二二 すさまじきもの その1 (35) 2018.2.25
すさまじきもの 昼ほゆる犬。春の網代。三四月の紅梅の衣。ちごの亡くなりたる産屋。火おこさぬ火桶、地火炉。牛死にたる牛飼。博士のうちつづき女子うませたる。方違へに行きたるに、あるじせぬ所。まして節分はすさまじ。
◆◆不調和で興ざめなもの (夜ほえるものの)昼吠える犬。(冬氷魚をとる道具の)春まで残っている網代。(11月から2月まで着るのに)三、四月に着る紅梅の着物。乳飲み子が亡くなっている産屋。火をおこさない丸火鉢、地火炉。牛が死んでいる牛飼い。博士がひきつづいて女の子を生ませているの。方違えに行っているのに、もてなしをしないところ。ましてそれが節分違えであるときは興ざめだ。◆◆
■すさまじきもの=季節外れ、期待外れなど、すべて不調和感から生じる興ざめな感じをいう。
■博士=大学寮・陰陽寮の教官。世襲であるが女子にはその資格がない。
■節分違へ=立春、立夏、立秋、立冬の前日。その夜は「節分違へ」をした。
人の国よりおこせたる文の物なき。京のをもさこそ思ふらめども、されど、それは事も書きあつめにある事も聞けばよし。人のもとにわざと清げに書きたててやりつる文の返事見む、今は来ぬらむかしと、あやしくおそきと、待つほどに、ありつる文を、結びたるも立て文も、いときたなげに持ちなして、ふくだめて、上に引きたりつる墨さへ消えたるを、「おはせざりけり」もしは「物忌とて取り入れず」など言ひて、持て帰りたる、いとわびしくすさまじ。
◆◆地方からこちらに送って寄こしてしる手紙に贈り物がついてないの。京から手紙もそう思っているかも知れないけれど、それは知りたいことをも書き集め、世間の出来事をも聞くのだから、よい。人の所にわざわざ見た目もきれいに書き上げて送ってやった手紙の、返事を見よう、いまはもの来ているだろうと、それにしては遅いと待つうちに、さっきの手紙を、結んであるのをも、立て文のをも、わざとひどく汚らしくして持って、ぶくぶくに紙をそそけさせて、結び目の上に引いてあった墨までも消えているのを、「おいでにならなかったのでした」とか、あるいは、「物忌みだということで受け取りません」などと言って、持って帰っているのは、たいへんがっかりさせられる感じで興ざめである。◆◆
また、かならず来べき人のもとに車をやりて待つに、入り来る音すれば、さなンなりと、人々出でて見るに、車宿りざまにやりいれて、轅ほうとうちおろすを、「いかなるぞ」と問へば、「今日はおはしまさず。わたりたまはず」とて、牛の限り引き出でていぬる。また、家ゆすりて取りたる婿の来ずなりぬる、いとすさまじ。さるべき人の宮仕へするがりやりて、いつしかと思ふも、いとほいなし。
◆◆また、必ず来るはずの人の所へ牛車を迎えに遣わして待つのに、入って来る音がするので、どうやら来たようだと、人々が出てみると、牛車を車庫のほうにおくり入れて、轅をポンとうちおろすのを「どうしたのだ」とたずねると、「きょうはいらっしゃいません。こちらへお越しになりません」と言って、牛だけを引き出して去るの。また、家中大騒ぎして迎え取った婿が来なくなってしまうのは、ひどく索漠として興ざめである。しかも、それがしかるべき身分の女で、宮仕えする人なのだが、そういう女のもとに婿を行かせて(そのまま取られて)、いつこっちに帰って来るのか、早く帰ってきてほしいと思うのも、とても不本意である。◆◆
すさまじきもの 昼ほゆる犬。春の網代。三四月の紅梅の衣。ちごの亡くなりたる産屋。火おこさぬ火桶、地火炉。牛死にたる牛飼。博士のうちつづき女子うませたる。方違へに行きたるに、あるじせぬ所。まして節分はすさまじ。
◆◆不調和で興ざめなもの (夜ほえるものの)昼吠える犬。(冬氷魚をとる道具の)春まで残っている網代。(11月から2月まで着るのに)三、四月に着る紅梅の着物。乳飲み子が亡くなっている産屋。火をおこさない丸火鉢、地火炉。牛が死んでいる牛飼い。博士がひきつづいて女の子を生ませているの。方違えに行っているのに、もてなしをしないところ。ましてそれが節分違えであるときは興ざめだ。◆◆
■すさまじきもの=季節外れ、期待外れなど、すべて不調和感から生じる興ざめな感じをいう。
■博士=大学寮・陰陽寮の教官。世襲であるが女子にはその資格がない。
■節分違へ=立春、立夏、立秋、立冬の前日。その夜は「節分違へ」をした。
人の国よりおこせたる文の物なき。京のをもさこそ思ふらめども、されど、それは事も書きあつめにある事も聞けばよし。人のもとにわざと清げに書きたててやりつる文の返事見む、今は来ぬらむかしと、あやしくおそきと、待つほどに、ありつる文を、結びたるも立て文も、いときたなげに持ちなして、ふくだめて、上に引きたりつる墨さへ消えたるを、「おはせざりけり」もしは「物忌とて取り入れず」など言ひて、持て帰りたる、いとわびしくすさまじ。
◆◆地方からこちらに送って寄こしてしる手紙に贈り物がついてないの。京から手紙もそう思っているかも知れないけれど、それは知りたいことをも書き集め、世間の出来事をも聞くのだから、よい。人の所にわざわざ見た目もきれいに書き上げて送ってやった手紙の、返事を見よう、いまはもの来ているだろうと、それにしては遅いと待つうちに、さっきの手紙を、結んであるのをも、立て文のをも、わざとひどく汚らしくして持って、ぶくぶくに紙をそそけさせて、結び目の上に引いてあった墨までも消えているのを、「おいでにならなかったのでした」とか、あるいは、「物忌みだということで受け取りません」などと言って、持って帰っているのは、たいへんがっかりさせられる感じで興ざめである。◆◆
また、かならず来べき人のもとに車をやりて待つに、入り来る音すれば、さなンなりと、人々出でて見るに、車宿りざまにやりいれて、轅ほうとうちおろすを、「いかなるぞ」と問へば、「今日はおはしまさず。わたりたまはず」とて、牛の限り引き出でていぬる。また、家ゆすりて取りたる婿の来ずなりぬる、いとすさまじ。さるべき人の宮仕へするがりやりて、いつしかと思ふも、いとほいなし。
◆◆また、必ず来るはずの人の所へ牛車を迎えに遣わして待つのに、入って来る音がするので、どうやら来たようだと、人々が出てみると、牛車を車庫のほうにおくり入れて、轅をポンとうちおろすのを「どうしたのだ」とたずねると、「きょうはいらっしゃいません。こちらへお越しになりません」と言って、牛だけを引き出して去るの。また、家中大騒ぎして迎え取った婿が来なくなってしまうのは、ひどく索漠として興ざめである。しかも、それがしかるべき身分の女で、宮仕えする人なのだが、そういう女のもとに婿を行かせて(そのまま取られて)、いつこっちに帰って来るのか、早く帰ってきてほしいと思うのも、とても不本意である。◆◆