永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(303)

2009年02月19日 | Weblog
09.2/19   303回

【行幸(みゆき)の巻】  その(1)

源氏   36歳12月から37歳12月まで
紫の上  28歳~29歳
玉鬘   22歳~23歳
夕霧   15歳~16歳
雲井の雁 17歳~18歳
柏木   20歳~21歳

 こうして源氏は玉鬘にあらゆる心づかいをし、お世話なさるのですが、「音無しの瀧」のように、源氏の恋心がお心の奥にくすぶっていて、紫の上が想像なさっていらしたことが、的中でもしますならば、源氏の名にも傷がつくことになりましょう。

 内大臣が、何事にも黒白をつける方で、少しも半端なことには辛抱のできないご気性ですから、

「さて思ひぐまなく、けざやかなる御もてなしなどの、あらむにつけては、をこがましうもやなど、思しかへさふ」
――内大臣が、玉鬘を我が子とお知りになったとしたならば、きっと前後に何の配慮もなく、あからさまに自分を婿扱いなどなさるようでは、世の笑い者になるであろう、などとお考えになって、源氏は、ここは…と自制なさるのでした――

 その年の十二月に冷泉帝が大原野に行幸なさるというので、六条院からも女方が車を連ねてその行列を見物に出かけます。午前六時に内裏を出発されて、朱雀から五条の大路を西に折れ、桂川のところまで物見車が隙間なく立っています。狩りに行幸のこの日は、雪がちらちら降っております。

 今日の行幸はいつもと違って華やかに、親王、上達部は御馬鞍を新しく整えて、その随人たちも、容姿も背丈も立派な者をえらんで付き添わせております。左右大臣、内大臣、納言以下も残らず供奉されております。(源氏の身分になりますと供奉はせず)
 
 「女は詳しくも見知らぬ事なれば、めづらしうをかしきことに、競はひ出でつつ、その人ともなく、かすかなるあし弱き車など、輪を押しひしがれ、あはれげなるもあり。」
――女どもは政治のことなど詳しく知らないことなので、ただ珍しく面白い見物と思って、われ先にと出てきたので、それほどの身分でない者の粗末な車などは、車輪を押しつぶされて惨めなものもあります――

 西の対の玉鬘も見物にお出かけになりました。いずれも我こそはと綺麗を尽くされておられる中に、

「帝の、赤色の御衣たてまつりて、うるはしう動きなき御かたはらめに、准らひ聞こゆべき人なし」
――冷泉帝の、赤色の袍を召され、端正でご立派な横顔に並ぶような方はおりません――
 
 玉鬘は帝のそのお美しさに圧倒されてしまったのでした。

ではまた。




源氏物語を読んできて(302)

2009年02月18日 | Weblog
09.2/18   302回

【野分(のわき)の巻】  その(13)

夕霧は、三條の大宮(御祖母)に参上しますと、静かに勤行をなさっておいでです。
こちらでは、品の良い女房たちが黒染めの尼姿でお仕えになっており、六条院の繁栄をきわめる女房たちの、きらびやかさとは比較になりませんが、此処ではかえって、それなりの風情が感じられるのでした。

 内大臣がお出でになって、灯をともして、大宮とお話しになっておりますうちに、大宮が、

「姫君を久しく見奉らぬがあさましきこと」
――雲井の雁に久しくお目にかからないのが、ひどく辛いのですよ――

と、ただただ泣いてばかりいらっしゃる。内大臣は、

「今この頃のほどに参らせむ。心づから物思はしげにて、口惜しうおとろへにてなむ侍める。女子こそ、良く言はば、持ち侍るまじきものなりけれ。とあるにつけても、心のみなむつくされ侍りける」
――そのうちに伺わせましょう。あの娘も自分で招いた苦労ですっかりやつれているようです。女の子というものは、所詮持つものではありませんな。何かにつけて苦労ばかりさせられます――

 と、夕霧との事をまだ根に持っている様子で言われますので、大宮はお辛そうで、無理にでも雲井の雁にお会いしたいとはおっしゃれないのでした。

 内大臣は、話のついでに、

「いと不調なる女まうけ侍りて、もてわづらひ侍りぬ」
――実は、ひどく不出来な娘を見つけ出しまして、持て余しているのですよ――

 と、苦笑いしつつ愚痴を申し上げられますと、大宮は、

「いであやし。女といふ名はして、さがなかるやうやある」
――まあ、妙なことですこと。あなたの娘ともあろう者が、不出来な筈はないでしょう――

「それなむ見ぐるしきことになむ侍る。いかでご覧せさせむ」
――ところが、それが見苦しくて困るのです。いずれ母上にお目にかけましょう――

 とおっしゃったとか。

【野分(のわき)の巻】おわり

ではまた。
 

源氏物語を読んできて(301)

2009年02月17日 | Weblog
09.2/17   301回

【野分(のわき)の巻】  その(12)

 それから源氏は東の御殿(花散里)へ参られますと、老女房たちが大勢で裁縫をしておりました。いよいよ寒さに向かう折から、細櫃に真綿を掛けて引き伸ばしている若い女房もおります。源氏は、

「中将の下襲か。御前の壺前栽の宴もとまりぬらむかし。かく吹き散らしてむには何事かせられむ。すさまじかるべき秋なめり」
――これは夕霧への下襲ですか。清涼殿の御前の植え込みを賞でる御宴は、取りやめになるでしょう。こんなに吹き荒れては何ができましょう。きっと今年は趣のない秋になりそうですね――

 こういう方面では、花散里は、紫の上以上の才能がおありのようで、何の衣でしょうか色々の染色の色彩がたいそう綺麗です。

 一通り、女方をお見舞いになって、源氏はご自分の御殿にお帰りになりました。夕霧は気骨の折れる方々をお訪ねになるお供をして、どっと疲れが出てご自分で書きたいお文なども後回しになさったのでした。

 花に譬えれば紫の上は樺桜、玉鬘は山吹、明石の姫君は藤の花、と夕霧はそれぞれを思い合わされ、父上が朝に夕にこのような美しい女方をご覧になって暮らしておられ、自分には隔てを厳重に置かれていることと思いを重ねられて、

「まめ心もなまあくがるる心地す」
――生真面目な夕霧のお心も何となく浮き浮き動き出しそうな気がします――

◆細櫃(ほそびつ)=細長くて小型の唐櫃(からびつ)

◆壺前栽(つぼせんざい)=中庭に植え込んだ草木

ではまた。

源氏物語を読んできて(300)

2009年02月16日 | Weblog
09.2/16   300回

【野分(のわき)の巻】  その(11)

夕霧は、

「いであなうたて、いかなる事にかあらむ、思ひよらぬ隈なくおはしける御心にて、もとより見慣れおほしたて給はぬは、かかる御思ひ添ひ給へるなめり、宣なりけりや、あなうとまし」
――さても酷いことだ、一体どうしたことであろう、女のことにかけては抜け目のない御父のこととは言え、実の娘でもお小さい時からお育てにならなかった人には、このようなお気持ちが生じるものであろうか。なるほど、そうとも思えますが、でも何とまあ厭なこと――

 こうお思いになるさえ、恥ずかしい。たしかに夕霧としては、姉弟という肉親でなければ、自分とて間違いを起こさぬとも限らないが、昨日、隙見しました紫の上のご様子に比べれば、玉鬘はやや劣ってはいらっしゃるものの、やはりお美しい方だ。そんなことを思っていますと、源氏が、

「如何あらむ、まめだちてぞ立ち給ふ」
――(玉鬘とねんごろに小声でお話しておられましたが)どうしたことか、真面目なお顔で立ち上がられました――

玉鬘の歌
「吹き乱る風のけしきに女郎花しをれしぬべきここちこそすれ」
――昨日の野分ではありませんが、お乱れのご態度には死にたいほどです――

 夕霧には、玉鬘のお声は聞きとれませんが、源氏がそれを口ずさんでいらっしゃるのをお聞きになりますと、憎らしく、立ち去りがたかったのですが、さすがに立ち聞きを身咎められそうですので、急いでそこを去ります。

源氏の歌
「したつゆに靡かましかば女郎花あらき風にはしをれざらまし」
――なよ竹は風に靡いて居ればこそ折れないのですよ。わたしの言う通りになされば――

「など、ひが耳にやありけむ。聞きよくもあらずぞ。」
――こんなお歌のようでしたが、よく聞き取れず、聞き違いかもしれません。なにしろ聞き良いお歌ではありませんから――

ではまた。




源氏物語を読んできて(299)

2009年02月15日 | Weblog
09.2/15   299回

【野分(のわき)の巻】  その(10)

それにしましても、玉鬘の姿たかちは何と言ったらよいでしょう、

「いとおかしき色あひつらつきなり。ほうづきなどいふめるやうにふくらかにて、髪のかかれる隙々うつくしう覚ゆ。まみのあまりわららかなるぞ、いとしも品高く見えざりける。その外はつゆ難つくべうもあらず」
――本当に美しい顔や色かたちです。お顔色は、ほうづきのようにふっくらとして、お髪のかかりの間あいだのお肌が、つややかで、ただ、目もとの愛嬌すぎますのが、やや上品に見えないのでした。その他は一点の非となるところはございません――

 夕霧は、父の源氏が話される玉鬘を、前々から一度見たいものと思っていましたので、几帳を少し持ち上げてご覧になりますと、そのあたりの物が片付けられていて、よく見通せます。夕霧は、

「かく戯れ給ふ気色のしるきを、あやしのわざや、親子と聞こえながら、かく懐はなれず、もの近かべき程かは、と目とまりぬ」
――明らかに御父の源氏がふざけていらっしゃるので、妙なことよ、親子とは申せ、このようにまるで懐に入れんばかりにしておられますとは。そのような小さい年ごろでもないのに、と目をとめております――

さらに、

「見やつけ給はむと恐ろしけれど、あやしきに心もおどろきて、なほ見れば、柱かくれに少しそばみ給へりつるを、引きよせ給へるに、御髪のなみ寄りて、はらはらとこぼれかかりたる程、女もいとむつかしく苦しと思ひ給へる気色ながら、さすがにいとなごやかなる様して、寄りかかり給へるは、ことと馴れ馴れしきにこそあめれ」
――(のぞき見をしていることを)源氏に気づかれでもしたら恐ろしいと思いながらも、夕霧は思いもよらぬ光景に驚いて、なおもご覧になっていますと、玉鬘が柱の陰に少し横を向いておられるのを、源氏が引き寄せられます。お髪がはらはらとゆらいで、お顔にかかったりして玉鬘も迷惑そうながらも、それでもたおやかにゆったりと源氏に寄りかかっておられるとは、余程馴れ親しんだ御仲であろうか――

ではまた。

源氏物語を読んできて(298)

2009年02月14日 | Weblog
09.2/14   298回

【野分(のわき)の巻】  その(9)

 紫の上は、お顔を赤らめられて、

「いかでかさはあらむ。渡殿の方に、人の音もせざりしものを」
――そのようなことはないでしょう。渡殿の方に、人の気配はしませんでしたもの――

「なほあやし」
――それでも、やはりおかしい――

 と、源氏は独り言をおっしゃりながら、お出掛になりました。お伴をして夕霧も中宮の御殿へ行かれますが、雲井の雁や、紫の上をお考えになるせいか、いつもより沈んでおられます。

 源氏は、中宮へのお見舞いから直接北の御殿へ抜けて、明石の御方のお住居に行かれます。
 明石の御方は突然のお越しに、急いで小袿をひき掛けて源氏にご挨拶をされますご様子はご立派でしたが、源氏は、

「端の方につい居給ひて、風の騒ぎばかりをとぶらひ給ひて、つれなく立ち帰り給ふ、心やましげなり」
――お部屋の端にちょっと膝をつかれて、暴風のお見舞いだけを素っ気なくおっしゃって、立ち帰られるのが、明石の御方にはご不満のようでした――

 明石の御方は、ひとりごとのように、(歌)

「おほかたに荻の葉すぐる風の音もうき身ひとつにしむ心地して」
――風はすべての荻の葉を吹き過ぎていくのですが、特に私の身にだけ沁みるようで寂しいことよ――

 西の対の玉鬘は、昨夜の暴風の恐ろしさに、まんじりともせずに夜を明かされましたので、すっかり寝過ごしてしまい、今やっと鏡などをご覧になっておられますところに、先払いなどおさせにならず源氏が音もさせないでお入りになります。玉鬘のご様子は、

「日のはなやかにさし出でたるほど、けざけざと、もの清げなるさまして居給へり」
――朝の日がさっと差し出たところに、玉鬘があざやかに照らし出されて、美しくお見えになります――
 
 源氏は暴風のお見舞いにかこつけて、玉鬘の側近くに寄られて、恋心をご冗談めかしておっしゃるので、玉鬘はたまらなく困ったことと思われます。そのご様子に源氏は、

「やうやうかかる御心むけこそ添ひにけれ。道理や」
――段々私から離れようとのお気持ちのようですね。それももっともでしょうが――
 と、お笑いになりながら、それでも側ににじり寄っていらっしゃる。

ではまた。

源氏物語を読んできて(297)

2009年02月13日 | Weblog
09.2/13   297回

【野分(のわき)の巻】  その(8)
 
 源氏は、小声で紫の上に、

「中将の朝けの姿は清げなりな。ただ今はきびはなるべき程を、かたくなしからず見ゆるも、心の闇にや」
――夕霧の朝の姿は、なかなか綺麗だな。まだほんの子供なのに、見苦しくない一人前だと思うのも、親の目の迷いだろうか――

 とおっしゃりながら、源氏は、

「わが御顔は、旧り難くよしと見給ふべかめり。いといたう心げさうし給えう」
――自分の顔は昔のまま、相変わらず美しいと眺めていらっしゃるようです。(中宮の御殿へお伺いのため)たいそう念入りに身なりを整えていらっしゃる――

源氏は、紫の上にお話しになります。

「宮に見え奉るは、はづかしうこそあれ。何ばかりあらはなるゆゑゆゑしさも、見え給はぬ人の、おくゆかしく心づかひせられ給ふぞかし。いとおほどかに女しきものから、気色づきてぞおはするや」
――中宮にお目にかかるのは、気を使うのです。これといって勿体ぶった御様子をお見せになるわけではありませんが、何となく奥ゆかしくて、ついこちらが心を使うようになるのです。たいそうおとなしく、女らしくいらっしゃるのですが、こちらはうっかり出来ないのですー―

 とおっしゃって、お部屋をお出になりますところに、夕霧がうっとり物思いにふけっていて、源氏がおいでになったことにも気付かずに居られるのを、勘の鋭い源氏にはどう、お映りになったことでしょう。ちょっと引き返して、紫の上に、

「昨日の風のまぎれに、中将は見奉りやしけむ。かの戸の開きたりしによ」
――昨日の暴風騒ぎに、夕霧はあなたをお見上げしたのかも知れない。あの戸が開いていましたからね――

ではまた。

源氏物語を読んできて(296)

2009年02月12日 | Weblog
09.2/12   296回

【野分(のわき)の巻】  その(7)
 
 夕霧は、中の渡殿を通って、中宮の御殿の方へ行かれます。夕霧のお姿は朝日を受けてまことに鮮やかでお美しい。寝殿の方をご覧になりますと、御格子を二間ほど上げて、仄かな朝の光の中に、御簾を巻き上げて女房たちが座っております。

 女童を庭にお下ろしになって、虫籠に露を与えさせておいでになります。紫苑色(しおんいろ)や撫子色の濃いのや薄いのや、さまざまの袙(あこめ)の上に、女郎花色の汗袗(かざみ)などという季節に相応しい衣装で、四人五人と連れ立ち、あちらこちらの草むらに寄って(さまざまの色の虫籠を持ち歩き、歩いている姿が)何とも言えず美しく見えます。

 夕霧が、小声でご挨拶して静かに歩み出ていらっしゃると、

「人々けざやかにおどろき顔にはあらねど、皆すべり入りぬ」
――女房たちは、あからさまには驚きの様子は見せないものの、皆、内へ、すべり入ってしまわれました――

 夕霧は、源氏の御手紙を差し上げて、この御殿を見まわされますと、秋好中宮の御住居は気高くて清らかにお暮らしのご様子が忍ばれるのでした。

 夕霧は、源氏の御殿にお帰りになって、中宮のお返事を申し上げます。

「荒き風をもふせがせ給ふべくやと、若々しく心細く覚え侍るを、今なむなぐさめ侍りぬる」
――こちらへおいでになって、暴風の警戒にお当たりくださるかしらと、子供のように心細く思っていましたが、ただ今のお便りでやっと気が休まりました――

 源氏は、中宮のお言葉をお聞きになって、「なるほど、女達だけでは、恐ろしくかったであろう。冷淡とも思われたのでは」と急いで中宮の御殿へ上がるべく、お召し替えになります。その脇の几帳からかすかにご婦人のご衣裳の袖口が見えます。夕霧は、

「さにこそあらめと思ふに、胸つぶつぶと鳴る心地するも、うたてあれば、外ざまに見やりつ」
――きっと、紫の上に違いないと思いますと、胸がどきどきする心地なのも、やましい気がして、目を逸らしたのでした――
 
◆中の渡殿を通って=六条院の四つの御殿は相互に渡り廊下でつながっていました。外に出なくても通えるようになっていました。

◆写真:汗袗(かざみ)姿の女童  風俗博物館

ではまた。

源氏物語を読んできて(295)

2009年02月11日 | Weblog

09.2/11   295回

【野分(のわき)の巻】  その(6)

 まず、花散里の御殿に伺って、夕霧は所々修繕すべきを指図しおいてから、南の源氏の御殿に伺いますと、まだ御格子も上がっておりませんので、昨日の嵐に乱れた庭を眺めておりますうちに、そこはかとなく悲しく涙がでるのでした。
 遠くお部屋の中の源氏の声が聞こえます。紫の上の語らいは聞こえませんが、戯れ合うお二人の話声に、何ともいえない中睦ましい様子が忍ばれて、お話の中身は分からないながら、羨ましく思うのでした。

「夕霧が来ているようだね」とおっしゃって、源氏が自ら格子をお上げになり、大宮のご様子を聞かれます。夕霧が「大宮は、たいそう喜ばれました。この頃はちょっとしたことでも涙もろくなられ、お気の毒でございます」と申し上げますと、源氏は、

「今、幾ばくもおはせじ。まめやかに仕うまつり見え奉れ。内の大臣は、こまかにしもあるまじうこそ憂へ給ひしか。人がらあやしうはなやかに、男々しき方によりて、親などの御孝をも、いかめしき様をばたてて、人にも見おどろかさむの心あり、まことにしみて深き所はなき人になむものせられける。(……)」
――もう、長いこともおありなさるまい、ねんごろにお仕えして差し上げなさい。内大臣は実子でありながら、行き届いたことはなさらないと、こぼしておられましたよ。
 内大臣という方は、ひどく派手で、男性的な方と言いますか、親孝行の点でも表を立派にすることを重んじ、人を感心させようというお考えで、心底からの親切心がない方ですね。(だが、策略には富んでいて賢く、末世の今日ではもったいない程の才学に優れ、うるさい点があっても人としてこれ程欠点のない方は珍しい)――

 などと、おっしゃってから、夕霧を使者として秋好中宮へお見舞いに立たせます。
 御見舞いの文には「昨夜の風の音をいかがお聞きになったでしょう。私は暴風に加え、風邪など引いてしまい、辛いのでお見舞いにも伺いかねますので」とあります。

◆写真:夕霧が簀子から、源氏と紫の上の睦まじげな様子を察してしる。

ではまた。


源氏物語を読んできて(294)

2009年02月10日 | Weblog
09.2/10   294回

【野分(のわき)の巻】  その(5)

 その夜、夕霧は風の音の中にも、何となく、もの思いに沈むのでした。お心に掛けて恋しいと思う雲井の雁のことはしばし忘れて、昼間ちらっと垣間見たあの方の面影が忘れられないので、

「こはいかに覚ゆる心ぞ、あるまじき思いもこそ添へ、いと恐ろしき事」
――これは何とした心だろう、とんでもない料簡も起こしかねまい、実に恐ろしいことだ――

 と、何とか自分の気を紛らわそうと、他のことを考えたりもしますが、またすぐに思い出されて、過去にも未来にも類ないお方だとお思いになります。それにつけても、どうして夏の御殿の方(花散里)が父君に人並みに扱われておいでになるのか、あのご器量から言えばまったく較べものになりはしない。ああ、お気の毒なこと、と、思ったりもしますが、父上が花散里の素直な心の方をお見捨てにならないことも、御父ならではのご立派さと、夕霧にはお分かりになります。

「人がらのいとまめやかなれば、似気なさを思ひ寄らねど、さやうならむ人をこそ、同じくは見て明かし暮さめ、限りあらむ命の程も、今少しは必ず延びなむかし、と思ひ続けらる」
――夕霧は真面目なご性格ですので、紫の上に対して似つかわしくない事など、思いもよりませんが、同じことなら、紫の上のように優れた人と共に世を送りたい、そうすれが、限りある命も少しは必ず延びることであろう、と思い続けられるのでした――

 翌朝、夕霧は、源氏の御殿こそは人手も多く心配はないけれど、花散里のところはさぞお心細くておいでだろうと、まだ薄明かりのうちから参上します。道中は横なぐりの雨が冷たく吹きつけて、空もようもたいそう荒れていることもあってか、妙にぼおっとした気持ちになって歩いております。

「何事ぞや、またわが心に思ひ加はれるよ」
――何としたことよ、雲井の雁のほかに、また新しく恋しさが加わったことよ――

ではまた。