永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて(111)

2019年02月27日 | 枕草子を読んできて
九八  うへの御局の御簾の前にて (111) 2019.2.27

 うへの御局の御簾の前にて、殿上人日一日、琴、笛吹き遊びくらして、まかで別るるほど、まだ格子をまゐらぬに、御となぶらをさし出でたれば、取り入れたるがあらはなれば、琵琶の御琴を、たたざまに持たせたまへり。紅の御衣の、言ふも世の常なる、打ちも張りたるも、あまた奉りて、いと黒くつややかなる御琵琶に、御衣の袖をうちかけて、とらへさせたまへる、みでたきに、そぼより御額のほど白くけざやかにて、はつかに見えさせたまへるは、たとふべき方なく、近くゐたまへる人にさし寄りて、「なかば隠したりけむも、えかうはあらざりけむかし。それはただ人にこそありけめ」と言ふを聞きて、道もなきを、わりなく分け入りて啓するば、笑はせたまひて、「われは知りたりや」となむ仰せらるる、と伝ふるもをかし。
◆◆弘徽殿の上の御局の前で、殿上人が一日中、琴を弾き笛を吹いて合奏しくらして、退出して散って行く頃、まだ格子をお降ろし申し上げないのに、中宮様の御方に御灯台に火を灯して差し出しているために、火を中に取り入れているのが外からはっきり見えるので、中宮様は琵琶の御琴を、立ててお持ちあそばしていらっしゃる。紅のお召し物の、とても言葉では言い表せない見事なのを、打ったのも張ったのも、たくさんお召しになって、たいそう黒くてつやつやとした御琵琶に、そのお召し物の袖を打ち掛けて、抱えておいでになるご様子が、素晴らしいうえに、そのわきから御額のあたりが白くくっきりとしていて、ちらっとお見えあそばしていらっしゃるのは、たとえようもなく素晴らしくて、(私が)「半ば顔を隠していたという女も、きっとこんなには素晴らしくはなかったでしょうよ。それは普通の身分の人だったのでしょう」というのを聞いて、その女房は、人でいっぱいで通り道もない所を、無理に分け入って中宮様に申し上げると、お笑いあそばして、「そなた自身は(この故事)知っているのか」と仰せになった、とその女房が私に伝えるのもおもしろい。◆◆

■うへの御局=弘徽殿(こきでん)の上の御局。

■たたざまに=顔を隠すために縦様に。

■打ちも張りたるも=砧(きぬた)で打ったのも、板引きにして光沢を出してあるのも、の意。

■「われは知りたりや」=「われ」は取り次ぎの女房。

■『なかば隠したりけむも、えかうはあらざりけむかし。それはただ人にこそありけめ」=白楽天の「琵琶行」の一節による。「………なほ、琵琶を抱いて半ば顔をかくす」「琵琶行」の半ば顔をかくした女は、もと長安の歌姫で今は商家の妻。

*写真は格子


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