Annabel's Private Cooking Classあなべるお菓子教室 ~ ” こころ豊かな暮らし ”

あなべるお菓子教室はコロナで終了となりましたが、これからも体に良い食べ物を紹介していくつもりです。どうぞご期待ください。

ダマスクローズ 77

2020年06月30日 | ダマスクローズをさがして — Ⅱ

“Das Kochbuck des Meisters Eberhard 1400”の中に名前のあったヒルデガルトについてこれから述べようと思います。彼女はドイツ人(少し風変わりな方かもしれませんが“ドイツ薬草学の祖“と呼ばれているほど後世にまで影響力を与えた方)ですので、彼女の書いた書物を通して、ドイツでどのようにイスラム文化が取り上げられたのかを知ることができます。ドイツ以外のヨーロッパの国とドイツのどこが異なるのかも理解できると思います。実際ドイツは、地理的にフランスやイングランドと比べても、イスラムとは距離があるのですが、文化においてはイスラムからもかなりのものを吸収していることが理解できると思います。そんなわけで、彼女を取り上げるについては、書き方によっては誤解を招くのではと少し迷ったのですが、筆を執ることにしました。

   

フェルヘンハイム(Fechenheimにあるヘルツヘス教会(Herz-Jesu-Church)で、使われていたヒルデガルトが描かれたタペストリー。現在はフランクフルトのハイリヒガイストキルヒ(Heilig-Geist-Kirche)で使用されています。WISSEDEWEGE(あなたが知っているように)と肖像の左側に刺繍があります。

 

原画を誰が描いたのかは不明ですが、彼女の雰囲気を良く捉えているのではと思っています。

 

彼女は1098年の生まれです。絵から想像できるように、身体が丈夫そうには見えませんが81歳の寿命を全うしました。子供の頃から亡くなるまで病気との共存生活が続いていたと自らの著に書き残しています。作曲家でもありそのメロディーは心を揺さぶるものがあります https://www.br-klassik.de/aktuell/br-klassik-empfiehlt/cd/cd-tipp-hildegard-von-bingen-100.html からも聞くことができます。

 

しかし彼女を最も特徴付けているのは “幻視”能力です。下の絵をご覧ください。

             

Hildegard of Bingen, under divine inspiration, dictating to the monk Volmar. Illumination in her book Scivias.  "Scivias" 『道を知れ』(1141年 - 1151年) (1153出版) の挿絵。神からの啓示を受けているヒルデガルトと書記のフォルマール。この絵は修道女達によって描かれたと言われています。

 

ヒルデガルトが啓示を受けているところです。顔から光が出ているのではなく、天から啓示を受けているところです。『啓示とは天により、知識・認識が開示されることで、キリスト教は「啓示宗教」)であると自ら説いています。神自身が行為と言葉において自身を啓示しなければ、人間は神について何も知ることができない。また、人間は神をあるがままに認識することができない。そこで、神が自身の存在と性質、計画と意思について明らかにし、知識を伝達する限りにおいて、人間は神を知ることができる』(Wikiより)。キリスト教における“啓示“という考えがヒルデガルトの異常ともみえる“幻視”能力を異端視扱いしなかった理由の一つかも知れません。

        

   書記のフォルマールがいたザンクト・ディジボード男子修道院跡

                                                           

 

 


ダマスクローズ 76

2020年06月28日 | ダマスクローズをさがして — Ⅱ

Das Kochbuck des Meisters Eberhard ---1400 から

R-36. 『レタスは寒である。食べる時にボイルすると他の野菜よりも血を良くして眠りを起こさせる。生でもボイルしても、胃炎又は太陽で頭を痛めた人々には良である。ヴィネガーといっしょに食べると空腹になり食欲が出る。レタスは又熱と乾であり、頭と目、胃を傷つけ悪夢を見る。ダメージを和らげるにはレタスを水の中で2回ボイルするべきであるとアヴィセンナ(Avicenna)※2は書いている。』

 

レタスは寒と湿の2度に分類されています。分類の基準ですが、確たる目安、水準となるものはありません。そのものが採れる場所、気候、見かけ、雰囲気、価格の高低によって決められたものです。採れる場所が、水中、土中、地上、空中であるかによって湿と寒、寒と乾、湿と熱、乾と熱の性質を持たされることになります。レタスは水気が多いせいでしょうか、本来ならば寒と乾ですが、ご覧の通りの記述になっています。

寒と湿の性質を持っているので、このまま食べずに熱を加えるようにガレノスは説いているのですが、アヴィセンナは逆の熱と乾であると説いて、ボイルして湿をレタスに与えるべきであると説諭しています。ガレノスの理論をさらに進め、経験と理論をもとにガレノスの欠点を指摘したこの点がほかのヨーロッパの国々とは大きく異なる点です。ドイツのこの料理書も他のヨーロッパの国のものとは大きく異なります。言いなりではない、いったん受け止めてさらに工夫を積み重ねるというドイツ人の気質すら見えてきます。

          

    レタス Tacuinum Sanitatis. 14th century. Medieval handbook of health. Lettuce. Folio 29r.

 

R-74. 『キジバトは高貴な食べ物であり、感覚と記憶を研ぎ澄ますとアヴェロエス(Averroes)※3とラーズィー(Rhazes』※4は述べています。他のハトは感情を高ぶらせ熱を引き起こす。Rhazesは, 若いハトは熱の性質を強めるが年取ったハトは悪病又はpalsy(中風?)を患った人々に有益であると述べている。ベーコン、杜松、セージと混ぜてローストすべきである。』

 

キジバトは空を飛ぶその姿からでしょうか高貴な鳥でした。ハトも同じように空を飛ぶのですが、すぐに手に入れることができるからでしょうか、なぜか評価が悪いのです。どちらの鳥も空中を飛ぶので、熱と湿の性質を持っています。寒と湿の性質を持つ豚といっしょに食べるべきであると説いているのです。セージは土の上に生えていますから湿で寒と判断するところですが、ハーブ、スパイスはそのほとんどが熱で乾です。キジバトは、熱で湿の性質です。Rhazesはヨーロッパの四元素説からは少しはずれた判断をしていることになります。

   

            キジバト  http://www.larsdatter.com/hunting.htm

        

           ハトと鶏 Tacuinum Sanitatis (BNF Latin 9333, fol. 65), 15th century

                        

 https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736%2812%2960846-0/fulltext 

                             ガレノス※1 Aelius Galenus(129-216、Galen, Galen of Pergamon)

ガレノスの On the Elements According to Hippocrates は、ヒポクラテスの四体液説(人体が血液、粘液、黒胆汁、黄胆汁から成るとする説)について記したものです。ガレノスのギリシャ語作品の大半は、サーサーン朝時代にジュンディーシャープール

(サーサーン朝ペルシャ帝国の南西部にあった都市)においてサーサーン朝後期からアッバス朝時代にかけてこの地の大学でネストリウス派の僧侶たちによりパフラヴィー語やシリア語に訳された。フナイン・イブン・イスハーク※(Ḥunayn ibn ’Isḥāq al-‘Ibādī、808年頃–873年頃、著書の『ガレノス医学入門』はラテン語訳され、中世ヨーロッパにも影響を与えた。)らをはじめとするバグダードの学者たちは、これを他のギリシャ語文献ともどもアラビア語に訳した。特にアッバス朝時代にガレノスの著作の多くがアラビア語へ訳されました。

                            

                        Rhazes ※4      https://en.wikipedia.org/wiki/File:Portrait_of_Rhazes_(al-Razi)_(AD_865_-_925)_Wellcome_L0005053_(cropped).jpg  

アブー・バクル・ムハンマド・イブン・ザカリヤー・ラーズィー( Abū Bakr Muhammad ibn Zakariyyā al-Rāzī Latinized name Rhazes又はRasis ; 854–925 CE) は、ペルシャの錬金術師、化学者、哲学者、医師、学者『Doubts about Galen』では経験的な方法から四体液説の誤りを初めて証明しました。

 

 

 


ダマスクローズ 75

2020年06月26日 | ダマスクローズをさがして — Ⅱ

ドイツの料理書(Das Kochbuck des Meisters Eberhard ---1400)を開く前に、古代インド医学の影響を受けている古代ギリシャの体液病理説が中世ヨーロッパに入り、どのように変化したかを先に説明しておきましょう。最初に下の絵をご覧ください。

                          

この絵はエル グレコの “無原罪のお宿り” ですが、画面中央よりやや上に父なる神の三位のひとつである “聖霊が放つ非常に神秘的な光” を描き、超自然な全体の雰囲気を演出しています。絵が示すように、神は天上の第五元素が存在する場所で光として存在しているのです。四元素で成り立っている現世に舞い降りるや四元素の影響を受けて、神や天使の姿となって神はその姿を現します。

 

四元素説はギリシャ時代にすでに唱えられていた説です。アリストテレスは宇宙論の中で、地球の周りには,月,水星、金星、太陽、火星などの惑星が回り、全てを含む天体の間を完全元素である第五元素(エーテル)が、満たしていると考えました。惑星が回る一番外にはこれらの天体を回している大きな力を持つ ”ある者” が存在していると説いたのです。中世のキリスト教神学者であるイブン スィーナーやトマスアクィナスらはその者こそ ”神” であると考えたのです。

地球上に存在する土、水、空気、火の四つの元素から地球上全てのものが創られ、土には寒と乾の、水には寒と湿の、空気には湿と熱の、火には熱と乾の要素があるとアリストテレスは考えました。

                

       アリストテレスの理論による四元素の関係図。

 

キリスト教会側に立てば、“全ては神の摂理よって起こり、その限りにおいて、起こりうる全ての事象は一つの宇宙の枠内にある”と言うでしょう。即ちこの世の中に、時間の経過によって起こる事象は全て“天地創造から最後の審判に到る時間軸の中で経過する。”と教義付けたからです。これとアリストテレスの四元素説が合体するとどうなるでしょう。

             

上の絵はベリー公のいとも豪華なる時祷書の中の黄道十二宮人間です。
土には秋と黒胆汁を、水には冬と粘液を、空気には春と血液をそして火には夏と黄胆汁を関連付け、四つの各元素には星座を当てはめ人体の各部位と星座を結びつけたものを絵で示しています。これによって手術の場所や時間を判断しました。

人体に起こりうる全ての事柄が、病気、身体の成長、老いそして死が、神の意志に委ねられているというのです。人の一生が神の意志の下にあるということは、取りも直さず魚も,鳥も、獣も、植物も、神に背いたデーモン(怪物)すら、全てが神に支配されているということです。

キリスト教会は天地創造から最後の審判までの時間を全て掌握しているのですから、不可思議な現象や、理解できないことは存在しないのです。全ては神の摂理によって起こっているというのです。

言葉を変えて端的に言えれば、全ての存在は一つの宇宙の枠内にあると言っているのです。黄道十二宮人間をもう一度見てください。人間の内臓すらも天空に存在する星座に結びついて、その背後に存在する神の意志で動かされているのです。

 

以上がフランスの、およびその文化圏にある国々の四元素説です。それでは次に移るとしましょう。

 

 


ダマスクローズ 74

2020年06月24日 | ダマスクローズをさがして — Ⅱ

ヘナはインドではヒンディー語でメヘンディと呼ばれ、枝、葉、実ともに、薬や染料として身近に用いられてきました。また、ヘナはヒンドゥ教の美と幸運の女神、ラクシュミーが好む植物として知られ、インドの人々に大切にされ、愛されてきました。

     

 http://v1.archiecho.com/item/54338_mehndi-the-gorgeous-indian-henna-tattoo-art-taking-the-world-by-storm ヘナを施したインド女性、このサイトにはへナに関する内容が多数集められています。

 

※アーユルヴェーダ 説明はWikiから引用させていただきました。

アーユルヴェーダ(梵: आयुर्वेद、ラテン翻字 :Āyurveda)はインド大陸の伝統的医学です。ユナニ医学(ギリシャ・アラビア医学)、中国医学と共に世界三大伝統医学のひとつで、相互に影響し合って発展しました。トリ・ドーシャ※と呼ばれる3つの要素「ヴァータ」「ピッタ」「カパ」のバランスが崩れると病気になると考えられており、これがアーユルヴェーダの根本理論です。

“アーユルヴェーダ”とは寿命、生気、生命を意味するサンスクリット語のアーユス(梵: आयुस्、ラテン翻字:Āyus)と知識、学を意味するヴェーダ(梵: वेद、ラテン翻字:Veda)の複合語で、医学だけでなく、生活の知恵、生命科学、哲学の概念も含み、よりよい人生を送ることが目的です。健康の維持、増進、若返り、幸福な人生、不幸な人生とは何かを追求します。ひとつの体系にまとめられたのは、紀元前5 - 6世紀で、古代ペルシャ、ギリシャ、チベット医学などに影響を与え、インド占星術、錬金術とも深い関わりがあります。

※トリ・ドーシャ

  

トリ・ドーシャと五大(パンチャ・マハーブータ)の関係(使用された色は任意)

 

トリ・ドーシャ;トリは3.ドーシャはサンスクリット語で「不純なもの」「増えやすいもの」「体液」「病素」の意。体液、また肉体のエネルギーと精神のエネルギーの両方を含む生体エネルギーを指します。

 

古代ギリシャの体液病理説は、古代インド医学の影響を受けていると言われています。アーユルヴェーダでは、「ピッタ(胆汁、胆汁素、水、火)、カパ(粘液、粘液素、水、地)、ヴァータ(風、体風素、空)」の3つの性質を持つ体液が体をめぐっていると説いています。医学書『チャラカ・サンヒター(The Charaka Saṃhitā or Compendium of Charaka (Sanskrit चरक संहिता IAST: caraka-saṃhitā))』では、病気は「体液のバランスが崩れると起きる」とするトリ・ドーシャ※説が唱えられています。

 

古代インドでは、五大元素として「地・水・火・風・空(虚空)」を挙げ、ピッタは「火・水」、カパは「水・地」、ヴァータは「風、空」から成ると考えました。

医学書『スシュルタ・サンヒター』では、第4の体液として「血液」が挙げられ四体液説となっており、古代インド医学の概念が、ペルシャ経由でギリシャに伝わったと考えられます。『スシュルタ・サンヒター』をThe Sushruta Samhita に英訳したビシャグラトナー(Bhishagratna)は、この説がギリシャに伝わる過程でヴァータ(風)が除外され、胆汁が黄・黒に区別され、ギリシャの四体液説になったと推測しています。

ドーシャの不均衡は、理(ユクティ)に基づく薬物、つまり増大したドーシャと反対の性質を持った薬剤によって鎮静すると述べられています。各ドーシャの性質は、ヴァータ(体風素)は「乾、冷、軽、微、動、清、荒」、ピッタ(胆汁素)は「潤、温、激、流動、酸、液、辛」、カパ(粘液素)は「重、冷、柔、潤、甘、固、粘」であるので、その反対の性質を持った薬剤を用いると病気を防ぐことができるとされました。

 

薬剤には3種類あり、ドーシャを鎮静するもの、ダートゥ(体組織)を阻害するもの、健康の維持によいものがあり、さらに動物性・植物性・鉱物性の3種類があります。

薬剤の性質としてラサ(味)があり、「甘・酸・鹹(塩辛い)・辛・苦・渋」の6種類で、甘・酸・鹹はヴァータを、渋・甘・苦はピッタを、辛・苦・渋はカパを制圧します。

 

※ユナニ医学 説明はWikiから引用させていただきました。

『現在もインド、パキスタンのイスラム文化圏で行われている伝統医学で、古代ギリシャの医学が起源です。「Yunan」は、(アラビア語、ペルシャ語で「ギリシャ」(Ionia)の意で、「Yunani」は「ギリシャの」または「ギリシャを源にするもの」の意です。ギリシャ医学を受け継ぎ、自然治癒と病気の予防を重視しています。イスラム医学と呼ばれますが、ネストリウス派(古代キリスト教の教派の1つで、コンスタンティノポリス総主教ネストリオスにより説かれた。431年のエフェソス公会議において異端認定され、排斥された。これにより、ネストリウス派はペルシャ帝国へ移動し、7世紀ごろには中央アジア・モンゴル・中国へと伝わった。唐代の中国では景教と呼ばれ、のちアッシリア東方教会が継承した。キリストの位格は1つではなく、神格と人格との2つの位格に分離されると考える。)やユダヤ教徒など、多くの異教徒の学者も功績を残していますし、非アラブ人であるペルシャ人やトルコ人、インド人、ギリシャ人、エジプト人、シリア人の医師たちも活躍したため、厳密には広くアラビア世界、イスラム文化圏で発展した医学と考えられます。

 

ユナニ医学は10世紀に確立し、イスラムの拡大とアラビア語の普及に伴い、ヨーロッパやインドでも広く採用されました。ヨーロッパの大学では、15~16世紀に主にユナニ医学が教えられており、18世紀までイブン・スィーナー(Avicenna, 980-1037)の『医学典範』など、ユナニ医学の文献が教科書※として使われていました。

ギリシャ医学を受け継ぎ、自然治癒と病気の予防を重視し、生活指導や食材の性質を考慮した食事療法をとります。理論は体液病理説がベースにあり、ガレノス医学を受け継ぎ四体液説を採っています。これは、4種類の基本体液のバランスがとれていれば健康で、どれかが優位になれば病気になるとする考え方で、体液の調和を回復させるために、患者の気質と薬剤の性質を考慮し処方され、瀉血や下剤なども用いられる。アッバス朝下では交易が盛んになり、地中海や中近東地域に産だけでなく、世界各地の生薬が広く用いられた。西洋近代医学が台頭してからも、ヨーロッパでは19世紀まで治療に活用されました。』

 

イブン・スィーナー※(Avicenna, 980-1037)の名がヨーロッパの料理書に最初に現れるのは(わたしが知っている範囲内ですが)ドイツの料理書(Das Kochbuck des Meisters Eberhard ---1400)の中です。

15世紀のバイエルン-ランドシャット家由来の栄養学及び料理レシピ集です。

著者は、南ドイツの流れを汲む、15世紀前半のバイエルン・ランドシャット( Bayern-Landshut )家と縁が深い人物、推定の域をでませんが、ランドシャット家の料理人?と考えられます。料理のレシピと栄養に関するテキストをさまざまな文献から引用した内容が圧倒的に多く、セイント ヒルデガルディス ビンゲンシス( St. Hildegardis Bingensis )が書いたものも含まれています。2レシピを引用して“体液病理説” の説明に代えようと思います。

                

    Image of Ibn Sina, medieval manuscript entitled "Subtilties of Truth", 1271

※2 イブン・スィーナー(Avicenna)

イブン・スィーナー( ابن سینا, پور سینا‎、 Abū 'Alī al-Husayn ibn Abdullāh ibn Sīnā al-Bukhārī、: Avicenna‎, アヴィセンナ 980―1037/6/18)ペルシャの哲学者・医者・科学者。イスラム世界が生み出した最高の知識人。イブン・スィーナーは哲学の師であるアリストテレスの説いた四大元素説を理論医学に応用するなど、彼の理論を『医学典範』において活用している。イブン・スィーナーはヒポクラテスやガレノスを参考に理論的な医学の体系化を目指し『医学典範』を執筆した。2巻、5巻の記述の大半はディオスコリデスの著作を典拠とし、残りの巻の理論はヒポクラテス、ガレノス、アリストテレスの著作に基づいている。「第二のアリストテレス」とも呼ばれ、アリストテレス哲学と新プラトン主義を結合させたことでヨーロッパの医学、哲学に多大な影響を及ぼしました。

人間の霊魂、神、天体の霊魂の間に共感があると考え、その繋がりを強化するには礼拝などの宗教的行為が有効であると考えていたようです。

 

 


カレーリーフ 13

2020年06月23日 | カレーリーフ

カレーリーフの花が今日咲きました。

白く小さい花です。

実は最初は赤く、熟すと黒くなるようでが、種には毒があります。ネットで調べると花の絵はすぐに出てきますが、わたしには初めてのことで珍しかったのでアップさせていただきました。

花の香りは葉のにおいを少しもらったような何とも表現のしようのない、しかし全体としてはきつくなくいい匂いです。

 

カレーリーフについては2017/10/4から10/15までの12回、ブログでご紹介していますので、興味のある方はご覧ください。カレーリーフを使った南インドの料理をご紹介しています。カレーリーフは乾燥させると香りがすっかり変わるので、保存方法も載せています。生の葉が手に入ったら試してください。

 

 

 

 


ダマスクローズ 73

2020年06月22日 | ダマスクローズをさがして — Ⅱ

     

https://www.pinterest.co.uk/pin/447897125423800830/ 説明はWikiから引用させていただきました。

※3ヘナ

ヘナ(ヘンナ)は、ミソハギ科の植物。Lawsonia inermis( 別名 hina, henna tree, mignonette tree, Egyptian privet、指甲花(シコウカ)、ツマクレナイノキ、エジプトイボタノキ)。エジプト、インド、北アフリカ、イランなどの乾燥した水はけの良い丘陵に育ちます。葉を乾燥させて粉にしたものを水などで溶いて、古くから皮膚、髪、指の爪、絹、羊毛、革などの布地を染色するために使用されてきました。又、地中海東部の青銅器時代後期以来、社会や休日のお祝いの一環として若い女性の身体を飾るために使用されてきました。アクロティリ(Akrotiri, 紀元前 1680年のテラ)※1 の噴火以前で発掘された壁画※2には、爪、手のひら、足の裏にヘナと思われるマーキングのある女性が描かれています。

 

インドの伝承医学アーユルヴェーダでは、何千年もの昔から切り傷の治療や、皮膚病の薬として使われてきました。皮膚病予防、止血、火傷、打撲傷、吹出物、皮膚炎などの薬剤としてヘナの場合は使用者が女性であることから結婚、妊娠、出産にまつわる護符的役割のものとして施されることが多いようです。タトゥーとの違いは身体の新陳代謝で2~3週間で色が抜ける点です。北アフリカのベルベル人(berber)、ヨーロッパから南アジアを流浪する民、ジプシー(gypsy)、ロマ(roma)にもヘナのタトゥーがみられます。

エジプト、インド、北アフリカ、イランに自生し、35〜45°Cで多くの色素を生成します。降水時に急速に成長し、新しい芽を出しその後、成長は鈍化します。葉は徐々に黄色くなり、長時間の乾燥または涼しい時期に落ちます。最低気温が11°C未満の場合は繁殖せず、5°C未満では枯死します。ヘナの葉に含まれるローソン(Lawsone)またはヘンノタンニン酸(hennotannic acid)というオレンジ色色素がタンパク質に絡み付く特性で頭髪や皮膚に色が付きます。花は香水の原料になります。

 

※1テラ

サントリーニ島( Σαντορίνη / Santorini、別名ティーラ島(Θήρα / Thira)は、エーゲ海のキクラデス諸島南部に位置するギリシャ領の島。大爆発で火山が形成したサントリーニ・カルデラの一部で、島の形に残っているのはその外輪山( 東西14.7㎞、南北16.5㎞ )です。阿蘇のカルデラがそれぞれ 18 x 25㎞ の大きさですからこの火山も相当大きいことがわかります。

               https://ja.wikipedia.org/wiki/サントリーニ島   から

 

BC1628年頃、海底火山の爆発的噴火により、地中のマグマが噴き出してできた空洞状の陸地が陥没してカルデラを形成し、現在のような形状になりました。サントリーニ島内の南部に、ミノア文明下の大規模な港湾都市遺跡、アクロティリ遺跡があります。

  

※2 壁画 ギリシャ アクロティリの遺跡から Ship procession fresco, part 1, Akrotiri, Greece.

https://de.wikipedia.org/wiki/Akrotiri_(Santorin) から

  https://de.wikipedia.org/wiki/Akrotiri_(Santorin)  アクロティリの遺跡から“サフランを積む女性” 一部分。

The saffron gatherer lady. Fresco from Akrotiri prehistoric settlement, 17th BC.Thera island.

上腕部から肩、背中にかけてヘナで描かれたと思われるタトゥーが見えます。

先に『ヘナは、エジプト、インド、北アフリカ、イランなどの乾燥した水はけの良い丘陵に育ちます。』とヘナの説明をWikiから引用させていただきましたが、そのヘナがギリシャを含む地域から、BC1600年以上も前から地中海~インド洋にかけての内陸部地域で使われていた、文明の地域間交流があったとまで明言できるか否かは疑問ですが、よく似た風習があったことは、運よく残った壁画から明らかです。

 

 


ダマスクローズ 72

2020年06月20日 | ダマスクローズをさがして — Ⅱ

           

Munna Lal Sons & Co. の製品、ホームページから。http://munnalalsons.com/index.htm

しかし、カナウジにある蒸留所のMunna Lal Sons & Co. の若い経営者であるVev Bhav Pathakは、『アタールの需要は減少しています。アターは費用対効果の高い製品ではありません。作るのに費用がかかることを理解する人はほとんどいません。しかもその価値を認める人はさらに少ないのです。高価格の理由の1つは、白檀の希少性が高まっていることです。サンダルウッドオイルはそれ自体で香料として使用できますが、伝統的には、デグの竹のパイプから出るローズオイルと混合します。しかし、森林破壊を防ぐために、インド政府は白檀の伐採を禁止しました。その結果、白檀が手に入らなくなったのです。』と話してくれました。

 

Munna Lal Sons & Co. は、他の競合他社と同様に、サンダルウッドオイルの代用品として現在は安価なパラフィンを使った製品を作っていますが、本物の白檀を使った商品を知っている顧客には魅力ある商品では決してありません。

ローズオイルを何度か蒸留して濃度を上げ、他の物質を混ぜていない花から抽出されたエッセンシャルオイルのみで作った本来のイターを、皇帝ジャハーンギールは彼の自伝的作品であるトゥーズキ・ジャハーンギーリー(Tuzuk-e-Jahangiri)で、『同等の卓越した香りは他にない…それは精神を持ち上げ、魂をリフレッシュする。』と書いています。       

1kg のローズオイルを作るには、8トンの薔薇の花が必要でが、Munna Lal Sons & Co. では、その1kg の卸売価格は$ 18,000です。インドでは、まだアタールやローズオイルを購入する裕福な顧客がいますが、カナウジの最大の国内顧客は、今や噛みタバコ産業です。純粋なローズオイルは、口から摂取しても安全な天然製品であり、極少量で大量のタバコに風味を付けることができます。インド国外では、最大の市場の1つは中東です。中東では、蒸気釜で生産されたアタールが高く評価されており、購入する余裕のある顧客がたくさんいます。

 

アクバルの伝記、アクバル・ナーマの編纂を行ったアブル・ファズル(ابو الفضل, Abu'l Fazl, 1551/1/14 -1602/8/12)によれば、ghulab、bela、chameli、champa、maulshri、およびrajnigandhaのような花に加えて、アドラクや生姜のような根についても言及しています。 アクバルの時代に使われた樹皮は白檀、シナモン、沈香でした。 ムスク、没薬※1、龍涎香などの動物性物質も、草の一種であるクス(khus)※2と他のいくつかのスパイスと一緒に使用されました。現在のイターには、ローズ、ジャスミン、白檀、ヘナ(花)※3、ナルギス(nargis;水仙)、マジュマ(majuma)、ケブダ(kevda)、クス(khus)、モグラ(mogra)が入っています。

 

ジャスミンの抽出物は、ストレス、高血圧、皮膚病の治療に。サンダルウッドオイルを吸入するとストレスが軽減され、嘔吐が止まることがあります。胸や喉に塗ると乾いた咳が治ります。マリーゴールド抽出物は、頑固な傷を癒すことを目的とした古くから使われてきた薬で、防腐性に優れています。

   

                       没薬 https://www.timelessessentialoils.com/products/myrrh-premium 

説明はWikiから引用させていただきました。

※1没薬(ミルラ、Commiphora myrrha)myrrh, African myrrh, herabol myrrh, Somali myrrhor, common myrrh, gum myrrhの各種樹木から分泌される赤褐色の植物性ゴム樹脂。スーダン、ソマリア、南アフリカ、紅海沿岸の乾燥した高地に自生します。また殺菌作用を持つことが知られており、鎮静薬、鎮痛薬としても使用されていました。ミルラはアーユルヴェーダ※とウナニ※では薬として使用されており、樹脂に強壮性と若返りの特性があります。

                 

         クス https://herbalveda.co.uk/shop/absolute-oils-attars-ittar/rooh-khus-attar-a-grade-vetiver-vetiveria-zizanoides/

※2クス 説明はWikiから引用させていただきました。

ベチバー (Vetiver、別名ウサル、和名カスカスガヤ、インド名Khusは香り高い根の意、Chrysopogon zizanioides ) 背丈は2~3mになり、大きな株を形成します。根に強い香りがあり、精油は根茎から抽出されます。 香料は多くの香水に高級感のあるウッディなベースノート(分子量が多い為に、遅く揮発し、時間がたってから香りがたちのぼる)として広く用いられ、シャネルNo5.に使用されています。乾燥した根茎を水蒸気蒸留して1~1.5%の精油を得ることができます。

 

 


ダマスクローズ 71

2020年06月18日 | ダマスクローズをさがして — Ⅱ

皇帝ジャハーンギールの時代から400年以上にわたり、インドの都市カナウジ(Kannauj、地図中央)では、花を蒸留して香水を作り続けてきました。

 

ウッタル・プラデーシュ州にあるカナウジには、現在では100軒ですが、20年前には700の香水蒸留所がありました。蒸留所は、ローズ、ジャスミン、ヘナなどの花から水蒸気蒸留のプロセスを経て、オイルベースの香水(アター)を製造しています。

材料から個性を引き出すには水蒸気蒸留に時間をかける必要があります。ローズアター1kgを作るには手摘みのバラが4トンで必要です。日の出前に、棘のある茂みからダマスクローズの花を手で摘み、蒸留所に送ってその日の内に加工します。

 

大きな銅の鍋の中に少量の水と一緒に入れて、木や糞に火をつけ、低温で4〜6時間煮ます。蒸気が花のエッセンシャルオイルを放出し、凝縮したオイルは竹のパイプから受け壺の中に流れ落ちます。調香師の仕事は複雑です。過熱しすぎると、香りはスモーキーになります。 加熱にどれだけ時間をかけるかを判断することが重要でこれらの技は何世代にもわたって父親から息子に受け継がれてきました。

                                                                                                                                         

           


ダマスクローズ 70

2020年06月16日 | ダマスクローズをさがして — Ⅱ

今までに述べたことだけでもアクバル王と長男のジャハーンギールの中が悪かったのは想像に難くないですよね。生き方が全く異なります。価値観が違うのですからね。アクバル王は今も人気がある王です。料理の世界でも彼の名前はよく出てきます。たくさんあるレシピの中から、今までに食べたことの、おそらくない料理をご紹介しておきましょう。“アクバル王の鶏料理:Murgh Akbari (ムリギアクバル)“ です。Murgh はチキンの意です。かなり手の込んだ料理です。一度試されては如何ですか?

      

Murgh Akbari (ムリギアクバル、مُرغ اکبری)“レヌ・アロラ 私のインド料理”から引用させていただきました。

 

材料

下味用ソース;

チキン胸肉(二枚に切る)               3枚

ヨーグルト                      30g

タマネギ(みじん切り、茶色になるまで炒めておく)   1TBS

ベスン粉(チャナ豆の粉)               2TBS

ショウガの汁                     ―

ニンニクの汁                     ―

塩                          1/2ts

ソースの材料を混ぜる。

胸肉に混ぜた下味用ソースを塗る。

 

詰め物;

オレンジ(細かくほぐす)               3-4袋

シシトウ(みじん切り)                 2本

タマネギ(みじん切り)                 5g

しょうが(みじん切り)                10g

レーズン                        5g

カッテジチーズ                    2TBS

松の実                        10g

塩                            ―

詰め物の材料をすべて混ぜて胸肉で巻く。

 

ブラウングレイビーソース;

ココナッツジュース                   1/2缶

カシューナッツ                     10g

ポピーシード                      30g

クローブ                         8粒

カルダモン                        4粒

シナモンスティック                    1/2本

ココナッツジュース、カシューナッツ、ポピーシード、クローブ、カルダモン、シナモンスティックをミキサーにかけてペースト状にする。

 

サラダ油                         100ml

ヨーグルト                        400ml

ニンニクの汁                       ―

ショウガの汁                       ―

鍋にサラダ油を熱し、しょうがとニンニクの汁、ヨーグルトを入れて煮る。ブラウングレイビーソースとペースト、次のレッドペッパー、ガラムマサラ、塩を入れて水を加え15-20分間煮詰める。

 

レッドペッパー(粉)                   1ts

ガラムマサラ                       1ts

塩                          11/2ts

水                           400ml          

鶏肉に上の裏ごしをしたソースを掛け、200℃のオーブンで約15分間焼く。

一切れを半分に切って供する。

 

「こんなのやってられない!」という方は下のサイトをご覧ください。味は少し劣りますが驚くほど簡単な方法です。 http://www.khanapakana.com/recipe/0c10a5d4-226f-43f3-9b62-398a3f733cab/chicken-akbari- 

 

デザートも必要でしょう。これはムガル時代のレシピではありません、イラクの現在のレシピですが上の料理に味も雰囲気も合っているので引用しておきました。

  

ローズウォーターとサフランのアイスクリーム (Bastani Irani)

バスタニは、牛乳、卵、砂糖、ローズウォーター、サフラン、バニラで作ったイランのアイスクリームです。(ピスタチオが入ることがあります)https://www.foodandwine.com/recipes/rosewater-and-saffron-ice-cream-bastani-irani から

 

材料;

卵黄                  6個

生クリーム              300ml

牛乳                 300ml

砂糖                 120g

塩                   1/2ts

サフラン(粉末)            1/2ts

ローズウォーター            50ml

バニラエッセンス            1/2ts

乾燥薔薇                 ―

 

方法;

1.大きいボールの中に冷水を入れる。別の中くらいのボールの中に卵黄を入れて白っぽくなるまで混ぜる。

 

2.鍋に生クリームと牛乳、砂糖、塩、サフランを入れて混ぜ、中火で砂糖が溶けるまで熱する。卵黄の中に半量入れて流れ落ちるまで混ぜる。鍋に戻して弱火で木杓子を使って混ぜる。火が通って木杓子の背に付くまで約12分間火を通す。決してボイルしない。

 

3.カスタードを裏ごししてボールに入れ、冷水で冷やす。冷えたらローズウォーターとバニラを入れて混ぜる。ラップにくるんで冷蔵庫に4時間以上入れておく。

 

4.カスタードをアイスクリームメーカーに入れる。アイスクリームを22.5x10cmの容れ物に入れて4時間以上凍らせる。

 

5.アイスクリームをボールに入れ、ドライの薔薇を飾って供する。


 

生クリームとサフランの取り合わせは本当に後を引く口当たりです。すり潰したピスタチオを入れると食べるのをやめられなくなります。 

 

 


ダマスクローズ 69

2020年06月14日 | ダマスクローズをさがして — Ⅱ

左からアクバル王、ターンセーン、スワミ ハリダス。作者不明 (1700 AD - 1760 AD) 画

古代インドにおけるヴェーダ(バラモン教とヒンドゥー教の聖典)の究極の悟りを「梵我一如(ぼんがいちにょ)と言います。梵(ブラフマン:宇宙を支配する原理)と我(アートマン:個人を支配する原理)は同一であるの意です。すなわち個人の肉体が死を迎えても、アートマンは永遠に存続するという事です。この考えはアートマンが死後に新しい肉体を得る輪廻の根拠になっています。『六道輪廻の宿命観。因果応報、この世のカルマ(行為、業)が “因” となり、次の世で “果” を結ぶ。』がヴェーダの教えで、日本人にも共感がもてる考え方です。

16世紀にインド全域を統一したアクバル帝の宮廷に、宮廷音楽を統括する大音楽家ミヤン・ターンセーンが現れます。以後20世紀まで彼の流派が古典音楽の最高位に君臨し続けたという大音楽家です。「梵我一如」の思想は音楽だけではなく、絵画の世界でも反映されています。上の絵からはひしひしと六道輪廻の宿命観が感じられます。3人の背後にはうっそうとした森が、その上には黒々とした雲が空を覆っています。「虚」の世界に存在する3人の人間。その空間を、これまた瓢箪の中を繰り剥いて作った「虚」の世界から生み出されたシタールの音色が切々と響いています。心の中を虚にすることの大切さはいつの時代にも大切な考えだと思います。見ていて清々しく、豊かな気持ちなるいい絵です。

右端のスワミ ハリダスは、カルナティックhttps://www.youtube.com/watch?v=spRQEectgB8音楽の父であり、生徒の一人にターンセーンがいました。

3人にまつわるお話(全文)をhttps://note.com/yoshiminekondo/archives/2019/07から引用させていただきました。
『ある日、アクバル帝はターンセーンより優れた音楽家がいることを知らされました。それは森に住む聖人で、ターンセーンの先生だといいます。アクバル帝は「彼の歌をぜひ聞いてみたい。」といい出しましたが「たとえ王であっても、彼は誰かに請われて歌うことはないでしょう」とターンセーンはたしなめます。
ますますその歌を聞いてみたくなったアクバル帝は、ターンセーンに頼み込み、家来に変装して森に出かけていくことにしました。
森に近づくと聖人は瞑想を終えて、歌をうたっていました。その声は森を震わせ、アクバル帝の心を深く揺さぶりました。帰り道、アクバル帝はターンセーンにたずねます。
「お前より優れた音楽家がこの世にいるとは思っても見なかった。なぜお前はあのように歌えないのか。」するとターンセーンは答えていいました。
「アクバル帝。私は貴方のために音楽を奏でています。けれども彼は、神様のためだけにうたっているからです。」』

 

当時の西・南アジアは、オスマン帝国、サファビー朝ペルシャ、ムガル帝国の3大国が拮抗し、非常に安定していた時期で、まだ西欧人が進出する隙もありませんでした。ジャハーンギール時代には、先進国だったペルシャから多くの官僚や職人などが仕事を求めてやってきました。彼らにとって、ムガル帝国の宮廷の公用語がペルシャ語だったことも好都合でした。ジャハーンギールは、ペルシャ語: نورالدین جهانگیر‎, ラテン語:Nūr'ud-Dīn Muḥammad Jahāngīr。ヌール・ジャハーンは、ペルシャ語 نور جهان, ウルドゥー語:نور جهاں, パシュトー語:نور جہاں で表記されていることからもこの時代の時代性が窺えます。

  

ムガル帝国時代のザクロ形の香水瓶-ルビー、エメラルド作り

ナセル・アル・サバ(Nasser Al-Sabah、クウェート国の元副首相兼国防大臣)コレクションから https://www.metmuseum.org/exhibitions/listings/2001/jeweled-arts-of-mughal-india/photo-gallery  

 

 

 

  


ダマスクローズ 68

2020年06月12日 | ダマスクローズをさがして — Ⅱ

アクバル王と彼の息子、孫は、龍涎香( ambergris)※や沈香、香料で絶えず香りが漂う室内、コートホールでの薫香、それに香りを肌に付けるのが非常に好きでした。その内のいくつかはヒンドゥー教徒が神殿で使用していた古代の方法でしたが、歴史家が記録しているように、いくつかのお香は彼によって作り出されました。お香は毎日、美しい形の金、銀の香炉で、ハーレムで燃やされました。甘い香りの花も大量に使用されました。アラク、イター、オイルが花から抽出され、皮膚や髪の毛に使用されました。アクバルは  Khushbu-Khana(香料部門)と呼ばれる部門を作り、シャーマンスール(Shah Mansur)がそれを担当していた程です。

        

イギリス ワイルダーズマス ビーチ(Wildersmouth Beachで発見されたアンバーグリス)

https://www.bbc.com/news/uk-england-devon-42703991 説明はWikiから引用させていただきました。

    

※ 龍涎香(アンバーグリス)

灰色、琥珀色、黒色などの色をした大理石状の模様をした蝋状の固体で芳香があります。龍涎香はマッコウクジラの主な食料である、消化できなかったタコやイカの硬い嘴が核になり、消化分泌物により胃の中で結石化したものです。クジラが吐き出したものがヨーロッパの海岸に稀に打ち上げられています。日本にも相当数打ち上げられているようです。気づかないのは興味がないからでしょうが。大変高価なものです。この大きさで£200,000(約27,334,300円)です。かなり臭いと言われています。そりゃあそうでしょう。胃の中で腐って、鯨がこらえ切れなくなって吐きだしたものですからね。しかしこれを薄めて嗅ぐと、堪らなく良い匂いです。ニオイというのはそういったものなのでしょう。

 

お香の材料は、遠く離れたさまざまな地域から手に入れました。アンバールは、キプロスと地中海地域で育った木から、カプール(カンファー)は木の抽出物でした。シベットとガウラはアフガニスタンのアチンから入手した動物製品でした。ミッドは動物の分泌物から調製されました。沈香はUdとも呼ばれグジャラート、アチン、ダナサリから来ました。頻繁に使用されるチャンダン、カプールは国産でその他は、中世のオリエント全体から輸入されました。

                                   

            

           1605-1627年に君臨したムガル帝国皇帝ジャハーンギールの肖像画

Abu'l Hasan ( アブハルハサン、1589 – c. 1630、インドのデリー出身、ジャハ-ンギール統治時代のムガル帝国のミニチュア画家 ) 1617画。手に持っているのは地球儀。

 

本名であるNur-ud-din Muhammad Salim ( نورالدین محمد سلیم)(ヌールッディーン・ムハンマド・サリーム(ジャハーンギール)のうち、「皇帝名ジャハーンギール:جهانگیر」は、ペルシャ語で「世界を征服する者 ( Jahan: world ; gir : the root of the Persian verb gereftan: to seize )」の意。ヌールッディーンはアラビア語で「真実の光」の意。「世界を征服した絵をご紹介したついでに、もう一枚の絵を取り上げておこうと思います。上とは全く趣が異なる絵です。

 

 


ダマスクローズ 67

2020年06月10日 | ダマスクローズをさがして — Ⅱ

    

※5乳香 フランキンセンス Frsnkincenseムクロジ目カンラン科ボスウェリア属の樹木から分泌される樹脂)。 https://www.amazon.co.jp/ フランキンセンス-Frsnkincense-、説明はWikiから引用させていただきました。

水蒸気蒸留で得た精油は、食品や飲料に香料として、又、香水にも利用され、シトラス系、インセンス様、オリエンタル系、フローラル系など様々な香水に使われています。精油には強い刺激作用があり、産地や抽出法で成分が異なります。精油の香りには興奮作用が、樹脂を燃やした香りにはリラックス効果が見られ、強力な抗菌活性をもっています。又、漢方薬として、鎮痛、止血、筋肉の攣縮攣急の緩和を目的として使います。流通している南アラビア地域では、唾液分泌の促進やリラクゼーションのために乳香樹脂をガムのように噛むことがあります。

オマーン、イエメンなどのアラビア半島南部、ソマリア、エチオピア、ケニア、エジプトなどの東アフリカ、インドに自生しています。これらの樹皮に傷をつけると樹脂が分泌され、空気に触れて固化。1-2週間かけて乳白色~橙色の涙滴状の塊となったものを採集します。樹木は栽培して増やすことが困難で、かつては同じ重さの金と取引されたこともあります。良質の商業的な生産は主にオマーンで行なわれています。

乳香は紀元前40世紀にはエジプトの墳墓から埋葬品として発掘されており、古代エジプトでは神に捧げる神聖な香として用いられていました。同様の行為は古代のユダヤ人にも受け継がれており、聖書にも記述があります。イエス・キリストが生まれた時の東方の三博士の贈り物の中に乳香、没薬、黄金があります。

日本にも10世紀には薫香の記述があり、シルクロードを通じて伝来したと考えられています。正教会では、古代から現代に至るまで奉神礼で香炉で乳香を焚く振り香炉に乳香が用いられます。『煙とともに我が願いが天に届きますように。』との願いを込めて。

               https://purpletugboat.tumblr.com/post/107436086583

香水などに使われるようなったのは16世紀に入ってからで、乳香を水蒸気蒸留した精油や溶剤抽出物であるアブソリュートがこの用途に用いられるようになりました。

  ※6 ニオイスミレ https://ja.wikipedia.org/wiki/ :Viola_odorata_Garden_060402Aw.jpg Viola odorata( 別名、wood violet, sweet violet, English violet, common violet, florist's violet, garden violet

バラと同じく香水の原料花として、古くから栽培されてきました。種子や根茎に神経毒ビオリンの他、サポニン、ビオラルチン、グリコサイドが含まれ、嘔吐や神経マヒ、心臓麻痺を発症することがあります。しかし、薬草として古来よりヨーロッパでは咳止めや消炎剤、目薬として利用されてきました。古代ギリシャでは花に含まれる鎮静作用を利用し、怒りを鎮めたり就寝時に使用しました。

※7 ルーアフザ Ruh-Afza

Ayeen Akbery: Or, The Institutes of the Emperor Akber, vol. 1によると;

『Ruh-afzaとは、香炉の中に燻べる固形香料。カシミール産のアロエ木5セール(1seer : 933g)、サンダルウッド1セール、ラウダナム(重量で約10%のアヘン粉末を含むアヘンチンキ)1/4セール、Akyfir1/4セール、乳香3 1/2トウラ(1tola : 11.7g)を含む。』とありました。

『得も言われぬ香り、回春 (ruh afza) の琥珀色の雲が金色と銀色の香炉から漂い流れ出ていく。』この一節はサイード・イムティアズ・アリ・タージ(Sayyid Imtiyāz ʿAlī Tāj 1900–1970、インド劇作家) が書いたウルドゥーの歴史劇「アナリカリ139」※8の中の一説ですが、劇の雰囲気をよく描写していると言われています。ジャハーンギールは若いころから飲酒癖があり、アヘン中毒であったこともこれで納得できます。

すでにイングランドのインド植民地化攻略が始まっていたことを窺わせる内容でもあります。

※8 アナリカリ( Anarkali、ウルドゥー語で انارکلی )

伝説によると、アナカリ(意味:ザクロの花)は、ナディラベグムまたはシャリフウンニッサが付けた名前で、アクバル王の妻または側室でした。

ある日、アクバル王は座って、手に鏡を持ってターバンを並べていました。アナルカリは彼のそばに立っていました。突然、サリム王子(ジャハーンギールの幼名)が部屋に入り、アナルカリに微笑んだ。彼女は挨拶を返しました。彼の鏡の中に(またはシシマハルの壁にある鏡、またはホールの鏡で)二人の間を通り過ぎるのを見たアクバルは、怒りで立ち上がり、アナルカリを生きたまま埋めるように命じました。

アクバルの死後、サリム王子が王になったとき、彼は彼女の遺骸をラホールに葬りその上に墓を建てました。

別の物語では、アナルカリはアクバルの首長の妻のメイドの召使いでした。サリムは彼女と結婚したかったが、アクバルはこの結婚に反対した。アナルカリがサリムへの愛情を捨てるというアクバルの命令を拒否したので、アクバルは生きたまま彼女をラホールに埋葬したのです。

アナルカリの存在を歴史的に証明するものはありませんが、映画、本、歴史の中に彼女はよく登場します。

お話は変わりますが、アナルカリ サルワール(Anarkali Shalwar)は、現在パキスタンにあるラホール発の女性用ドレスです。アナルカリスーツは、シャツを意味するカミーズとパンツからなっていて、いくつかのバリエーションがあります。ゆったりとしたサルワール、膝辺りから足首までがタイトになっているチューリーダール、裾がラッパ状に広がったベルボトム、全体的に下半身にピッタリフィットするスキニーパンツ等がポピュラーです。サルワールとチューリーダールはウエストが1m以上あって、腰紐をきつく縛って履きこなします。

アナルカリの名前は、ムガル帝国の皇帝アクバルの宮廷での遊女である架空のアナルカリに由来しています。伝説の上では、彼女はサリム皇太子との不法な関係のために殺害されたのですが、アナルカリという言葉は文字通り「ザクロの花、木の繊細な芽」を意味し、アナルカリを着用した女性に関連する柔らかさ、脆弱性、無垢、および美しさを示唆しています。

           

Anarkali suit アナルカリスーツ https://www.indiamart.com/proddetail/anarkali-style-hit-design-21266824891.html

 

 


ダマスクローズ 66

2020年06月08日 | ダマスクローズをさがして — Ⅱ

パフュームといえば、美しい横顔と薔薇の香を愛でるようなうっとりとした表情の女性のポートレートを思い出します。北インド、ムガル帝国の第4代皇帝 Jahangir(ジャハーンギール、1569/8/31 – 1627/10/28 )の妃 Noor Jahan(ヌール・ジャハーン、1577/5/31 – 1645/12/17 )です。才色兼備の女性で、健康の優れない彼に代わって事実上の皇帝として政務に携わりました。

                  

                   Noor Jahan(ヌール・ジャハーン)  

         

                Jahangir(ジャハーンギール)

二人が手にしているのはそれぞれ、薔薇香水と薔薇の花。

 

ジャハーンギールは、『itr(イター:花から作るエッセンシャルオイル)を作り出したのは私が統治していた時代だ。妻ヌール・ジャハーンの母のアスマット・ベグムが作りだした。』と自伝トゥーズキ・ジャハーンギーリー(Tuzuk-e-Jahangiri)の中に書いています。

アスマット・ベグムがローズウォーターを作ろうと、瓶からローズウォーターを容器の中に注ぎ入れた時、表面に脂が浮いていたのを見つけました。一滴とって手の平で擦ると一度にたくさんの赤いバラのつぼみが咲いたような強い香りがしました。。彼女は沢山のローズウォーターを作るときにそれを少しずつ集めたのです。

他にこれよりも優れた香りはありませんでした。消えた心を回復させ、枯れた魂を取り戻してくれる香りがしました。

その発明への報酬として、ジャハーンギールは一連の真珠をアスマット・ベグムに贈り、彼女を激励しました。 これ以降、itrs※1 を使うことが王室で流行し、季節に応じて異なるitrs が使用されるようになりました。贅沢を競い合い、徐々に香水を使うことがライフスタイルとなっていったのです。 後期のムガル人は itrs をよく使用し、ハーレムカスケード、タンク、噴水に流れ込み、実際にそれらを浴びたと言われています。

ムガル時代には多くの香水が普及し、人々の間でも非常に人気が高まりました。次のようなものがあげられます。

 

肌を新鮮に保つために使った麝香(猫)、ジャスミン、ローズウォーターで作った香水。

Santukは肌を新鮮に保つために使用され、Argaja は夏に肌を涼しく保つために使用されました。

アロエウッド (aloewood)※2、チャンダン(chandan、サンダルウッド、白檀)※3、ラダン(ladan)※4、乳香(loban)※5、デュップ(dhup)、ニオイスミレ(banafsha)※6、チャリラ(chharila)、ローズウォーターを加えて作ったお香ルーアフザ(Ruh-Afz)※7。

龍涎香からの特別なプロセスによって準備されたお香グルカマ(Gulkama)。

ラダン、沈香、その他の成分を含んだ香りの石鹸(Opatna)。

沈香から作ったアビルマヤ(Abirmaya)。沈香でできた線香ブフール(Bukhur)とファティラ(Fatila)。沈香でできた石鹸バルジャット(Barjat)。シャンダン(サンダルウッド)から調製された石鹸Abir-Iksir。シャンダンで作られた液体石鹸ガスル(Ghasul)。

 

※1 itr(イター) https://littleindia.com/the-essence-of-life/ から

Itr gulab (イターガラブ; itr は香水、gulub は薔薇の意) 又は rooh-e-gulub(ルーガラブ;水蒸気蒸留で得たローズオイル)はムガル時代に発明された薔薇香水で、サンダルウッドオイルに花のエキスを溶かしたものを指します。itrはアラビア語で香水の意。又、itr はペルシャ語でローズオイルのことです。

2000年以上の歴史があり、インドではitrを使うことが今では生活の一部ブル・ファズル(Abu'l Fazl、1551/1/14 – 1602/8/12、ムガル帝国の宰相)がペルシャ語で『アクバル王は金と銀の香炉で線香と一緒にアタールを毎日使っていた。』とアクバル王の伝記の中に書き残しています。

itr の発見については諸説あります。アクバル王の伝記の中では、『ヌール・ジャハーンが思い付いた』と取り上げられています。彼女は浴槽の中に押しつぶした薔薇の花を入れるのが好きで、その時itrの中で一番高価で優雅な香りの Rooh Gulab を発見したのです。伝説によると、彼女が入浴したしたとき、一晩中冷やされていた水の上に油性の層を見つけ、これが有名なローズ香水を生み出すきっかけになったというのです。

又、ペルシャ人の母親が発見したとする人もいれば、17世紀に香水を発見したのは、タイフ ( Taif、サウジアラビア西部、マッカ州の都市) やローズイターの有名な中心地であるペルシャの普通の女性だとする人もいます。

ペルシャの香水についてはインドのお話が終わってからしようと思います。まだしばらくインドのお話は続きます。

    

※2 Lignum aloes(別名、沈香、Aloeswood, Agarwood, Ud, Aloes)  http://docsolomons.com/wp/about-lignum-aloes-aloeswood/

インドでは Gujarat, Achin and Dhanasari(グジャラート、アチン、ダナサリ)の沈香を利用しました。

  

※3 サンダルウッド https://jp.123rf.com/visual/search/50273551 文章はWikiから引用させていただきました。

サンダルウッド(ビャクダン、白檀、Santalum album)はビャクダン科の半寄生の熱帯性常緑樹。原産地はインド。インドでは古くはサンスクリットでチャンダナとよばれ仏典『観仏三昧海経』では牛頭山(西ガーツ山脈のマラヤ山(摩羅耶山 秣刺耶山))に生える牛頭栴檀(ゴーシールシャ・チャンダナ gośīrṣa-candana)として有名でした。栽培され、紀元前5世紀頃にはすでに高貴な香木として使われていました。蒸留して得たサンダルウッドオイルの主成分サンタロールには、殺菌作用、利尿作用の薬効成分があると言われ、薬用にも広く利用されます。また、気分の薬として胸のつかえをとり、爽快感を与えます。

   

※4 ladan ラダン https://blog.goo.ne.jp/takemotohana/e/8e86b607389c5a418eb792421e3acf43

キスツス・ラダニフェル Cistus ladanifer ( 別名rockrose, labdanum, common gum cistusハンニチバナ)。地中海西部沿岸地域原産の常緑低潅木、英名:Gum Rock-rose、葡名:Esteva、

 

葉と茎の腺毛からラブダナム(Labdanum)と呼ばれる芳香のある含油樹脂が採れ、香水の揮発保留剤として利用します。ラダニフェル( Ladanifer)は“ゴム樹脂を有する”の意で、香油中の蒸気圧、即ち揮発性を均一化するため(粘りを出すために)に使用します。

 

 


ダマスクローズ 65

2020年06月06日 | ダマスクローズをさがして — Ⅱ

ペダニウス・ディオスコリデス(Pedanius Dioscorides)Material Medica AD 50-60 から — Common Rose, French Rose — Oil of Roses

『ローズオイル(Rosaceum oil)は次のように作ります。イグサ※を5ポンド8オンス、オイルを20ポンド5オンス用意する。イグサを水に浸して潰す。ボイルして混ぜる。20ポンド5オンスのオイルを漉す。乾燥した薔薇の花びらを1000枚入れ、手に蜂蜜をつけてこする。上下にやさしく擦る。一晩おいて押し固める。

澱が沈んだら容れものを取り替えて蜂蜜を塗った大きなボールに入れる。漉した薔薇を

小さなボールに入れてその中に濃縮したオイルを8ポンド5オンス入れて再び濃し、二回目絞りとする。3回目、4回目も同じように薔薇絞り、オイルを得ます。毎回内側に蜂蜜を塗った容れものを用意する。2度薔薇の花びらを入れるときは新しい乾燥した薔薇の花を使ってください。』

 

     ※イグサ ジュンクス・エフゥスス Juncus effususから引用させていただきました。

Rosaceumを軟膏、コンフェクションに利用したようです。イグサ(Juncus effusus )は古い書物にたびたび顔を出す薬草です。下のサイトからその薬効を教えていただきました。

 

王樹製薬「森田洋 著 驚くべきイグサの機能性~敷いても健康,食べても健康~」 2002 https://yasukagawa.com/html/igusamorita1.htm 

『利尿薬,消炎薬としてかつて使われていた経緯があるイグサですが、0157以外の多くの食中毒細菌や腐敗細菌に対しても抗菌作用がありました。イグサはどのような微生物に対して抗菌性を発揮したかというと,サルモネラ菌,黄色ブドウ球菌,大腸菌026、0111(大腸菌0157と同じ腸管出血性大腸菌の仲間),枯草菌やミクロコッカス菌でありました。だいたいどのぐらいのイグサの濃度で抗菌性を発揮したかというと,イグサ濃度 0.78~100 μg/mlぐらいの範囲で抗菌性が認められました。イグサは酸性域で特に安定でした。腸内における有用な細菌類(Bifidobacterium bifidium,Enterococcus faecalis ,Enterococcus faecium, Streptococcus bovis)についても抗菌性は認められませんでした。』

古代ギリシャ、ローマの薬草学がいかに優れていたかを示す好例です。もう一例。

5-35. PINOS RODITES suggested : Rosa canina, Rosa rugosa—Rose Wine

Reditesの作り方。

『1ポンドの、乾燥させて叩いた薔薇を束ねて亜麻の布の中に入れる。それを8パイントの葡萄汁の中に入れる。3ヶ月後、漉して瓶に入れて保存する。発熱、胃の消化不良に、食事の後に1杯飲む。下痢の時にも同様に服用します。薔薇のジュースと蜂蜜を混ぜて作ったものはrhodomeliといって喉の荒れに効果があります。』

さらに遡って、紀元前のギリシャの植物学の祖といわれたテオプラストス( Theophrastus、BC371 –BC287)の『植物誌』から。

 

6.6.5 

『花びらの数、花びらの滑らかさ、色、香り、薔薇には様々な種類があります。殆どの薔薇の花は5枚、幾つかは12枚或いは20枚。たくさんの花びらの薔薇もあるそうで100枚の薔薇もあるそうだ。そのような薔薇はギリシャのピリッポイ(Philippi)近辺で育てていて、パンガイオンの丘※(Mount Pangaeus;カバラから約40 kmのギリシャの山脈の一部分。ヘロドトスも 『偉大なる山、銀、金を産するパンガイオン。』と讃えた。)から移植したということです。

内側の花びらは非常に小さい。香りがなくて大きな花びらではないもの。大きな花びらで花びらの裏側がざらついているものは香りがいい。よく言われているように、色と香りのいいものは土地柄が影響しているようだ。土が同じでブッシュの中で育っていても甘い香りのいい薔薇、香りのない薔薇はあるようだ。最も良い香りの薔薇はキュレネ(Cyrene;現リビア領内にあった古代ギリシャ都市)の薔薇だ。これで作る香水は最も香り高い。Gilliflowers(麝香ナデシコ)※の香りも他の花も、特にサフランの香りは(この花は場所によってばらつきが大きいが)この地のものが一番優れている。

薔薇は種から増やす事ができる。種は紅花やアザミ※ように花の下にある 'apple'(リンゴの形をしたもの )の中にあります。紅花やアザミにはうぶげがあるがそれは種の冠毛だ。種から育てると時間がかかるので、茎を切ってそれを植えているようだ。

薔薇の茂みは、焼いたり、切り取ると、今までよりも良い花が咲くようになります。 放っておくと茂りすぎる。 時々移植したほうがバラにとっていいようです。 野生種は茎と葉の両方が粗く、花も鈍い色の小さな花になってしまいます。』

   

                 ※パンガイオンの丘

https://www.ethnos.gr/travel/74132_dytiko-paggaio-potamia-faraggia-kai-paradosiakoi-oikismoi 

         

※ Gillyflower( 別名colve pink, gilliflower, ニオイセキチク )

中世ヨーロッパで料理にクローブの香に似ているので、その代用として盛んに使われたハーブです。

            

※ アザミ Chamaeleon gummife (カーリーナグミフェラ, キク科 チャボアザミ属 )

どこかで見たことのあるような内容だと思われるでしょう。少し前に引用したプリニウス(AD 23/24–79))の『博物誌』の中にありました。テオプラストス(BC371 –BC287)の仕事が如何に優れていたかを示しています。 

 

 


ダマスクローズ 64

2020年06月04日 | ダマスクローズをさがして — Ⅱ

ヨーロッパ中世ではローズウォーターは薔薇の花を水の入った瓶に入れて作っていました。もう一度、今度は以前にお見せしたものとは別の絵を見ていただきましょう。

       

Aqua rosata da (BNF LAT 9333) scritto nel XV secolo. ミラノ版。

aqua rosata, 又はaqua rosacea, aqua rosaeは蒸留液を水又はオイルに溶かし込んだ混和液の意。

 

よく見ると瓶に蓋が付いているのが見えます。中世ヨーロッパでは単に薔薇の花びらを水の中に入れてその香りを楽しんだ程度で薔薇の花を水蒸気蒸留して薔薇のオイルをすくい取り、そのあとに残ったローズウォーターを利用するということはなかったと思われます。

 

ローマ時代どうだったでしょう。プリニウスの言を思い出して下さい。

『オイル漬けはトロイ戦争の時代から知られた方法で、今では軟膏として利用しています。弱い刺激性があることで貼り薬や眼軟膏として使うことも、また珍しい食べ物として、害がないので特別のごちそうをその花びらで包むという使い方をします。』

と言っていましたね。軟膏の基材はこの時代、油脂性でしょうから、油脂性軟膏剤を作る為に、薔薇の花から抽出したオイル(ローズオイル)を利用していたと考えられます。

 

DIOSCORIDES de MATERIA MEDICA

ペダニウス・ディオスコリデス( Πεδάνιος Διοσκορίδης[ ca.40 – 90, 古代ギリシャの医者、薬理学者、植物学者) の『薬物誌』から薔薇を2種引用しました。

    

Rosa lutea: From a copy of Pedanius Dioscorides’ De Materia Medica, By a Byzantine artist, 512.  http://exhibits.hsl.virginia.edu/herbs/vienna-disocorides

   

Rosa lutea biocolor

https://www.rosenschule.de/index.php/rosen/wildrosen/product/rosa-lutea-bicolor

ディオスコリデスの絵の正確さが、下の写真と比較するとよく分かります。

 

     

 

         
上の2つの絵は、イヤ、よく見るとRosa luteaとも同じ図柄です。色んなところで、色んな人が模写したものだから訳が分からなくなっているのです。どの絵にも「これはRosa gallica だ」と明記されていますが、極めて怪しい説明です。紀元後40-90年間に描かれた絵も、何度も引用されながら1,500年以上も経つと、都合の良いように変えられて正確に内容が伝えられていないのです。

              

https://www.biodiversitylibrary.org/pageimage/9500188 1563

New Kreüterbuch : mit den allerschönsten und artlichsten Figuren aller Gewechss, dergleichen vormals in keiner Sprach nie an Tag kommen /

この花はおそらくR. gallica を描いたものでしょう。この絵も植物誌の表紙絵などに引用されています。絵柄は最初の原典と同じだと思われますが、これは銅版画に活版印刷です。ディオスコリデスの絵の正確さが1563年という年月を経た時点でも確かなものであった証です。古代ギリシャやローマの方が中世ヨーロッパよりも本物の姿を我々に伝えているようです。そこで次は古代ギリシャの料理書から薔薇の料理をもう一度引用しました。