2011.1/15 881
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(58)
「船にてのぼりくだり、おもしろく遊び給ふもきこゆ。ほのぼの有様見ゆるを、そなたに立ち出でて、若き人々見たてまつる」
――お船で上ったり下ったり漕ぎめぐりながら、面白く管弦を奏するのが聞こえます。趣き深い御遊びの模様がちらほらと見えますのを、若い侍女たちは、そちらの端近に出て拝見しています――
「正身の御ありさまはそれと見わかねども、紅葉を葺きたる船の飾りの、錦と見ゆるに、声々吹き出づる物の音ども、風につきておどろおどろしきまで覚ゆ」
――当の匂宮のご様子はそれとは見分けがつきませんが、紅葉を葺いた船の飾りが錦かとも見え、思い思いに吹き鳴らす笛の音が、風のまにまに賑やかに響き渡ってきます――
「世の人のなびきかしづき奉るさま、かくしのび給へる道にも、いとことにいつくしきを見給ふにも、げに七夕ばかりにても、かかる彦星の光をこそ待ち出でめ、などおぼえたり」
――世の人の慕い靡いてお仕えする厳めしさが、こうしたお忍びの行く先でも実に格別で晴れがましいのを、姫君たちはご覧になるにつけても、まったく年に一度の七夕でも良い、こういう素晴らしい立派な彦星(夫)の光をこそお待ち受けしたいものだとお思いになるのでした――
漢詩をお作らせになるおつもりで、博士なども連れておいでになり、お船を岸に寄せて楽を奏しながら匂宮も詩をお作りになります。人々は紅葉の濃い枝、薄い枝を挿頭にし、海仙楽という曲を吹いて、誰もが満ち足りている様子の中で、匂宮は、
「『あふみの海』の心地して、遠方人のうらみいかにとのみ、御心さらなり。時につけたる題出だして、うそぶき誦しあへり」
――「あふみの海」(思う人に逢えないのが辛い)の心地で、遠方人(おちかたびと)あちらの中の君が、待ちかねておられるお気持はどんなであろう、と思ってはお心も上の空でいらっしゃる。折りも折り、この場にふさわしいお題などを出しては、人々は小声で吟じ合っています――
薫は、皆の興が一段落したところを見計らって、匂宮に山荘へお出ましになられては、と、お思いになり、その旨を申し上げておりますところに、
「内裏より、中宮の仰せ言にて、宰相の兄の衛門の督、ことごとしき随身ひき連れて、うるはしきさまして参り給へり」
――宮中から明石中宮の仰せ言で、夕霧左大臣の御子息で宰相の御兄の衛門の督が、大仰に随身を引き連れ、威儀を正して参上されました――
では1/17に。
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(58)
「船にてのぼりくだり、おもしろく遊び給ふもきこゆ。ほのぼの有様見ゆるを、そなたに立ち出でて、若き人々見たてまつる」
――お船で上ったり下ったり漕ぎめぐりながら、面白く管弦を奏するのが聞こえます。趣き深い御遊びの模様がちらほらと見えますのを、若い侍女たちは、そちらの端近に出て拝見しています――
「正身の御ありさまはそれと見わかねども、紅葉を葺きたる船の飾りの、錦と見ゆるに、声々吹き出づる物の音ども、風につきておどろおどろしきまで覚ゆ」
――当の匂宮のご様子はそれとは見分けがつきませんが、紅葉を葺いた船の飾りが錦かとも見え、思い思いに吹き鳴らす笛の音が、風のまにまに賑やかに響き渡ってきます――
「世の人のなびきかしづき奉るさま、かくしのび給へる道にも、いとことにいつくしきを見給ふにも、げに七夕ばかりにても、かかる彦星の光をこそ待ち出でめ、などおぼえたり」
――世の人の慕い靡いてお仕えする厳めしさが、こうしたお忍びの行く先でも実に格別で晴れがましいのを、姫君たちはご覧になるにつけても、まったく年に一度の七夕でも良い、こういう素晴らしい立派な彦星(夫)の光をこそお待ち受けしたいものだとお思いになるのでした――
漢詩をお作らせになるおつもりで、博士なども連れておいでになり、お船を岸に寄せて楽を奏しながら匂宮も詩をお作りになります。人々は紅葉の濃い枝、薄い枝を挿頭にし、海仙楽という曲を吹いて、誰もが満ち足りている様子の中で、匂宮は、
「『あふみの海』の心地して、遠方人のうらみいかにとのみ、御心さらなり。時につけたる題出だして、うそぶき誦しあへり」
――「あふみの海」(思う人に逢えないのが辛い)の心地で、遠方人(おちかたびと)あちらの中の君が、待ちかねておられるお気持はどんなであろう、と思ってはお心も上の空でいらっしゃる。折りも折り、この場にふさわしいお題などを出しては、人々は小声で吟じ合っています――
薫は、皆の興が一段落したところを見計らって、匂宮に山荘へお出ましになられては、と、お思いになり、その旨を申し上げておりますところに、
「内裏より、中宮の仰せ言にて、宰相の兄の衛門の督、ことごとしき随身ひき連れて、うるはしきさまして参り給へり」
――宮中から明石中宮の仰せ言で、夕霧左大臣の御子息で宰相の御兄の衛門の督が、大仰に随身を引き連れ、威儀を正して参上されました――
では1/17に。