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帯とけの土佐日記
土佐日記 正月廿七日・廿八日
廿七日。風吹き、波が荒いので船は出ださない。だれもかれも、ひどく嘆く。男たちが慰めに、漢詩に「日をのぞめば、みやことほし(遠い太陽を眺望するのに、都は見えず遠いことよ…男の・思い火を望めばいつも、宮こは遠い)」などという言葉の内容を聞いて、或る女の詠んだ歌、
ひをだにもあまぐもちかくみるものを みやこへとおもふみちのはるけさ
(日さえも天雲近くに見るものを、都へと思う路の遥かな遠さよ……おとこの情の火さえ、あまの心雲ちかく見るものを、宮こへと思う路のはるかなことよ)
また、あるひと(或る女)が詠んだ、
ふくかぜのたえぬかぎりしたちくれば なみぢはいとゞはるけかりけり
(吹く風が絶えない限り、波は立ってくるので、波路はたいそう遥かに遠いことよ……心に吹く風が絶えない限り、心波立ってくるので、汝見じはとっても遥かに長いことよ)
一日中、風やまず。つまはじき(爪弾き…夫弾き)して寝た。
廿八日。夜もすがら雨やまず。今朝も。
言の戯れと言の心
「日…太陽…男…火…燃ゆる思いの火」「のぞめば…眺望すれば…眺められるのに…望むといつもそうである」「ば…幾つかの意味を孕んでいる助詞…ので…のに…のときはいつも」「みやこ…京…宮こ…極まり至ったところ…絶頂」「あまくも…天雲…女の雲」「雲…煩わしくも心に湧きたつもの…情欲など」「み…見…覯…媾…まぐあい」「かぜ…風…心に吹く風」「なみぢ…波路…波立つ人の世の路…汝見じ…なを見ない」「な…親しきものの称…あなた…おまえ…それ…これ」「つまはじき…爪弾き…指弾き…夫(妻)はじき…夫拒否」。
おとなの女の歌二首。いずれも清げな姿がある。絶艶とか妖艶とは言えないが、心におかしき生の女の心がある。来つつなお行き先の「なみじ」遥かな、深い心がある。
藤原公任のいう優れた歌の定義、「およそ歌は、心ふかく、姿きよげに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし(新撰髄脳)」に適っている。
伝授 清原のおうな
聞書 かき人知らず (2015・11月、改定しました)
原文は青谿書屋本を底本とする新日本古典文学体系土佐日記による。