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帯とけの「伊勢物語」
在原業平の原作とおぼしき「伊勢物語」を、原点に帰って、平安時代の紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成の歌論と言語観で読み直しています。江戸時代の国学と近代以来の国文学は歌と歌物語を独自の方法で解釈してきたので、聞こえる意味は大きく違います。やがて、序詞・掛詞・縁語を修辞法にして和歌は作られてあるなどという解釈方法が、奇妙なものに見えてくるでしょう。清少納言や紫式部は、そのようにして歌を聞いていたとはとても思えない。
伊勢物語(八十六)あひはなれぬ宮づかへになむいでにける
昔、とっても若い男、若い女と逢い言葉を交わした。各々親があったので、つつみて(慎んで…本心を・包み隠して)、いいさしてやみにけり(情けを交わしかけて止めたのだった…井いさして止めてしまったことよ)、何年か経って、女の許に、なおも初志を果たそうとでも思ったのだろうか、歌を詠みてやれりけり(歌を詠んで遣ったのだった…本心を清げに包んで遣ったのだった)。
今までにわすれぬ人は世にもあらじ をのがさまざま年のへぬれば
(今までに、きみのことを・忘れない人は、世にも・他には決して、いないだろう、お互いさまざまに年が経ったのだから……果てても・今まで、見捨てないおとこは、夜にも・他の男の夜には、ないだろう、おとこが、さまさまに疾し一瞬が経たのだから)と言って止めた。男も女も、あひはなれぬみやづかへになむいでにける(逢いはなれない宮に・同じ宮の内に、お仕えにだ出たのだった……合い離れられない宮こづかえにだい出立つたのだった)。
貫之のいう「言の心」を心得て、俊成のいう言の戯れを知る
「つゝみて…謹んで…遠慮して…包み隠して」「いひさして…言いさして…情を交わしきらないで…井いしさしで」。
「わすれぬ…忘れない…見捨てない」「とし…年…疾し…早すぎるとき」「へぬれば…経たのだから…時が経ったのだから」。
「あいはなれぬ宮つかへ…逢いはなれぬ宮仕え…同じ宮での宮仕え…合い離れぬ宮こづかへ…合い離れられない宮こ仕え」「あい…相…逢い…合い…和合」「宮つかへ…宮仕え…宮こ仕え…相手を感の極みへ送り届けること」「いでにける…出仕した…出立つした」。
この話にどのような遇意があるのだろうか。この男の述懐である、或る女人との出会いと、合いの別れと、再合だろうか、それを包み隠して語っている。
この男、「おや?」という事情で、若き女と引き離された事を何年経っても決して忘れないという怨念を示したのだろう。
具体的な事実は何も伝わらない。伝えようとしているのは、男の心根である。それは、地の文と歌の「言の戯れの意味」に顕れる。
(2016・7月、旧稿を全面改定しました)