君も知っての通り、僕は今でこそ巷では品行方正で通ってるんだけどね、でもかつてたった一度だけだけど交番に泊まったことがある。
それも日本でじゃない。遠い南米のチリという国で。
泊まったといっても実際は大したことではないんだけど、今日はその話をしてみようか。
アルゼンティンの町メンドーサからアンデスを越えるのに、僕は乗り合いバスに乗った。
山の向こうは隣国チリだ。当然国境には検問所が設けられている . . . 本文を読む
振り返れば来た道が埃に霞み
また振り向けばいつ果てるともない草の海
窓から顔を叩く熱風、日は高く
まるでフライパンの上にいるようだった
その昔
コーヒー園での労働は過酷を極め
夜逃げ同然にして彼らはペルーを逃げ出した
あるは山を越えてチチカカからボリビアに
あるはアリカを通ってアタカマ砂漠を南下する
果てない砂漠の旅、着の身着のままの2000km
そうしてサンティアゴに
そしてそこからアンデス . . . 本文を読む
或る日私は、学校の同級生たちのパーティーに招かれた。
アルゼンティンは食べ物の豊かな国だ。国民の主食は肉と言ってもいいかもしれない。ワインと牛肉、今でこそ健康志向で魚や野菜を食べるようになったと聞いてはいるけれど、当時私の住んだ地方都市では、誰もが日本人が米を食べるように牛肉を食べ、水代わりにワインを飲んでいた。この国には飢えて死ぬ人がいない。たとえ働かなくても、食堂の裏口に行けば分厚い肉の食べ . . . 本文を読む
ここで君に言っておかなきゃと思うんだけど、
・・・いや、僕がアルゼンティンに行けた訳のことをさ。
知ってのとおり、東京にいた時僕は貧乏学生だった。それも当時珍しいくらいに筋金入りの。
親父には大学の学費と当座の生活費を一時期払ってもらったよ。私立大学だったから授業料が高かった。その大学だって、実は僕にとっては何ほどのものでもなくて、ただ一浪した末受験した悉くに落っこちて、結果的にたったひとつ滑り . . . 本文を読む
大阪の町はその辺りは空襲で焼け野原になった所で、地番も昔とはだいぶ異なっている。随分足を棒にしてやっと見つけたんだ。昔の住所を記した紙切れひとつで、よく辿り着けたと思ったよ。
他でもない数少ないここでの友達の頼みだから、すぐに諦めることはできなかったのさ。
俺が17年ぶりに日本に帰ると言った時に、あいつはこの住所と名前をくれた。
「どうかここに行って、俺は元気でやってると伝えて欲しい。昔とてもお世 . . . 本文を読む
それは私にとってもう遥か昔のことのように思えたし、そうかと思うと何かの拍子に記憶の断片がまるで真新しい出来事のように脳裏に浮かぶ時もある。
アルゼンティン、その国は私の心に深く根を張った忘れようとしても忘れられない国。
だけど当時積み上げた大量の思い出のほとんどは、とうの昔に心の本棚の奥底に埃を被って埋もれてしまっている。
昨夜、俄かに思いついて奥の部屋の箪笥の上に積み重ねたダンボール箱をひと . . . 本文を読む
河原の土手に座って、あの娘は風に吹かれていたのです。
当時高校3年だった私はいつか東京の美大に通うことを夢見て、時折足の向くままに河原にスケッチに行ったりしていました。春も夏も、河原の風は土手の草を靡かせて私の胸に青い希望を運んで来てくれます。あの娘は高校の隣りのクラス、可笑しいことにお互いに遅刻の常習犯でした。私の家はともかく、彼女の家はずいぶん遠くにあったものだから自転車通学を許されていた。冬 . . . 本文を読む
この頃は、日中陽が差す日でも、夕方になるとめっきり寒い。
夜ともなれば、いくらセーターを着込んだとしても、コタツか毛布にでもくるまらないと居たたまれなくなって来た。
このところ、夜から明け方にかけて、我が家の近くをキツネが通る。
キツネの声は、お話では「コーン」と鳴くように言うけれど、
実際に聞くと、「ギャーッ、ギャーッ」と聞こえる。
最初は、喧嘩で声を枯らした猫だろうか、なんて思ったものだっ . . . 本文を読む
ホルスは、どうして家を出たのか。
クマとの確執だったのだろうか。
私たちがこの家に引っ越してからおよそひと月後に、多分近くの山に捨てられたのだろう野良猫が迷い込んで来た。
大きい猫だった。けれどあばら骨が浮き出るほどに痩せ、尻尾は途中から千切れ、痛々しくびっこをひいていた。
首輪をしているところを見ると、明らかに飼い猫だったんだろう。黄色の毛並みはボサボサで、あたかも継ぎはぎだらけの毛布にくる . . . 本文を読む
今年は栗が早く実ったようだ。
例年だとちょうど稲刈りの合い間に拾うのだけれど、今回は先日の台風以来、毎日少しずつイガが落ちてきている。
今日は小さ目のバケツひとつ分拾った。
落ちてすぐ拾うと虫が少ないので、食べてて気持ちがいい。
去年より10日ほども早い、栗スーズン到来だ。
裏庭には大鍋ほどの太さの栗の木がある。鶏小屋の後ろに1本、更に奥にもう1本。
茶色いイガを枝の下にたわわに落としたこの木を . . . 本文を読む
救急車が着いた時には心臓が停止してから既に30分以上経過していたそうです。もちろんそのまま昏睡状態。医者は95%の確率で亡くなるでしょうと。一時はほとんどすべての望みは絶たれたかのように見えたのですが、しかし鬼のような父の気迫の故なのか柔道で鍛えた頑丈な体のせいなのか、2週間後に奇跡的に昏睡を脱しとりあえず一命は取り留めたものの綱渡り状態、それから危篤の報を受けて急遽帰郷した私と兄と母は24時間手 . . . 本文を読む
私のただひとりの兄は当時実家にいて通いの歯医者をしていました。小さい時からスポーツに勉強に優等生の兄でしたが、何よりも勉強がよく出来たからいい。お前たちは何が何でも医者になれ医者はどんな時代にも決して生活に困ることはないからとは、父は私たちが小さい頃から折りにつけ繰り返し言っていたことです。そしてその次には決まって自分が若い頃貧乏のために医学部に進むことができなかった不遇をかこつのでした。兄は私と . . . 本文を読む
私の父は鬼のようでありました。父の笑った姿を思い出すことができない。背丈180センチにして体重100キロ。若かりし時は講道館にて師範を務め末は6段まで取ったという猛者であります。遠い昔に古い家のお風呂場から忍び込んだというふたり組みの泥棒が父の一喝にて慌てふためき逃げ散ったという話もあながち嘘ではないでしょう。子供の頃よく見る父は昼間でも畳の上で寝ていました。家は田舎町で店屋をしていましたから時々 . . . 本文を読む
あなたは今度の春 東京に行ってしまうという
ならば ぼくも東京に
行こう
あなたにはぼくの気持ち 今になっても
打ち明けれずじまい
でもせめて同じ空を仰ぎながら 新しい生活ができたら
いいと思う なぜなら
少なくともここにい続けても
ぼくの人生は
だめになってしまうばかりだから
川原を吹き上げる熱い風が汗を滴らせるあの夏の日に、
高校生だった私は他の誰もがしているように恋をしたくて、
ある人 . . . 本文を読む
もう10年近く経つだろうか。昔「エネルギー」を見ることのできるという女性と山を歩いたことがある。
彼女は「チャネラー」とか言っていた。それがどういう意味か今でもあまり良くわからないけれど、多分いろいろな目に見えないエネルギーを見たり感じたりすることのできる人なんだと思う。実際彼女といると、自分には見えないものの存在を教えてくれて、とても面白い。
例えばとある山小屋に同宿した時に、彼女は突然、この家 . . . 本文を読む