永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(885)

2011年01月23日 | Weblog
2011.1/23  885

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(62)

 匂宮も、

(歌)「秋はててさびしさまさる木のもとを吹きなすぐしそ峰の松風」
――秋が去って、ますます寂しくなる山荘のあたりを、峰の松風よ、余り強く吹いてくれるな――(木に子をかけて姫君たちを暗示する)

 と、ひどく涙ぐまれますのを、ご心中を少し知る人々は心の内に、

「けにふかくおぼすなりけり、今日のたよりを過ぐし給ふ御心ぐるしさ」
――なるほど匂宮は、姫君をよほど深くお思いになっておられるのだな。折角の今日の機会を逃してしまわれるとはお気の毒な――

と、お察し申し上げるのですが、

「ことごとしく引き続きて、えおはしまし寄らず。作りける文どもの、おもしろき所々うち誦し、やまと歌もことにつけて多かれど、かやうの酔泣きのまぎれに、ましてはかばかしき事あらむやは。かたはし書きとどめてだに、見ぐるしくなむ」
――仰山にお供を引き連らねてはお立ち寄りなど思いもよらないこと。作られた漢詩の趣深いところどころを、人々が口ずさみ、また和歌なども事にふれてかなりの数が詠まれましたが、こうした酔い泣き騒ぎに、ましてこれという佳作ができよう筈もなく、その一部を書き残すことさえ、見ぐるしい次第でしたよ――

 山荘の姫君たちは、

「過ぎ給ひぬるけはひを、遠くなるまできこゆるさきの声々、ただならずおぼえ給ふ。心まうけしつる人々も、いとくちをし、と思えり」
――匂宮の御一行が素通りしてしまわれたらしいご様子の、前駆の声々が次第に遠ざかってゆくのに耳をとめて、胸を痛めていらっしゃいます。心づもりをしていた侍女たちも口惜しく、張り合い抜けした心地でいます――

 ましてや大君は、

「なほ音に聞く月草の色なる御心なりけり、ほのかに人のいふを聞けば、男といふものは、虚言をこそいとよくすなれ、思はぬ人を思ひ顔にとりなす言の葉多かるものと、この人数ならぬ女ばらの、昔物語に言ふを、さるなほなほしき中にこそは、けしからぬ心あるもまじるらめ」
――やはり匂宮という御方は、噂に高い移り気な方なのであった、侍女たちがひそひそ話をしているのを聞いていますと、男というものは、よく嘘をつくものだそうで、愛してもいないのに愛している風にみせる言葉が多いものだと、ここのつまらぬ侍女たちが過去の経験談を言っているのを、そのようなはしたない者たちの世界には、そのような怪しからぬ男も交じっているのだろうが、高貴なお方ならば――

 と、口惜しくてなりません。

◆さきの声々=前駆の声々=前駆払いの声々

では1/25に。