都知事選挙の開票速報が始まるというので、コーヒーを片手にテレビの前に座ったところ、開票開始後わずか30分足らずで、石原3選が決まってしまった。
数々の暴言、憲法の否定、豪華海外視察、身内の登用などの数々の横暴や都政の私物化が曝露されたにもかかわらず、この圧勝である。
こう言っては失礼だが、都民のバカさ加減にも少々呆れてしまった。「反省」する姿に、騙された人も多かったのかもしれない。
しかし、投票率が上がっているにも関わらず、石原新太郎の得票数が10%ほど下がったことは、良識ある都民が少なからず存在することの現われと思いたい。
さて、歴史を振り返ると、日本人というのはつくづく粘り強い国民なのかもしれない。
江戸時代の約260年もの間、国民の8割を占めた農民は、自らの生産物の4~5割を武士に献上し、自らは米を口にすることは少なく、雑穀を食べて暮らしていた。武士は、この農民のうえに徒食を重ねていたわけである。
そして、この制度が見直されるまでには、実に260年もの歳月を要したわけである。
現代人の暮らしはどうだろうか。
科学技術の進歩によって、江戸時代に比べればはるかに文明的な世の中になったが、数多くの政治家や官僚が国民の税金によって徒食している。その1人が、石原慎太郎ではないか。
しかし、国民がこのことに気づくには、もっと多くの時間がかかるのだろう。
国民もバカではないので、自分の身に増税や負担増が始まれば、気づくはずだと言う人もいる。しかし、企業への減税、補助金のばらまきの一方で、庶民に対する全面的な増税が行われ、サラリーマンの手取り収入は減り、高齢者への税負担、保険料負担が増え、若者は非正規雇用の低賃金で喘いでいるにも関わらず、世の中はそれほど変わっていない。それどころか、悪くさえなっている。したがって、大変残念だが、自動的には社会は変わらないのである。
今回の石原圧勝がその端的な例である。
人柄を基準に選んだという人がもっとも多かったそうだが、憲法を否定し、税金で飲み食いし放題、身内重用のどこに人柄の良さを感ずるのだろうか。
しかも、当選の記者会見で、「阪神大震災では、自衛隊への出動要請が遅かったために、2000人が余計に亡くなった」などと事実に反する失言をし、当選早々に被災地からも非難を受けている。こういう人物がまともな人物であろうはずがない。
国民のレベル以上の政治は育たないことは明瞭である。この国をまともな方向に向けていくためには、もっと多くの努力と時間が必要なことを痛感させられた選挙だった。
数々の暴言、憲法の否定、豪華海外視察、身内の登用などの数々の横暴や都政の私物化が曝露されたにもかかわらず、この圧勝である。
こう言っては失礼だが、都民のバカさ加減にも少々呆れてしまった。「反省」する姿に、騙された人も多かったのかもしれない。
しかし、投票率が上がっているにも関わらず、石原新太郎の得票数が10%ほど下がったことは、良識ある都民が少なからず存在することの現われと思いたい。
さて、歴史を振り返ると、日本人というのはつくづく粘り強い国民なのかもしれない。
江戸時代の約260年もの間、国民の8割を占めた農民は、自らの生産物の4~5割を武士に献上し、自らは米を口にすることは少なく、雑穀を食べて暮らしていた。武士は、この農民のうえに徒食を重ねていたわけである。
そして、この制度が見直されるまでには、実に260年もの歳月を要したわけである。
現代人の暮らしはどうだろうか。
科学技術の進歩によって、江戸時代に比べればはるかに文明的な世の中になったが、数多くの政治家や官僚が国民の税金によって徒食している。その1人が、石原慎太郎ではないか。
しかし、国民がこのことに気づくには、もっと多くの時間がかかるのだろう。
国民もバカではないので、自分の身に増税や負担増が始まれば、気づくはずだと言う人もいる。しかし、企業への減税、補助金のばらまきの一方で、庶民に対する全面的な増税が行われ、サラリーマンの手取り収入は減り、高齢者への税負担、保険料負担が増え、若者は非正規雇用の低賃金で喘いでいるにも関わらず、世の中はそれほど変わっていない。それどころか、悪くさえなっている。したがって、大変残念だが、自動的には社会は変わらないのである。
今回の石原圧勝がその端的な例である。
人柄を基準に選んだという人がもっとも多かったそうだが、憲法を否定し、税金で飲み食いし放題、身内重用のどこに人柄の良さを感ずるのだろうか。
しかも、当選の記者会見で、「阪神大震災では、自衛隊への出動要請が遅かったために、2000人が余計に亡くなった」などと事実に反する失言をし、当選早々に被災地からも非難を受けている。こういう人物がまともな人物であろうはずがない。
国民のレベル以上の政治は育たないことは明瞭である。この国をまともな方向に向けていくためには、もっと多くの努力と時間が必要なことを痛感させられた選挙だった。