「この国のかたち」的こころ

敬愛する司馬遼太郎さんと小沢昭一さんに少しでも近づきたくて、書きなぐってます。

メル友があるんだからコメ友があったっていいじゃなかについて考える

2006年04月23日 00時51分47秒 | BLOG論
 ブログの楽しみの一つにコメントを頂くことがある。

 これって管理人に当たられたメッセージなのだから、その意味では携帯やパソコンに送られてくるメールと同じようなものだと思っても良いはずである。
 だからいわゆるメル友という言い方があるのならコメントを通じて親交を持つ「コメ友」という呼称や「ブロ友」なる呼び方があって良いはずである。

 だけど「メル友」と「コメントを通して係わっていく人間関係」を同列に見ることには違和感を覚える。

 どうしてなのだろう。

 少し考えてみようかと思っている。

 
 

ちっとも収まらないじゃんか!

2006年04月21日 23時59分18秒 | 地震関連
 さっきグラッと来ました。

 ここ数年、静岡ではほとんど揺れを感じてなかったので、こういう短期間の間に何度も感じると嫌でも恐怖感がます。

 火山噴火には至らない。長期の群発地震にはならない見込みといっても、もう既に2ヶ月以上前から活発化してるし、富士山周辺の動きも連動しているようで、富士山頂、甲府、相模湾でも地震が発生している。

 

 それにしても震度1や2ぐらいではウチの女どもは屁とも思わず、へえ~、今揺れてたの?てなものである。

 昨夜半の地震にも全く気付かす熟睡を通したらしい。

 群発化すると1ヶ月以上は続くからちょいとこれは迷惑だね。
 

不審火 閉塞するストレス

2006年04月20日 23時14分45秒 | 日記
 4月というのは新しい環境が始まる月です。そしてそれはその人に未経験の緊張を与える月でもあります。
 その緊張をやりがいと捉える人もいれば、戦闘意欲を燃やす人もいます。反骨精神がむくむくと頭をもたげる人もいるでしょう。

 逆にその緊張に耐えられずに、その緊張した状態をストレスに感じて疲れを感じ始めます。

 もっとひどい人は逃げ出したくなったりします。

 でもまだ4月では世間体もあって、プライドもあって逃げ出したい衝動を何かに転化させている時期でしょうか。

 この時期になると色んな意味で悪戯が増え出します。

 その最も迷惑なのが「放火」なのであるが、田舎者の印象として静岡市も放火の絶えないところである。場所的には新興地域とかつての農村部が融合したような場所で起こるケースが多いのではないかと感じているのだがどうだろう。

 掛川市でも中学校の不審火が続いているようだ。

 今のところ静岡も掛川も人的被害は生命にまで及んでいないが、いつそうなるとも限らない。

 泣く、わめく、当たり散らす、壊す、高圧的ともいえる管理社会のなかで、僕らはいつもストレスのはけ口を求めている。

 でも一方でストレスを発散するにも僕らは安全な閉じた社会で行うことを強要される。

 自分を認めてもらいたい。

 自分を自分のまま思い通りに表現しても傷付かずに笑顔で受け止めてくれる人が欲しい。

 そして決して自分を傷つけないという保障をくれる人が欲しい。

 到底あり得ない空想上の人格者を無意識のうちに求めて、彼等はさまよう。

 巨大な母性が今の日本人には必要なのかもしれないと思えてくる。

 1億総マザコンの時代がくる。

 

嗚呼! 池田ボクシングジム 静岡駅南に関する一考察

2006年04月19日 23時54分51秒 | 日記
 以前僕は静岡市の有東というところに3年ほど住んでいた。イノシシ料理が出る「十枚荘」という旅館?の隣にあるマンションだった。

 3DKという間取りは当時新婚だった僕らにとってはちょうど良い広さだった。日曜日になると僕は、カミさんが部屋の掃除をするため外に追い出された。持ち家になった今は二階と風呂の掃除が担当になっていることを思うと昔日の感がある。

 で、運動不足解消をかねて自転車で静岡の街中を走るのを習慣にしていた。カミさんが掃除を終わるまでの一時間半あまりで何処まで行って帰ってこれるかを試していた。また時々一眼レフを持って出かけることもあった。

 路地という路地に入り込んで発見を楽しむのが好きだった。当時まだ僕らの家のすぐ南側には、SBS通りより北側であったにもかかわらず、田んぼがあったし、隣の南八幡には果樹園があって花を咲かせ、季節になると紙の袋が実にかけられていた。

 その南八幡より少し西に静岡駅から南に下る石田街道があって、その道路とSBS通りが交差するところにセントラルスクエア静岡アピタがある。

 僕がその存在を気にかけている池田ボクシングジムはバス停で言うと城南静岡入り口になっているはずで、僕が住んでいた当時は静岡女子校だった。

 その城南静岡高校は石田街道を静岡駅から向かうと左に折れるが、池田ボクシングジムは右に折れて、比較的安くておいしいコース料理が食べられる「じゃがいも」の過ぎて珈琲屋さんの角を右手に折れると見えてくる。

 一通の多い静岡で自転車で稼いだポイントの一つだ。

 最初発見したときはかなり一人で興奮してたのを覚えている。だって「あしたのジョー」みたいな、「丹下拳闘倶楽部」みたいな木造の空色のペンキ塗りのボクシングジムが平成5年の、静岡の中田に残っていることが到底信じられなかったからである。僕は中の様子を窺ったが入り口に丹下段平というよりエディタウンゼントに似た頑固そうな爺さんがストーブあたりながら威圧感のある目で睨んだので後ずさりして退散した。あの爺さんはきっとトレーナーに違いないと思った。

 その後僕は仕事仲間をつれて「静岡食い倒れツアーを」企画し、腹ごなしのアトラクションとして、「昭和の散歩、古本屋と丹下段平探せ!」と、ツアーの一部に盛り込んだことがある。

 しかしその地域は再開発のまっただ中にあり、今はどうなっているか分からない。周りを全て取り壊され、一軒だけ残った昔ながらの古本屋のお祖母ちゃんは、まあ先は長くないから終わりまでここに居るよといっていたが元気なのだろうか。

 

静岡県は微妙に揺れています。

2006年04月18日 22時24分46秒 | 地震関連


 何だか知らないうちに伊豆半島東方沖で地震が活発になってきた様子。といっても震源域である伊東市の川奈ゴルフ倶楽部沖の海は約二ヶ月前くらいから身体に感じない小さな地震が頻発しており、いつ有感となってもおかしくない状況だった。
 で、今回の地震が長期にわたる震度5くらいの群発地震とかドカンとM8クラスの関東大震災と連動する相模湾地震に繋がるかというと、全くその気配はないようで、地震のエネルギーがちょっとずつ解放されているのででかい奴は来ないだろうというのが大方の見解らしい。

 むしろ房総半島南東沖とかこの前、震源が遠いのに関東が揺れた鳥島沖の震源のほうがでかいのではないかと思われる。

 だけど今日の東京大学のデータを見ると駿河湾も結構元気になってきてるから、防災用品の点検はしておこうと思うのです。
 

「冷凍ミカン4個入り」は吉田拓郎を超えられるかについて考える

2006年04月17日 23時30分37秒 | 人々
冷凍みかん
GTP, 大倉沙斗子, 友森昭一
フォーライフミュージックエンタテインメント

このアイテムの詳細を見る


 静岡のFM K-MIXから火がついて、9週連続1位を獲得、しかもそれは発売前のことだってんだから凄いね。
 静岡のベスト10って全国の傾向と幾分違うこだわりを見せるときがあって、もうずっと昔の話だけどプロレスラーのミルマスカラスの入場テーマ曲である「スカイハイ」が全国ではとっくの昔に下降線なのに何故か静岡県のリクエストのみ増え続けてずっと1位をキープしたことがあった。

 へんな県だなと思いつつ僕も「スカイハイ」の良さは認めていたのだから同じアナの狢かなと思う。

 この「冷凍ミカン」を唄っているのはGTPという「フォーライフエンターテイメント」所属の3人組で、同じ音楽学校に通う人達らしいのですが、メンバーのうちの大倉沙斗子(ぴーちゃん)1981.11.23生 / 射手座A型 / 静岡県出身は牧ノ原出身ということで応援しちゃおうかなって気にさせますね。

 フォーライフといえば、フォーライフ・レコード(For Life Records)で、井上陽水、吉田拓郎、泉谷しげる、小室等といった、当時人気のフォークシンガーが1975年設立したレコード会社。 また、小室等が初代社長であるという当時フォークソングに狂っていた僕らとしては夢のようなレコード会社なのだ。

 当時もっていたか借りたレコードの中でクリスマス(CHRISTMAS)というのがあって、僕はもう一度このアルバムを聴きたくてずっと探している。

 とにかくいわく付きのアルバムでフォーライフを設立当初から倒産寸前まで追い込んだものらしいのだ。

 吉田拓郎が勝手に30万枚売れると見込んでプレスしたのに10万枚ぐらいしか売れなくて大変だったらしい。結局吉田拓郎がアルバム「プライベート」を急遽発売してその売り上げで危機をしのいだという。

 まあわがままが服来て歩いているような人達だったから長くはないなというのも高校生の間では定説に見たいになってました。

 まあ確かに新曲があるわけでなしに既存の曲をフォーライフ4天王が唄うだけの企画ですから、余興的な評価もあって、ファンじゃないと買わないよというものでしたね。

 でこのレコードで一番印象深いのは吉田拓郎の「諸人こぞりて」でいまでも卓郎の声が耳朶に残っている。
 それと泉谷しげるがアカペラで赤鼻のトナカイを唄っているんだけどスタジオの真ん中に大の字になって唄っていたそうで、周りのみんながクスクス笑いながら聞いているのが印象的だった。なんか憧れる雰囲気だったのを覚えている。

 それをもう一度聞きたい!

 で、そのフォーライフから出た3人なのだからやはり判官贔屓も手伝って、宣伝してます。

 曲は彼氏との初デートの待ち合わせのために駅で冷凍ミカン4個入りを買い込んでそれを食べながら待つといった設定で、可愛らしくてウブな女の子をイメージさせる歌になっている。
 ミカンは一つを自分の彼に残しておくのだが、我慢できずに全部食べてしまい、のう一パック購入すると言った内容だ。

 間に入る「冷凍ミカン♪ 冷凍ミカン♪ よーんこいり♪」というフレーズが何度も出てくるのですぐに覚えてしまい、いつの間にか一緒に唄っているといった現象が起こるようである。

 今回の舞台設定は電車だが、僕に言わせれば電車の中で何かものを食べさせてもらった経験など皆無に等しく、冷凍ミカンは専ら学校の給食で見かけ、しかも冷凍がかなり解除された状態であったような気がする。

 ともかく今スーパーの果物売り場でこの曲が流れる場合が増えてきているそうだ。
 そうすると第2目標は「さかなのうた」になりそうだし、その上の「ダンゴ三兄弟」や最終目標の「およげたいやきくん」をこすとなれば、子供から大人までの広い層での指示が必要となるのではないだろうか。

 つまり面倒ばかり掛けている子供をもつ母親をどう巻き込むかを戦略として持つ必要があるだろう。

 それが購買層なのである。

 冷凍ミカンは静岡発の全国注目の「菓子」であると考えられる。

 「菓子」の「菓」は木の上に実がなっている形を表しています。その上に「くさかんむり」が付いているでしょ。だから菓子の最初は草の実であったはずです。そう無理しなくても果物を煮詰めたり、甘い砂糖汁を掛けて食べていたそうです。
  

 というわけで、冷凍ミカンはなぜ4個入りなんでしょうね。

アメリカのお菓子について考える

2006年04月16日 23時11分19秒 | 文化論
 最近すっかりお菓子ブログになりつつある「この国のかたち的こころ」のanikiです。どおも。

 ジェリービンズがいかにもアメリカ的に感じていたんだけど、ひいき目かもしれないが駄菓子とかいわゆる菓子については日本という国は世界的な水準にあるのではないかと思う。

 僕は海外旅行はハワイしか経験がない。

 でも6回ほど行ったことがあり、そのいずれもがクリスマスシーズンにかかっている。
 そうすると向こうでは毎日のようにクリスマスパーティが催されており、パレードも頻繁に見ることが出来る。
 で、呼ばれていったり、パレードを見てたりするとお菓子をもらうことがある。

 いわゆる駄菓子なんだけど香料が強いすぎで口に入れられたモンじゃない。
 または甘すぎてすぐにでも糖尿病になりそうな勢いである。

 アメリカを考えるとき、一つのキーワードになりそうな言葉としては「圧倒的」という言葉が浮かぶ。

 繊細さではない。

 お菓子も、料理も、戦争も、経済も全てに於いて「圧倒的」であることがアメリカらしいアメリカなのではないかと思うと何となく理解できるような気がする。

 圧倒的にでかいハンバーガーをアメリカの人達は全部食べるわけではない。食べてしまう人もいるが、半分ぐらいで捨てる人が多い。であるならば最初から小さいサイズで作ればいいのにと思うのだが、アメリカ的ではないらしくそうすると売れないそうである。たのファーストフードも同じような状態にある。

 圧倒的に強い選手を集めたはずのWBC(ワールドクラシックベイスボール)では予選で敗退するという失態を演じた。「圧倒的」な力では野球は戦いきれないことを痛感した。というより確認したと言った方が良いかもしれない。

 圧倒的な正義であるはずの「イラク戦争」はその生物兵器という悪の証拠をうしない、ベトナム以上の迷いをアメリカにもたらすはずなのだが、日本の報道はなぜか大人しい、恐らく日米首脳会談までは波も風も立たないのではないかと考えられる。

 多民族国家をなるべく正常に維持しようと思えば、繊細さよりもわかりやすさを求めるのは当然のことだろう、諸民族の事情を考慮にいれたらその瞬間から政治はストップするしかない。
 アメリカを支えている基本理念は「法のもとの平等」であり、アメリカの憲法を尊重することを前提に自己責任下での自由が保障されている。
 アメリカはその一点だけでアメリカなのだ。

 巨大に膨れあがる巨体に着込まれたジャケットの体裁を整えているはただ一つのボタンでしかない。

 だから常にダイエットを心懸けなければいけない。つまり毎朝の日課のように外に敵をつくり緊張してトレーニングを継続させる方向でしかアメリカはその存在意義を失いかねないと思うのです。
 

明治製菓ポイフル ビンズについて考える

2006年04月16日 11時38分26秒 | 
 ウチの家族で明治製菓のポイフルに一時期ブームがあったんですけど、ポイフルってのはお菓子のジャンルとしては「グミビーンズ」に相当する代物だそうですね。
 どおりで最初に口にしたとき違和感がったはずで、僕の舌の記憶は、おそらくジェリービンズを期待していたので、ある意味裏切られた感覚なのだろうと思ったりしてます。
 で、この間ファミリーマートで「なごみ庵 ゼリービンズ」というのを売っていて、パッケージが綺麗だったのもだから「おー!」とかいいながら買ってしまった。

 で、家に帰ってしげしげと見つめていると、なんか違うぞって感じがして、何が変なんだろうって思って、考えてみると「ジェリービンズ」って書いてないやって気付いたんですね。

 まあどっちでも良いことなんだろうけど、その時は深く考えもしなかったけど、少し気になったので調べたら、ジェリービンズとゼリービンズって違うものだっていう認識の人もいるようですね。

 いままで僕がたべてきたのもは一体なんだろうって気がしてきた。

 ビンズっていうからには「豆」の形をしていなければならないわけですね。

 上の画像のものはそうなってます。中にはジェリーが入っているわけで、一粒一粒に名前が付いているようなもので、レーガン大統領も肌身離さず持っていたそうで、天然フレーバーが使ってあるそうです。

 それから田舎じゃ手に入らなくて、都市のデパートとか専門店もあるらしいのです。

 僕の知ってるビーンズってポイフルみたいに豆といっても大豆を伸ばして曲げた感じの豆になっている。

 あれはどうもトラディショナルなジェリービーンズとは言ってはいけないらしい。

 僕にとっては、このお菓子は見た目にも味にも、古き良き、そして憧れに似た気持ちでみてきたアメリカを代表してるものであったような気がする。

 「トムとジェリー」で見たお皿一杯に盛られているアップルパイや、大きくて穴が空いているチーズと違い、日本でも、僕らの生活圏内でも手に入れられるアメリカだったと思ってのですが、少し勘違いが入っていたようですね。

 もう少し勉強します。
 

600投稿の日

2006年04月14日 23時58分29秒 | 日記
 600記事になりました。

 まあだいぶ投稿意欲という点では鈍ってきてますが、それでも何とか続けています。
 
 これからもあんまりペースを上げずに気儘に投稿していきます。

 最近は地方ブログというか、地元ネタが多くなってきまして、普遍的な内容に乏しくなっておりますが、それもまた僕の自然体でして、流れるままに、今日の日をありのままに表現していっていって良いと思います。

 本を出版しようって訳じゃありませんから、

 そのうち「勝手に僕の名車図鑑」でもやろうかな、なんて思ったりもしてます。