帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの枕草子〔二百四十一〕たゞすぎにすぐる物

2011-11-30 00:03:54 | 古典

  



                     
帯とけの枕草子〔二百四十一〕たゞすぎにすぐる物



 言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」のみ。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。


 清少納言枕草子〔二百四十一〕たゞすぎにすぐる物

 文の清げな姿
 ただ過ぎて過ぎゆくもの、帆かけた舟。人の年齢。春夏秋冬。

 原文
 たゞすぎにすぐる物、ほかけたるふね。人のよはひ。はる、なつ、秋、冬。

 心におかしきところ
 直過ぎて、ゆき過ぎるもの、ほ欠けた夫根。男の夜這い、張る、撫づ、飽き、尽。

 言の戯れと言の心
 「ただ…唯…ひたすら…直…真っ直ぐ…直立」「ほ…帆…穂…秀いでたもの…抜きん出たもの…お」「かけたる…掛けたる…欠けたる」「ふね…舟…ふ根…おとこ」「はる…春…春情…張る」「なつ…夏…なづ…撫づ…いたわる…なづむ…泥む…ゆきわずらう」「秋…飽き…しゅう…収…収縮」「冬…ふゆ…心に北風吹く…冬の字義は尽きる…終」。


 古今和歌集の夏と秋の歌を二首聞きましょう。
 巻第三 夏歌 みな月のつごもりの日よめる 躬恒
 夏と秋と行きかふそらのかよひぢは かたへすゞしき風やふくらん
 (夏と秋と移り変わる空の通い路は、片辺、涼しい風が吹いているもよう……ゆきなづむときと飽きの行き交う空しい通い路は、片方に涼しい風が心に吹いているだろう)。

 巻第五 秋歌下 題しらず よみ人しらず
 かれる田におふるひづちのほにいでぬは 世を今更に秋はてぬとか
 (刈られた田に生えるひこばえが、穂を出さないのは、この世を今更ながら、飽き果てたのだとか……涸れる多に極まる小茎が、ほを出さないのは、夜を今更に繰り返せない、飽き果てたとか)。

 なつ、あき、という言葉は、季節の夏や秋だけではない意味をもとより孕んでいる。同じく、かぜ、た、おふ、ほ、よ、なども。


 伝授 清原のおうな

 聞書 かき人知らず (2015・10月、改定しました)

 
原文は、岩波書店 新 日本古典文学大系 枕草子による。