメの性質を帯びた点ですが、もう一つ見逃してはならないところは、アーモンを皮をつけたまま挽いているところです。そうすることで味に深みを与えると共に薄褐色~薄いピンク色の発色が期待できます・・・・このことを理解したうえでレシピを組み立てている点です。

 

 


ダマスクローズ 28

2020年03月25日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

薔薇物語を通して1200-1400年代の人々が抱いていた ”薔薇に対する思い” に心を寄せ、この時代のレシピを読んでいただければ、同時代に生きた人々の「薔薇に対する」願望にも似た心情を更に深く汲み取っていただけるのではと思っています。

        

          Le Viandier de Taillevant, from a 15th-century edition.

タイユヴァンの料理書の中から「バラの花」に因むレシピを抜き出しました。

3つあります。順にみていくことにします。

(ここでご紹介するレシピはいずれもTaillevent: Viandier (Manuscrit du Vatican)
Pichon/Vicaire, Le Viandier, 1892からの引用です。)

最初の料理はミートデイ ( 教会により肉食を許された日 ) のための料理です。

 

  1. ミートデイのためのピンク料理 ( Ung roze’ a chair )。

皮を剥いていないアーモンドをよく砕き、ビーフブロス、ワイン、ヴェルジュに浸けてチーズクロスで濾す。肉を用意する。つまり、仔牛の胸肉又は、牛の脛肉又はほかの少量のよい肉といっしょにクックしたニワトリのホール又は1/4に切ったものをラードで茶色になるまでフライする。良質のシナモン(たくさんではない)、ホワイトメカジンンジャー※1と、グレインオブパラダイスのようなスモールスパイス、クローヴ、ロングペッパーを用意する。色をつけるためにターンソウル※2又はアルカネット※3を使う。あればアルカネットをターンソウルと同様に使う※。勿論ターンソウル同様の生き生きとした色がないのだが。ぬるま湯よりも少し熱い少量の湯の中に3-4時間浸し、ポタージュがボイルしたらその中に入れる。薔薇に似た色になるまで非常によく混ぜる。

    

           https://www.logees.com/galangal-alpinia-officinarum.html

※1 Alpinia officinarum 又はレッサーガリンゲイルと呼ばれ、中国原産。ヨーロッパでよく使われた種で薔薇の香りがあり、スパイスの味がすると言われています。ガランギン(galangin)は、(Alpinia officinarum) に多く含まれ、in vitroにおいて乳癌細胞の増殖を抑制し、抗菌作用があると言われています。"galangal" は中国名ginger ( liang-tiang ) のアラビア読みです。

 

 


ダマスクローズ 27

2020年03月22日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

「薔薇物語」は前回で最後にしておこうと思っていたのですが、どうしてもこのことは申し上げておきたいと思い、やはり取り上げることにしました。

『薔薇の名前;Le Nom de la Rose』という小説があります。ウンベルト・エーコ著で1980年に発表されています。彼はその中でバスカヴィルのウィリアムと言う修道士を登場させています。1986年に製作されたフランス、イタリア、西ドイツ合作映画でショーン・コネリーがその役を演じているので、記憶にある方もおられるでしょう。

バスカヴィルのウィリアムはイングランド出身のフランシスコ会の修道士であるオッカムのウィリアムをモデルにしています。

                           

サリー (Surrey) にある教会のステンドグラスに描かれたオッカムのウィリアム(William of Ockham、1285 - 1347/49)

 

北イタリアの僻地の修道院で、主の年1327年に舞台を置く奇妙な殺人事件は、アヴィヨン教皇ヨハネスXXII世とバイエルン公ルートヴィッヒの世俗権をめぐる激しい争いを背景に、時代から取り残された教会と人間性に目覚めた教会人の危うさを描いています。小説はもちろんフィクションですが、堕落しきったキリスト教社会の中でもがき、(ロジャー・ベーコンが唱える” ”真実を見つめる目” を精神的支えに)生きようとする、オッカムのウィリアムを見たようにおもいました。中世ヨーロッパにおいて、知識人たちが精神的支えにしていたものは何だったのか、著者のウンベルト・エーコだけでなく未だにヨーロッパ人は『薔薇物語』の精神性、その残像ををひきずっているように思うのです。一読をお奨めします。

 

 

 

 


ダマスクローズ 26

2020年03月21日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

ここから後編が始まるのですが、大きく飛んで最後の結末だけをお話するだけにとどめたいと思います。下の絵は後編最後の“巡礼の成就”を飾るものですが、物語の中で最も卑猥な、隠喩とは言い難い表現に満ちています。

薔薇の園の入り口は女性の性器をかたどった開き戸が描かれています。この絵は薔薇物語最後の挿絵です。木版画が採用された以降に作られた写本には細密画などの工夫を凝らした絵柄の挿絵がみられるはずなのですが、同じ主旨を持つ凝った絵はほかの写本には見当たりません。「薔薇物語」の品位を貶める・・・・私にはそう思われてなりません・・・・内容だからでしょう。

    

              La conclusion du Rommant Est, que vous voyez cy l'Amant
        Qui prent la Rose à son plaisir. En qui estoit tout son désir. (Page 368, vers 22501.)

「薔薇物語」初版本には挿絵がなかったのですが、1494年頃のジャン・デュ・プレ版には御覧のような木版画がつくようになります。その後、このブログで御覧のような細密画が物語に添えられるようになりました。絵と物語との間には多少の齟齬がありますが内容理解の上で参考になるものです。

 

薔薇物語前編はいわゆる、「宮廷風恋愛」の様式を踏んでいます。言い換えれば、社会性が欠落した物語です。恋愛の喜びをひたすら追求する姿が描かれ、自虐的とも思える姿がそこにはあるのですが。

なぜこのような結末が書かれたのでしょうか。なぜこのような終わり方をしたのでしょうか。

アレゴリー(隠喩)のままで物語を完結させることが困難になったからだと思います。その前兆はすでに前編中ごろに現れていますが最後まで押し通すことができなかったようです。隠喩だけで物語を完結させることに無理があったようです。

      

               Roman de la Rose France, 1340-1350 MS M.185

Roman de la Rose: Jean de Meun -- Jean de Meun, wearing hat, raising both hands, is seated on chair before lectern on which is open book.

                                   

薔薇物語の中には赤い薔薇が頻繁に登場しますが、挿絵の中には白い薔薇の花は赤い花と一緒に重出しています。

下の絵は「悦楽の園」全体を描いたものです。物語の全容を一服の絵の中に描いています。ナルシスの泉の左わきには白い薔薇の花が、その周りには赤い薔薇の花が描かれています。

文章の中にはなくても絵の中には白い薔薇の花と赤い薔薇の花がそろって描かれているのは何故なのでしょう。今までにもこれと同じケースが何度かありました。

頭の中に少し留めておいてください。

   

              Guillaume de Lorris and Jean de Meung c.1400

             The British Library Detailed record for Egerton 1069

ナルシスの泉からわき出た水が悦楽の園の外に漏れ出て何処にか流れ出していることに違和感を感じます。(上の挿絵は経年変化で全体が褐色に変色していたので、画像操作してあります)

 

 


ダマスクローズ 25

2020年03月21日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

この後、事態は急展開を見せます。わたしは「羞恥」に捕らえられ、壁が築かれ堅固で立派な城が建てられ、のちにその城を「愛」が軍勢を率いて攻め立てることになるのです。

「歓待」がわたしに見せた好意に「中傷」が気づくと、彼女は「歓待」の元に駆けつけ言葉で襲いかかった。彼女は「羞恥」を罵った。「理性」の娘である「小心」、「中傷」、「拒絶」と力を合わせて蕾の主人である「純潔」を守護している「羞恥」は「歓待」への注意を怠らず、遅れを取ることがないよう心に決めるのです。

       

               Harley 4425 f. 37v Bel Accueil and Jalousie 歓待と羞恥(右)

             (Jealousy) speaking to Bel Accueil (Fair Welcome). Netherlands, S. (Bruges) 

       Jalousie嫉妬は、ここでは所有物に対する強い執着、愛着、何かを排他的に所有しようとする執着心。

 

薔薇の茂みを守る役を受け持つ「嫉妬」は「羞恥」に言った。

『わたしは裏切られるのではないかと心配でなりません、「放蕩」が勢力を伸ばし、「色欲」のちからは増大する一方です。修道院でも僧院でももはや「純潔」の身の安全は保証できない程です。ですからわたしはあらたに壁を築いて、薔薇の木と薔薇を囲ってしまおうと思っています。わたしの名誉に傷をつけようとする者には、道を閉ざします。城塞を築いて薔薇の木々全体の周囲を囲ってしまいましょう。中央には塔を建て、そこで「歓待」を閉じこめます。中略 「小心」は震えながら、「羞恥」と共にゆるんだ尻の穴をふるわせたままうなだれていました。』

      

                  Honte, Peur and Danger f.38r 羞恥と小心

二人は山査子の木の下で横になっている「拒絶」をたたき起こし、彼を叱責するのです。「拒絶」は足を踏ん張って立ち上がり、怒りの色もあらわに、棒を持って囲い地に向かいふさがねばならない穴がないかどうか探し始めたのです。

 

羞恥と小心は寡婦、修道女がよく使ったguimple ガンプ;頭、首、肩を覆うヴェールを被っていますが、下の絵ではそれが見あたりません。

              

              Royal 20 A XVII f. 32v Honte and Paour rousing Dangier

 

状況はすっかり変わり、

『わたしは「歓待」の気持ちを傷つけてしまったことを思うと、胸のうちで心が張り裂けそうだった。 中略 そして薔薇のことを思うと、手足が震えるのだった。さらに没薬よりも甘い香りでわたしの体を満たしてくれた、あの接吻のことが思い出されると、もう少しで気を失いそうだった。中略 「中傷」よ、呪われてあれ。』

疑いの虜となった「嫉妬」は、国中の石工や土方をひとり残らず集め、まず薔薇の木々のまわりに堀割を巡らせた。固い岩盤の上にそびえるように狭い土台を置き、堅固な銃眼を備えた城壁をその上に築いた。囲い地の中央には塔を築きその壁と塔のあいだに花をたくさんつけた薔薇の木がぎっしりと植えられていた。

「拒絶」は城の東門の鍵を預かり武装した兵士とともに、南門には「羞恥」が、「小心」は城の左手の北風に向かう門の守備を、「中傷」は背後の門にノルマンディーの傭兵を率い守備についていた。「中傷」は日暮れに銃眼に登り、芦笛やラッパや角笛の調子を合わせ、ある時は歌や旋律を、即興の曲を歌った。

     

                  British Library, Harley 4425 f. 39 1490s 
The Lover outside the Castle of Jalousie (Jealousy), where Bel Accueil (Fair Welcome) is imprisoned; Danger guards its gate. 上の絵ではわかりにくいですが、白いバラの花の外側に赤い薔薇が植えられています。

『塔の中の牢に「歓待」が閉じこめられていて以来、わたしは失ったも大きくて怒りに体がはりさけてしまいそうだ。恐怖と心痛で、やがては死に至るのではないかと思ってしまう。ああ「歓待」よ、もしわたしにはもう慰めてくれる者がない。他には信頼を寄せられるところがないのだから。』

      

             France, Paris, between 1340 and 1350 MS M.48 fol. 28v

            Roman de la Rose: Scene, Jealousy commanding Construction of Tower to imprison Welcome --  

 

                              

                                         薔薇物語前編 完

 

 


ダマスクローズ 24

2020年03月19日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

私はおずおずと「拒絶」のところに行き、こう言ったのです。

『愛から心を取り戻すことのできないわたしですが、今後わたしはあなたを困らせるようなことは決してありません。 中略 どうかお願いですからわたしを哀れと思ってお怒りを鎮めてください。』

           

              Roman de la Rose France, 1340-1350 MS M.185

垣根の中には赤い薔薇が、そして下の方には白い花が。

            

                     Roman de la Rose France, 1340-1350 MS M.185

Roman de la Rose: Scene, Danger warning Welcome -- Lover, right hand on hip, left hand on breast, looks toward Danger as bearded man wearing hood, raising right hand, holding club with left hand. Rose bush is behind him.

「拒絶」の腹立ちは容易なことでは鎮まりそうもありませんでしたが、 中略 ぶっきらぼうにこう言った。

 

『おまえが恋をしていたところで、おれには関係がない。まったくどうでもいいことだ。中略 ただしおれの薔薇からは離れていなくちゃならん。垣根を越えたら容赦はしないぞ。』

「友」に事の成り行きを説明したのち、「拒絶」の守る垣根に戻り蕾を見ようと垣根の外で立ち続けていましたが、「拒絶」はわたしの心が「愛」に厳しく支配されていることを見て取っていたものの、いっこうに心を和らげてはくれませんでした。

 

こうして苦しんでいるのを神は見て取り「気高さ」と「憐憫」の二人を差し向けて下ったのです。二人は、わたしが「歓待」を奪われ死んだも同然の状態でいること、いくら責めても何も得ることはないこと、罪人には慈悲の心を見せてほしいと声をかけてくれたのです。

                

           Royal 20 A XVII f. 29 Pitez and Franchise talking to the dreamer 「気高さ」、「憐憫」

『御婦人方』と「拒絶」言った。『おっしゃることにあえてさからうつもりはありません。それではあまりにも賤しさがすぎるというものですから。おのぞみとあれば、この男は「歓待」と付き合えばいい。決して邪魔をするつもりはありません』

            

               Roman de la Rose France, 1340-1350 MS M.185

「気高さ」は「歓待」に今までのいきさつを話し「歓待」をわたしのところへ来させた。

『「歓待」は以前に見られなかった愛想のよい態度をわたしにみせ、わたしの手を取って、 「拒絶」の禁じた囲い地の中へわたしを連れていった。中略 薔薇の花に近づくと、少し大きくなっている気がした。中略 花は上の方がやや拡がっていたが、嬉しかったのは、種子の見えるほどには開いていなかったことだ。むしろ上にむかってまっすぐのび、花芯を包みこむ花びらの間でまだ閉じていて、なかを満たす種子は隠されていた。薔薇の花は 中略 真紅の色合いを深めていて、わたしはその神秘に打たれた。』  

薔薇物語に登場する薔薇には”種”ができるようです。ローズヒップができる薔薇に限定し、これまで得られた薔薇の特徴と、この時代にヨーロッパに自生していた薔薇の花を重ね合わせればその品種もおのずと絞られてきます。

わたしはそこに長い間留まっていた。「歓待」に対して非常な友情と仲間意識を感じていたからだ。そして「歓待」がいかなる慰めも尽力も拒まないのを見て取ると、あるひとつのことを頼んだ。そのことはここで述べておいた方がよかろう。「友よ」とわたしは言った。「本心を偽らず申しますが、あの芳しい香りを放つ薔薇との、このうえなく貴重な接吻がかなえられたら、と思わずにはいられないのです。もしお気に触らなければ、それを贈物としてお願いしたい。友よ、神かけてお願いします。わたしが薔薇の花に接吻しても気を悪くしないかどうか、ぜひ言ってください。あなたの許しがなければ、そうするつもりはないのですから」

「友よ」と彼は言った。「神様の助けを願って申しますが、「純潔」がわたしを憎むようなことがなければ、わたしの方から断る理由などありません。けれども「純潔」のことを考えると、その気にはなれないのです。彼女に対して間違いをおこすわけにはいきません。恋する人がわたしに接吻の訴しを願い出ても、「嫉妬」はその許可を与えることを常にわたしに禁じてきました。接吻に至った者がそれで満足することはほとんどないからです。おわかりいただきたいのですが、接吻を許された者は狙ったものの最良の部分、いちばん望ましいところを手に入れて、そうして残りの部分を担保にしてしまうのです」

 

「歓待」の返答に対してわたしはしつこく頼むのをやめた。『最初の一撃での楢の木を切り取ることはできないし、圧縮機でしぼる前の葡萄から葡萄酒を手に入れるわけにはいかないのだ。こういうわけで、願っている接吻の許可はなかなかえられなかった。けれどもたえず「純潔」に闘いをしかけている「ウェヌス※」がわたしを助けにやって来てくれた。「愛の神」の母に当たる彼女は 中略 右手に燃える藁の松明を持っていたが、その炎が多くの女性たちを燃え立たせたのである。

                     

Roman de la Rose France, 1340-1350 MS M.185

※ Venus ウェヌス;性的欲望を象徴する存在。ヴィーナスのことですが、ここでは区別してウェヌスと記しています。そのほうがアレゴリックで誤解を生じることがないからでしょう。

        

                  BnF, Francais 19153, f. 26 (Anjou, vers 1460)

「ウェヌス」は「歓待」のところへ行き、わたしが薔薇の蕾に接吻を許されるにふさわしいものであると、松明から発する熱の力をもって説得をしたのです。わたしは直ちに薔薇のところへ行き花との甘くかぐわしい接吻をしたのです。  

 

   


ダマスクローズ 23

2020年03月17日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

                               

                                         Roman de la Rose France, 1340-1350 MS M.185 拒絶の足もとには白い、赤い花が。

「歓待」がそう言ったその時、背が高く、色が黒く、髪の毛が逆立ち、火のように紅い顔をして、鼻に皺を寄せ、醜い顔で、怒り狂った「拒絶」が飛び出してきたのです。そして怒り狂ったように叫び、襲いかからんばかりに脅すので、わたしは大慌てで垣根を飛び越えました。

           

            Harley 4425 f. 32 Danger, Bel Accueil (Fair Welcome) and the Lover

「歓待」は逃げ去ってしまい、わたしの心はいまにも破れてしまいそうでした。その場にわたしは長くとまどっていました。

            

Roman de la Rose: Scene, Reason chastising Lover -- Lover, both hands raised, stands facing Reason, as woman, crowned, raising right hand, gesturing with left hand. 

             

             Harley 4425 f. 32v Reason and the Lover わたしに説得を続ける「理性」

韻文には「理性」に対する印象が次のように書かれています。

『「理性」は、目は顔の中で二つの星のようにきらめき、頭には冠をいただいていて、見るからに身分の高い夫人と感じられた。』

 

そこに現れたのが、高い塔の上から下を眺めていた婦人「理性」です。

『狂気と若さのせいで、あなたは苦しみと混乱のなかになげこまれているのです。五月のうるわしい季節に居合わせたのがあなたの不幸というものでしょう。』

「理性」は続けてわたしを説得します。「閑暇」がわたしを狂気に導く行いを取ったこと。「拒絶」、「中傷」がかたく薔薇の花を守っていること。 

『恋をしている者にはろくな事ができず、まっとうなことに取り組むこともできません。』わたしは苛立って答えました。『わたしの心はすっかり愛の神の意志のままにしかならないのです。ですからわたしを放っておいてほしい。』 

「理性」はお説教をしたところで、わたしのの気持ちを変えることができまいとわかりその場から立ち去りました。

心痛と苦しみで一杯のわたしは何度も涙を流し、嘆きの声を上げたわたしは、その内、「愛の神」が仲間を探すようにと言っていたのを思い出したのです。秘密を包み隠さず打ち明けられる仲間。「友」という名のところへ駆けました。

そしてもう少しで食い尽くされそうなった拒絶のこと、いかなる理由であれ囲いを越えたら相応の償いをさせるぞと言った歓待との成り行きを打ち明けたのです。

                   

          Detail of a miniature depicting l'Ami※ (the Friend) comforting the Lover.  

              BL Harley 4425 Netherlands, S. (Bruges) 

※ Ami 友は「愛の神」の贈り物のひとつ。抽象的な概念ではなく生身の人間をあらわしてます。

            

Roman de la Rose: Scene, Friend※ comforting Lover -- Friend as youthful man, gesturing with both hands, looks toward Lover, raising right hand, left hand on hip. Roman de la Rose France, 1340-1350 MS M.185

 

「友」は「拒絶」をなだめ、和解するように言葉を尽くして話してくれました。わたしは試しに行ってみようという勇気と意欲を得ることができたのです。    

 

 


ダマスクローズ 22

2020年03月15日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

       

                Bel Accueil and the Lover from BL Harley 4425, f. 36

Bel Accueilは「歓待※」を指し、「礼節」の息子であり男性のはずですが、BL Harley 4425ではご覧のように女性?の姿をしています。(篠田訳の中では“彼“と訳され男性の姿が描かれた絵が引用されています)ここでは酷くチャーミングな姿で登場です。右端には大きな薔薇の蕾が描かれ、木立薔薇のようです。

※ Bel Accueil; 恋の対象に対する好意的な態度、振る舞いに対するアレゴリック的な表現。 

 

薔薇の木々を囲む垣根を越えようかと思い迷っていると、美しく感じのよい若者「歓待」がわたしに向かってまっすぐにやってくるのに気付きました。彼は垣根に通じる道を譲ってくれたので、荊や野薔薇がたくさん生えていた所を横切ってまっすぐに他のものよりも芳しい香りを発散させている蕾に近づくことができました。

             

Roman de la Rose: Scene, Welcome speaking to Lover -- Lover, right hand on hip, left hand on breast, looking toward Welcome as woman, raising right hand, left hand on hip. Rose bush behind lattice is at right.

             

                Roman de la Rose France, 1340-1350 MS M.185

「歓待」は蕾に近づき薔薇の木に触れるようにと勧めてくれました。そして蕾のそばの緑の葉を一枚摘み取り、わたしにくれたのです。わたしは勇気を奮い起こして話しました。

 

『友よ、中略 あるひとつのものを手に入れなければ、わたしは決して歓びが訪れることはありますまい。心の中にとても重い病を抱え込んでいるのですから。けれどもそれが何なのか。どういうふうに言えばよいのかわかりません。あなたをおこらせたくないからです。中略 』『どうか何をお望みなのかおっしゃってください』と彼は言った。『中略 形の美しいあの蕾、あれはわたしの死であり,生なのです。ほかには何も欲し物などありません』 すると“歓待”はぎょっをしてこう言った。『中略 なんということでしょう。わたしの名誉を台無しにしたいのですか。中略 たとえ誰のためであれ、蕾を、付いている木から離してしまいたくはありません。』

 

そのすぐそばには、薔薇の木々すべてを守る番人「拒絶※」とその仲間の 「中傷」、「羞恥」、「小心」が薔薇の花と蕾を守っていました。

                  

               Harley 4425 f. 30v Bel Accueil (Fair Welcome) and the Lover 

薔薇の花に手を伸ばそうとする者のようすをうかがい、「拒絶」 とその仲間の「中傷」、「羞恥」、「小心」が草や葉で身を覆って隠れています。奥には赤い薔薇の花が咲いています。(イギリス所蔵の写本ではご覧の通り“わたし”は長髪になっています) 

※ Dangiers; 拒絶は、 恋の対象に対するためらい、抵抗、否定的な態度を示すアレゴリック的表現。

       Honte ; 羞恥は、「理性」の娘、「小心」の従姉妹

      Peor ; 小心は、臆病の意。

      Male Bouche ;  中傷は、「嫉妬」の城の番人の一人(後述)

 

 


ダマスクローズ 21

2020年03月13日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

『おまえ自身のためにもすみやかに臣従の誓いを行うがよい。賎しい者が一度も触れたことのないわたしの口に接吻するのだ。 中略 わたしが臣下とみなした者は礼節をわきまえ、自由な者でなければならない。』 中略 そこでわたしは両手を組み合わせて、愛の臣下となったのです。

         

              Royal 20 A XVII f. 18v  Dreamer kissing Diex d'Amours

“愛の神”がわたしに守らねばならない十の掟を、そして苦行を語り終えると、 中略 わたしは尋ねました。

『恋する人はいまお話にたったような苦しみをいったいどうやって、いかなる方法で耐え忍ぶのでしょうか。ほんとうに怖くなってしまいました。 中略 たとえ鉄でできた男でも、このような地獄にあっては、一年も生きてはいけないでしょう』

                                               Roman de la Rose: Scene, Lover paying Homage to God of Love, winged and crowned,                                                                      stands on frame of miniature, raising left hand. Lover, with joined hands raised, kneels                                                                      before him on one knee. They are flanked by two trees.

愛の神は順に、『希望、甘美な思い、甘美な言葉、優しい姿、を持つことで勇気を得、自身を守ってくれ、やがてはこれらに劣らずさらにすばらしい贈り物をわが物とすることができる。』と説くと、わたしが一言も発しないうちに姿を消してしまいます。

               

           Bel Accueil and the Lover from BL Harley 4425 f.25v        

 

 

 


ダマスクローズ 20

2020年03月11日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

『わたしは泉の水面に映し出された咲き乱れる薔薇の花を見たのです。薔薇の花の咲き誇る場所へと、行きたい気持ちを抑えることができなくなったのです。その時、あとをつけ、ようすをうかがっていた「愛の神」は、ただちに矢を手にすると、弦を矢筈に当て、その弓を耳まで引き、わたしに向けて射掛けたのです。』

           

                          Roman de la Rose France, Paris, between 1340 and 1350  

                                                      MS M.48 fol. 14r

『わたしは、(薇の蕾は)真紅の繊細な色で彩られ、中略 四対の葉がある茎は燈心草のようにまっすぐで、中略 蕾からは周囲に香りが拡がり、その芳しさがあたり一帯に満ち満ちていた 中略 薔薇の花の中からとても美しいひとつが他のどの蕾よりも気に入りました。その時です、 中略 「愛の神」は一本の矢を手にし、 中略 それを耳まで引き、わたしに向けて射掛けたのです。中略 矢はわたしの眼を通して一気に心まで矢を送り込むというものでした。(※参照) 中略 

気絶から覚めたわたしは矢羽根の付いた軸を引っ張り出したのですが、“美”という名を持つ棘のある矢尻は心のなかにささったままで、抜けずになかに残ったままでした。けれども血は流れなかったのです。』

       

      La flèche dans l’œil Roman de la rose Guillaume de Lorris et jean Meun, Paris, vers 1320-1330.

                  BNF, Manuscrits, français 24388, f. 14

       http://www.bl.uk/catalogues/illuminatedmanuscripts/record.asp?MSID=8551&CollID=16&NStart=200117

 ※ 愛の放つ矢が眼を通って心に達するというイメージで恋に落ちる瞬間を表現する技法は、中世においてひとつのトポス(表現)となっていた・・・・・・訳注から引用させていただきました。

 

「愛の神」は続けて、「純真」、「礼節」、「同伴」、「愛想」の四本の矢を放ちわたしを苦しめ気絶させました。

           

                 . 16 Diex d'Amours shooting the dreamer

“わたし”を苦しめ、しかし心地よさをもたらす特別の力を持つ矢を射た「愛の神」が、最後にこう叫びました。

 

 


ダマスクローズ 19

2020年03月09日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

別の写本には、泉の縁石の上に「ここにて美しきナルシスここに死せり」と記された絵が描かれています。

         

           Narcisse Roman de la rose Guillaume de Lorris et jean Meun, Paris, fin du XIVe s. s.

              BNF, Manuscrits, français 380, f. 10 v°© Bibliothèque nationale de France

       

            L'amant apercevant les roses dans la fontaine Roman de la rose

                 Guillaume de Lorris et jean Meun, Paris, début du XVe s.

            BNF, Manuscrits, français 12595, f. 13 v°© Bibliothèque nationale de France

 

泉の中には庭園に咲く薔薇の茂みが見えます。”私”は その中の赤い薔薇の蕾に心を奪われます。

上と下の ”わたし” の姿は、引用した写本が別のため違った姿をしていますが、間違いなく ”わたし” です。泉の周りに は”薔薇” とは識別できませんが、白と赤の花が咲いています。

ナルシスの泉の場面は薔薇の花がはっきりと描かれた場面ですので、あと一つ写本をご紹介しておきます。

                                    

                                                               Royal 20 A XVII f. 14v Narcissu

                                                                        France, N. (Artois or Picardy) c. 1340

                                                      

                                                              Royal 20 A XVII f. 15v  France, N. (Artois or Picardy)  c. 1340

                                                                          Folio 15v. Découverte de la rose 薔薇の発見

赤い蔓薔薇が泉の周りには咲き誇っています。気づいたときには、わたしはそこに自分の姿を映してしまっていたのです。「鏡の力と機能を知っていたら、決してここに駆け寄ったりはしなかったのに! 

 

  

 


ダマスクローズ 18

2020年03月07日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

下図は2/20に見ていただいた悦楽の園の中にあるナルシスの泉です。『薔薇物語』に描かれた“ナルシスの泉“の前半の模様が、その下には“ナルシスの泉”の後半部を説明する場面を引用しておきました。

          

      Roman de la Rose France, Paris, between 1340 and 1350 MS M.48 fol. 12v

『松の根元に卓抜な技倆で設えた泉が。縁に寄ると実をかがめて、溢れる水と、底の方で純銀よりもきらきらと沸き立つように動く砂を見た。』

      

        Roman de la Rose, BNF, Manuscrits, français 19156, f. 12 (Paris, 1320)

               © Bibliothèque nationale de France 

『鏡に映る数々のものを見ていると、花をつけた薔薇の木々が目についた。 中略 近づいて行くと、芳しい薔薇の香りが臓腑のなかにまで入り込んできた。香を焚きしめてもこれほどではあるまい。 中略  わたしは蕾に近づいて行った。 中略  けれども鋭く尖った薊がわたしを近寄らせない。よく切れる鋭い荊やとがった蕁麻や木苺のせいで前に進めない。わたしは痛い思いをするのが怖かったのだ。』

薔薇の花にしては挿絵の花の形は少し変ですが、文章と絵から赤い花であること、香りが優れていること、鋭い棘があると読み取ることができます。