時々新聞社

慌ただしい日々の合い間を縫って、感じたことを時々報告したいと思います

朝令暮改:2題

2007年05月31日 | 政治問題
国土交通省は、タクシーの台数が過剰となった地域で増車などを一時的に規制する「緊急調整措置」の発動要件を今秋に緩和し、規制を強化しやすくする方向で検討に入ったという。
やれやれ、まったくお粗末な話ではないか。
そもそも、自民・公明の与党と野党第一党の民主党がこぞって「規制緩和」を叫び、国民の多くがこれを熱狂的に受け入れた結果が、タクシーや運送業の過剰となって現れているわけである。
この結果、タクシー、観光バス、貨物トラックなどの運送業では、過当競争によって運転手の賃金はどんどん減り続け、倒産企業も植えている。また、長時間、過密労働によるトラックや観光バスによる事故も相次いで起きている。
これらの現象は、「規制緩和」によって当然予想された事態である。
国土交通省によると、新規参入規制などを撤廃したタクシーの自由化で、地域によっては過当競争が起き、交通事故の増加などの弊害が目立ち始めたため、改善を図るのだというが、朝令暮改も甚だしいではないか。
たった数年後の見通しもなく、政策を決めるこの国の政治のあり方に疑問を感じるのは編集長ばかりではあるまい。
多くの国民(すべてではない)も、政権与党である自民、公明あるいは、二大政党などと騒いで民主党に投票し、この「規制緩和」を推進してきた自らの愚かさや誤りを真摯に反省すべきであろう。
次は、義務教育問題だ。
政府の教育再生会議は28日、首相官邸で合同分科会を開き、第2次報告の原案を了承した。原案には道徳に代わる「徳育」を従来の教科とは異なる「新たな教科」として導入することや、ゆとり教育を見直し授業時間を増やすための土曜授業実施や春・夏休みの活用などが盛り込まれている。6月1日の総会で決定する見通しと報じられている。
土曜授業を実施するための週休2日制の廃止について「廃止すれば十数年前に戻るだけだ」との慎重意見も出たが、最終的に了承され、今後は土曜授業復活に向けて動きが加速しそうだ。
しかし、ついこの間までゆとり教育などと騒いでいたと思ったら、今度は土曜授業の復活だという。週休2日制が定着している現在、教員の土曜出勤は可能なのか、土曜日に塾通いやスポーツなどをしている子供たちは、日程を変更してもらわなければならなくなるのでは、などと心配になる。
一方、徳育を「新たな教科」とすることには異論が出なかったというが、「徳育」の内容としてどういうことを教えようとしているのか、まったくわからない。胡散臭い印象を持つのは編集だけではないと思われるがいかがだろうか。

相変わらずのザルの目の政治資金規正法案

2007年05月30日 | 政治問題
通常国会の開会から4か月経って、ようやく与党の政治資金規正法改正案がまとまった。近く国会に提出されるが、その内容は極めてお粗末なものである。
与党案の柱は、資金管理団体の経常経費のうち5万円以上の支出について、領収書の写しの政治資金収支報告書への添付を義務付ける内容になっている。
家賃や光熱費が無料の国会議員会館に事務所を置きながら、高額の事務所費などを報告する例が、与野党を通じて、多数明らかになっている。本来は領収書が必要な政治活動費を経常経費に紛れ込ませていた事例がある。
与党案は、こうした行為を防ぐのが目的だが、この法案にはきちんと抜け道が容易されている。
政治家は、一つの資金管理団体のほか、複数の政治団体を持つことができる。政治団体からの支出に付け替えれば、領収書の添付は不要となる。資金管理団体分についても、5万円未満に分割して支出すれば規制されない仕組みになっている。
これに対し、民主党案は、すべての政治団体について、1万円超の支出を領収書添付の対象としており、こういう抜け道を防ぐ上で少しはマシな案になっている。
共産、社民両党は、1円残らず領収書を添付するよう提案している。
本来は、収支を1円残らず公開することが、政治とカネの問題に決着をつけるうえで重要であり、国民感情から見ても、これが当然である。しかし、国会で合意を得るためには、当面は民主党案で妥協し、少なくとも1万円以上に領収書を添付するよう希望したい。

松岡農水相の自殺

2007年05月29日 | 政治問題
「ナントカ還元水」で一世を風靡した松岡農水相が自殺した。
まずは、冥福を祈りたい。
この言葉、流行語大賞は間違いなかったのに、残念である。もし年末時点で安倍晋三がまだ首相をしていたら、授賞式には、自民党を代表して賞状とトロフィーを受け取ってもらいたいものである。任命権である安倍首相には、最後まで責任を持ってもらおうではないか。
さて、自殺するくらいの決意があるのなら、なぜ事務所経費問題、緑資源機構からの献金問題など、一切合財を明らかにすることができなかったのか、非常に残念である。
閣僚でありながら、最終的にはこのような解決策しか考えつかなかったということは情けない限りである。この国と安倍内閣のレベルはこの程度のものなのであろう。
「ナントカ還元水」の事務所費問題だけでなく、独立行政法人「緑資源機構」からいくつかの関連公益法人に事業が発注され、この法人の収益が松岡農相に還流、献金されていたことが判明しているが、とかく、黒い噂の多い人物であっただけに、真実を有権者の前に明らかにすべきであった。
安倍首相はもちろんのこと、この松岡農水相も、改憲右翼団体「日本会議」のメンバーであり、胡散臭さは相当なものである。税金を食い物にし、私腹を肥やしてはばからないこのような人物が目指す改憲の結果、どのような日本が出来上がるのかは想像に難くない。とても「美しい国」にはなりそうにない。
さて、今回の献金問題について、自民党の中川秀直幹事長は26日、独立行政法人「緑資源機構」の官製談合疑惑に絡む事業の受注業者から、松岡利勝農水相が多額の献金を受けていた問題について「政治資金規正法に基づき、適切に処理されていると思う」と語ったそうだが、そのように「思う」根拠を自民党の執行部として明確にすべきであろう。「われ思う」では、何の解決にもならない。
また、同機構の官製談合事件について、同氏は「あってはならないこと。官製談合を根絶するため、政府は公務員制度改革に懸命に取り組んでいる」と語ったというが、自民党執行部のいう「公務員制度改革」とは、高級官僚の天下りや利権あさりはそのままに、公務員の人減らしや民間委託で、国民向けのサービスを切り捨てることばかりである。
今回の自殺を通じて、安倍首相の任命責任はもちろんのこと、問題発覚後も農相をかばい続けた自民、公明の与党の責任は極めて重大と言わざるを得ない。
参議院選挙で、両党に厳しい審判が下ることを期待している。
ところで、緑資源機構の前身「森林開発公団」で生え抜き職員初の理事となり、退職後、林道関係の土木、測量業者などでつくる任意団体「特定森林地域協議会」の副会長も務めた人物が、飛び降り自殺したというニュースも報じられている。緑資源機構の官製談合事件に絡み、26日には自宅が東京地検特捜部の捜索を受けていたという。閣内だけでなく、政府関係機関にも犠牲者はどんどん広がっている。
安倍首相は、「責任の重さをかみしめている」と述べたそうだが、行政の最高責任者として、その責任を取って辞職は当然であろう。
安倍晋三の辞職こそが、「美しい国」づくりに大いに貢献する最も近道に違いない。

国家公務員10万人の縮減可…諮問会議・民間議員が試算

2007年05月28日 | 政治問題
経済財政諮問会議(議長・安倍首相)の御手洗冨士夫・日本経団連会長ら民間議員が25日に開く諮問会議で、出先機関の事務を地方自治体に移すことなどで、国家公務員の3割以上に相当する約10万人を縮減できるとした試算を示すことがわかったと報じられていた。
政府の地方分権改革推進委員会(委員長・丹羽宇一郎伊藤忠商事会長)に抜本改革の検討を求める。6月にまとめる「経済財政運営と構造改革に関する基本方針(骨太の方針)」に反映させたい考えだ。
約33万人の国家公務員のうち21万人が地方の出先機関に勤務している。試算では、91ある出先機関の事務のうち、縮減できる事務として、労働基準監督など、地方に移すことが可能な15事務と交通基盤整備、廃棄物対策など地方と重複している46の事務を洗い出した。民間議員は、これらの事務を行っている9万799~10万1629人の縮減が可能だとしている。
縮減対象を省庁別で多い順にみると、国土交通省は地方勤務の3万9273人のうち3万3000人以上、厚生労働省は2万3652人全員、農林水産省は1万8176人全員を減らせると指摘している。
民間議員は、地方に移譲する具体策の検討を求める構えだが、対象となる省庁からは反発が予想されるという。
さて、この記事を見て、読者諸兄はどのように感じられただろうか。
編集長が真っ先に疑問に感じるのは、この削減の中に、国家公務員の中で最も多数を占める防衛省職員が含まれていないことだ。
陸上自衛隊が15万人、海上自衛隊が4.5万人、航空自衛隊が4.5万人、この他に統合幕僚幹部、事務官などを含めれば、30万人以上にもなる大所帯だ。
国家公務員を削減するというのなら、憲法の規定(戦力の不保持)に基づき、まずここをバッサリと削るべきであろう。警察官、消防署員、救急隊員のほか、新たに災害救助隊のようなものを創設して一部を吸収すれば、失業も問題にはならないのではなかろうか。
先の郵政民営化でもそうだったが、国民生活に密着したところで、人員を削減することには反対である。必要な所には、むしろ増員を行うべきである。
イラクの砂漠の囲いの中で、飲料水を作っているような自衛隊員に毎日3万円の日当を支払うような無駄使いこそ直ちに止めるべきである。
なお、一般に公務員は給与が高いとか、ろくに働かないといった批判があるが、公務員給与の引き下げは、一般労働者の更なる給与低下を招き、結局は一般労働者に跳ね返ってくるのだ。一般労働者の給与引き上げこそが急務である。
編集長は公務員ではないし、親類縁者に公務員はいないが、一般公務員がそれほど優遇されているとは思っていない。高級官僚の天下り、公費流用、裏金作りなど正さねばならないことは多いが、これらの矛先を公務員一般への批判にすり替えることには賛成できない。
もしそれほど、一般公務員が恵まれていると言うのなら、そう主張する諸兄は今からでも公務員になって、「高給」をもらいながら「惰眠」を貪ればよいのではなかろうか。
住民にサービスに密着した部門から、公務員を減らすことには反対である。むしろ、防衛省、高級官僚などの人員削減、給与削減こそ急務である。

日雇い派遣労働者からのピンハネ

2007年05月27日 | 格差社会
携帯電話やメールで短期の仕事を紹介する「日雇い派遣」業界で、派遣会社が保険料などの名目で派遣1回あたり200~250円程度を給料から天引きする制度に対し、派遣労働者が天引き分の返還請求を始めた。
この金額の支払いは「任意」とのことだが、実際は十分な説明もされないまま、給与から差し引かれている。
業界大手2社は制度を廃止したが、労働者側は任意との十分な説明がなく使途も不透明だとして、過去に支払った分の返還を求める。徴収総額は大手で年間10億円規模に達し、返還請求の行方によっては業界の収益構造を揺るがす可能性もあるという。
日雇い派遣業界では、派遣会社が「データ装備費」や「業務管理費」などの名称で給料から天引きをしてきた。月に20日間働けば年間で5万~6万円程度になる。1日に3万人近くを派遣する大手のグッドウィル(港区)では、年間徴収額が約15億円に上るという。
派遣会社は、労働者が派遣先で物を壊した場合などの損害をまかなう保険料や、労働者の個人情報管理、装備品代などにあてたとしているが・・・。支払いは任意だと説明し、労働者も納得しているという。
しかし、労働組合などによると、スタッフ登録の際に「保険料として引くことになっている」などと言うだけで任意との十分な説明はなく、使途の内訳や保険の内容を明記した文書も交付されない。
ただでさえ、低賃金で働く日雇い労働者から正規の紹介料などとは別に、ピンハネしていたというのだから、いかにもあくどい商売ではないか。
労働組合が取り上げたところ、突然歯切れが悪くなり、とうとうこの天引きのシステムそのものを廃止したところを見ると、到底まともに説明できないお金であったことが想像できる。
これからの労働組合と派遣労働者の奮闘を期待し、応援したい。

グローバル企業、賃金伸びず・日銀が分析

2007年05月26日 | 経済問題
日銀は企業のグローバル化に伴う賃金の抑制圧力を調べるため、外国人持ち株比率と賃金の関係を分析した。賃金の指標として物価騰落を加味した実質賃金と、労働生産性の伸びからみた妥当な賃金との格差(実質賃金ギャップ)を計算した。外国人持ち株比率が高く、グローバルな企業が多い自動車や電気機械などは賃金水準が比較的高い要因もあり、労働生産性が伸びている割には賃金の引き上げが抑えられているという関係が分かったそうだ。
この分析によると、外国人持ち株や輸出比率の高いグローバル企業ほど、生産性の上昇と比べた賃金の伸びが低めに抑えられる傾向が出ている。国際競争にさらされる度合いが高いためだ。労働需給が引き締まり、人手不足感が強まっているものの、企業の賃金抑制姿勢は根強く、家計部門への景気の波及は緩やかにとどまりそうだと分析している。
しかし、これは当たり前のことだ。わざわざ日銀が調査などする必要もない。
経済のグローバル化によって、企業は莫大な収益を得られる可能性が著しく高くなるが、一方で生産規模が大きくなり、いったん販売不振などに陥ると莫大な設備投資や不良在庫などで取り返しのつかない事態を招くという、いわばハイリスクハイリターンの事業形態になっているということだ。
その万一のリスクを回避するために、節約できるところは人件費しかない。これが今回の調査結果に現れた中身である。
もっとも、わざわざこのような調査をしなくても、大企業が非正規雇用者や違法な偽装請負を大幅に増やして、ワーキングプアなどの新たな貧困層を生み出してきている事実を見るだけで賃金抑制の実態はわかりそうなものではないか。
問題は、このような事態をどのように受け止めるのかということだ。
企業の生産性が著しく向上し、莫大な利益を上げているにもかかわらず、賃金が抑制されているという事態を当たり前、あるいは仕方がないと考えるのか、それとも、労働者を犠牲とした企業の横暴は許されないことだと捉えるのか、そこが問題なのだ。
安倍内閣は、企業の収益が伸びれば景気が回復し、国民生活も豊かになる。財政赤字も解決すると主張している。すなわち、企業が大もうけをすれば、そのおこぼれがサラリーマン、OLにも及ぶだろうという考え方である。しかし、企業の収益が伸びても、労働者の賃金は伸びないという事実は隠しようがなく、この主張の破綻は明らかではないか。
日本は、ヨーロッパなどと比較して企業に対する規制が甘い資本主義国である。このような企業の横暴に対する法的な規制を強化すべきである。最低賃金の引き上げ、所得税減税と法人税の増税、企業に対する種々の違反金の創設など、政府がすぐにでもできることはたくさんあるはずだ。
同時に、労働現場では、このような企業の横暴を告発し、これと対抗する労働者自身の活動が不可欠であり、これを応援する世論の高揚もまた不可欠であると思われる。

宙に浮いた年金5,000万件

2007年05月25日 | 政治問題
以前にも、本紙で取り上げたが、誰のものかわからない年金記録が5,000万件もあるという。
国民年金や厚生年金はもともと別の制度で、国が制度ごとに年金番号を管理していた。しかし、転職や結婚で加入先の年金が変わると、複数の番号が付与される仕組みだった。そこで、1997年に1人に1つの基礎年金番号を導入する際、国は複数の年金制度に入ったことがある人に氏名や住所など必要事項を記入したはがきの返送を求め、そのはがきに基づいて基礎年金番号への一本化を進めた。
しかし、返送がなかった分はそのまま「宙に浮いた年金記録」となり、これが5,000万件に上っているというわけだ。
しかし、番号が一本化されていないとはいうものの、この5,000万件には、名前や生年月日の情報が付いているはずである。
まったくの「名無しの権兵衛」であるはずがない。調べようと思えば調べられるはずである。要するに、1回のはがきが返送されて来たというただそれだけの理由で、無視されてきただけであり、社会保険庁、社会保険事務所の怠慢である。
20歳から59歳の公的年金加入者数は、同年代の人口にほぼ等しい6,850万人だそうだ。とすれば、この5,000万件という数字は、60歳以上の人数も含むとは言え、ものすごい数だ。
にもかかわらず、自民、公明の与党内には「5,000万件の問題がどの程度重大な問題なのかも十分に明らかになっていない。」との意見もあって、対応策はまったく決まっていないという。
これだけの数の年金記録がわからなくなっているにもかかわらず、「どの程度重大な問題なのかも明らかになっていない」とは、どういう頭の構造をしているのだろうか。
この5,000万件の中には、本来もらえる額より少ない年金しかもらっていない人が数多く含まれているはずだ。年金は本人の請求がなければ支給されないが、5年以上前に遡って受給することはできないので、それ5年以上前の分を放棄せざるを得なくなる。また、社会保険庁のミスで、「宙に浮いた」年金記録も少なからずあるはずだ。以前の情報では、年金加入者の約10%(1%ではない!)に社会保険庁(社会保険事務所)による入力ミスが存在することがわかっている。
こちらが依頼しなければ、社会保険事務所はけっして親切に調べてくれることはない。
結婚や転職、引越しなどで基礎年金番号が統一されていない恐れがある人は、この機会に是非とも最寄りの社会保険事務所で調査を依頼することをお勧めしたい。
また、政府は5年以上前の年金未受領が見つかった場合の救済策も検討すべきである。

公立小中学校の統廃合、経費削減効果を強調

2007年05月24日 | 教育
公立小・中学校の統合を加速させよ――。財務相の諮問機関・財政制度等審議会(財政審)は6月初めにまとめる報告書(建議)で小中学校の統廃合による経費削減効果を強調する見通しだ。財務省は、527校を221校に統廃合した結果、年約170億円の削減効果があったとの資料をまとめ、「保護者にも好評」とするが、通学が不便になったとの反発もある。
財務省が財政審に提出した資料は、公立小は387校から161校に、公立中は140校から60校へ、それぞれ統廃合して2005年4月に再出発した計221校を独自調査したもの。統合前後で公費支出を比べると、小学校で年129億円、中学校で45億円減ったという。
資料は、小学校は1学年で2クラスに満たない学校が全国で半数を占めるなど、小中学校ともに文部科学省が「標準」とする規模に満たない学校が約半数に上るとする。また、2006年の小学校の児童数は、最近のピークだった1981年より4割減なのに対し、学校数は1981年に比べ9%減でしかないとして、統廃合が遅れていることを強調している。
財政審の西室泰三会長は21日の会合後に、小中統廃合を通じ、「教育にかかる費用を節約できるのは、はっきりしている。しっかり打ち出したほうがいい」と述べたと報じられている。
この種の議論を見ていていつも感じるのは、「まずお金ありき」の議論だ。
少子化で、子供全体にかかる義務教育の費用は当然安くなっているはずだ。教科書や教材も少なくて済むのだから。したがって、ここで浮いたお金を使えばよいではないか。
あるいは、本当に少子化対策を真剣に考えるというのであれば、義務教育にはもっとお金をつぎ込むべきだろう。
経済効果しか頭にないような審議会の開催にお金をつぎ込むよりよほどマシではあるまいか。

東京都:軽症者の救急搬送はお断り?

2007年05月23日 | 社会問題
119番通報の急増に対応するため、東京消防庁は来月1日から、救急隊員が現場で救急搬送の必要のない患者を選別する「トリアージ(患者の選択)」制度を全国で初めて試験運用する。
社会の高齢化もあり、搬送の遅れが重大な結果を招くケースが増えていることから、軽度の患者や救急車をタクシー代わりにしようとする通報者には民間搬送の利用を求める。これによって年間約5000件の搬送が不要となる見込みで、同庁は、通報から平均7分30秒かかっている救急車の到着時間の短縮につなげたいとしている。
東京消防庁によると、都内(東久留米市、稲城市、島しょ部を除く)の救急車の出動件数は、1995年の44万8450件から、2005年には69万9971件に急増。これに伴い、救急車が到着するまでの平均時間も、19995年の6分18秒から2005年には7分30秒と、1分12秒も遅くなった。
現行の消防法には、救急搬送の対象となる「緊急性のある患者」について明確な定義がなく、同庁では、119番の通報者を便宜的にすべて緊急性があると判断してきた。このため、「胸がどきどきする」「子どもの手に湯がかかった」といった程度の訴えや、病院の入院患者が転院に利用するための通報でも患者の要求通り搬送に応じてきた。
こうしたことから、救急搬送業務はパンク状態で、今後、救急車の到着遅れが生死にかかわるケースの増加が予想されることから、同庁はトリアージ制度の導入で緊急性の判定を明確にすべきだと結論づけたという。
実際、同庁が昨年9月19日~10月31日と今年2月の計71日間にあった12万115件の搬送者を調べたところ、緊急性が明らかに認められないケースが0.7%あることが判明。同庁は、これをもとに年間約5000件の出動要請については緊急性がないと試算したという。
以前にテレビでも放映していたが、休日の歯科診療所がわからないから乗せていってくれとか、通院の際のタクシー代わりに救急車を呼びつけるなどのひどい例があるようだ、こういう事例はその場で搬送をきっぱりと断るべきである。しかし、全体として緊急性が低い例が0.7%あるからといって、それを理由に救急搬送を断ると、思いもかけないような重症例を見逃してしまう恐れもある。トリアージの信頼性についても、更なる検討が必要だ。
緊急性が低い0.7%の事例のために、搬送を拒否するのではなく、必要な予算や人員をつぎ込み、今まで以上に迅速に対応することこそが求められているのではあるまいか。
また、医師不足のために、救急患者を受け入れない病院も増えていると聞くが、こういう問題も含めて、国民が安心して暮らせるような体制を作るべきではなかろうか。
東京都は、ペンペン草に覆われた臨海開発事業、オリンピック開催や築地市場の移転などに無駄金を使わずに、都民の命に関わることに予算を使って欲しいものである。

最近の社会面の記事から

2007年05月22日 | 社会問題
また、発砲、立てこもり事件が起きた。今度は、愛知県である。
犯人は、元暴力団員だそうである。以前にも書いたことだが、暴力団事務所が街中に公然と看板を掲げて建てられ、銃器が簡単に入手できる社会は異常としか言いようがない。
暴力団がはびこる理由は簡単だ。それで生活ができるという一点にある。生活ができない、ウマ味がなければ、誰も暴力団員になろうなどとは思わない。
企業や自治体に対する脅迫、強要、覚せい剤や麻薬、大麻などの違法薬物の売買、盗品の売買、売春、密輸出入などの不法行為がその資金源になっている。
こういう資金源を多面的に断つ以外に暴力団を壊滅する方法はない。
また、相も変わらず、保守系代議士と暴力団のつながりも噂されている。関係の断絶は当然であろう。
存在そのものを禁止する法律を早急につくるべきであろう。官民あげての取り組みを期待したい。

もう一つの話題は、後を絶たぬ個人情報の流出問題だ。
愛媛県の愛南町の住民の個人情報がファイル交換ソフト「ウィニー」を介して流出したという。
同町は先日、合併した旧5町村の全住民約2万8000人の住民票コードや国民年金に関する情報などが流出していたと発表した。これまでの判明分と合わせて、流出件数は約14万2000件になる。過去数10年間の死亡者や転出者情報も含まれており、個人情報は約5万4000人分にのぼるという。
同町によると、流出した情報には、住民基本台帳に記載された氏名、生年月日、住民票コードなどのデータや、基礎年金番号などの国民年金に関する情報、選挙資格の有無などが含まれているという。
企業などでも、顧客情報は厳重に保管しているというが、実際には情報流出が起きて、記者会見で会社の幹部が謝罪する光景などはテレビなどでもう見慣れてしまったように思う。
ウィニーについては、再三にわたって注意が喚起されていたが、この始末だ。また、いくら厳重な管理をしても、それに携わる個人、集団を通じて漏れることは絶対に防げない。
また、情報が漏洩しても、少し加工してしまえば、いったいどこから漏洩したデータかわからなくなってしまう。
いくら注意しても、注意しすぎることはない。なお一層の厳重な管理を要望したい。同時に、こういう不祥事を起こした張本人や責任者を罰する法律の制定も急務であろう。
記者会見して、謝罪してお終いでは、流出した住民への補償もなく、片手落ちと言わざるを得ない。

16歳少女、茶髪で「クビ」を撤回させる

2007年05月21日 | 社会問題
16歳の少女が、髪の色を理由にアルバイト先の店長から突然、クビを通告された。
週5日、朝8時から夕方5時まで牛丼チェーン店で働き、さらに週2、3日は午後6時から9時半までファミリーレストランで働く。ダブルワークで月収は約16万円。高卒認定試験(旧大検)をとって大学に進み、獣医師になるのが夢だ。
ところが3月、ファミレスの新店長に「髪の色を黒くしなさい」と指示された。極端な茶髪ではないし、店では規則通りに束ねている。1週間考えた後、拒否した。店長からは「それなら一緒に働けない」と告げられたという。
ユニオンに入って交渉することにした。4月の団体交渉で、会社側は「解雇通告だというのは誤解」と説明。店長の「クビ」発言についてもはっきり認めない。交渉の結果、会社は、髪を黒くしなくても今まで通り働くことを認めたというような記事である。
短い記事のため、状況を正確に把握することはできないが、およそ以下のようなことはわかる。
・問題なく採用され、就業規則に則って髪を束ねて勤務しており、前の店長のもとでは、茶髪が問題視されていないことから、就業規則にも茶髪禁止は規定されていないのであろう。
・店長といっても、おそらく経営者ではなく、解雇について決定できる立場にないと思われる。
ユニオンによる交渉で、会社側も「解雇」を主張していないことから、店長による勇み足と判断するのが妥当だろう。
新店長には、新たに店長に任命されたという気負いもあり、彼(彼女?)自身の考えもあったと思われるが、明らかに職権を逸脱しており、違法な行為である。
おそらく、この店長も、会社側から『軽はずみなひと言で問題を大きくしてくれた』ということで注意されたのではあるまいか。
店長と言っても、会社で言えば1つの店を任されている単なる下級管理職であろう。
一般の企業で、代表権のカケラさえ持たない係長や課長から「貴様はクビだ」と言われて、即退職になることがあるだろうか。まともな管理職なら、絶対にこのような軽はずみな言動は行わない。もしこのようなことが許されるなら、上司の個人的な好き嫌いで直ちに職を失ってしまうことになる。たかがアルバイトなどと思ってはいけない。それほど、雇用契約の解消は簡単ではなく、労働者の働く権利は重いのである。
一般に、アルバイトという立場では、店長などから「クビ」と言われたら、泣き寝入りするケースがほとんどと思われるが、この少女の場合、ユニオンに入って交渉し、店長による「クビ」を撤回させたことは立派である。
今回のようなケースでの「解雇」が認められれば、たとえば、方言を含む言葉遣い、スタイル、容姿、病気や障害の有無など、何でも「クビ」の対象にされてしまう。企業側のやりたい放題を許すことになる。
このニュースに関して、多くのブログで賛否両論が述べられているが、これらの意見の中で編集長が驚いたのは、「なぜそうまでして茶髪にこだわるのか」、「自由の意味を履き違えている」、「上司の指示だから従うべき」などの意見があることだ。また、「それほど騒ぐほどのことなのか」、「どっちもどっち」という意見もある。
今回の茶髪も本来それほど問題にすべきことではなかった。だからこそ、会社側も直ちに「解雇」を否定し、和解しているのである。
偽装請負、ワーキングプア、ネットカフェ難民など、青年の雇用環境は悪化している。青年のみならず、労働現場では違法な長時間労働、サービス残業や過労死の蔓延などもすでに公然の事実である。
このように労働者の命さえ縮めるような働き方を是正するためには、労働法制に則った企業に対する規制や労働者自身による告発などが不可欠である。
今回のケースは、従業員一同でストライキをやったとか、裁判を行って解雇を撤回させたとか、多額の賠償金を払わせたとかいうハデな事案ではない。今の労働現場を見ればどこにでもあるような出来事である。だからこそなおさら、この新店長による「解雇」を認め、泣き寝入りが当たり前ということになれば、アルバイトにすらありつけない多くの若者を新たに生み出すことになりかねない。
そういう意味で、この16歳の少女が今回残した足跡は、世間が考えている以上にその社会的な意義は大きいのである。

ママチャリ泥棒

2007年05月20日 | 社会問題
数日前の社会面の記事である。
住所不定、無職の51歳の男性が、大分県由布市で女性会社員の自転車(5000円相当)を盗んだうえ、「仕事もなく、死ぬつもりで」1週間飲まず食わずで、鹿児島県さつま市まで約250キロを走ったうえ、国道226号の道ばたで、疲れ果てて座っていたところを警察官の職務質問を受け、占有離脱物横領の疑いで逮捕されたという。
上下ジャージー姿の犯人は、345円の所持金と、運転中にお尻が痛くないようサドルに敷いていた電話帳以外は何も持っていなかったという。
さて、この自転車の所有者はどうしたのだろう。
以前に、知人から聞いた話だが、東京の23区内で盗まれた自転車が、三鷹市で発見されたことがあったそうだ。こういう場合、警察が自宅まで届けてくれるわけではなく、取りに来て欲しいと言われるそうだ。「取りに来て」と言われても、ワゴン車やトラックがあれば取りにいけるが、そうでなければ、レンタカーを借りるとか、電車に乗って三鷹まで行って帰りは自転車に乗って・・・などと考えると、どうも現実的ではない。この知人の場合は、地元の警察で捨ててもらったそうだ。100万円、200万円という高価な自転車や特別の思い入れがある自転車でなければ、手間暇かけてわざわざ遠くまで自転車を引取りには行かないだろう。
この被害者の女性もおそらく、鹿児島まで取りに来て、と言われて、唖然としたことだろう。自転車は処分してもらったに違いない。被害者にとっては、中古の自転車とはいえ、お気の毒なことである。編集長も何度も経験があるが、朝になって「自転車がない!」時の怒り、絶望、そして出勤前の焦りとも言えないあの複雑な気持ちは表現のしようがない。
ところで、この犯人であるが、どのような処分になるのだろうか。
窃盗などの前科がなければ、それほど重い罪になるとは思えない。万引き常習者などに比べたら、微罪だろう。親族や知人などが被害を弁済すれば、すぐにでも釈放されることだろう。
しかし、所持金もなく、死のうと思って自転車で250キロもさまよっていたわけだから、親しい知人もいないのかもしれない。鹿児島の警察署を釈放された後は、一体どうやって生きていくのだろうか。
年齢もまだ51歳で働き盛りだ。しかも、自転車で250キロを走破するくらいだから、健康に問題もなく、現在の境遇になるまでは、普通に生活してきたに違いない。こういう人に対して、本人の努力云々を説くことはたやすいが、同時に、誰か手を差し伸べることができなかったのかが不思議である。普通に働いて暮らせる社会が今必要とされているように思われる。
とりあえずは、生活保護を受給しながら、生活の建て直しができるように、行政の援助が必要と思われる。
編集長には、なぜか憎めない犯人のように思われるのである。

過労自殺は最多の66人、精神障害も急増:2006年度の労災認定

2007年05月18日 | 社会問題
過労や仕事のストレスが原因で自殺(未遂も含む)したとして、2006年度に労災認定された人は前年度より24人多い66人で、過去最多となったことが16日、厚生労働省のまとめで分かった。過労自殺を含む精神障害の認定者数も大幅に増加し、年代別では働き盛りの30代が40%を占めた。
厚労省職業病認定対策室は「労働環境は依然厳しい。求められる仕事量が増えているのに職場のサポートが不十分で、社員が過労自殺に追い込まれるケースが増えている」と分析している。
精神障害の労災補償請求者数は、前年度比24.8%増の819人で、認定者数は同61.4%増の205人。うち未遂を含む自殺の認定は前年度の42人から66人に増えた。認定者を年齢別にみると、30代が83人で突出して多く、全体の4割を占めた。次いで20代(38人)、40代(36人)の順。職種別では専門技術職(60人)が最も多く、事務職(34人)、技能職(33人)と続いた。男女別では女性が31%を占めた。
先日も、テレビでトラック運転手の密着取材が放映されていた。3日間の勤務で睡眠時間はわずか4時間である。いくら若いといっても、これでは体か持つわけがない。
居眠り運転などによって、いつ事故を起こしても不思議ではない状態である。
タクシー業界なども同様であろう。
この放送でも、規制緩和によって、運送業が許可制から届出制になり、過当競争に見舞われていることが、このような実態に拍車をかけていると指摘されていた。自民・公明の与党が推進し、民主党もこれを競い、多くの国民がこぞって熱狂した「規制緩和」の末路がこれである。
規制緩和による競争の激化によって、物の値段は安くなった。そしてそれが、全製品、全業種に広がり、そこで働く人たちの収入の低下ももたらし、結局は、自分の首を絞めることになることに多くの国民は気づかなかったのである。
さて、厚生労働省は、この調査結果を生かして、どのような行政指導を行うのだろうか。
労働基準法に規定された最低限の働くルールを守らせる、生活できる賃金を保証するという当たり前の指導を強力に行って欲しいと思っている。

東京都:年収500万円未満世帯、初の過半数、過去最多

2007年05月17日 | 格差社会
東京都が5年ごとに実施する「福祉保健基礎調査」で、年収が500万円未満の世帯が昨年度、初めて5割を超え、1981年度の調査開始以来、過去最多となったことが分かった。300万円未満の世帯も全体の3割近くで前回調査より約10ポイント増加していた。雇用機会や賃金で地方より恵まれている首都・東京でも低所得層の増加が顕著になっている実態が浮かんだという。
調査は昨年11~12月、無作為に選んだ都内の計6000世帯を対象に実施、3775世帯から回答を得た(回答率63%)。
それによると、年収500万円未満の世帯は51%で、2001年より13ポイント増えた。また、300万円未満の世帯も27%に達し、前回より9.3ポイント増加。2000万円以上は1.6%で前回より1.7ポイント減少、1000~2000万円は11.5%で3.2ポイント減るなど、高所得者層は減少傾向だった。
また、収入源については、28%の世帯が「年金や生活保護」を挙げ、「仕事をしている人がいない」世帯も過去最高の22%に達するなど、厳しい生活実態が垣間見える。
今回初めて行った所得格差の意識調査(複数回答)では、所得を決める望ましい指標として「本人の努力・実績」を選んだのは79%と最も多く、能力主義への期待の強さが表れた。次いで「仕事の内容・職責」が54%で、日本の慣行として長く続く「年齢・経験年数」は16%にとどまり、年功序列的な考え方には否定的である実態が浮かんだ。
所得格差の是正手段(複数回答)としては、「努力・実績が十分報われる環境整備」(53%)▽「中途採用など就労機会の拡大」(30%)--などが多かった。また、現在の社会状況についての問いには、「格差が固定化している」と感じる人は34%に上った。
79%が「本人の努力・実績」さえあれば、豊かな収入が得られると信じているにもかかわらず、半数の世帯が500万円未満での生活を余儀なくされているのは、どうも矛盾していないだろうか。
今は、多くの企業で「能力主義」賃金が導入されている。
もともとは、人件費を抑制するための方法として導入してきたものであるが、個々の労働の能力や実績をどのように判断し、給料の額に変換するのだろうか。もちろん、個々人を見ると能力の優劣は存在するに違いない。当たり前のことである。まったく均質な労働であれば、時間単位で測定し、実績に応じて給与を支払うことは可能である。しかし、異質な仕事間の給与額を相対的に決めることができるのだろうか。また、時間単位で測定できない業務も多い。ましてや、昔と違って、徹底した分業が進められており、仕事の成果を正確に評価することは容易ではない。
「能力の高い人には、高い給料を」という総論には賛成であるが、その運用の実態には異論を唱えざるを得ない。
また、この考えを推し進めると、障害者などにはとても生活できるだけの給与を保証できなくなるだろう。必然的に、障害者、病人や高齢者など労働の成果が上げられない人間は、この世に不要だという考えに到達せざるを得ない。おぞましいまでの現実だ。
今回の調査結果は、「本人の努力・実績」といういびつな評価方法が社会に浸透した結果であり、企業の思惑が成就したものと編集長は見ているが、読者諸兄はどのように感じられただろうか。

憲法のこと

2007年05月16日 | 憲法・平和問題
改憲問題について、まとめておきたいと思いつつ、とうとう憲法記念日が過ぎ、衆参両院で手続き法案までも通過してしまった。少し時期を失した感はあるが、まだまだ改憲が決まったわけではない。まとめて、意見を書いておこう。
改憲論者の最も大きな主張の一つは、現在の憲法が「アメリカなどの連合国に押し付けられたものだ」という点にある。
今日は、この点について歴史を振り返っておこう。
1946年に、占領軍の草案をもとに、憲法の政府草案が作られた。この内容は主権在民、平和主義を基調としたものである。この内容は当然だ。日本が天皇の名の下に再び戦争を起こすことがないようにとの意図があり、これが世界の平和に貢献すると考えたのは当たり前のことである。
これに対して、各党が憲法草案を発表している。
自由党「天皇は統治権の総攬者なり」(1946年1月21日)
進歩党「天皇は臣民の補翼に依り憲法の条規に従い統治権を行う」(1946年2月14日)
社会党「主権は国家(天皇を含む国民共同体)にあり」(1946年2月23日)
共産党「日本人民共和国の主権は人民にある。主権は憲法に則って行使される」(1946年6月28日)
いずれも終戦後まもなくの時期に作られたものであるが、こうして見ると、共産党以外の政党は、明らかに大政翼賛会の流れをそのままに引きずっており、「天皇制」の呪縛から脱しきれていない。
一方、共産党の憲法草案では、皇室を廃止し、純然たる共和国(国王を有さない政治体制)とする点で、異彩を放っている。
戦前そして戦後直後の日本の政治家の多くは、「国民主権」という現在では当たり前の概念さえ持ち合わせていなかったということである。要するに、まともな憲法草案を作る能力さえ疑わしかったというのが歴史の真実である。おそらく、日本の当時の国会に任せていれば、大日本帝国憲法とさほど変わらない憲法ができていたに違いない。
最終的には、主権在民を求める極東委員会の意向やGHQからの政府への指示もあって、「主権が国民に存することを宣言し」という一文が憲法前文と第1条に書き込まれたわけである。
主権在民、平和主義を基調とするポツダム宣言を受け入れておきながら、その内容が憲法に記載されるのはけしからんという日本側の発想は、連合国側には到底受け入れがたいものだったのは当然だ。したがって、現憲法の内容は、ポツダム宣言の「受諾」という当時の日本と日本国民の意思を反映したものである。
さて、ここで現在の憲法「改正」の議論での安倍首相の発言を振り返ってみよう。
「海外での紛争で米国と肩を並べて武力行使をすることは憲法改定なしにはできない。」
要するに、憲法を変えるのは、米国の要求によるものであることは明らかである。これこそ「アメリカから押し付けられた」憲法改定ではないか。
ここに、今回の憲法改定のごまかしが見て取れるのである。
読者諸兄には、「連合国から押し付けられた憲法」といった単純な言葉に騙されずに、歴史の真実と現在の改定の論拠をしっかり見極めていただくことを希望するものである。