九六 内裏は、五節のほどこそ (109) その2 2019.2.19
ことの蔵人の掻練襲、物よりことに清らに見ゆ。褥など敷きたれど、なかなかえものぼりゐず、女房の出でゐたるさま、ほめそしり、このころはこと事はなかンめり。
◆◆ことにあたる蔵人の掻練襲は、何よりもましてきれいに見える。褥などがしいてあるけれど、かえってその上に座っていることもできず、女房が出て座っている有様は、ほめたりけなしたりして、このころは念頭にないようだ。◆◆
■掻練襲(かいねりがさね)=紅の練絹の下襲をさすという。
帳台の夜、行事の蔵人、いときびしうもてなして、「かいつくろひ二人、童よりほかは入るまじ」とておさへて、面にくきまで言へば、殿上人など、「なほこれ一人ばかりは」などのたまふ。「うらやみあり。いかでか」などかたく言ふに、宮の御方の女房二十人ばかりおしこりて、ことごとしう言ひたる蔵人何ともせず、戸を押しあけてささめき入れば、あきれて、「いとこはずちなき世かな」とて、立てるも、をかし。それにつきてぞ、かしづきどももみな入る。けしきいとねたげなり。うへもおはしまして、いとをかしと御覧じおはしますらむかし。
◆◆帳台の試みの夜、上官の命をうけて行事一切を取り仕切る上級の蔵人がとてもきびしい態度をとって、「理髪の役の女房二人、童女よりほかは入ってはいけない」と言って押さえて、小憎らしいほどにまで言うので、殿上人などが、「この女房くらいは、(一説、これは自称で、私一人くらいは)」などとおっしゃる。「他からうらやましがられます、どうしてはいられましょう」などと、頑なに言っていると、中宮様の御方の女房が二十人くらい一団となって、物々しく言っている蔵人を無視して、戸を押し開けて小声でひそひそ言いながら入るので、蔵人はあっけにとられて、「まったくこれはどうしようもない世の中だ」と言って、立っているのもおもしろい。その後について、介添えの女房たちもみな入る。それを見る蔵人の様子はひどく忌々しそうだ。主上のおいであそばして、たいへんおもしろいと御覧あそばしていらっしゃることだろう。
■帳台の夜=丑の日の「帳台の試み」。常寧殿で行われる。天皇が帳台にあって(あるいは帳台には舞姫の座を作り天皇は北廂を御座所とするという)五節の舞の試楽を見る。
童舞の夜はいとをかし。灯台に向かひたる顔ども、いとらうたげにをかしかりき。
◆◆童舞の夜は、たいへんおもしろい。灯台にむかっているいくつもの顔も、たいへん可愛らしげでおもしろかった。◆◆
■童舞の夜=卯の日清涼殿での童御覧をさすとすると、日中の行事で不審。
■灯台に向かひたる顔=上文からは童舞の童となろうが、丑の日の帳台の試み、寅の日の御前の試みには舞姫の座前に灯台を立てるのが決まっているので、舞姫の顔か。
*写真は働く女房たち
ことの蔵人の掻練襲、物よりことに清らに見ゆ。褥など敷きたれど、なかなかえものぼりゐず、女房の出でゐたるさま、ほめそしり、このころはこと事はなかンめり。
◆◆ことにあたる蔵人の掻練襲は、何よりもましてきれいに見える。褥などがしいてあるけれど、かえってその上に座っていることもできず、女房が出て座っている有様は、ほめたりけなしたりして、このころは念頭にないようだ。◆◆
■掻練襲(かいねりがさね)=紅の練絹の下襲をさすという。
帳台の夜、行事の蔵人、いときびしうもてなして、「かいつくろひ二人、童よりほかは入るまじ」とておさへて、面にくきまで言へば、殿上人など、「なほこれ一人ばかりは」などのたまふ。「うらやみあり。いかでか」などかたく言ふに、宮の御方の女房二十人ばかりおしこりて、ことごとしう言ひたる蔵人何ともせず、戸を押しあけてささめき入れば、あきれて、「いとこはずちなき世かな」とて、立てるも、をかし。それにつきてぞ、かしづきどももみな入る。けしきいとねたげなり。うへもおはしまして、いとをかしと御覧じおはしますらむかし。
◆◆帳台の試みの夜、上官の命をうけて行事一切を取り仕切る上級の蔵人がとてもきびしい態度をとって、「理髪の役の女房二人、童女よりほかは入ってはいけない」と言って押さえて、小憎らしいほどにまで言うので、殿上人などが、「この女房くらいは、(一説、これは自称で、私一人くらいは)」などとおっしゃる。「他からうらやましがられます、どうしてはいられましょう」などと、頑なに言っていると、中宮様の御方の女房が二十人くらい一団となって、物々しく言っている蔵人を無視して、戸を押し開けて小声でひそひそ言いながら入るので、蔵人はあっけにとられて、「まったくこれはどうしようもない世の中だ」と言って、立っているのもおもしろい。その後について、介添えの女房たちもみな入る。それを見る蔵人の様子はひどく忌々しそうだ。主上のおいであそばして、たいへんおもしろいと御覧あそばしていらっしゃることだろう。
■帳台の夜=丑の日の「帳台の試み」。常寧殿で行われる。天皇が帳台にあって(あるいは帳台には舞姫の座を作り天皇は北廂を御座所とするという)五節の舞の試楽を見る。
童舞の夜はいとをかし。灯台に向かひたる顔ども、いとらうたげにをかしかりき。
◆◆童舞の夜は、たいへんおもしろい。灯台にむかっているいくつもの顔も、たいへん可愛らしげでおもしろかった。◆◆
■童舞の夜=卯の日清涼殿での童御覧をさすとすると、日中の行事で不審。
■灯台に向かひたる顔=上文からは童舞の童となろうが、丑の日の帳台の試み、寅の日の御前の試みには舞姫の座前に灯台を立てるのが決まっているので、舞姫の顔か。
*写真は働く女房たち