スワミの生家の村にナガナンダ、スワミのアシュラムがある。この村は、サティア、サイババのアシュラムがあるプッタパルティ―の一角にあり、カレスワール、スワミもナガナンダ、スワミも子供の頃、サティア、サイババアシュラムの境内が遊び場であったと聞いた。そして、ナガナンダ、スワミ(私と同じ年齢で数年前亡くなった)とカレスワール、スワミのお母さんは、仲の良い知り合いで、スワミが聖者を始める条件として、違うエリアで行う事を約束されペヌコンダで聖者のスタートをきったのです。
この地区は神の言語に近いローカルの言葉であるために、多くのミラクル聖者が生まれている。インドは州ごとに言葉が違い、南と北ではインド人でも全然わからないそうで、英語が第二の国民後として普及したのであります。日本なら東北弁でも大分のド田舎の言葉でも80%以上は理解できるが、インドは違うらしい。ゆえに小学校の3年生より英語を習い、英語なら大概の所で通じる。
ヒマラヤの奥地で修行している時、小学校の4,5年生からお前の英語は分からないとからかわれたのも思い出として残っている。インドはカースト制度が未だに残っており、日本で習うカーストではなく、親の職業がカーストになっており、大工さんの家に生まれたなら、大工さんになる以外はないので、子供の頃から親の仕事の現場の飯場で寝泊まりしながら、手伝いを行うので、学校に行くことも出来ない。当時の報酬は、奥さんも子供も含めて5000円くらいが相場であった。
カーストが出来たころの職業によってカーストは引き継がれているので、その後に新しくできた職業はカーストの枠にはまらないので、そのカーストから抜け出すために、多くのやる気のある青年は、夜間の塾に通い、死に物狂いで勉強し、コンピューター王国となって成長することになるのです。アメリカの夜は、インドの朝で英語が通じる。昼はソフトをアメリカで開発し、夜その続きはインドで行う。これにおいて安いソフトが出来、日本でも多くのコンピュータ技師が活動しているのです。
話はそれたが、私たちは、ナガナンダ、スワミのアシュラムに長期滞在していた。私と正観さんとタイ仏教で修行した女サドゥの3人で修行していた。ナガナンダ、スワミはオイルを採る果実の農園主でもあり、多くの若い農夫(主に若い女性で日当は30ルピー=60円)を雇っていた。その農夫らと共同生活ではないが、食事や宿はほぼ同じで、冷や飯にカレー汁の毎日であるために、私と正観は近所のチャイ屋に度々脱出して栄養補給をしていた。
その村の一番のチャイ屋の前にカレスワール、スワミの生家があり、ある日スワミの運転手と遭遇し、口止めの賄賂を渡したのだが、インド人ゆえに賄賂の効果がなかったことが後日わかるのであります。また、サティア、サイババのアシュラムにもリキシャで行ける距離なので、何回か訪れる事になるのであります。サティ、サイババのアシュラムは規模もでかく、そこで生活する人(土産物屋)や観光客(修行者)の為の町が形成されていたので、何でもそろっているし、美味しいダバ(食堂)も沢山ある。
この環境で、私たちは、ビブーティーを出すミラクルの修行をしていたのです。ナガナンダ、スワミのお寺のご神体はカーリー神であり、大きな真っ黒な舌が赤いカ―リ神がホーマ(コインを灰の中にいれ、プージャしたコインを渡す)の後ろに奉られていた。規模は小さく一人のヨーロッパ人の中年の女性が滞在していたのだが、メンタルの病気か嫉妬心が非常に強く、私たちに対してあらゆる意地悪を行うので本当に困った毎日であった。
ある日、カレスワール、スワミが始めたサードステージが突然中止されることになった。私たちはサードステージに夢を膨らませ、大金を投資したのであるが、突然中止が申し渡された。詐欺~だ。原因はスワミとリーダーの考えの違いが生じたそうで、突然中止されたとのことであったようです。詳しい事はここでは割愛させて頂きますが、そのような事情により、次のミラクルを得る先発隊としてナガナンダ、スワミを訪ねたのです。
ある深夜、スタッフに叩き起こされる。何かと思い、急いでホールに行くと村人が戸板に乗せられ運び込まれていた。足は丸太の様に大きくはれ上がり失神していた。夜、外で排尿をするために出たら、いきなりコブラに噛まれたそうだ。スワミは、ある日、私はコブラやサソリに噛まれた村人々を、無料でヒーリングを行うのが使命だと言ったことがある。最初に訪れた日も若い女性がお礼に来ていた。サソリに噛まれたのをヒーリングで治したそうである。インドは貧しい為に普通の人は病院に行くことは出来ず、無料の聖者に身を委ねるそうで、それが本当の聖者だと胸を張って言われる。あたかもサティア、サイババやカレスワール、スワミに対する当てつけの様にも感じた。
KENZO今日昼教えたカーリーマントラを唱えながら、足の親指で牙を抜きなさい。そうだ、うまいではないか。おお、それでよい。と言いながら、すぐ後にスワミが行う。翌日その村人は来たのだが、まだ足は丸太の様だった。その後は見かけなかったので、どうなったのか?そのような毎日であったが、女サドゥーは私たちと戯れることなく、真面目に行を行っていた。
一か月アシュラムに滞在すれば手からビブーティーが出るようにしてあげよう。その時カレスワール、スワミの五大行の地の行を行っていたので、ゆっくりできるあろうとの事もあり滞在することにしたのです。夕方から親指を地面につけて行をする毎日を過ごし、一か月が近づいた日に3人はホールに呼ばれた。今から最終のエネルギーを送るので両手を開いて目を閉じ瞑想をしなさい。
1時間過ぎた頃であろうか?私の手首に何かが落ちたように感じた。目を明けて手のひらを見なさい。スワミの声が聞こえる。私の手のひらの中だけにビブーティー(聖なる灰)があった。スワミが出たではないか。これが物質化だ。女サドゥ―が大きな声で質問する。私には出ていないではないか?何故なのだ。一番神に近い私には何故でないのだ。落ちこぼれのKENZOに出て、何故でないのだ、おかしいではないか?それから、何日かスワミを困らせ、遂にスワミは声を荒げた。俺は知らない。すべては神が決めることだ。その女サドゥはある日スワミに聖者になる方法も尋ねていた。
スワミは簡単だ。お前が後継者がいない廃寺に住み着いて信者が来るのを待てばよい。お前に何らかの力があれば人は集まって来るであろう。私の様にコブラやサソリの毒を消すことが出来れば人は集まって来る。聖者とは、自分が名乗るのではなく、人々が決める事なのだ。ゆえに聖者になる試験も資格もない。
私は満足していない。上から落ちてきただけは意味がない。自分の意志で出すことが出来なければ意味がない。スワミ、私の意志でサティア、サイババのように手を振って出すことは出来るのか?スワミは答える。ブッダのお寺を寄進しなさい。そうすれば可能だ。だめだ、こりゃ~!信じていない私と正観さんは翌朝アシュラムを去る事に決める。女サドゥは、それから水中の行を行えば、可能だとの言葉に釣られ居残り、農業用水の水路で頑張るが、さすがに気が付いたのか、1週間後に去ったと風の声に聞いた。