時々新聞社

慌ただしい日々の合い間を縫って、感じたことを時々報告したいと思います

無責任の極み、横浜市長辞職

2009年07月31日 | 政治問題
先日、横浜市の中田宏市長が市長を辞職した。
今回の衆院選ではないが、中田氏は将来的に国政への転身を念頭に置いているとみられる。辞職の理由については、山田宏・東京都杉並区長らとともに今年10月にも立ち上げる予定の新しい政治団体の活動に専念するため、としている。
中田氏は、松下政経塾時代の先輩にあたる山田・杉並区長らとともに17日に東京都内でフォーラムを開き、自民、民主両党とも一線を画した新しい政治団体「『よい国つくろう!』日本国民会議」を設立する考えを表明した。
また、橋下徹・大阪府知事、中村時広・松山市長ら約20人でつくった「首長連合」では、総選挙で各政党のマニフェストを比較し、評価することを決めていた。
自治体の首長を足がかりに、国政に転ずることを頭から否定するつもりはないが、任期途中に、その職務を投げ出すことは極めて無責任であろう。
動機は認めよう。自民でも民主でもない新しい政治団体を設立することは、国民の希望にも沿うものと思われる。なぜなら、国民に、自民か、民主かという二者択一を迫る今のやり方に編集長は賛成できないからである。国民の意識や要求はきわめて多様であり、2つの考えに縛られることなどできるはずがないからである。
しかし、中田氏は、その経歴から判断して、結局は保守の一角を占める人物のように思われる。数年後には、自民党の衰退を補完し、ある時には民主党の補完勢力になる可能性が極めて高いのではなかろうか。

経済財政白書で、失業「予備軍」は607万人?

2009年07月27日 | 経済問題
日本企業が実際の生産に見合った水準を超えて抱えている「過剰雇用者」の数が2009年1~3月期に過去最多の607万人に達したとの政府推計が発表された。
林経済財政相が同日の閣議に提出した2009年度年次経済財政報告(経済財政白書)で示された。
白書によると、過剰雇用者数は、金融機関の大型破綻が相次いだ後の1999年1~3月期(359万人)をピークに減少傾向にあったが、昨秋以降の急激な景気後退に伴う生産縮小で、最近になって急増したとしている。
政府は、ついこの間まで、少子高齢化で労働人口が減少に転じるので、移民を促進して労働力を確保しなければならないと主張していたではないか。それが一転して、過剰雇用になっているとはどういうことだろうか。少子高齢化には、歯止めがかかったとでも言うのだろうか?しかも、職場では相変わらず、残業時間も多く、人手不足の職場はたくさんある。
要するに、人手が余っていますよということを国民に強引に理解させることによって、企業によるリストラもやむを得ないという「偽りの世論」、「風潮」を作りだすためのものでしかない。財界が泣いて喜びそうな白書になっている。
各企業は、大量の非正規雇用者との契約を打ち切ってきたが、今後は、正規雇用者の解雇に踏み出すための口実を、政府が国民に「洗脳」を始めたということだ。けっしてこういう宣伝にけっして騙されてはいけない。
また、白書では、個人消費の主役となるはずの30~40歳代で貯蓄率が上昇傾向にあり内需を下押ししている可能性を指摘している。当たり前である。雇用や社会保障制度に対する不安があり、しかも、600万人もの過剰労働者が存在すると言われて、誰が消費を拡大しようとするだろうか?頭がおかしいとしか言いようがない。
企業業績がどうなっているか?企業業績を回復させるために何が必要か?
このように、企業業績にのみ焦点を当てて、対策を取ろうとするところに、政府の経済対策の最大の弱点がある。
経済に対する評価は、国民生活に視点を当てて、これを打開するために何が必要かを明らかにする必要があると思われる。

民主党の現実路線を歓迎?

2009年07月26日 | 政治問題
先日発表された民主党の政策集に対して、産経新聞が早速、歓迎のメッセージを送っている。
民主党が、国連安保理決議に基づいて北朝鮮船舶に対する貨物検査を実施する方針も明記したことに対して、産経は、政権獲得後には、外交・安全保障政策で現実的な対応をとろうとする姿勢の表れと受け止めたい、とエールを送っている。
貨物検査特別措置法案は、解散により廃案となった。国会終盤、民主党は早期成立に協力せず、国連や国際社会に厳しい対北朝鮮制裁措置を求めておきながら、日本の法整備ができない状況を招いた。民主党が態度を明確にしたのは評価できなくはないが、まず廃案にした責任を総括すべきだと苦言を呈している。
また、民主党は海賊対処法に反対していたが、ソマリア沖での海賊対処活動は継続する姿勢を示し、インド洋で補給支援を行う海上自衛隊を「即時撤収する」との従来の方針も引っ込めたと、この点も産経は評価している。
また在日米軍の裁判権などに関する日米地位協定について、従来は「抜本的改定に着手」としていたものの、「改定を提起」にとどめ、米国との対決色を薄めたと、歓迎している。
一方、憲法改正問題をはじめ、不明確な課題が多い。財政健全化は目標年を定めておらず、年金財源に充てる消費税は4年間、税率(5%)を引き上げないという。これでは政権全体の方向性が見えないと不満を表明している。
米軍への追随、自衛隊の海外派兵、憲法とりわけ憲法9条の放棄、消費税の引き上げなど、アメリカに追随し、庶民に負担を押し付ける政策が現実路線であるとして評価しているのが産経の態度である。
しかし、国民は、現実を維持することを望んでいるのではない。このような閉塞した現実を何とか「改革」してもらいたいと願っているのである。
そういう意味では、産経新聞のこの論調は、まるで国民の意識からかけ離れている。
今は、アメリカでさえ、軍事力で世界を動かせなくなっている。ドルの威信も低下し、経済的にもイニシアチブが発揮できなくなっている。
だからこそ、大統領が、核兵器の廃絶に言及し、北朝鮮に対しても、イラクやアフガニスタンで取ったような軍事一辺倒の対応ではなく、「わがままな子供」をあやすような対話路線を取らざるを得なくなっているのである。
こういう世界の流れの中で、日本がなぜ非核三原則を見直し、憲法9条を放棄して、自衛隊を海外に派兵し、さらに武力行使ができるような政策を採らなければならないのだろうか。
こういう点から見れば、民主党が掲げている「現実路線」は、時代に逆行し、国民の期待を裏切るものになるだろう。
江戸時代には、江戸に将軍様がおり、各藩には領主様がいることを、ほとんどの庶民は当たり前だと思って260年間も暮らしてきた。
同じように、戦後、多くの国民は、自民党の政権がずっと続くと思ってきた。しかし、この政権はどうもおかしいぞと思うようになり、この政権に代わる新しい政権、政治を模索しているのが現在の政治状況である。また、国民の中には、資本主義への懐疑の感情さえ含まれているのが現状ではなかろうか。産経新聞の激励に沿って、民主党が「現実路線」を採用すれば、すぐにも国民から見放されることになるだろう。

民主党の政権公約を読む

2009年07月25日 | 政治問題
民主党が、衆院選政権公約(マニフェスト)の基となる2009年の政策集をまとめた。
政権獲得を視野に入れ、海賊対策のため自衛隊派遣を容認することを盛り込み、インド洋での海上自衛隊による給油活動の中止は明記せず、対米関係への配慮を強めるなど外交分野で現実路線を打ち出した。福田内閣の際には、給油法を一度廃案に追い込んでおきながら、政権を取ったら続けますというのは一貫性に欠ける態度であろう。
在日米軍駐留経費の日本側負担(思いやり予算)に関しても、昨年までは、「不断の検証を行う」としていたが、今回は言及を避けている。
これらの点については、自民党とまったく同じである。
財源問題だが、将来の消費税の税率引き上げにも含みを残し、給与所得控除に適用制限を設けるなどとしている。
消費税を増税する点で、自民党と同じであり、若干実施時期が遅くなるということである。高額の給与を受けている人は増税になる。
中学生までの子ども1人当たり月額2万6000円を支給する「子ども手当」を創設するが、一方では、「配偶者控除」や「扶養控除」をなくして財源に充てるという。
ということは、中学生までの子供のいる家庭では家計が助かるが、高校、大学生のいる家庭や子供のいない家庭では増税になる。
結局、自公政権が行った、3~5歳までの手当て支給と同じバラマキではないか。
税制を根本的に見直し、金のある者から取って、庶民に回すという「根本思想」に欠けている。
庶民のこっちから削って、あっちに付け足すだけの「政策」とも呼べない代物である。
多くの国民が、自公政権に終止符を打って、何とか政治を変えて欲しいと願っているが、このような中身では、国民も騙されたと思うに違いない。
官僚政治を打破すれば、無駄な公益法人などがなくなり、それなりに財源はできるだろう。それをどのように使うのか?
海外派兵や米軍への思いやりのために使うのか、それとも庶民のために使うのか、それがハッキリしていない。
また、民主党は格差の解消も唱えている。ならば、どこからお金を取って、どこに使おうとしているのか、その根本の考え方が、この政策からは読み取れない。
政策の根本は、自民党政治の踏襲であり、個別の政策を小手先で手直ししただけの政策となっている。
自公には不満、民主には不安。これが庶民の感覚ではなかろうか。

橋下知事講演「自民、公明、民主の枠組み崩れる」

2009年07月24日 | 政治問題
大阪府の橋下徹知事が、松山市内で講演し、「次の総選挙でいろんなことが起きても、すぐ次の次の選挙が近づいてくる。国会はグチャグチャになり、自民、公明、民主の枠組みが崩れることは間違いない」と述べ、総選挙後に政界再編があり得るとの見方を示したという。
橋下知事の言動には、傾聴に値しないものが多く、まぁ無視しておけばよいのだが、今回の発言はなかなか面白い。
講演は地元経済団体などが主催し、このくだらない講演を聴くために、約1,300人もに人が集まったそうだ。
橋下知事は「次の総選挙は『地方分権総選挙』。霞が関の大改革をやらないといけない」と持論を展開。「麻生首相を筆頭に、国が何を目指そうとしているのか全くわからない。国会議員は危機感がない」と批判したという。この辺の話はつまらない。
問題は、講演後に、報道陣から政界再編について聞かれた橋下知事は「僕は(起きると)思っている。自民党の中に対立構造があり、このまま、まとまり続けるとは思えない。自民、公明、民主の枠組みが崩れる」と語ったという。
自公民3党の枠組みが崩れるという点は鋭い観察である。
枠組みが崩れるということは、この3党の議員であれば、誰と誰がくっついてもまったく違和感がなく、要するに政策の違いもほとんどないということだ。
この間の連立政権を通して、自民と公明の間には、政策的にはまったく違いがなくなった。支持層、支持母体が異なるだけで、中身はまったく変わらない。
問題は、今度の総選挙の結果、政権を握る民主党と自公両党との間に、どの程度の政策の違いがあるのかという問題である。
民主党も、いったん政権につけば、官僚の天下りや年金問題など、相応の「改良」は行うだろうが、すぐにネタも尽き、あとは自民党と同じということになって、国民からも見放されるだろう。
その時に、自民、民主の双方が分かれて、どちらかの一方と野合し、これに公明党が追随することは、十分にあり得ることであろう。
この点で、橋下氏の予言は当たると思われるが、どのような組み合わせになったとしても、国民にとっては、あまりうれしくない選択であり、自公民のどこが政権についても、政治の中身はそれほど変わらないであろう。

さあ総選挙

2009年07月23日 | 政治問題
国民にとっても、待ちに待った総選挙であろう。
前回の郵政解散の際には、「浮かれすぎて自民党に投票したが、ちょっと自民党を勝たせすぎた」、「自民党を選んで失敗した」というのが、国民の率直な感情であろう。
今回は、その反省をもとに、冷静に選んで欲しいと思っている。
首相の個人的な資質や酔っ払い大臣の記者会見など、自民党のレベルはあまりにも低いが、そういう個々のスキャンダルが問題なのではなく、自民党(+公明党)政権では、社会や経済、国政上のさまざまな問題を解決できなくなっているという根本的な問題がある。
今回の選挙で、民主党を中心とした政権ができる可能性が極めて高いと思っているが、テレビなどで報道されているように、「自民か、民主か」といった二者択一を迫るような方法は、報道姿勢として好ましくないと思っている。
現代日本における国民の考え方は極めて多様である。
この多様な考え方を2つのどちらかにまとめようとすること自体に無理がある。30でも、50でも、国民の意思を反映した政党があり、政策をたたかわせることが重要ではなかろうか。
選挙制度上、小選挙区の300議席は、そのほとんどを自民と民主で争うわけだが、これでは、国民の多様な意見が反映しにくく、結局は「棄権」せざるを得ない国民も多くなり、投票率の低下を招くことになる。
選挙制度上、少数政党が当選しにくくなったのは事実だが、さまざまな政党、政派が国会に出ることによって、自民でも民主でもないといった政策的な選択が可能になるのではないだろうか。
自民も、民主も、比例代表部分の定数をさらに削減しようという提案をしている。自分たちにとっては、その方が都合が良いかもしれないが、このような党略的な提案は、民主主義の観点から、また、多様な国民の意見を抹殺してしまうという観点から好ましくない。
また、自衛隊の海外派兵、憲法の改定、消費税率のアップなど、国民にとって重大な問題では、「自民も、民主も」同じである。これらの点については、国民の更なる監視が必要であろう。
せっかくの選挙である。「自民か、民主か」にとらわれず、各党の政策を聞くだけでなく、国民の意見を各政党の政策に反映させることが重要である。
賢明な選択がなされることを祈っている。

都議選から

2009年07月19日 | 政治問題
都議選の最中に、私の住む選挙区では、告示2週間くらい前から連日のように自民党のある候補者の支援者たち10人以上が、揃いのTシャツを着て、午前7時頃と夕方6時頃には、続々と駅に集まってきて、並んで挨拶を繰り返していた。
選挙以外に、自民党の候補者や支援者が駅に来ることはまったくない。
似合わない、ピンクのTシャツを着た、高齢のおじさんやおばさんのバイタリティはどこから生まれるのだろうか?
自民党の候補者が当選することによって、どういうメリットや利点があるのだろうか?
自民党の政策や候補者の人柄などに共鳴して応援しているとは、到底考えられない。もしそうなら、日常的に、地域で活発に活動しているはずである。ということから判断すると、具体的な実利を目当てにして、参加しているのだろう。
たとえば、選挙期間中のアルバイトは、運転手などの特定の業務に限られていて、駅に並んで挨拶をするとか、チラシを配布するような選挙運動は、まったくのボランティアでなければならない。
しかし、選挙中にも手伝ってくれることを必須条件に、告示前に駅頭に立つ行為に対して、割り増しのアルバイト料を支払う方法は可能かもしれない。おそらくこういう形で、お金が入る仕組みになっているのだろう。
少し話が逸れるが、読者諸兄は、地域の民生委員や選挙時の投票の立会いなどがどのように決められるのか、ご存知だろうか?
少なくとも、私の住む地域では、自民党を支援している地元の町会長、自治会長、有力者が推薦して決まることになっている。
民生委員や投票の立会いには、当然に、手当てが支給される。
こういう小さな「利権」、「利得」にあずかるためには、自民党支持の町会長や地元の有力者と懇意にしていなければならないということである。
民主党や共産、社民などを支持していたのでは、いくら地域のことに熱心に取り組んでいても、民生委員や投票の立会人になって欲しいといった依頼は来ないのである。
ところで、この民生委員というのは、まじめにやろうと思えば、到底さばききれないくらいの仕事がある。たとえば、地域の生活保護世帯、高齢世帯、母子家庭、地域の非行などの情報の把握、訪問、各種申請などを行うことになっているが、地域の住民からすれば、相談しようにも、いったい誰が民生委員を務めているのかさえも定かではない。
とすれば、相談に来る人などほとんどおらず、実質上は何もしていないのが実情である。
報酬を懐にし、何年か務めると、「地域に多大な貢献をされた」などと自治体から表彰され、これを近隣の住民に自慢するくらいのものである。その時になって、初めて、この人が地域の民生委員だったのかと、ほとんどの住民が気づくのである。
大した金額ではなくとも、ほとんど何もせずに、毎月手当てが支払われるというこの行為の中で、自民党支持が刷り込まれてゆくのである。
自民党は、長い統治の中で、日本の地域の隅々に、このような利権体質を網の目のように組み込んできたのだが、そろそろ、こういう利権政治に終止符を打つ時であろう。

鳩山代表、米軍の核持ち込みは「黙認」

2009年07月18日 | 憲法・平和問題
民主党の鳩山代表は記者会見で、日米両政府が核兵器を搭載した米艦船の寄港などを黙認する密約を交わしたとされる問題について、「非核三原則が堅持される中で、北朝鮮の問題も含め、必要性があったからこそ現実的な対応がなされてきた。(今後も)その方向で考えるべきだ」と述べ、これを黙認することを公にした。
歴代自民党の首脳でさえ、公然と、「核兵器を搭載した米艦船の寄港」は認めてこなかった。だからこそ、「密約」という形で、秘密裏に政府の中で引き継がれてきたのである。
ところが、鳩山氏は、公然と「非核三原則」を否定し、「核兵器を搭載した米艦船の寄港」が必要ならば、認めてもよいという意味である。
これは、自民党以上に危険な考えと言わざるを得ない。
鳩山氏は「(三原則の)見直しと言ったわけではない。現実を無視はできないので、政権を取ったら日米でよく協議したい。守れるなら一番望ましい」と説明したというが、アメリカと何をはなしあうのだろうか。日本からの要求はただ一つである。「非核三原則の堅持」、これ以外にないではないか。これが、被爆国である日本の「国是」である。
もし、この国是を曲げるというのならば、来るべき総選挙で、「非核三原則の廃止」、核兵器の持込の容認をマニフェストにきちんと掲げて、国民に意見を求めるべきであろう。

GMのCEO、退職金6割削減でも7億円

2009年07月17日 | 経済問題
ゼネラル・モーターズ(GM)のリチャード・ワゴナー前最高経営責任者(CEO)が退職金を6割削減することに合意し、8月1日付で退職することがわかった。
3月末に米政府からCEO職を追われたワゴナー氏は雇用契約に基づき2020万ドル(約18億8000万円)の退職金を受け取る権利があったが、経営破綻の責任を明確化するため820万ドルに減額される。
GMが米証券取引委員会(SEC)に提出した資料で明らかになった。
ワゴナー氏は他の経営幹部と同様、5年にわたり年164万ドルの退職金を受け取るほか、管理職を対象とした年金(年約7万4000ドル)を生涯受領するという。
米政府とGMは、巨額の退職金を支給すれば世論の強い反発を招きかねないとして本人と調整を続けていたというが、その結果がこれだ。
会社を事実上の倒産に追い込んでおいても、報酬がもらえるというのはどういうことだろう。
社長などの経営陣は、経営を管理する役割を担っており、この結果に基づいて報酬を受け取るのが普通だろう。
契約によると、おそらく結果がどうであれ、いくらの退職金を受け取るということになっていたから、会社が潰れようがどうしようが、もらうべきものはもらうといったことである。
使いきれないほどの退職金のほかに、年金も受給できるし、至れり尽くせりである。リストラに遭い、現在失業している社員のことを何とも思わないのだろうか。
自分さえよければ、それで良し! 所詮は資本主義国だな、という結末である。

麻生降ろしで混迷

2009年07月16日 | 政治問題
自民党総裁選の前倒しをめざして、両院議員総会開催を求める署名集めをしてきた中川秀直元幹事長らは、総会開催に必要な人数が集まったとして、細田博之幹事長に開催要求をしたそうだ。
与謝野財務相と石破農水相は麻生首相に対し、両院議員総会で自ら解散に踏み切る決意を語り、理解を得るように求めた。衆院解散を目前に「麻生降ろし」の動きが急速に広がっている。
署名に応じた議員は、与謝野、石破両氏を含む130人余で、総会開催に必要な党所属国会議員の3分の1にあたる128人を超え、現職の副大臣もいるという。
既に名簿も発表されているが、総選挙になれば、落選しそうな連中ばかりである。
自らが、選挙での顔として選んでおいて、先日の衆議院での不信任決議案を否決しておきながら、党内では、首相の解任を求める自民党議員というのは、いったい何なのだろう。無責任極まりない。
とにかく、選挙を少しでも有利に進めたいという、ただそれだけの理由で、総理、総裁の首のすげ替えを希望しているということだ。
挙句の果てには、総裁選前倒しを可能とする党則改定を提案する考えもあるという。自分たちに都合の良いように「党則」まで改定するというのだから、あきれるほかはない。
ところで、党総裁選の前倒しをめざしているのは、中川、武部勤、加藤紘一元幹事長らであるが、とにかく、反麻生のポーズをとることによって、国民世論に迎合しようという腹が見え見えである。読者諸兄も覚えておられるだろうが、武部などは、あのホリエモンを「わが弟」などと呼んで、小泉劇場で準主役を演じた人物である。その後、ライブドア事件について、反省の弁は聞いたこともない。
また、加藤も「加藤の乱」以降、政治生命を絶たれたご老体にすぎない。
国民の「反麻生」世論の高まりの中で、自民党内にも「反麻生」で自浄作用を発揮しているメンバーもいるんですよと、国民にアピールするためだけの騒ぎに他ならない。
このような動きに惑わされる国民はもういないと思われるが、相変わらず騙される国民もいるかもしれないので、念のために注意を呼びかけておこう。

元郵政刺客議員が公認漏れで無所属出馬へ

2009年07月15日 | 政治問題
「自民党に抱いていた希望は失望に変わった」。衆院山梨2区から自民党公認での出馬を目指していた長崎氏(40歳)=比例代表南関東ブロック=が先日離党した。4年前、郵政民営化に反対した堀内元総務会長(79歳)の刺客として2区から出馬したが、堀内氏の復党に伴い2区での公認から漏れた。長崎氏は、この決定に「明確な説明がない」と党執行部を批判、無所属で2区から出馬するそうだ。
同氏によると、昨年6月、古賀誠選対委員長から「派閥の領袖の元総務会長を小選挙区で公認しないわけにはいかない」と、比例代表での出馬を打診された。断ると、古賀氏は2区の1万人を超える党員に「長崎氏の行動は反党行為で、厳しく対応する」とした手紙を送った。最終的には「党の理論に屈せざるを得なかった」という。衆院選の日程が固まった13日午後、同氏は党本部で、細田博之幹事長に離党届を提出した。細田氏から「どうしても山梨2区から出たいということか」と聞かれたが、慰留はされなかったという。
郵政解散、刺客騒ぎなどと演出された小泉劇場の中で踊らされ、採決マシーンとしての役割を終え、不要になって捨てられただけのことである。
無所属から出馬するというが、自民党に「希望を抱いていた」というような人物である。所詮たいした人物ではあるまい。4年も経ってから「失望」を感じるくらいだから、相当愚鈍な人物であることは間違いない。しかも、自分を山梨で公認してくれなかった腹いせに、離党を表明しただけのことだ。
しかも、このような人物から、批判され、見放される自民党という政党も、どうしようもない政党であることは間違いない。
人間でも、組織でも同じだが、困難に直面した時に、本領を発揮して踏ん張れる場合と困難に頭を垂れる場合がある。
いま自民党内の混乱を見ていると、麻生降ろし、両院議員総会の開催要求、離党者、渦巻く不満など、完全に(賞味期限ではなく)消費期限が切れ、腐臭さえ放ち始めている。
こういう政党や議員に日本の進路を託せるわけがないことだけは明瞭である。

死生感について国民的な討論を

2009年07月14日 | 医療・社会保障
臓器移植法のA案が成立した。
脳死を人の死とするかどうかについては、医学的、倫理的にまだ多くの問題がある。
それを、移植する際には、「人の死」と規定するということを、国会の多数決で決定するというやり方が望ましいのだろうか?
移植を待つ小児患者の家族らからは、改正移植法の成立に対して、歓迎の言葉が溢れた。欧米では当たり前に行われていることが、なぜ日本で実施できないのかという意見も多い。また、日本では、医学も格段に進歩しており、成功する確率もはるかに高いだろう。
一方で、「脳死」と判定されながら、その後も数年にわたって「生き続け」、身長が10センチも伸びたという自身の子供の例をあげながら、脳死段階での移植には反対を主張する家族もいる。体も温かく、髪も爪も伸び、身長まで伸びて成長する子供から、どうして臓器を摘出することができるのか、という声にも我々は耳を傾けなければならない。
こういう両者の見解の違いの存在は、国民の中で、脳死を人の死とすることへの合意が得られていないことの反映である。また、個々人の宗教観、死生感、倫理観の違いであり、埋めがたい溝であり、最終的には同意を得ることが困難なのかもしれない。
もし、このような状態で、とりあえず法律だけを整備したとしても、果たしてスムーズに脳死移植が進むだろうか?法律倒れになるのではなかろうか?
だからこそ、多少時間はかかっても、もっと国民の中で、脳死移植に対する議論を深め、結果として、賛否が半分ずつに分かれてもよい。国民一人ひとりがこの問題について自分なりの意見、考えを確立し、そういう場面に出くわした時に、自分自身や家族が納得して、決断ができるような状況を国民意識の中に広げることが必要であろう。
そういう状況が作り出されていないにも関わらず、法律だけ整備しても、結局は、移植は進まないというのが、この間のいわゆる成人での臓器移植法の現状ではなかろうか?
1997年に、臓器移植法が施行されてから10年以上、日本では、脳死患者からの臓器移植はけっして順調に進んでいない。
その根本的な理由は、法律上の問題ではなく、国民一人ひとりが、自分自身の問題として、脳死や臓器移植の問題を考える機会に恵まれず、自分の死後に、臓器を提供してもよいという意志を表明している人が少ないということに最大の原因があると思われる。
したがって、国民の間でのこの問題に対する積極的な討論の結果、自分や家族でこの問題を話し合い、一人ひとりの意志をお互いに確認し合って、いざという時に、その意志を生かせるようにすることが大切だ。
死生感、意見の違いは当然である。絶対に臓器を提供しない、したくない人もいるだろう。一方で、死後に人の役に立つならば、とドナーになることを承諾する人もいるだろう。それで良い。
さまざまな議論の中で、自覚的に、進んでドナーになる人が増えるような討論が必要である。
そういう意味で、今回の法律は、ただ方法だけを決めたという感が否めない。現在のような臓器移植の状況では、法律ができたことで、逆に、もう議論は済んでしまったということにならないだろうか。個人的には、もっと、広範な国民的な討論を行った後に、法律を決めるべきであったと思っている。
これからは、学校で、家庭で、あるいは職場でも、議論を尽くしながら、国民人一人ひとりがこの問題について自分の意志を確立してゆくことが必要であろう。

都議選拾遺

2009年07月13日 | 政治問題
都議選の結果は、多少は予想していたが、雪崩現象で民主党の圧勝に終わった。
民主党は、れっきとした都議会の与党であり、石原知事提案にはほとんど賛成してきた。悪名高い豪華海外出張、オリンピック招致とそれに伴う築地の豊洲への移転、新銀行東京の創設などにも諸手を上げて推進してきた。
ところが、選挙戦が始まると、そういう行動への反省はまったくなく、いきなり「野党」を詐称し、都民の票を掠め取ってしまった。マスコミも、与党(自民、公明)が過半数を制するかどうか、自民党と民主党のどちらが多くの議席を獲得するか、といった的外れな争点を巷に流したために、都民が惑わされた結果にほかならない。
いずれにせよ、マスコミに作られた民主党の圧勝であったことは間違いない。
野党として議席を伸ばしたのだから、これから民主党がそれぞれの問題にどのように対応するのかが問われている。
民主に投票した都民も、都議会での今後の民主党の活動を監視する必要があるだろう。
一方、自民党の退潮は甚だしいものがある。
国民の自民党政治への怒りの大きさを痛感した。ところが、国政での与党である公明党は、議席を伸ばしている。得票は相当減らしているようだが、やはり、支持母体である創価学会の力の大きさであろう。今回も、全国各地から応援が駆けつけたようで、近所の友人宅には、まったく年の離れた高校の先輩、中学の同窓生まで訪ねてきたという。この執念たるや、すさまじいものがある。
さて、国政では、麻生首相が、今日、明日にも解散するのではとのウワサがある。しかし、自民党内では、解散時期の先送り論や麻生降ろし、総裁選の前倒し論などがひしめいていて、要するに、都議選でこれだけ大敗しても、国民の気持ちを考えようという連中は、一人もいないようだ。
そもそも、自分たちが選挙の顔として選んだ人物を、ここに来て引きずり下ろそうという考えはなりたたない。また、党の顔を変えれば支持率が上がるとでも考えているのだろうか。
結局は、自分の当選にプラスになるのなら、何でもやるという浅ましい連中の集まりであることを露呈しているだけである。
今回の都議選は、総選挙の結果を予測させるものである。
石原知事は、今回の選挙結果について、「異常な結果で、浅薄な選挙になった。」と述べたそうだが、確かに、今回は、何となく、勢いのある、風が吹いている、自民党よりは少しはマシ、・・・等の理由で民主党を選択した人も多かったと思われる。総選挙では、各党が、国政を具体的にどのように変革しようとしているのか、そこを見極めて投票してもらいたいと思っている。

暴動にみる民族性

2009年07月12日 | 社会問題
中国のウイグル自治区で暴動が起き、多数の死傷者が出ているようだ。
何が原因で、どういうきっかけがあったのかは定かではないが、こういう暴動を見ていて、日本との民族性の違いを痛感させられた。
日本でも、学生運動が華やかなりし頃に、機動隊を相手に火炎瓶を投げつけ、これに機動隊が催涙弾で応酬したり、大学の構内に立てこもったり、・・・、いろいろと騒ぎはあったが、周辺の住民などに直接的に(間接的には、きわめて迷惑な行為であったことは間違いないが、)被害を与えるような「暴動」ではなかった。闘争の相手は、機動隊であり、国会という権威であり、省庁であった。
意味もなく、路上のバスに火をつけたり、車を破壊したり、商店街を襲撃したり、・・・というようなことはなかった。
ところが、中国に限らず、タイ、ミャンマーなどの東南アジア諸国、ヨーロッパ諸国、アメリカなどの外国の暴動では、必ず、自動車の破壊、放火、商店街への襲撃など、端から見ていても、まったく意味のない行動が多い。
要するに、何が不満で暴動を起こしているのかが、よくわからないのだ。
アメリカなどの場合は、暴動に乗じて、商品の略奪などが行われているので、これらに便乗して窃盗を働く連中も存在する。
今回の中国の例では、経済発展の恩恵を受けているのは漢民族ばかりで、この経済支配に対するウイグル民族の不満が爆発した、などと報じられているが、それが、どうして路上の車やバスに放火したり、商店を襲い、公共物を破壊することにつながるのだろうか。
この論理の飛躍が理解できない。
こういう破壊活動に対して、警察などが、暴動を鎮圧し、犯人を逮捕することは当然であろう。
翌日には、「逮捕者を釈放せよ」といった要求を掲げたデモが行われていたが、これなどはきわめて平和的で、我々の目から見ても、至極まともなものである。
なぜ、最初からこのような平和的な示威行動、平和的な交渉や話し合いができないのかが、不思議である。
将来、社会不安が増大した場合、日本でもこのような暴動が起きるだろうか?少なくとも、自動車に放火し、商店を焼き討ちするような、無関係の人間に直接的な被害を与えるような行為は、行われないのではないかと思っている。
日本人はよく、平和ボケしていると言われるが、戦後の社会生活の中で、争いをせずに、話し合いや譲り合い(妥協や馴れ合いと呼ばれるものも含めて)によって、問題を解決する方法を構築してきたのではないかと思っている。
これは、日本人が戦後社会の中で身につけてきた、誇るべき民族的、歴史的特質であろう。
いまも、世界のあちこちで紛争は起きており、立場の弱い者がいつもその犠牲になっている。平和的な解決を模索する動きが、世界に広がることを期待している。

先進国は、一層の温暖化ガスの削減を

2009年07月11日 | 環境・食料問題
主要国(G8)首脳会議は、地球温暖化対策に関する首脳宣言を発表。2050年までに世界全体の温室効果ガスを少なくとも50%削減、先進国全体では80%以上削減するとの長期目標を掲げ、先進国として温暖化対策に率先して取り組む姿勢を示した。また、産業革命以来の気温上昇を2度以下にする」ことの重要性にも初めて言及した。しかし、新興国の反対もあって、結局は、数値目標に合意できずに終了した。合意には至らなかったものの、この提起は極めて積極的であり、先進諸国も、自らも国の目標として具体的に取り組むべきである。
また、中国、インド、ブラジル、メキシコ、南アフリカの新興5か国は、主要8か国とは別に首脳級会議を開き、地球温暖化や金融危機の一義的な責任は先進国側にあるとして、これらの解決に向けて先進国に負担を求める姿勢で一致したという。
それもまた当然であろう。先進国は、温室効果ガスを大量に排出しながら、豊かな暮らしを築いてきた。その豊かさにあぐらをかいて生きるのではなく、温暖化ガスの排出を抑えるために、多少の我慢は必要であろうし、また、技術供与などで、後進国への協力を行うべきであろう。
今回のサミットでは、アメリカの積極的な姿勢が目立った。温暖化の問題にとどまらず、核兵器の削減、廃棄に関する提案も注目してよい。ブッシュ時代とは違った姿勢を感じたのは、編集長だけではあるまい。
話し合い、外交によって、国際間の合意を得ようというアメリカの姿勢は、評価してよいと思う。
今後、国際的な舞台で、オバマ大統領が大きなイニシアチブを発揮することを期待している。