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阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。日々の生活と世間の事象記録や写真や書き物などなんでも。
  1942年生まれが東京都江戸川区から。

飯田橋の「越後屋亀丸」で食べた焼き魚定食は抜群の味だった。

2022年11月17日 | 食べる飲む

某日 ランチに飯田橋東口すぐ近くの天ぷらやを目指したら 当日貸し切りになっていて がっかりして 

駅までぶらぶら戻ったら「飯田橋サクラテラス」というビルに飲食店街があるのを見つけた。

 案内ボードを見て行くと その中に魚を食べさせる店があったので入店したら お堀端のいい席に案内された。

備長炭の強火の遠火で焼いたという焼きたての魚は予想外の旨さで大当たりだった。

このような商業ビルの中で旨い焼き魚が食べられるとは思わなかったと二人は共に とても驚いた。

相方はメヌケの西行焼き。 焼かれた皮と味噌のハーモニーが最高だったとか。

私は鰆を頼んだ。

大満足の食後 いい天気だったので外堀に沿って隣の駅の市ヶ谷駅までぶらぶら歩いた。ここに法政大学のキャンパスがあるのを初めて知った。

市ヶ谷駅の傍の釣り堀は賑わっていた。

 

 

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京都国立博物館の「細川家の至宝展」に行きました。        11年前の今日 2011年11月17日の本ブログに掲載

2022年11月17日 | 音楽・絵画・映画・文芸

阪急京都線の終点、河原町で下りて、四条大橋を渡って京阪電車の四条駅から七条へ。


七条駅の地上に出たところで相方からメールで、2番出口1分のインド料理屋の店名が来た

800円のランチはカレーが2種類でスープとチャイもついている。値段なりに可もなく不可もなく。

自然に西宮北口の「デリーキッチン」のレベルの高さを思い出す。

京都国立美術館は七条駅から歩いて7分ほどで、かって正月に大的の弓を引いたことがある「三十三間堂」の真向かいにある。


最近は展示会では、ワンコイン払って「音声ガイダンス」セットを借りる価値があるのがよくわかったので、今回も使用した。

相当人は多かったが、幸いすべてを目の前で鑑賞できる範囲の混雑だった。

鑑賞する対象は700年の範囲のものだから驚く。「細川家」を維持すると言うことは「一つのシステム」を維持することと

同じだなと思いついた。脈略なく、「システム」は日本語でも「システム」と使われているが、大和言葉に直したら

どういう言葉がいいのかなあという考えが見てまわっているうちに浮かんだ。「拵え(こしらえ)」「構え(かまえ)」??

それにしてもこのコレクションは凄い。細川ガラシャや豊臣秀吉の自筆のレターにも驚いたが、1300年代の大型の

軍旗が残っていることも凄い。細川護煕理事長も音声ガイドの中で語っていたが、細川家は戦乱の時代にも

なにしろ大きな火事に会わなかったということは考えられない僥倖だったと。

侍大将と言えども、そもそもを言ってみれば、火つけや強盗の集団からはじまっている。しかし安定期が続くと

「美しいもの」を人の世の最善最上の価値あるものとみなして、それらを集めるパトロネージの精神が自然にこの列島にも現れた。

徳川260年の安定期のお蔭もあって、また細川家代々にも人を得て、これらの中国と日本の「美の極致」が今に残ったと言える。


時計を見ると館内に2時間半いたことになった。ずっと立ったまま、イヤフォーンの説明を聞きながら結構根を

詰めて見て歩いたので疲れ果て、三条大橋袂の舟橋屋に寄って固オカキを買うのは止めて、十三経由神戸線乗換の同じルートで神戸に戻った。

 連続写真アルバム「細川家の至宝 京都国立博物館'11/11/16」 左下のをclickでスタート。

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支え合う大切さ訴え 小平奈緒さん母校で講演    長野日報

2022年11月17日 | 諏訪便り

2022年11月11日 6時00分    母校の児童を前に笑顔で語る小平奈緒さん=茅野市豊平小学校

2018年平昌冬季五輪スピードスケート女子500メートル金メダリストで、先月現役を引退した茅野市出身の小平奈緒さん(36)=相沢病院=が10日、母校の豊平小学校で講演した。

引退後の講演は、県内では初。「人とつながる」と題し、多くの出会いやつながりに支えられた競技人生などを振り返り、支え合うことの大切さを訴えた。

3歳でスケートを始めたという小平さん。引っ込み思案で恥ずかしがり屋だったが、中学1年で初めて全国大会に出場する際、父親の「友達をつくってこいよ」との言葉を

きっかけにほかの選手に声を掛け、手紙で交流を深めることで 人に興味を持つようになったと話した。

海外遠征などで友達の輪を世界へ広げると言葉の壁があったが、「相手の国の言葉を覚え、会話することで寄り添うことの大切さを学んだ」。

平昌五輪ではライバルで親友の李相花さん=韓国=が、小平さんのレース前の集中を邪魔しないよう気遣っていたことを後から知り「人の気持ちを想像することを学んだ」と振り返った。

成績が伸び悩み落ち込んだ時には母親の「必ず誰かが見ていてくれる」との言葉に背中を押されたとし、「生きていく中で一人で乗り越えなければならない時が来るが、

見てくれている人がいることを思い出してほしい。そして、見守ることのできる人になってほしい」と願った。

先月の現役最終レースを6000余人が見守ったことにも触れ「ぬくもりや感動がつながった瞬間だった」と感謝した。

講演は同校の人権参観日に併せたPTA家庭教育学級で行われ、全校児童211人が体育館で聴講。保護者は教室でライブ中継を見詰めた。

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隣村の小平奈緒さん!   2010年03月01日(月)「阿智胡地亭の非日乗」掲載


『小平奈緒さんお見事! そして下駄スケートの話』


こんどのバンクーバー冬季オリンピック報道は、メディアが囃す笛と太鼓の音がやかましすぎるのか、だんだん日本選手の実力や実態がわかってくると、

世界レベルとの落差が大きすぎて、日本の新聞やテレビも、彼らが日ごろ目を向けているのは、この列島の内部だけのことで、日本のメディアが、

全くの世間知らず(世界知らず)なんだということがミエミエだ。

 そんな中で女子スピードスケートに小平奈緒さんという人がいて1000mと1500mで5位に入った。そして終了間際の日程の「スピードスケート女子団体追い抜き」で銀メダルを取った。

事前にメディアが、「スピードスケート女子団体追い抜き」で日本チームがもしかしたら金メダルを取る可能性があると、あまり報道していなかったので嬉しかったのと同時にびっくりした。

 「小平(こだいら)」という苗字は長野県に多く、諏訪や茅野ではポピュラーな苗字なので、もしかしたら長野県出身の人なのかなと思っていた。

ある日のテレビで、茅野市の豊平小学校の児童たちが先輩の小平選手の応援をしているニュース画面があった。

ウン?豊平小学校?聞いたことがあるなあと思って、グーグルのMAPで検索すると、やはり阿智胡地亭の母親が通った玉川小学校の隣の小学校が豊平小学校だった。

小平奈緒さんは、母や母方のイトコたちが卒業した玉川小学校の隣の小学校を卒業している。

母が生まれた当時の諏訪郡玉川村は今は茅野市玉川だが、豊平地区も当時は諏訪郡豊平村で、現在は茅野市豊平になっていて、往時の玉川村の隣村にあたる。

 そのことに気がついたとき、母が話していた下駄スケートの話を思い出した。

冬になると、校庭全面に夜先生方が水を張って、朝になるとそれが全面結氷し、昼間は休み時間にみんなでスケートをしたと、そう楽しそうに話していた。

「ただね、昭和初年のあの時代に村で誰もスケート靴を買えるような家はないから、みんな下駄の下に村の鍛冶屋さんが造ったスケートの刃を、紐でしばりつけて滑ったんだよ」、

「冬は誰でも子供は当たり前のようにスケートをしていたよ」と言っていた。

聞いたときその光景を想像して面白かった。足袋と下駄を履いて着物姿で、校庭に出来たスケートリンクの上をみんなが滑っていたんだそうだ。

今は知らないが、イトコ達も同じように毎冬楽しんだと聞いたような気もする。もしかすると今でも冬は校庭がリンクに変わり、

小学生の小平奈緒ちゃんも(彼女の時代は)スケート靴で滑っていたのかもしれない。

 後日親しい従兄からこんなコメントも届きました。☞「私が生まれ育った玉川村と奈緒ちゃんの在所の豊平村は古代より同じ御柱を曳く氏子仲間です」

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《第17回》竹中ナミの郵便不正事件公判傍聴記

2022年11月17日 | 「過去の非日乗&Shot日乗」リターンズ
2010年04月17日(土)「阿智胡地亭の非日乗」掲載

「今日の気になるブログ」から。  公判傍聴記の全文はこちら

村木厚子被告への「被告人質問」の内容が詳しく書かれています。

♪1、検察が一度振り上げた拳は、どんなことがあっても狙った獲物を有罪にするまでおろさない。

事の真実がどうのこうのよりも、当初のシナリオ通りにすすめるのがワシラの仕事や。冤罪かどうかは上級幹部が受けて立ってくれ・・。

そんな大阪地検特捜部の職人検事たちの強い意気込みがよく伝わってくる内容です。

 この事件を取り上げた当初に書いたように、花の東京地検特捜部に負けてたまるかという気概に溢れています。

2、連発する冤罪の防止という、日本の司法界が持つ課題に強くリンクしているこの裁判は、取調べの可視化と、検察のあり方そのもの、

そして大手メディアの司法報道への問題提起など、日本の司法史上で大きな意味を持ってきました。

3、このまま進むと、この傍聴者が懸念するように、大阪地裁段階では有罪判決が出ないとも限らない。

しかも村木被告は反省の色を一切示していないから執行猶予のつかない実刑判決が。

おそらく村木被告と弁護団はそこまで腹を括って法廷に臨んでいる。裁判の長期化の中で「検察の正義」の実態と現状をあぶりだしていく腹を括っているような気がする。

4、この裁判の報道は従来の司法記者クラブ村経由だけでなく、ネット上のミニコミが噛んでいる。

そういう意味でこの裁判の持つ意義や性格も従来とは違った視点で捉えられている。

 司法劇場の観客たちの拍手喝采の場面はかなり変質してきているが、大阪地検特捜部にそんな現実感覚を持つディレクターはいるのだろうか。

いやもっと言えば、最高検など検察の上級官庁にそのように全体を庁益ではなく、国益で見通すことができる戦略家はいるのだろうか?なんとなく疑問に思えてしかたがない。

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11月16日に目に留まったSNS・メディアの記事

2022年11月17日 | SNS・既存メディアからの引用記事

いずれも画像をクリックすると本文のサイトに飛びます。

 

 

 

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