帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの平中物語(二十九)また、この男、聞きわたる人・(その一)

2013-11-25 00:05:41 | 古典

    



               帯とけの平中物語



 「平中物語」は、平中と呼ばれた平貞文の詠んだ色好みな歌を中心にして、その生きざまが語られてある。


 歌も地の文も、聞き耳によって意味の異なるほど戯れる女の言葉で綴られてある。それを紐解けば、物語の帯は自ずから解ける。

 

 平中物語(二十九)また、この男、聞きわたる人なりけれど・(その一)


 また、この男聞きわたる人なりけれど(この男、様子を聞き過ごす女だったけれど……この男の、様子を聞きつづける女だったけれど)、とくに、言い寄ろうとも思わない女だったのだが、(その家に)知る人が居たので、文を時々取り継ぎなどしていたのを、「頼もし人」と名付けていたのだった。その女に「はや、たばかれ(早急に画策せよ……さっさと何とかしろ)」などと言って、責めたてたのだった。「今宵、もし、月おもしろくば(大空の月が美しければ……つき人をとこ照るならば)、こかし、たばかりみつべくは(来て、謀りを見せられるでしょう……来て、多ばかり見られるでしょうよ)」と言ったので、「なにのよきこと(何たる好都合……いいとも)」と言って来たのだった。


 
言の戯れと言の心

「月…月人壮士…おとこ」「たばかり…謀り…画策…田ば借る、多ば狩る…まぐあう」「見…覯…媾…まぐあい」。

 

さて、この「頼もし人」に、来た処を知らせると、呼び入れて「月みよ(月見してよ)」など言って、(女を)呼び出した。そうして、(三人)もろ共に、もの一言二言、言って、「頼もし人」は、さっと奥に這い入った。この心遣いを受けた女も、入ろうとする気配なので、「あゝ、残念、誰のための『頼もし人』ぞ(我らのために気を遣ったのに)」と言って、残念がったので、「よし、それでは入らない(その代わり)、明日の朝になってからすぐに出て行ったようにして、わたしには過ちのなかったように、言って寄こしてよ」と、女は言ったのだった。さりければ(そういうことがあったので)(男、朝、頼もし人に)、

 長き夜をたのめ頼めてありあけの 心づきなく隠れしやなぞ

 (秋の夜長、期待し楽しみにして・月見して、有明の朝に・なってから、不愉快そうに、隠れたのはどうしてなのか……長き夜を楽しみ楽しみて、有明が、心尽きなくて、つき人をとこは・お隠れになった、どうしてかな)。


 言の戯れと言の心

「たのめ…頼め…期待し楽しみにすること…依頼…お願い」「ありあけ…夜が明けてぼんやりと月が空に残っているとき…その残月」「心づきなく…気にくわなくて…不愉快そうに…心つきなく…心尽きなく…不満を残し」。

この歌は、朝まで三人で月見をした証拠となる。且つ、裏では、「頼もし人」へ女との夜の情況を知らせたようである。

 

 と言ったので、頼もし人、

 いかでかは光の二つ身にそはむ 月には君を見かへてぞ寝し

(どうして、光が二つ月人壮士の身に伴ってあるでしょうか、有明となった・月には、君と見るのやめて、寝たのよ……どうして、光が二つ君の身に伴っているでしょうか、照り尽きには、君を、見るのやめて、隠れて・寝たのよ)。


 言の戯れと言の心

「光…男の威光・栄光…おとこの照り輝き…光源氏の光るには、この意味が孕んでいるだろう。この物語と源氏物語は、ほゞ同じ文脈にある」「月…月人壮士…男…おとこ(これらは万葉集の歌をその気で聞けばわかる)…突き…尽き」「そふ…添う…加わる…伴う」「を…対象を示す…と…相手を示す」「見かへる…別のことに心を移す…(手のひらを返すように)心がわりする」。
 
一首では言い足りず次も「頼もし人」の歌である。

 
 光にし光そはずは月も日も ならぶたとひにいはずぞあらまし

(光に光を、添えられないならば、月も日も並べて・男の例えに言わないでしょうにね……男の光に男の光、加えられないならば、月日、並ぶ喩に言わないでしょう・並び立つものかしら)


 言の戯れと言の心

「光…上の歌に同じ」「そふ…添う…加える…伴う」「ならぶ…並ぶ…並立する…両立する」「月も日も…月日…男の喩え…万葉集巻十三の歌、天なるや月日の如く吾が思へる公(きみ)が日にけに老ゆらく惜しも、などがその例」「まし…だろうに(推量の意を表す)…すればいい(適当の意を表す)…するものだろうか(ためらいを表す)」。

 

 などと言う間に、「親、聞きつけて、ひどく言うものだから、たばかるまじ(もう画策できそうもないわ)」というのは、親ではなくて、先に思いを懸けて通っていた男がいたのを、親にかこつけて言ったのだった。

 

男(平中)、又、(頼もし人に)言い遣る。

 あづま屋の織る倭文機のをさを粗み 間遠にあふぞわびしかりける

 (東屋の織る倭文の織機の道具粗雑なため・画策粗いため、間遠に逢うことになるのだ、つらいなあ……吾妻やの折る卑しいをさを荒くて、間遠に合うぞ、もの足りずさびしいことだなあ)。


 言の戯れと言の心

「あづま…東…吾妻」「織る…折る…逝く…逝かす」「倭文…しづ…粗雑なあや…卑しい…身分の卑しい」「をさ…機織り道具…長…頭…男」「あふ…逢う…合う…和合する」。

 

 (つづく)。




  原文は、小学館 日本古典文学全集 平中物語による。 歌の漢字表記ひらがな表記は、必ずしも同じではない。