Annabel's Private Cooking Classあなべるお菓子教室 ~ ” こころ豊かな暮らし ”

あなべるお菓子教室はコロナで終了となりましたが、これからも体に良い食べ物を紹介していくつもりです。どうぞご期待ください。

ダマスクローズ 52

2020年05月08日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

次にご紹介する銅版画は、最初見たときは、衝撃でした。

   

   

 Basilius Besler※、 Rosa damascena flore pleno ( from Hortus Eystettensis ) ca. 1640

※ バシリウス・ベスラー( Basilius Besler , 1561-1629、ドイツの薬剤師、植物学者、植物画家)はドイツ, アイヒシュテット ( Eichstätt ) の司教で植物愛好家の, ヨハン・コンラート( Johann Konrad von Gemmingen )が造った庭園の植物を描き、『アイヒシュテット庭園植物誌, Hortus Eystettensis 』の中で銅版画の詳細な植物誌を出版したことで知られています。

 

真ん中の花がダマスクローズです。Rosa Damascena floreと書かれています。いろいろなことを考えさせる絵です。双方に同じ銅板を使ったようです。「何故こんなことが??」 と、この絵を見ていると、今まで経験してきた色々な事柄が頭の中をぐるぐると回ります。古代から中世に書かれてきた植物学、小説、料理書、絵画。その中で現れたダマスクローズらしき「薔薇の花」。あれは矢張りダマスクローズそのものだったようですが、頭の中が整理していないようです。

 

これまでブログで取り上げてきた薔薇に関する内容ではもはや説明ができなくなってきました。中世、及びそれよりも前の記録からダマスクローズをさがすことに限界がきたようです。もう少し詳しくお話しすると、ダマスクローズをヨーロッパ世界の中から眺めてもこれ以上の情報は期待できないのではという思いです。

これまで得られた知識をまとめると、ダマスクローズはおそらくギリシャ以東の地域で生まれ、ヨーロッパに。それとは別に西の方向へも運ばれたようです。西の方角にはペルシャが、インドが、中国が、ヨーロッパよりもはるかに文明の高い国々がひかえています。不思議な力を秘めた薔薇の花がこれらの国々に注目されなかったとは考えられません。最後にお見せしたイスラム発の医学書;タキュイナムサニタティスには、ダマスクローズと一緒にローズウォーターを作るグラスの容れものが描かれています。ヨーロッパ以東の国々で今も宗教行事に、化粧品、医薬品、飲食物に使われています。このあたりに次につながるヒントがありそうです。大きな広い視野で眺めなければ全体像が把握できないようです。

 

次回からは、21世紀の視点から、東方に目を向けた“ダマスクローズさがし”を試みようと思います。どのような ”ダマスクローズ” が見えてくるのか、楽しみにしていてください。(先にさんざん申し上げていた学名ですが、これから先は立体で書かせていただこうと思っています。)  

 

      


ダマスクローズ 51

2020年05月06日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

ダマスクローズはタキュイナムサニタティスの”薔薇“としての題材だけではなく、その他のところ

でも顔を出します。   

       

Women taking roses to make rose water with its petals. 14th century. Folio 93r.  1300年頃に描かれたAqua rosata ( 薔薇水 )。

 

                

        Vienna, ONB, sn.2644, folio 55 verso.から ウィーン出版。“春”が題材です。

赤い薔薇の花と、白い薔薇の花、その上には鳥が。「薔薇物語」の中の一場面かと思えるような絵です。

      

この絵も同じTacuinum Sanitatis( 健康全書Wien,er.nov.2044 um1390 )からの引用ですが、題材はGaudia (喜び) となっています。恋人との逢瀬の場を描いたのでしょうか、後ろにはダマスクローズが咲き誇っています。「薔薇物語」の時と同じように上の方には鳥が描かれています。空を飛ぶ「鳥」は、天、すなわち神の身近に住み、カスミを食べて生きている尊い存在なのです。ウィーンが出版元です。

 

 


ダマスクローズ 50

2020年05月04日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

1300年代に戻ってそこに描かれたダマスクローズをご紹介しましょう。

               

       .Tacuinum Sanitatis ※1  Roxe / Roses 1370–90  MS 1041 f64r. of the Liège University 

リエージュのタキュイナムサニタティスは珍しいと思い保管状態は少し悪いですが、引用させていただきました。絵の下部に書かれている内容も他の地域とは少し異なりますのでご紹介しておきます。

薔薇;性質;寒の一度、乾の三度。新鮮な時が一番香りがよい。効果;感情の高ぶり。樟脳を一緒に摂ると効果がある。

       

              Vienna, Austrian National Library, Cod. ser. nov. 2644. ca.1390

ウィーンで出版された薔薇の絵です。ルーアン、パリとヨーロッパ各地で出版されましたが、ウィーンのものが一番出来がいいようです。     

 

絵の下には;

『ダマスクローズは、寒の1度、乾の3度の性質を持ち、Suri※2と Persia産が最高品です。性質は秋の乾いた少し寒い時期に相当します。脳炎に効果がありますが、ある人には無気力、胸を締め付けられる感じを起させます。あるいは臭覚をなくさせます。春の気質を持った高い身分の若い貴族に相応しいものです。』とあります。ダマスクローズは料理だけでなく貴人の精神的不安を和らげる目的にも使われていたようです。

(貴人には薬となるがそれ以外の者が摂ると毒になるという、身分制度確立の手段としても使われていたようです。健康全書の基となった四元素説についての説明は別の機会に譲ることにします。)

 

※1 Tacuinum Sanitatis(健康全書、健康と幸福について書かれた中世の養生訓。)

アラブ人のIbn Butlân (イブン・ブトラーン; ca.1001 - 1066、イラクのネストリウス派キリスト教徒の医者)が、バグダッドで学んだ医学をまとめた書物 (Taqwim al‑sihha ) をもとにした写本です。アラビア語の写本と、図版のないラテン語に翻訳された写本が確認されています。少なくとも1266年にまで遡ることができますが、誰が翻訳したのか不明です。ヒポクラテスの流れを汲むイスラム医学と中世ヨーロッパのミニアチュールが融合してできたのが「健康全書」です。

 

※2 Suri (下記の文面、写真は後述のアドレスから引用させていただきました。)

Suri(サーリー)はイラン北部、カスピ海南岸に位置する都市です。ペルシャ語の“赤い”、“赤い薔薇”の意味を持ちます。赤い色のダマスクローズ、ローザダマスセナを指し、イランではゴル・エ・モハマディ(Gol-e-Mohammadi)と呼ばれています。流通名はRosa damascena Mill(RDM)です。この花はイランが起源で、そこでは単に“薔薇”と呼ばれていたようです。イランがイスラム世界の一部となった後、アラブの侵略者達が薔薇に関心を寄せ、シリア ( in Persian: Suri-eh ) のダマスカスにある庭園に持ち帰ったと推測されています。その後ヨーロッパ人がそれをローザダマスセナ、サーリーと呼びました。健康全書の説明文の中にその名が残されています。

      

             Suri, Persian Rose AKA Gol-e-Mohammadi firstly originated in Iran           

https://iranian.com/2006/04/21/suri-the-persian-rose/ 

https://twitter.com/mustseeiran/status/467690827675090944 

 

ダマスクローズとダマスクローズの収穫、加工が紹介されています。  

 

 


ダマスクローズ 49

2020年05月02日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

1445年以降は優れた印刷技術と木版画によって植物誌が盛んに出版されます。ダマスクローズはどのように描かれているのでしょうか。ジェラードとパーキンソンの植物誌には次のような絵が描かれています。

                     

1 Damask Rose. 2 Great Province Rose. 3 Franckford Rose. 4 Dwarfe Red Rose. 5 Hungrian Rose 6 Great Double Yellow Rose.

左はジョン・パーキンソンがParadisi in Sole, ( Pardisus Terrestris 1692) の中で描いたダマスクローズ、右はジェラードがGerard’s Herball (1597) の中で描いたダマスクローズです。白い花が見当たりませんが、ジェラードはダマスクローズを“棘のある枝に白い薔薇のような姿をしており香りのよい淡赤色の花を付ける。料理と薬用に適している。”と述べています。

同時代の植物学者ニコラス・カルペッパーアはコムプリートハーバル ( Complete Herbal ;1653 ) の中で “ダマスクローズは白い薔薇の花としては背が高くもなく、大きくもないが、赤い薔薇としては背が高く、大きく、茎には棘がある。葉にはたくさんの毛が生えている。花はプロヴァンスローズほど八重ではない。色は淡赤色でよい香りがする。フランス原産で庭に普通に見られる種であり、花は6-7月に咲く。” と述べています。

  

                   Red Rose                     Dog Rose                         Damask Rose

上はカルペッパーが描かせたダマスクローズです。1500-1600年代にはダマスクローズは濃いピンク色の花に描かれています。白と赤い花をつけたダマスクローズは1500年以降の植物誌の中には存在しないようです。

 

 


ダマスクローズ 48

2020年04月30日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

Naturalis Historia X. からの引用はここで終わります。

『最も一般的な軟膏は-現在古いものであると思われていますが-マートルオイル※1、葦、サイプレス※2(cyprus : ヒノキ)、サイプレス※3(cypress : イタリア糸杉)、マスチックオイル(乳香樹脂)、ザクロの皮で作ったものです。

しかし、わたしはどこでもたくさん生えているバラから作ったものが、香りも至極単純な組成でできていて、最も広く長い間使用されていると思っています。もっとも、これにオリーブオイル(omphacium)、薔薇とサフランの花、辰砂、葦、蜂蜜、燈心草、天日塩又はアルカネット、ワインを加えて使うのですが。

サフランオイルでも同様に、桂皮、アルカネット、ワインを加えます。それにマジョラムオイルでもオリーブオイル、葦を混ぜて使います。マジョラムがたくさん生えているキプロスとミティリーニ(Mytilene、ギリシャの北エーゲ地方のレスボス県の県都であり、エーゲ海に浮かぶレスボス島の主都)では最良の方法でしょう。』

            Wiki.から。 Myrtus communis 、英名は Myrtl、和名はギンバイカ

※1 マートルオイルは結婚式でブーケに、葉はユーカリに似た芳香がありここから香油を作ります。又、ハーブ(マートル)として使われます。果実や葉はミルト(Mirto)酒にします。
鎮静作用があり、怒りやイライラを鎮め、去痰作用により、鼻水や鼻づまりなどに有効です。抗ウイルス作用があり、風邪などの感染症の予防に役立ちます。抗菌、消毒作用があるのでニキビや吹き出物の予防、改善に役立ちます

※2 サイプレス(cyprus : ヒノキ)抗菌、消臭、防虫効果に優れ、血行促進作用、むくみや疲労に効果的です。皮膚の炎症を抑え、傷を治し、老化を防止する作用に優れます。ニキビなどの症状や傷を直し、肌を綺麗に再生させてくれます。

※3 サイプレス(cypress : イタリア糸杉)リラックス効果とともに怒りやイライラをやわらげ、血管やリンパに働きかけ、静脈瘤や発汗過多、水分の過度の喪失からくる衰えはじめた肌への効果などが期待されます。(ヒノキと糸杉はどちらも/sáiprəs/と発音するので混同し易い言葉です。)             

 

 


ダマスクローズ 47

2020年04月29日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

        

4/28日に撮った写真です。先回から1ヶ月が経ちました。五月の今頃には花が咲くでしょう。

ここ2-3日で枝の先が膨らみ始め、花芽らしい丸みができてきました。冬にわずかに顔を出していた、小さな赤い芽がこんなに成長するなんて、本当に驚きです。次回はきれいに咲いたところをお見せしますね。

 

 

 


ダマスクローズ 46

2020年04月28日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

  

CLASSIC ROSES から             

Naturalis Historia X. つづき。

『別の種類はアオイ科の植物のような茎から出て、オリーブの葉のような葉をしたムセタム(mucetum)という種類があります。これらはオータムローズの大きさで、コロニオラ(coroniola:小さな花飾り)という名前です。コロニオラローズとブランブルで育つバラ以外はすべて無香料です。殆どの薔薇が雑種です。純粋種であっても土壌によって大きく特徴が左右されます。キュレネの薔薇(rose of Cyrene)の香りは最上級ですし、そこからは極上の軟膏が得られます。スペインのカルタゴでは冬の間中花を咲かせる早咲きの薔薇があります。

気候が変われば、香りが少なくなってもある特定の年の間薔薇は生育します。

薔薇は湿地よりも乾燥地にあるほうが香りが高く、肥えた土地でなくても、粘土質であっても、灌漑されていない土壌でも育ち、瓦礫の荒れた土壌にも好んで生長します。』

                                   

Naturalis Historia X. つづき。

『カンパニアンローズ(Campanian rose)の開花は早く、ミレシアン(Milesian)は遅いですが、プレネスティーヌ(Praenestine)の開花期は長く最後まで咲いています。

薔薇を植え替えるには、根を切るのではなく、薔薇よりも深く地面を掘ることです。軟毛に覆われ、花蓋の下にあって、外皮に包まれた種から薔薇を育てるには大変な時間がかかります。そこで、茎を切開しそこに接ぎ木をする方法が良い方法です。根の隙間に葦の茎と一緒に薔薇の青い棘のある5枚の花びらを付けた長い小枝をギリシャローズに接ぎ木します。

しかし、すべてのバラは剪定と熱意で改良することができます。四指以上の長さの蔓を付けて移植するのが最も早くて良い方法です。プレアデス※が出た後、西風が吹く時期に1足間隔の幅で移植するのがいいでしょう。薔薇の花を早く咲かせるには根の周りを脚の深さまで掘り、そこに温かい湯を注ぎ入れると花のが開き始めます。』

 

※ プレアデス星団(Pleiades 、おうし座の恒星星団。M45、和名はすばる。)秋から春先にかけて肉眼でも輝く5–7個の星の集まりを見ることができます。

        

             http://spaceinfo.jaxa.jp/ja/pleiades.html     

 

 

 


ダマスクローズ 45

2020年04月26日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

下の絵はGallicinae(ガリカ節)の起源とその分布地を示しています。

初版が1985年で少し古いですが、Peter Beales 著のCLASSIC ROSES から引用させていただきました。

  

CLASSIC ROSESによれば、R. ×centifoliaR.gallica, R.canina, R. moschata ※その他の雑種であり、R. damascena も一役買っていると述べています。( 諸説あります )

     

               CLASSIC ROSES から

※ロサ モスカータ ( Rosa Moschata:Rosa moschata, musk rose )

別名 ムスクローズ、Rosa moschataは、長い間栽培されてきたバラの一種で、起源は不明ですが、西ヒマラヤであると言われています。これまで述べてきたガリカ節ではなく、シンスティラ節に属します。この仲間はヨーロッパから中東、インド、東アジアにまたがる広い範囲で自生しています

 

 


ダマスクローズ 44

2020年04月24日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

2007年、カナダの研究者マリア・エヴァ・サブタルニー(Maria Eva Subtelny)が、【Maria Eva Subtelny, 2007, “Visionary Rose: Metaphorical Interpretation of Horticultural Practice in Medieval Persian Mysticism” ;「13世紀の農業および園芸マニュアル;”Āsār va aḥyā※1 ” Rashid al-din Fadl-allāh Hamadānī “ (1247?-1318)」】※2の中で、“100弁あるいは200弁になる園芸種について”、“黄色・赤花品種であるファイアリー・ケンティフォリア・オブ・マシュハド(Fiery Centifolia of Mashhad:マシュハドの炎色ケンティフォリア;マシュハドはイランの都市名)”について言及があることを報告しました。その内容は『これらは西洋においては、キャベッジローズと呼ばれ、16世紀あるいは17世紀に、アッバース1世(Shāh Abbās I)の治世下であるサファビー朝とオランダ間の文化および交易が盛んであった時代に、特にバラおよびバラ精油に前例がないほど熱狂したオスマン帝国のスレイマン大帝(Sultan Süleyman the Magnificent)治下の宮廷を通じてオランダ経由で導入された。』というものでした。

 

※1 ラシードゥッディーン・ファドゥルッラーフ・アブル=ハイル・ハマダーニー( رشیدالدین فضل‌الله ابوالخیر همدانی‎, Rashīd al-Dīn Faḍl Allāh Abū al-Khayr Hamadānī、1249-1318, イルハン朝後期、第7代君主ガザンから次代オルジェイトゥ、アブー・サイード治世のもとで活躍した政治家。) イラン中西部ハマダーンのユダヤ教徒系の家系に生まれ、医師としてイラン各地を遊学した後、アバカの時代にイルハン朝の宮廷で典医として出仕しました。

※2 モンゴル人の中東侵略は、中国とイランの間に密接な関係、開花した交流をもたらしました。イランは中国文明の影響を深く広範囲に受けました。イルハナートの著名な医師、牧師、歴史家であるラシュドアルダンハマドゥーニによって農業ハンドブックĀsārva Aḥyāが書かれました。 この本は、植物の栽培方法を教えることが目的の農業書ですが、中国についての多くの情報が含まれています。中国の植物だけでなく、モンゴルの支配下にある中国の政治、経済、社会、科学をも記録しています。


イルハン朝(ايلخانيان, Īlkhāniyān, Ilkhanate)は、現在のイランを中心に、アムダリヤ川からイラク、アナトリア東部までを支配したモンゴル帝国を構成する地方政権(1256- 1353)。首都はタブリーズ。グレーで彩りされた地域がイルハン朝の最大版図。

     

          Ilkhanate  ایلخانان 1256–1335/1353

             The Ilkhanate at its greatest extent

 

 

                          


ダマスクローズ 43

2020年04月22日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

          

                ※3 Graecula (little Greek rose)

The Floricultural Cabinet and Florist's Magazine. 絵はNatural History Museum Library, London から、本文はFloricultural Cabinet 6(66): 177-180 (Aug 1, 1838) から引用させていただきました。

 

Graeculaについては上の本に詳しく述べられています。

Floricultural Cabinet 6(66): 177-180 (Aug 1, 1838) の中にプロヴァンスローズとグラクラの記述がありました。今から約180年前ですから、最近の内容になりますが、「英国の薔薇に関する読み物」ということで、注目しました。【】内はその引用文です。

 

【庭に植えて最も自慢の薔薇、素晴らしい薔薇はプロヴァンスローズだろう。南フランスの人たちが、この土地固有のものであると主張しているのだが。一方で、最初にこの花がオランダに入ったときにオランダ人がプロヴァンスローズではなく、オランダローズと名付けるべきであったのにと、ジェラード※1 ( John Gerarde, c. 1545–1612、イギリスの植物学者) は言っています。しかしながらプリニウスの言からも明らかなように、どの二つの国もこの薔薇の原産国ではありません。彼はその薔薇をギリシャの薔薇と呼び、そのことを21巻目の4章に明記しています。『グラクラ(Graecula:little Greek rose) という薔薇は、花びらが互いに密に重なり合って、指に力を入れなければ開かないので蕾のように見えるが、花が開くとその花びらはどの薔薇よりも大きい。』とのプリニウスの説明はキャベッジローズの、花びらが何枚にも重なった性質とまさに呼応しています。このバラは、ダマスクローズと近縁であり、同族であるため、おそらくギリシャ人が、ダマスカスの近辺からこの薔薇を最初に入手したと考えられます。僅かな2つの差違は土壌と栽培によるものです。】

 

※1 ジェラード(John Gerarde)The Herball or Generall Hiftorie of Plantes.1597(本草書または植物の話、本草書または一般植物誌)を出版。この中にダマスクローズとプロヴァンスローズに関する描写がありますので、ここに引用しておきます。この時代にほんとうにダマスクローズが存在していたのか?という疑問は残りますが。それはそれとして、彼の言い分も聞いてみましょう。

『ダマスクローズの背丈は普通で、枝には棘が多い。その他はホワイトローズに似て殆どの葉は5枚、葉の主脈は対をなし、小さい葉は切れ込みが鋭くその縁は粗い。特に他の薔薇と異なる点は花の色と匂いだ。薄赤色の花びら、心地良い香りは料理にも医薬品としても優れている。オランダプロヴァンスローズは枝又は木質部の根から勢いよく棘のあるシュートを伸ばし、そこから枝をいくつも出す。花は枝の先端につき形と色はダマスクローズに似ているが、それよりも大きく数も多い。しかしダマスクローズほど甘い香りではない。その実はほかの薔薇と同様である。』

 

ジェラードは、「イングランドの床屋外科、植物学者である。」とwiki. に紹介されているように、そしてジョンという名前からも察せられるように、イングランドの下流階層の出身です。『床屋外科の傍ら趣味で庭師をし、植物学を独学で学び、家の近くに庭園をつくり、植物を集めて栽培・研究した経歴の持ち主です。新世界への航海を行ったウォルター・ローリーやフランシス・ドレーク※1と契約し、珍しい作物を集めたことでも知られています。彼の本草書の大部分はフランドルの医師・植物学者レンベルト・ドドエンスの著作『ペンプタデス』等をはじめとする他の本からの盗用であり、本草書のベースには、『薬物誌』をはじめとする古代のテキストが使われています。』となかなかの酷評です。

 

しかし、彼の植物に対する”目”はやさしく、これまでの、そしてこれから先も繰り返すキリスト教と結びつけた薬草の存在、薬草の薬効に焦点を当てる視点ではなく、植物本来の姿に眼差しを向けて描写していることに親しみと心の安らぎを覚えます。わたしの好きな植物学者の一人です。  

 

※1 サー・フランシス・ドレーク( Sir Francis Drake、ca.1543 – 1596/1/28、エリザベス朝の航海者、私掠船船長、海軍提督。)この頃の廷臣には海賊が多かったようです。次にご紹介するサー・ウォルター・ローリーも探検家、作家などと紹介されていますが、ドレーク同様海賊です。ただ、ローリーの人生はドレーク以上に波乱に満ちた、時代を背負った、時代に応えるべくして生まれた男といった風体です。

サー・ウォルター・ローリー( Sir Walter Raleigh, ca.1554 – 1618/10/29、イングランドの廷臣、軍人、探検家、作家、詩人、植民活動、私掠。)      

 

薔薇の話が少し込み入ってきたので、ここで少しプリニウスの言葉とそれを説明するいくつかの内容をまとめておこうと思います。                

 

・ ミトレスの薔薇は二重ガリカで別名プロヴァンスローズ(R. gallica officinalis)を指していました。

・ 現在プロヴァンスローズと呼ばれている薔薇は、ギリシャ人がカンパニアで栽培していた薔薇(グラクラ)で、オランダに運ばれ改良され、十六世紀以降になってあらわれたものです。 

 

 


ダマスクローズ 42

2020年04月20日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

Naturalis Historia X. つづき。

『ティベリウス・シーザー(Tiberius Julius Caesar、BC. 42/11/16 – 37/3/16)が皇帝だった時、この場所に住んでいたカエピオ(Caepio)※1は、「百枚の花びらの薔薇の類は、見かけや香りがよくてもその端を束ねていなければチャペルの中に決して入れない。」と話していた。グレシアンローズ(ギリシャの薔薇)※2という花が我々の国の湿地に生えているが、ギリシャ人はそれをlychnis (lamp rose)と呼んでいる。花びらの数は5枚を超えることはなく、花びらはバイオレットの大きさで、香りはなかった。そのほかには、グラクラ(Graecula:little Greek rose)※3があり、その花びらは房のようで蕾のように丸まり、指で押さないと開かなかった。花びらは非常に幅が広かった。』

※1 クィントゥス・セルウィリウス・カエピオ( Quintus Servilius Caepio, 生没年不詳、共和政ローマ末期の政治家。) 

※2 グレシアンローズ(ギリシャの薔薇)又は、lychnis (lamp rose) は薔薇の名前がついてはいるのですが、カーネーションの仲間です。

        

      Lychnis coronaria英名は Rose campion, Mullein pink)ナデシコ科センノウ属の二年草

     https://wimastergardener.org/article/rose-campion-lychnis-coronaria/ 

 

lychnis (lamp rose) は、南アフリカ~中東原産。ヨーロッパでは過去数世紀にわたって栽培され、今では帰化している場所があります。属名「Lychnis」(ギリシャ語でランプ)は、フェルトのような葉が昔はランプの芯として使用されていたことに由来します。一年草、花弁数は5枚、花色は濃桃、青、白、紫、赤と変化に富んでいます。

         

       Magenta and white-flowered rose campion, Lychnis coronaria.

       https://wimastergardener.org/article/rose-campion-lychnis-coronaria/ 

 

 

 


ダマスクローズ 41

2020年04月18日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

Naturalis Historia X. つづき。

『そのつぎに高い評価を受けたのが、さほど鮮やかではない赤い花を持つトラキニアン(Trachinian)※1で、次が白っぽい花びらをしたアラバンディアン(Alabandian)です。非常に多くの、しかし非常に小さい花びらのバラはトゲだらけの薔薇と呼ばれて最も低い評価しか与えられませんでした。

薔薇は種類によって花びらの数、茎の粗滑、色、香りが異なります。花びらは最も少ないものは5枚ですが、数多くの花びらを持つももあり、中には100枚の花びらを持つ薔薇という名の薔薇もあります。イタリアのカンパニア(Campania)に生息しますが、ギリシャのピリッポイ(Philippi)※2あたりに生えているものは移植したものです。近くのパンゲウス山(Mount Pangaeus)には小さな花びらの薔薇がたくさん生えています。近くの人たちはそれを移植し品種の改良をしていますが、この種のものは強い匂いでもなく、その花びらはどれも広くも大きくもありません。香りの程度は薔薇の茎の粗滑さによって決まるのです。』

 

※1 トラーキース(Trachis)は、古代ギリシアではスペルクセイオス河の南に位置する地域。

※2 ピリッポイ(Philippoi、東マケドニア(現ギリシア領)の古代都市。)古代マケドニア王のピリッポスⅡ世によって、タソス人の植民都市クレニデス(泉の意)があった場所に創建されました。ここを起点に、付近の金鉱を開発し、軍事防衛の拠点としました。現在の都市フィリッポイは、この都市の遺構近くに位置しています。新約聖書『ピリピ人への手紙』で登場。古代都市遺跡と古戦場跡は2016年に世界遺産リストに加えられました。

 

Flickrで見つけた“イタリア カンパニアに咲いていた薔薇“。今話題に挙げている薔薇とは異なるでしょうが、興味を引いたので引用させていただきました。

       

        Italy - Campania - Torre Annunziata - Pink roses growing at Villa Poppaea

イタリア カンパニア州ナポリ県にあるトッレ・アンヌンツィアータ (Torre Annunziata)で見つけたピンクローズ  https://www.flickr.com/photos/julesfoto/17359417344/ から(投稿者は下の説明の場所でこの薔薇を見つけたと書いています。)

 

トッレ・アンヌンツィアータにあるヴィラポッペラ(Villa Poppaea、南イタリアのナポリとソレントの間のトッレ・アヌンツィアータにある古代の豪華なローマの海辺のヴィラ)は、オプロンティOplontiにあるローマ時代の別荘の遺跡で、そのうちの一つは皇帝ネロの彼の2番目の妻だったポッペア・サビーナ(Poppaea Sabina)がローマ不在時に住居としたところでポッペアの別荘(Villa Poppaea )と呼ばれています。

カンパニア州西側にはサレルノ湾が広がり、その北側のソレント半島には有名なアマルフィ海岸があります。その北にはナポリがあるこの地は昔から繁栄を誇っていました。

     

              アマルフィ海岸 阪神交通社サイトから引用

 

 

                             


ダマスクローズ 40

2020年04月16日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

これまでに Rosa gallica,  R. × centifolia,  R. gallica officinalis といった学名が登場しました。薔薇はローザ属—ローザ亜属に属するものを指し、亜属の下に節、亜種、変種、品種と階級が続きます。学名は原則、属名と種小名とで表します。種小名はその種を表す形容詞を使います。学名は原則二名法で、イタリック体で表します。

『これまでに』から始まる上の文章で学名の読み方を説明しようと思います。

まず、最初の Rosa gallica からRosa はローズ属を、gallica は種小名です。gallica はガリア地方の(イタリア北部からフランス・ベルギー その他の国の一部の)を示す形容詞です。ちなみにcentifolia は100枚の花弁を持つ、officinalis は薬用のある、の意です

 

二ツ目のR.× centifoliaは,(×: 掛ける)の記号が付いて雑種を示します。Rose の属名は既に文頭で Rosa とあるので、以降の文中での記述では R.と省略しています。

 

3ツ目の R. gallica officinalis は流通名で、学名ではないのでイタリックで書くべきではありません。学名は R. gallica officinalis R. gallica の変種として扱い、R. gallica var. officinalis と表記します。ちなみに R. gallica versicolor も流通名です。

 

下の薔薇の絵はwikiから引用したものです。

    

R.gallica var. officinalis 'Versicolor' ( Rosa gallica gallica var. officinalis 'Versicolor' (Rosa gallica L. 'Rosa Mundi' ) と表記してあり、『R. gallica `Versicolor', Rosa Mundi はRosa gallica var.officinalis の枝変わり』との説明がありました。'Versicolor'は「雑色の」の意味の形容詞であり、シングルクォーテーションで囲まれているので園芸種名であることをも表しています。

学名の命名法を知ると深く薔薇を理解することができます。( L.は命名者を表す頭文字で、ここではリンネを指しています。)

上と同じ3名法にvar. (variety: 変種)の他、f. ( forma: 品種)、ssp.またはsubsp.( subspecies: 独自の地理的分布を持つもの )、cv. ( cultivar: 園芸品種) などの表記があります。(なお、薔薇の場合、園芸品種が多いので属名とシングルクォーテーションで囲った‘園芸品種名’の二名法にする場合が多く見られます。)省略体は学名ではないのでイタリック体ではなく、立体で表示します。( ブログではイタリック体での表示ができないので斜体にしています。)

これからの説明のためにご紹介しておきました。

 

 


ダマスクローズ 39

2020年04月14日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

   

               ロサ ケンティフォリアhttp://www.noibara.net/encyclopedia/old_rose/encyclopedia-378.html

 

Wiki(一部加筆)に次のような説明があります。『Rosa × centifolia、ロサ ケンティフォリア、またの名をプロヴァンスローズ、キャベツローズ、ローズドマイは、17世紀から19世紀の間に、おそらくそれ以前にオランダのバラ育種家によって開発されたハイブリッドローズです。その親には、Rosa×damascenaが含まれますが、複雑な雑種かもしれません。中略 テオプラストス( Theophrastus、BC371 –BC287、古代ギリシャの哲学者、博物学者、植物学者。植物学の祖と呼ばれています。)やプリニウスによって言及された「百葉」(centifolia)バラではないようです。1580年より以前についてははっきりと断定することはできません。又、ルドゥーテが言うように現在あるロサ ケンティフォリアは改良種のようです。

このことはダマスクローズが何者であるかを知る上ではっきりとさせておかなければならないことなので言及しておくことにしました。

                

                  Rosa × centifolia

       Pierre-Joseph Redoute from "Les Roses," Firmin Didot※, Paris, 1817.

※ Firmin Didot (フィルミン・ディドット;フランスの印刷業者、彫刻家1764/4/14 –1836/4/24 )

ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ (Pierre-Joseph Redouté、1759/7/10-1840/6/20、ベルギーの画家、植物学者。) が描いたケンティフォリア

 

ルドゥーテはユリやバラなどの絵を多く残しました。銅版画の一部分に彩色を施した多色刷り印刷を確立。ナポレオン1世の皇后ジョゼフィーヌが庇護するマルメゾン城のバラ園でバラや他の植物の絵を描きました。中でも「バラ図譜(Les Roses)」は傑作と言われています。「バラ図譜」には169種のバラが精密に描かれ、芸術的価値だけではなく植物学上にも重要な資料です。その原画は1871年のルーブルの図書館の火災で消失し、現在あるのはその複製です。上の絵は1817年、フィルミン・ディドットによる複製画です。

 

プロヴァンローズについては『テオパルドⅠ世( Teobaldo I de Navarra;5/30/1201-7/8/1253、フランスのシャンパーニュ伯、ティボーⅣ世、後にナバラ王。1239-1241年に聖地エルサレムへの遠征軍を率いた。)がパリ近郊のプロヴァンスにR. gallica officinalis (Rose of Province) を1240年に自らのヘルメットの中に入れてダマスカスから持ち帰ったと言われています。。薔薇に隠然とした力を認めた彼はすぐさまプロヴァンス近郊に薔薇園を作りました。プロヴァンの薔薇園はすぐに有名になり、宗教的、世俗的儀式、医学に頻用されるようになった。』という言い伝えがあります。真偽のほどはわかりませんが、有名なお話なのでここにご紹介しておきます。

R. gallica officinalisでなければ、何だったのかということになりますが、想像の域を出ないお話なのでこのお話はこれまでにしておきます。

 

 


ダマスクローズ 38

2020年04月12日 | ダマスクローズをさがして — Ⅰ

『薔薇はプレネステ、カンパニア、鮮やかな燃えるような色のミトレスの薔薇』とい

うプリニウスの言葉から次のような意見が出てくるのは至極当然なことです。

 

“Herbs for use and for delight” アメリカハーブ協会 : Dover Publications, 1974ダニエル フォーリィ(Daniel Foley, 1913-1999 ; 造園家、園芸家)著の中に次のような記述があります。

『プリニウスが取り上げた、プラネステローズはダマスクローズ(?)かもしれない。そしてミトレスローズはプロヴァンローズ-つまりロサ ガリカ オフィシナリス、二重のガリカなのでは。 中略 “ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ(Redoute’s Les Roses)” によれば、ケンティフォリア(Centifolias) は、その存在は16世紀より以前にはなかったと述べている。』

ダマスクローズは横に置いておいて、先ずミトレスローズから述べようと思います。

絵は http://promessederoses.blogspot.com/2016/10/rosa-gallica-officinalis-le-rosier-de.html から引用させていただきました。

    

Rosa gallica(別名 R. rubra, French Rose)

 

上の絵はロサ ガリカ、Rosa  galllica   です。一見特徴のない薔薇ですが、この薔薇から生まれたは花は多く、しかも昔からの姿をそのまま現在に残している、ガリカ節:Gallicanae※1 を代表する薔薇です。この仲間の薔薇には次のような性質があります。

ガリカ節の特徴として、花びらには抗菌性、収斂性、強壮性があり、風邪、気管支感染症、胃炎、下痢、鬱病の治療に内服して使います。眼の感染症、喉の痛み、擦り傷、皮膚の治療に外用します。 又、多くの果実は、ビタミンとミネラル、特にビタミンA、C、E、フラボノイド、その他の生物活性化合物を多く含有しています。 果実としては珍しく必須脂肪酸の含有量が多く含まれています。 がんの発生率を低下させる食品として、またがんの成長を止める手段として有望視されています。 うつ病、不安、否定的な感情に対してエッセンシャルオイルが使われています

 

ローザ属はその下に4つの亜属があります。

ローザ亜属

フルミテア亜属

プラティロードン亜属

ヘスペロードス亜属です。

 

ここで扱う主な薔薇はローザ亜属に属し、その下に10の節が入ります。

そのうちのひとつがガリカ節です。(属、亜属、節については後で述べます)

ガリカ節(Gallicanae)の中を覗いてみましょう。(分類方法についてはいろいろ異論もあると思いますが、ここでは Peter Beals 著の CLASSIC ROSES を参考にしながらお話を進めていこうと思っています)この中に次の12種の薔薇が入ります。

  1. ×centifolia
  2. ×centifolia alba
  3. ×centifolia muscosa
  4. ×damascena
  5. ×damascena bifera
  6. ×damascena trigintipetala
  7. ×damascena versicolor
  8. gallica
  9. gallica officinalis
  10. gallica versicolor
  11. macrantha
  12. richardii

      

R. gallica officinalis (別名 The Apothecary’s Rose, Red Rose of Lancaster, Rose of Provines, Double French Rose)

ダニエル フォーリィが ”二重ガリカ“と言っている意味が絵から判ります。 この薔薇をミトレスローズだというのです。(Rosa gallica の変種です。)