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いにしえのTVドラマ(国内)NO.5(時代劇)

2008年04月09日 22時58分41秒 | Weblog
 国内のTVドラマの中でも、最高に面白いのは、時代劇なのかも知れません。いにしえの時代、刀を持った死闘に明け暮れていた時代が、本当にあったのです。武士の活躍していた時代は、現代とどのように違っていたのでしょうか?立身出世という意味では、同様の激しい競争社会であったのかもしれませんね。明日は、本当に命のない死闘の世界。こんな時代を検証してみるのも、いいものなのではないでしょうか!!

21.『水戸黄門
<主演>東野 英治郎、横内 正、杉 良太郎
 TBS系列で月曜20時~20時54分の『ナショナル劇場』で放送される時代劇のタイトル。1969年8月4日に放送開始し、2003年12月15日で放送1000回を迎えた。世界でも類を見ない長編TV番組である。再放送も、TBS系列各局(一部地域を除く)やCS放送TBSチャンネル
で行なわれている。光圀一行が悪人一味の前に現れて悪事を暴露すると、一味はいたたまれなくなって光圀とも知らず「おのれ、黙って聞いておれば田舎じじいの分際で! 構わんから一人残らず斬り捨てい(召し取れい)!」と襲い掛かってくる。そこで光圀は成敗を命じ、一味が打ちのめされると(助さん・格さんは峯打ちなどで打ち据えることがほとんどで斬り殺してしまうことは稀だが、弥七ら忍び上がりの供は町人やヤクザ者を殺傷してしまう場合がある)、助さんまたは格さんが「ええい、静まれ、静まれい! この紋所が目に入らぬか!」と葵の御紋印籠を掲げ(初期は一定しなかったが、印籠を掲げる役は格さんに落ち着いた)、「こちらにおわす御方をどなたと心得る! 畏れ多くも前(さき)の副将軍・水戸光圀公にあらせられるぞ!」「一同、御老公の御前である、頭が高い! 控えおろう!」と一喝し、悪人一味は土下座して平伏する。その後、光圀は一味に裁きを申し渡し(「追って藩公より厳しき沙汰があるであろう、覚悟いたせ」というパターンが多いが、藩主や家老を呼びつけておいて彼等に処分を委ねる場合もある。大阪・京都・天領の場合は、大阪では大坂城代、京都では京都所司代、天領では幕府に処分を委ねる)、悪人は「ははぁ、畏れ入り奉りました」と観念するが、それでも「もはやこれまで」と刃を向けて来る悪人に対しては助さん・格さんが「痴れ者(慮外者)!」といって斬ってしまう場合がある。一方、忠義の若侍や孝行の百姓・町娘に対しては褒めの言葉が掛けられ、家名再興や適わなかった結婚、藩医による難病の治療といった願いが叶えられる。
水戸黄門名作選 その1
<映像>http://jp.youtube.com/watch?v=9Iy4RlwWQ-0&feature=related

22.『大江戸捜査網
<主演>杉 良太郎
 1970年から1984年にかけて、(一部休止あり)毎週土曜日21:00~21:54に放映された。主演は、初代が杉良太郎、以降里見浩太朗松方弘樹。引き続いて半年間、『新・大江戸捜査網』が並樹史朗主演で放送。その後1990年から毎週金曜日21:00~21:54に半年ずつ、橋爪淳
主演で2シリーズ放送された。秘密捜査員隠密同心たちが探索の末、悪を斬り捨てる痛快時代劇。隠密同心とは松平定信が極秘に作った組織で、彼の命を受けた幕臣たちが隠密支配となって統括している。メンバーは普段は町人として生活、江戸町内の地蔵の合図を元に集結して指令を受ける。テレビシリーズ本編で定信が直接隠密同心を統率したのは, 橋爪淳版の第1シリーズだけである。それ以前に松平定信が登場した時は,杉良太郎編で堀雄二、里見浩太朗編では、黒川弥太郎、松方弘樹編では永井秀明それぞれが定信役を演じている。なお、劇場版では三船敏郎が演じている。悪を斬り捨てに行く時、「隠密同心心得之条(おんみつどうしんこころえのじょう)」がナレーションで入る。シリーズによって内容に若干の変更はあるものの、最後は必ず「死して屍拾う者なし」で終わり、隠密同心が各自名前を名乗ってから、悪人たちとの立ち回りが始まる。隠密同心の活動拠点(アジト)は、杉良太郎編第1・2シリーズ(日活制作編)では、「桜湯」の2階であったが、三船プロダクションに制作が移った杉良太郎編第3シリーズから松方編までは浅草の小料理店「桔梗屋」に変わっている。

<映像>
http://jp.youtube.com/watch?v=rSOAlMklMkQ

23.『木枯し紋次郎
<主演>中村 敦夫
 フジテレビ系列で1972年1月1日より放映されたテレビドラマ
。この番組は「市川崑劇場」と銘打たれ、市川は監修のみならず第1シリーズの1話 - 3話・18話では演出(監督)を務めている。元々原作の紋次郎は田宮二郎をモデルとしてたらしいが、「主役は新人で」という制作陣の意向により、当時は新人同然であった中村敦夫が紋次郎に大抜擢された。本作は、これまでの股旅物の主流であった「ヒーロー然とした渡世人がバッタバッタと悪人達をなぎ倒し、善良な人々を救う」といったスタイルを排し、他人との関わりを極力避け、己の腕一本で生きようとする紋次郎のニヒルなスタイルと、主演の中村敦夫のクールな佇まいが見事にマッチし、空前の大人気番組となった。又、殺陣についても、リアルさを追求し、渡世人同士の喧嘩に近い殺陣となっている(これには、当時の渡世人が名刀を持つ事などありえず、刀の手入れをする事もないので、通常時代劇に見られる「相手が斬りかかってきた時に、自分の刀で受ける」といった行為は自分の刀が折れてしまうので行わず、又、正式な剣術をマスターしている訳ではないので、あくまで刀は、斬ると言うより、はたいたり、剣先で突き刺したりと言った形で使われているという狙いがあった)。また劇中で紋次郎が口にする「あっしには関わりがねぇこって」が流行語となった。なお映画版では「あっしには関わりがねぇこって」ではなく、「あっしには関わりねえことでござんす」と、若干異なる。なお、このドラマの主題歌「だれかが風の中で」を歌ったのは上條恒彦であり、こちらも大ヒットした。1978年には「新・木枯し紋次郎」が製作され、東京12チャンネルで放映された。中村敦夫は主演だけでなく、やしきたかじんが歌う主題歌「焼けた道」の作詞も手がけ(作曲は猪俣公章)、たかじん本人もゲスト出演している。本作での紋次郎の決め台詞は「あっしには言い訳なんざ、ござんせん」だったが、前作ほどの話題を集めるまでには至らなかった。

<映像>
http://jp.youtube.com/watch?v=XxrdYCyzTrs&feature=related

24.『必殺仕事人
<主演>藤田 まこと
 必殺シリーズの第15弾として、朝日放送京都映画撮影所(現・松竹京都映画株式会社)の制作により、1979年5月18日から1981年1月30日にかけてテレビ朝日系列で放映された時代劇。全84回。藤田まこと演じる中村主水シリーズの第7弾でもある。江戸には、晴らせぬ恨みを晴らす商売人と呼ばれる闇の稼業が密かに存在していたが、その一人がある悪人を仕置した事で、奉行所の厳しい取締りが行われ、江戸中の商売人たちは姿を消した。商売人の一人だった主水も南町奉行所の人員整理で、八王子甲府勤番所に左遷されていたが、勘定奉行稲葉から再び南町への異動を命じられた。全てを裏で仕掛けていたのは、江戸の闇の裏稼業の元締鹿蔵であった。鹿蔵は、この江戸に再び闇の裏稼業を復活させるため、主水を江戸に呼び戻した上で、彼を仲間にしようとしたのだ。しかし、主水は裏稼業への復帰を断る。その直後、主水はある浪人に命を狙われる。この浪人畷左門は、さる藩士であったが、藩の家老の息子が妻の涼を襲い、手篭めにしようとしたため、家老の息子を斬り殺し、脱藩。その後、江戸に逃亡していたのだ。偶然にも家老の息子と主水の顔が瓜二つだった事から、左門は鹿蔵の差し金で主水を襲う様命令されていた事がわかり、主水は再び鹿蔵と向かい合う。鹿蔵はもう一度仕事を主水に依頼し、主水は躊躇するものの、鹿蔵の説得と大量の小判を前に心動かされ、裏稼業への復帰を決意する。

<映像>http://www.nicovideo.jp/watch/sm16875

*いやあ、時代劇もいいものですね===!!